April 04, 2007Philip Woo: Tribute To Billy Preston (Part 1)【フィリップ・ウー、ビリー・プレストン・トリビュートを企画】 アイドル。
ビリー・プレストンは、1946年テキサス生まれ。10歳の頃からキーボードの天才振りを発揮し、ジェームス・クリーヴランド、マヘリア・ジャクソンなどのゴスペル・アーティストのライヴでピアノやオルガンを弾き、周囲を驚かせていた。1962年、リトル・リチャードのバックバンドの一員としてイギリスでライヴを行ったときに、当時はまだ無名だったビートルズと知り合い、その後ビートルズのレコーディング・セッションなどに参加。特に1969年の『ゲット・バック・セッション』への参加、さらに、ビートルズが公衆の面前で行った最後のライヴとなるいわゆる「ルーフトップ・ライヴ(屋上ライヴ)」でのキーボードプレイで注目された。ビートルズのシングルで唯一「ビートルズ・ウィズ・ビリー・プレストン」と名前がクレジットされている人物。 その後、自身名義で作品をだし、「ナッシング・フロム・ナッシング」「ウィル・イット・ゴー・ラウンド・イン・サークルス」など多数のヒットを放った。後年はエリック・クラプトンのバックなどもてがけている。2006年6月6日、長く患っていた肝臓の病気で他界した。59歳だった。 (ビリー死亡記事↓) フィリップがビリー・プレストンへの思いを熱く語る。 「彼と一緒にプレイしたことはないが、彼のピアノ、オルガンのプレイには相当影響を受けている。それに、彼が曲の中で臆面もなく『神』について語るところも好きなんだ。それはけっこう勇気がいることなんだよ」 「僕が中学校時代にビリーのオルガンを、アレサ・フランクリンのアルバム『ライヴ・アット・ザ・フィルモア』(1971年)で聴いた。ちょうどその頃、友達と車に乗りだすようになって、車の中で、8トラックのテープでこのアルバムをかけていた。何度も、何度もね。そして、(ビリーがプレイしているオルガンの)ハモンドB3を、いつの日か自分も弾きたいと思った。僕にとって最初のハモンドは16歳の時に買った。それまで一度もゴスペルはプレイしたことはなかったが、アレサのそのアルバムとビリーのオルガン・プレイでまさにゴスペルに目覚めさせられたようなものだ。ビリーの音は、まさに教会から飛び出てきたサウンドだった」 「『アイ・ロート・ア・シンプル・ソング』(1971年)のアルバムが、僕が初めて買ったビリーのアルバムだ。これは高校時代、僕にひじょうに大きな影響を与えた。ビリーのビートルズへの影響が大きく感じられた。僕はビートルズの大ファンでもあり、彼らの作品は今でも全部CDでそろえている」 「僕のビリー作品でのお気に入りは、『ユー・アー・ソー・ビューティフル』、『ザッツ・ザ・ウェイ・ゴッド・プランド・イット』、『ウィズ・ユー・アイム・ボーン・アゲイン』、『ゴッド・イズ・グレイト』、『スペース・レース』、『ジョン・ヘンリー』、『ザ・バス』。『ウイル・イット・ゴ・ラウンド・イン・サークルス』などだ。もちろん、ライヴでは、ビートルズの作品もやろうと思っている。『アメージング・グレイス』もね」 +++++ フィリップが中心となって行われる『ビリー・プレストン・トリビュート』は、4月19日(木)に目黒ブルースアレー。 Philip Woo presents “A Tribute to Billy Preston” 会場 目黒・ブルースアレー http://www.bluesalley.co.jp/ 住所 〒153-0063 東京都目黒区目黒1-3-14 (この項明日へ続く) ++++++++++++++++ 投稿者 吉岡正晴 : April 4, 2007 03:02 AMコメント
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