September 03, 2008Sly & The Family Stone At Blue Note Tokyo(Part 3): The Night Become Legend【スライ&ファミリー・ストーン@ブルーノート】 熱狂。 大きなフォーラムAから小さなブルーノートへ。より熱く、一体感のあるライヴ。バンドののりはさらに最高潮になっていく。ブルーノートが暗転した瞬間、観客の間に立ち込めていたファンクガスが一気に爆発した。 スライ・ストーンのどこがすごいかというと、1968年ごろ、つまり、今から40年も前に、「ファンク・ミュージック」というひとつのジャンルの原型を作ったひとりだから。スライと、ジェームス・ブラウンがいて、現在につながるソウル・ファンクの歴史が始まった。創始者だから、えらい。パイオニアだから、えらい。他の誰もがやらなかったようなことをやったから、えらい。 そんなスライも、一時期はドラッグ中毒などでどうなるかと思われたが、なんとかカンバック。1943年(昭和18年)3月15日生まれの65歳。未年(ひつじどし)です。アメリカでもツアー、ライヴをやらないのに、それが来日など夢のまた夢、といったところ、昨年ヨーロッパ・ツアーが実現し、ちょこちょこ露出、ついに日本にやってきた。 さて、ブルーノート・ライヴは、一足先に行われた国際フォーラムでのセットリストとは少し違い、時間も長くなっている。冒頭3曲ノンストップ・メドレーに「ホット・ファン・イン・ザ・サマータイム」が組み込まれ、これがワンセットのような形。このあと、「ドント・コール・ミー…」「サンキュー」を。この「サンキュー」は重くへヴィーな「Thank You For Talkin' To Me, Africa」ヴァージョン。ただし歌詞は、Africaではなく、Againで歌われる。そして、アンコールでは、一番誰でもがなじんでいるアップテンポのギターリフも印象的な「サンキュー」だ。 ファーストでは、「サンキュー」を終えた後、バンド・メンバーがどうしていいかわからずに、めくばせなどをしていて、とりあえずリサが軽く遊びっぽく「サムバディーズ・ウォッチング・ユー」をやりだした。すると、おもむろに楽屋からグレイのパーカーっぽい洋服を着たスラー・ストーンがのっそりのっそり登場。一気に歓声があがる。通路をスタッフに囲まれ進むのでかなりゆっくりだ。そして、19時47分ステージに。中央のキーボードのところにすわり、バンド・メンバーが「イフ・ユー・ウォント・ミー…」のイントロをプレイしだす。さらに歓声。だが気が変わった御大は、それをやめ、「ファミリー・アフェア」をスタート。ただ、そこにスライはマイクを持って立ちすくんでいた。そして、キーボードの上に手を置きながら、こんどは本当に「イフ・ユー・ウォント・ミー・トゥ・ステイ」を。これがなかなか声が出始めていて、イントロのワンフレーズがでただけで、またまた歓声。そして間髪をいれずに、「アイ・ウォント・トゥ・テイク・ユー・ハイアー」へ。さらに大歓声。 しかし、これはキューがあるのかなあ。きっと、スライは、「イフ・ユー・ウォント…」をやってる間か終わった直後に、次の曲のキューを出しているのような気がする。それで、カウントで「ハイアー」に突入するのだが、わかったことがひとつ。要は「ハイアー」で、スライは帰るのだ。この曲の途中で、スライは回転椅子から立ち上がり、舞台袖にはけ始めた。「えええっ~~」今度は怒号。(笑) こうして、スライは19時59分、ステージを降りた。オンステージ時間は、な、な、なんとわずか12分! フォーラムの36分はなんだったんだ!? バンドが6分ほど演奏し、一度本編終了。そして、アンコールはバンドのみ。スライ・カンバックあるかと思いきや、なし。アンコール最初は「サンキュー」のアップテンポのほう。そして、「シング・ア・シンプル・ソング」。この2曲でメンバー紹介をし、かなり長尺になり、2曲だけで20分以上演奏していた。 スライ御大がいる間は、バンドは比較的落ち着いた音をだすのだが、御大がいなくなると、もっと盛り上げないといけないと思うのか、何かタガがはずれたようにライヴバンドとしてがんがん行くようになる。 +++++ 短。 セカンドは21時50分、メンバーがぞれぞろとステージにあがった。そして、一挙に3曲メドレーで。ここは実にあがる。「ドント・コール・ミー」のあと、今度は本格的にちゃんと「サムバディーズ・ウォッチング・ユー」をリサの歌で披露。さらに「サンキュー」の途中では、日本語で「アリガトウ」といれるサーヴィスぶり。さらに、ここでは、この日、前に座っている観客にマイクを向け、「Thank you for lettin me…」と歌わせた。その中に、我らがブレンダ・ヴォーンがゴスペラーズ・チームと一緒にいて、マイクを向けられ、何フレーズか歌い、これが迫力でまた観客から拍手喝さいを浴びた。これで、ブレンダは、サム・ムーア、スライ&ファミリー・ストーンとも共演だ! (笑) そして、「イン・タイム」の演奏が始まったところで、この日のマスター、スライおもむろに登場。舞台に上がる直前のところで、この「イン・タイム」を手持ちマイクで歌った。袖で歌い始めたのが22時34分、しばらくそこで歌い、36分ステージに。そして、いきなり「イフ・ユー・ウォント・・・」、「ファミリー・アフェア」。再び熱狂的な大歓声。みな、生きる伝説を見たことに感激しているようだ。ジーンズにスニーカー、そして赤のパーカー。そこらへんのストリートにいそうな格好だ。それも、パーカーを頭からかぶるから、表情もわかりにくい。 椅子を回転させくるくる回る。スライは終始伏目がちで、ステージから客席をまっすぐ見ない。もちろんサングラスをしてるから、ほんとにこちらからは視線がわからない。キーボードの上に手は置いているものの、ほとんど弾いてはいない。これを見て、キーボードは視線をさえぎる、照れ隠しのためにあるのかとも思った。スライは本当にシャイのようだ。あのしぐさを見ていると、1935年生まれのサム・ムーア(現在72歳、10月の誕生日で73歳)のほうが、動きなど若く見える。 「ファミリー・アフェア」から、ノンストップで「ハイアー」へ。そしてお約束の退出。スライ、22時46分ステージを去る。オンステージ時間10分、ただ袖で2分ほど歌っていたので、パフォーマンス時間は12分か。その後はバンド・メンバーの演奏が続いて、結局再度登場はなかった。 スライを間近で見て、意外と背が小さく、痩せている感じがした。身長165くらいか。そして老けている感じがする。体はいろいろな理由でボロボロなのだろう。たぶん、通路の近くにいた人にはスライに触れた人もいたかもしれない。あれほどの近くで伝説を見られることができただけでよしとしよう。体はボロボロでも、ファンク魂は健全だ。 で、フォーラムとブルーノート、どっちがよかったか、というとこれが難しい。圧倒的にバンド演奏などは、音なども含めてブルーノートがよかった。ライヴ自体の長さもあった。観客ののりも最高にいいし、客席との一体感もすばらしいものがあった。だがいかんせん、スライ御大が12分しかステージにいなかった。これが寂しい。フォーラムくらいいてくれたら、よかったのにと思う。でも、やはりブルーノートだろうなあ。 プリンスがスライ本人と近くで会ったかどうかわからないが、スライの小ささ、シャイな部分がどこかプリンスを彷彿とさせた。ジェームス・ブラウンとは、対照的だ。スライはかなり内省的、人との交わりを好まない、そんな感じがした。 だが、いずれにせよ、1時間半近く、スライ&ファミリー・ストーンのヒット曲ばかりをライヴで見たのだ。そのうちの何曲かは、本物のスライ・ストーンがそこにいて歌った。ファンクの伝説を目撃したことにはまちがいない。ライヴ・パフォーマンス自体は、きっと全盛期のときにはもっとすごかったのだろうが、これは僕のライヴ歴の中でも、特殊な意味で特筆すべきライヴになった。 でも、12分は、みじけ~~~~~。(シャウトしながら) (スライ関連、東京ジャズ関連、つづきます) ■メンバー スライ・ストーン(ヴォーカル、キーボード)Sly Stone(vo, key) ■スライ・ストーン関連 September 01, 2008 August 29, 2008 June 19, 2008 June 18, 2008 June 17, 2008 July 04, 2007 May 07, 2007 May 05, 2007 May 04, 2007 ■セットリスト スライ&ザ・ファミリー・ストーン:ファーストセット musicians on the stage 19:05 ■セットリスト スライ&ザ・ファミリー・ストーン:セカンドセット musicians on the stage 21:50 (2008年9月02日火曜、東京ブルーノート=スライ&ザ・ファミリー・ストーン・ライヴ) コメント
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