June 20, 2006

A Letter From A Reader: OA Bring Him To Soul Searchin

【ソウルスナック「OA」の記事を読んで】

30年。

2006年5月10日、35年の歴史に幕を下ろした東京青山のソウルスナック「OA」。その最後の日についてこのブログで書いた。

May 10, 2006
The Last Day For Soul Snack OA, Aoyama
http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_05_10.html

May 11, 2006
OA Finally Closed Its Door
http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_05_11.html

そして、学生時代にOAに通っていたある方が、つい最近OAの近くに行き、OAの前まで行ったところ閉店していたことを知った。その後のOAがどうなっているのか、インターネットで調べてみると、このブログがヒットした。その方からご丁寧なEメールをいただいた。大変感銘を受けたので、ご本人に許諾を得て、そのまま掲載することにした。ゆっくりお読みください。

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吉岡正晴様

突然のメールで失礼します。

昨日、青山の「OA」に行くと閉店になっていました。

家に戻って、ふとネットで調べてみようと思い、吉岡様のブログを拝見することが出来ました。

私は、1970年代中頃に青学大に在学していました。学生運動全体が後退期を迎えていた時代で、青学でも活動家が大量に処分されていきました。どんどん処分されて、少数派になっても、思えば懲りずに何度でも向かっていって、結局みな討ち死にのように大学から追われていきました。わたしも、そうやって除籍になりました。

そんな、七十年代の中頃、OAは私達のたまり場でした。メンバーの女の子たちがローテーションでバイトにも入っていたこともあったのでしょう。ここに顔を出せば、いつでも誰かがいて、シオリちゃん(註、お店のママ藤村さんの娘さん)は小学校に入ったころだったかな、僕等の中で子猫のようにじゃれていました。

そんな時間が、まるで日溜まりのように思い出されます。

私は、いつも0Aにいたメンバーの一人と一緒になりました(そのとき仲間が開いてくれた結婚パーティーもOAでした)。もう四半世紀も前のことです。

大学を追われた後。それぞれのメンバーにもそれぞれの人生がありました。OAは誰にとっても懐かしい場所ですが、でも、大学への言い難い敗北感なのか、悔しみなのか、あの辺にはなかなか行けないでいました。実際、五十を過ぎた今でもそれは拭いされないでいます。

私は一九八〇年に郊外で小さな古本屋を始めました。いつのまにか二十五年が過ぎて、そんな時間が過ぎても、あの頃のことはついこの前のことのように思えます。

今日、たまたま近くまで行く用事ができて、ふとOAどうしただろうと足を伸ばしてみました。小さな店が並んでいたあの通りも、ビルばかりになっていて、もうないだろうと思いながら、でも小さなOAを見つけたときには、胸がいっぱいになりました。ニスの剥げたドアを触ってみて、ここにも同じだけの時間が過ぎていたことを、私は初めて知ったように思います。

どこかで,OAは今でもあの頃のまま、ママがいて小さなシオリがいて、と、思っていたのかもしれません。

窓にベニヤ板が打ち付けられた店の前で、OAはどんなふうに閉じていったのかなと、寂しい終わりだったのだろうかと、ちょっと悲しい気持ちでいました。

吉岡様のブログで、たくさんの人たちに囲まれた賑やかな最後だったことを知って、本当に見事なものだと思いました。

もう三十年近くも前のことですから、ママは覚えていないかもしれません。でも、七十年代の一時期をOAと重なり合うように過ごしたことを、私は忘れていないし、これからも忘れないでおこうと思います。

一面識もない吉岡様に、突然こんなメールを差し上げて、ご迷惑だったと思います。申し訳ありません。

吉岡様のブログでOAの最後を様子を知ることができたのは、私には本当にありがたいことでした。

あの頃のままの店内の写真(涙が出るほど懐かしい!)、驚くほど変わってないママ(あの頃が老けていたということでしょうか)、シオリちゃんにもう十歳の子供がいるというお話し(あの頃のシオリより年上なんですから)・・・。まるでOAの最後に間に合って、そこでお別れができたような気持ちになれました。ありがとうございました。

ご迷惑を承知で身勝手なメールを差し上げてしまいました。どうぞお許し下さい。

内堀弘

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内堀さんは、1974年に青学に入学した。内堀さんは言う。「OAは開業してまだ三年目だったんですね。あの頃は、三年前なんてずっと昔に思えたし三年先なんて、途方もなく先のことに思えました。でも、一昨日、閉じたOAの前に立ったときには過ぎた三十年なんて、あっという間なんだと思いました」
 

大学生の頃、3年先など本当にわからなかった。しかし、今3年前などつい昨日のように思える。30年前だって、去年くらいのようだ。それが年を取るということなのだろうか。

30年以上の歴史を持つひとつのお店には、内堀さんだけでなく、さらに多くの思い出があるのだろう。内堀さんの文章には30年分の思いと内堀さん自身の人生がつまっている。だからこそ、感銘を受けた。OAをきっかけにソウル・サーチン・ダイアリーにいらした内堀さん、掲載をご快諾いただきありがとうございました。

ENT>SOULBARS>OA, Aoyama
ENT>ESSAY>


投稿者 吉岡正晴 : June 20, 2006 12:08 AM
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