October 27, 2008

Omar (Part 4): I Am Singing, Space Is Most Important Thing

(昨日からの続き)

【オマー・エドワーズ(パート4)~足と体で歌うオマー】

抽象表現。

渋滞のせいで、随分と遅れてしまい、岡さんたちを待たせてしまった。すでに、カメラマンの木下さん、長渡さんらと岡さんが、オマーを待ち受けていた。すぐに岡さんらにオマーを紹介する。オマーは岡さんのアフロヘアーというか、ドレッドヘアに興味を持ったみたいだ。

オマーは飾られた作品をじっくり見ていく。岡さんが横について簡単に解説する。「これは、抽象表現の作品なんです。ヨーロッパの絵画とは違って、壁に絵を描いたり、イーゼル(キャンヴァスを置く台)にキャンヴァスを置いて絵を描いたりするのではなく、床にキャンヴァスを置いて、作品を作ります。だから、作品には基本的に天地がありません。左右もありません」

オマー。「ワオ、すごいな。リンカーン・センターにあった本を、ちょうど、今読んでるんだけど、それが、抽象表現の絵画の本なんだ。なんという偶然だ! (本が)ホテルの部屋にあるんだよ! これのオリジン(始まったところ)はヨーロッパじゃないんだよね」

岡。「そうなんです、こういう表現方法はアメリカン・スタイルなんですよ」

オマー。「ちょうど、それを読んだところなんだ。ワオ…。僕は抽象表現、好きだな。(それらを見て)混乱することはないよ。…(作品を見ながら) う~~ん、家に一枚置きたいなあ…。君の作品は、ブルーだけど、前にも言ったけど、自分がこういう作品をやるときは、いろんなカラー(色)を使いたいな…。(ここで、ジミ・ヘンドリックスの曲を聴いてオマーが踊った作品の話を再度) いつの日にか、僕がすご~~い大きな家に引越したら、君(岡さん)を呼んで、そこでこのペインティングを作ってもらいたいな。アーティストが僕の家にやってきて、何か作品を作ってもらうのは、僕の夢だよ」

オマーがこれほどアート好きだとは知らなかった。

ちょうど、ビデオでニックが「マザー・ポップコーン」をやりだしたので僕はオマーに尋ねた。「ジェームス・ブラウンの曲は何が好き?」

「『ファンキー・グッドタイム』…、『パパ・ドント・テイク・ノー・メス』、メイシオが大好きなんだ(と、メイシオのまねを少しする)。『マンズ・ワールド』も好きだよ。『セックス・マシン』? あれはテンポが速すぎる。僕はグルーヴが好きなんだ」

「じゃあ、これは早すぎるかな?(『マザー・ポップコーン』のこと)」

「そうだね、…もちろん、僕はこれでも踊れるよ。でも、クリエイターとしては、なにかもう少しスローなものをやる。僕はどんなタイプの音楽でも踊れるけどね、any music…。」

「ソウル・ミュージックはセクシーだ。ジャズのインプロヴィゼーションみたいなものになると(ちょっとアドリブでやってみる)、女性はびっくりしてわからない。女性は、音楽を感じる。そのためには、音楽にスペースが必要だ。そういう音楽だと人々はリラックスできる。リラックスできると、パワーが生まれる。スペースのある音楽はパワーを持つ。スペースはセクシーだ。アートでも同じだ。すべてにあらゆるものが描かれていたら、見るのも嫌になるだろう。この作品だって、こうしてスペースがあるからいいんだ」

音楽のスペースへの理解は、オマーがミュージシャンと同様であることの証拠だ。

岡さんが、なぜブルーにこだわるのか説明する。「この青はウルトラ・マリン・ブルーと言って、ダイアモンドや金よりももっと貴重で高価なラピスラズリーという宝石の一種を原料に作られる顔料のひとつなんです。それはそれは大変高貴な色なんです。ラピスラズリーは海(地中海)の向こうから(ヨーロッパに)やってきた色だと言われていました。だから、ニックさんの足のステップを記録するには、一番高貴な色を使いたかったんです。ニックさんのステップの美しさを表現するのはこの色しかないと思ったんです。ダンサーには、その動きに美しさがあります。あなたと同じように。その動きの美しさをここにこの色で印したかったのです」

そして、彼は青の絵の具のついた靴をオマーに見せた。「これを見てください。この底にスポンジのようなものをつけているでしょう。これをつけることによって、絵の具が長持ちするようになってるんです。絵の具の濃さ、それからこのスポンジ素材、随分と研究し試行錯誤しました。絵の具が濃いと、キャンヴァスの上でうまくすべらない。薄いと色がいまいちになる。でも、実際本番でやってみるまでは、本当にどうなるかわからなかったんですけどね」

オマーがじっくりと説明を聞いて、うなずく。

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「岡さんとオマー~靴のソールは黒と赤」

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歌。

「オマー、たとえば、あなたは踊るとき、色のイメージを持ったりする?」と僕が訊いた。

「時々ね。実際、僕は音楽を自分の足で聴くんだ。ピアニストと一緒に何かやっているとする。足でピアノの音を聴き、ストーリーをどうフィニッシュさせるか考えるわけだ」

「タップ・ダンサーというより、むしろあなたはミュージシャンですね」

「そうだね、でも、ミュージックというより、よりリリック(歌詞)を考えているな。例えば、ボブ・マーリーには素晴らしい作品がたくさんあるが、1曲にはせいぜい4行くらいしか歌詞がない。stand up, get up… 歌詞の間にもスペースがあるんだ。シンプルであればあるほど、複雑だ。どこまで(踊りだすのを)待てばいいのか。それを考える。(歌詞や踊りも)やりすぎると、結局伝わらない」

「そのスペースの重要性はいつ頃から気づいたのですか?」

「僕がそれらに気づいたのは1998年だ」

「何で、何があったのでしょう」

「ちょうど、その頃、自分のワンマン・パフォーマンスを始めたんだ。ただそれはあんまり成功はしなかったけどね。小さなナイトクラブで、75ドルくらいのギャラで、でも僕は6人のミュージシャンを雇って、結局赤字になっていた。(笑) でもそこで多くのことを学んだんだ。どうやって踊るかだけでなく、どうやってストーリーを語るか、どうやってオーディエンスを旅に連れて行くか。そのとき、スペースのことをいろいろと考えたんだ。音楽自体のスペース、ダンス自体のスペースのこと。それから10年後の今、僕はスペースの使い方を知った。でも、それを知るまでに10年かかったというわけだ。僕は物事を覚えるのがスローなんだよ(笑) でも、それで今も生き延びてるって言えるわけだけどね。かつて僕は『歌え』なかったけど、今では『足』で『歌える』んだ。僕はダンスをするんじゃない。僕は『歌う』んだ」

オマーは、よく「ストーリー(物語)」という単語を使う。自分のタップでストーリーを表現するとか、自分のタップには歌詞がある、とか、そして、踊っているのではなく、歌っているという。そう、オマーのタップからは、歌が聴こえてくる。そして、その歌は、彼の苦難も含めた豊潤な人生経験から生まれたものなのである。だからその歌を聴いた者は、さまざまな点で感動するのだろう。オマーの「歌うんだ」という言葉を聴いた瞬間、水曜日、ライヴを見て強烈に感動したのは、きっと僕がそのときにオマーの「歌を聴いたから」なのだと思った。それは喉からでるシンガーの歌ではなく、足から、体から表現されるダンサーの歌だったのだ。何か答えのひとつを見つけた気がした。

絵を描くアーティストも、ダンスを踊るダンサーも、物事をクリエイトするクリエイターはそれぞれの活躍の分野が違っても、クリエイトすることを突き詰めることに変わりはない。

喉を使わずに足と体で「歌」を表現し、歌おうとするオマー・エドワーズ。キャンヴァスと触れるところは足だけにもかかわらず、体すべてを使ってダンスするダンサーの所作すべてをキャンヴァスに落とし込もうとする岡伸昭。どちらも一見不可能に見えることに果敢に挑戦している。それこそがクリエイティヴであり、アートの真髄だ。

オマーがまだランチを食べていないというので、岡さんと近くにランチに行くことになった。肉を食べないというので、いろいろ考え、岡さんがてんぷらはどうだということで、てんぷらになった。展示会場からでるときにオマーが言った。「サンキュー・フォー・グレイト・アフタヌーン…」。「こちらこそ」。

(この項、続く…かもしれない…)

ENT>MUSIC>ARTIST> Edwards, Omar


投稿者 吉岡正晴 : October 27, 2008 06:41 AM
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