September 24, 2006

Madonna Speaks: Questions About Madonna Revealed, A Little

【少しわかったマドンナの謎】

謎解き。

先日の日記(9月22日付けブログ)でマドンナの謎をいくつか書いたところ、さっそく読者のYさんから情報をいただいた。そこで、さらにいくつか調べてみて、わかったことを報告しよう。

まず、冒頭の「落馬のシーン」。これは、昨年(2005年)8月16日のマドンナの誕生日に、彼女は誕生日プレゼントとして馬をもらった。そして、ロンドンの自宅でそれに乗っていたところ、落馬して大怪我をしたのだ。このニュースを僕は知らなかった。その後、彼女は驚異の回復力を見せ、今年(2006年)5月からの世界ツアーを行ったのはご存知の通りだ。

なるほど、それであの「落馬の映像」が次々とでたのだ。納得だ。

そして「十字架のシーン」。これに対してさまざまな反応がでたという。

ローマンカトリック教:「神への冒涜である」
イスラム教:「悪趣味である」
ユダヤ教:「場所をわきまえるべきである」

ライク・ア・プレイヤーマドンナの歴史を振り返ると、1989年、4作目のアルバム『ライク・ア・プレイヤー』をリリースした時、シングルとなった「ライク・ア・プレイヤー」のプロモーション用ビデオで十字架を燃やして、物議をかもし出していた。また、1990年のシングル「ジャスティファイ・マイ・ラヴ」のプロモーション用ビデオでも聖書を冒涜(ぼうとく)するシーンがあって、一部で放送禁止になっていた。

欧米では、十字架を背負って歌うだけで、拒絶反応がでるようだ。とても神聖なものに触れていることがだめなのだろう。このあたりの感覚が、宗教観の違う日本人ではなかなか理解できないのかもしれない。

檻(おり)のシーンは、今回のテーマが「コンフェッション(懺悔=ざんげ)」ということで、ひょっとして、これまでの罪を懺悔しているシーンを演出しているのではないか、とYさんは推理している。なるほど、そう言われると、そうかもしれないとも思った。あるいは、檻を既成概念のようなものとして捉え、「そんなものはくそくらえ」と言ってるのかもしれないとも考えた。

そして、マドンナは9月21日、ワールドツアー最後の日本公演を終えて、ロスアンジェルスでこの十字架の件について声明を発表した。

「私が十字架に処されるパフォーマンスに関して、さまざまな誤解があるようなので、自らはっきりさせておきたい。これは十字架の着用や、聖書に記されているように、十字架を背負う、ということと同じ。私のパフォーマンスは反キリスト教でも、神への冒涜(ぼうとく)でもないし、不敬でもない。むしろ、お互いを助け合い、世界をひとつの共同体として見てほしいという、観客への呼びかけである。もしイエス(キリスト)が生きていたら、彼も同じことをすると、私は心から信じている」。

 
さらに、付け加えてこう解説した。「アフリカでは毎日大勢の子供たちが亡くなっていて、彼らは生きていても十分な世話も治療も受けられず、希望もないということに注目してもらうこと。人々には心を開いて、できることがあったら何でもしてほしい」。(発言はロイター通信より)

ロイター通信のニュース

http://news.www.infoseek.co.jp/search/story/22reutersJAPAN229380/%A5%DE%A5%C9%A5%F3%A5%CA/

Yさん、ありがとうございました。

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投稿者 吉岡正晴 : September 24, 2006 03:43 AM
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