July 30, 2008

Hiram Bullock Dies At 52 

【ハイラム・ブロック死去】

訃報。

ジャズ、フュージョン、ソウルなどでおなじみのニューヨークのギタリスト、ハイラム・ブロックが去る2008年7月25日、ニューヨークで死去した。52歳だった。正確な死因、死亡時刻、場所などは、依然発表されていないが、死去自体は7月28日月曜日のテレビ番組『レイト・ナイト・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』の番組内で発表された。ハイラムは、同番組のハウス・バンドの一員としても活動していた。また親友でもあるミュージシャンのウィル・リーが彼のウェッブページで死去したことを7月26日に書き込んでいた。

死因に関しては、2008年3月の自身のブログの中で咽喉癌(いんこう がん)または食道癌にかかり、治療中であることを明かしている。また複数の情報源は、ハイラムにはドラッグに関するトラブルがあり、そのドラッグ関係のものではないかと推測しているものもある。

葬儀は来る8月5日(火曜日)午後6時からニューヨーク・マンハッタン15丁目のブディスト・センターで行われる。

Tuesday, August 5th, 2008 at 6:00 PM at:
The Buddhist Center
7 East 15th St, New York

ハイラム自身のブログ

http://www.hirambullock.com/blog.html

3月29日付のブログでは、こう書き綴っている。「1月に口内に腫瘍があると診断されたが、心配はいらない。対処できるものだ。だがその処置はけっこうやっかいだ。癌を殺すために、僕に毒を盛り、そして(癌細胞を殺してから)僕を健康状態に戻すというわけだ。(もっとも最後に健康になるかならないかは僕自身にかかっているのだが) なにはともあれ、少し体重を落とさなくてはならない。病院で一番つらいことは、なによりも、本当に重い病気にかかり落ち込んでいる人々を見ることだ。(中略) 今後も状況を報告するが、現在最悪なことは、味覚がなくなっていること。(大好物の)ビーン・ブリトーさえ食べたいと思わないんだ。医者はすぐに(味覚は)戻ると言ってるが、それが待ちきれないよ」

ウィル・リーの書き込み

http://www.willlee.com/home.php

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大阪。

ハイラムは1955年9月11日、日本の大阪生まれ。両親が米軍に所属、日本に駐在していたため、日本生まれとなった。2歳でニューヨークに移り、後にバルティモアで育つ。最初はピアノを学び、6歳で初めて人前でリサイタルを開いた。その後、11歳でサックスを練習し始め、中学時代にベースをプレイするようになったが、その後「女の子にもてるために」16歳でギターに転向した。マイアミ・ミュージック・スクールで音楽を学び、同地を本拠に活動を開始。この時期に、後にセッションなどで共演するようになるパット・メセニー、ジャコ・パストリアスらと知り合う。

一時期マイアミを本拠としていたソウル・シンガー、フィリス・ハイマンのバックバンドになったことで、後にフィリスとともにニューヨークへ移り、その後、ニューヨークでライヴ・ミュージシャンとして頭角を現し、多くのセッション、ライヴ、レコーディングに参加した。

特に1980年代に入ってからの活躍は目覚しく、デイヴィッド・サンボーンと知り合い、さらにプロデューサーのフィル・ラモーンなどにも気に入られ、多くのアーティストのサポートを勤めた。また、マーカス・ミラー、デイヴィッド・サンボーンらもいたテレビ番組『デイヴィッド・レターマン・ショウ』のハウス・バンドの一員に、さらに同じくテレビ番組『サタデイ・ナイト・ライヴ』のハウス・バンドにもなり、サンボーンが中心となった音楽番組『ナイト・ミュージック』の音楽監督にも抜擢されている。1983年からソロ活動に重点を置き始め1986年、アトランティックから初の自己名義アルバム『フロム・オール・サイズ』をさらに、『ギヴ・イット・ホワット・ユー・ガット』をリリース、シーンに大きなインパクトを与えた。

また、盟友ウィル・リーらと組んだ24丁目バンドは、特に日本で人気が高くライヴも好評だった。さらに、日本独自のスマップのヒット曲をニューヨークのスタジオ・ミュージシャンがレコーディングしたスマッピーズのアルバムにも参加している。

日本にも何度も自身のバンド、他のアーティストのサポートメンバーとして来日している。最近では、2007年5月のブルーノートでのライヴ、さらに同年9月の東京ジャズで元気なところを見せていた。

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巨漢。

僕が最後にハイラムを見たのは、昨年(2007年)9月の東京ジャズ、さらにその少し前、同年5月のブルーノートのライヴ。ライヴ評にも書かれているが、いつものことながら、彼はパフォーマンスの途中で、ワイアレスのギターゆえにどんどん会場内を歩き回り、あの巨漢で小さなブルーノートのテーブルの上に乗ってプレイする。当然、小さなテーブルだから、スタッフが3人がかりで、テーブルをがっちり抑える。あれ、よく足とか折れないもんだ、と思って見ていた。とにかくサーヴィス精神旺盛なギターマンだ。彼の音楽性はロック、ファンク、ジャズなどなんでも貪欲に取り入れるところに特徴があった。体が大きいから、本当にギターが小さく見えた。日本では渡辺貞夫さん、ジーノなどとも共演している。

■過去記事 ハイラム・ブロック

May 26, 2007
Hiram Bullock : Plays Stevie Songs
http://www.soulsearchin.com//soul-diary/archive/200705/2007_05_26.html
昨年ブルーノートでのライヴ。

September 22, 2007
Tokyo Jazz 2007: Joe Sample & Randy Crawford, Candy, Etc.
http://www.soulsearchin.com//soul-diary/archive/200709/2007_09_22.html
東京ジャズに出演。ただしこの記事ではあまりふれていません。

とにかく観客を楽しませることを徹底してやったギタリストだった。そして、もちろん自分も楽しんでいた。去年見たときは、元気いっぱいだったので、まさかこんなに早く死去するなんて、夢にも思わなかった。

しかし、ハイラム死去のニュースはまったく一般メディアにでてこない。個人のブログにはけっこうでてきているのに、ニューヨークの新聞、ビルボード誌などでさえも、でてこない。なぜなのだろう。僕もマネージメントに確認の問い合わせをしているのだが、まったく返事がない。不思議だ。

ご冥福をお祈りする。

ENT>OBITUARY>Bullock, Hiram (September 11, 1955 – July 25, 2008 = 52)


投稿者 吉岡正晴 : July 30, 2008 04:53 AM
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