November 03, 2008

Waxpoetics (Part 3) : Andre Torres, Editor-In-Chief for Waxpoetics, Talks (Part 2)

【ワックスポエティックス誌アンドレ・トレス編集長語る~パート2】

(今では全世界に8万人の読者を持つ音楽誌「ワックスポエティックス」。その編集長であり、創設者であるアンドレ・トレスがその創刊の経緯を語る。アンドレ・トレス・インタヴュー。2001年、アンドレは雑誌創刊のイメージを現実のものとするため、動き始める。昨日の続き。)

■ 32歳の解雇~紙一重の運命

運命。

雑誌創刊の決意を固めた彼はソフトウェアを売るセールスマンの仕事を朝9時から5時までしながら、オフィースのコンピューターに向かって、インターネットでソウル、R&Bについて書いているライターを探し出し、彼らにかたっぱしからメールを送り始める。「これこれ、しかじか、こんな雑誌を作ろうと思ってるんだが、記事を書いてもらえないだろうか」と。何人かから色よい返事をもらうようになり、徐々にイメージが固まってきたが、昼間オフィースでそんなメールのやりとりばかりやっていることがある日上司にバレる。

「お前、毎日、何やってんだ。ちゃんと仕事をしろ。さもなければ、クビだぞ」 単調な仕事に嫌気がさしていたアンドレは「けっこう、クビでもいいよ」と言い放つ。結局、アンドレはその会社を解雇されてしまう。アンドレ・トレス32歳の夏だった。

彼の最後の出社日は2001年8月4日。そして、彼が毎朝9時までに入っていたオフィース・ビルが、ワールド・トレード・センターの「タワー1」、78階だったのだ!! 

それから1ヵ月後の9月11日火曜日、世界の運命が変わった。そして、アンドレの人生も変わった。「僕のオフィースは78階、その上階(93階~99階)がもろ突っ込まれたところだ。僕のデスクから振り向くと外が見えるウインドウだ。そこに(飛行機が)突っ込んで来たんだよ。仕事仲間が何人も亡くなった。もちろん紙一重で命拾いした者もいた。ある男は、ちょうど朝のコーヒーを飲みに44階に降りていた。ある男は、ほんの一服タバコを吸いにやはり階下に降りていた。タバコは健康によくない、命を短くする、と言われる。だけど、その彼はタバコを吸っていたおかげで、少なくとも命が倍以上延びたんだ。タバコが彼の命を救ったんだよ。あれからしばらくは、本当に何もできなかった。茫然自失だ」

一息置いて彼は言った。「もし、解雇されていなければ、僕は今頃、死んでるよ」まさにクビが首をつないだわけだ。

「あれから2週間は本当にゾンビみたいに死んでいた。ちょうどその頃、僕は必死に創刊号の準備を進めていた。だが、よく人から言われたものだ。『誰がいまさら、レコードのことを書いた雑誌なんか読むんだ』とね。(ワールド・トレード・センターの)中にいた連中をみんな知っていたんだからね。で、ふと悟った。僕は今、生きている。それには理由があるはずだ。僕は何をすべきか、なぜ生きているのか。あのビルにその日いなかった理由、今、生きている理由、それは今やりかけている仕事を完成させるためなんだ、とね。僕の人生で次のフェーズ(段階)に進んだ瞬間だった。そこで僕は何をおいてもこの雑誌を創刊させようと決心したんだ」

「9月から12月にかけて猛烈に仕事をした。資金をあちこちから集めた。自分の貯金、2人のパートナーの貯金、両親、友人からの借金、クレジットカードでのローン、何でも現金を集め、印刷所と話をつけ、本の配給システムを作った。たぶん2万5000ドル以上は最初の資金としてあったと思う。初版は5000部作った。売れるかどうかはわからない。売れたとしても、書店からの回収は3ヵ月後、遅いところは半年後だ。だから第2号はそれを全部回収してから作ったから、(発行までに)随分と間隔があいたんだ。実際、創刊号を出す時には、どれほどの需要があるのか、音楽、それもレコードについて、人々はどれくらい知りたいのか、読みたいのか、まったくわからなかったからね。でも、出たら結局すぐに反応はあった」

横でこの話を聴いていたDJコンが、「その話は(ワックスポエティックスに)書いたのか?」と尋ねた。「いや、創刊号には、とてもじゃないが、気持ちを整理できずに書けなかった。だが、第2号(半年後)のコラムでちょっと書いたよ」

必然。

「Everything happens for reasons(すべて物事は必然で起こる)をまさに地で行くような話ですね」と僕が言うと、トレスが笑いながら答えた。「母親がいつも、その言葉を僕に言い聞かせていたんだ。まったく同じ言葉をね。ほんと、何かというとその言葉を言っていた。それまでは、何を言ってるんだ、くらいにしか思わず、全然信じることもなかったけど、あの事件以来、母が言った意味が本当の意味で理解できたよ(笑)」

雑誌の編集などまったくしたことがなかったトレスだが、イメージ、ヴィジョンは確固たるものを持っていた。「いわゆるジーン(ファンジン)と呼ばれるモノクロのいかにもマニア向けのミニコミは作りたくなかった。そういうのは本当に一部の人しか読まない。僕はもっと普通の人に読んでほしい。僕は一時期アートスクールに行っていた。だから、写真はこういう写真、レイアウトはこう、そうしたヴィジュアルのアイデアをしっかりもっていた」

「つまらない雑誌だと読み終わったら、みんな捨ててしまう。だが僕はそんな捨てられてしまうような雑誌は作りたくない。しっかりと読者が保存しておきたいと思うものを作りたいんだ」
 「それが何冊も集まれば、百科事典みたいになるような雑誌?」 
「その通りだ。しかも、記事もある程度アカデミックな内容で、ちゃんとプレゼンテーションされている記事、そうしたものを載せたい。もちろん自分が(雑誌に)載せたいアーティスト、載せたいレコード、そうしたものもはっきりとしている」

こうして、2001年12月11日、ファースト・イシュー(第一号)が世に出た。911からちょうど3ヶ月のことだった。「創刊パーティーをその日にやったから、よく覚えてるんだよ(笑)」 雑誌が出て、しばらくは書店もこの雑誌の取り扱いに困っていたらしい。トレスが言うのは、「ワックスポエティックス」というタイトルゆえに「詩の雑誌」のコーナーに置かれていたこともあったという。ワックスポエティックスは、直訳すると、「レコードの詩論」、つまりレコードで語られている詩を論じる、という意味だ。そこで、彼らは「これは音楽雑誌だから、音楽雑誌のコーナーに置いてくれ」とアピールしなければならなかった。

横からDJコンが訊いてきた。「最初の4号くらいまで、今いくらくらいするか知ってるかい?」 「さあ、高いとは聞いたけど」 「何百ドルってするんだよ」

2号が出るまでには、創刊号の資金を回収しなければならなかったので、半年以上かかった。それからは、しばらくは季刊(年に4回発行)で出した、そして、ビジネスが順調になって現在のスタイル、隔月刊になった。

つい最近、入手困難となっている最初の5号までの記事から秀逸記事を抜粋した『アンソロジーVOL.1』を発行した。その第2弾も予定されている。

「ワックスポエティックス」誌は好評を得て、順調に部数を伸ばし、現在31号まで刊行、毎号8万部を発行するまでに至っている。同誌のオフィースは、今は古いレコードの再発なども行うようになり、ビジネスの幅を広げている。そして、2008年10月27日、ニューヨークから6000マイル離れた極東の地で日本版が発行された。

雑誌の創刊を思い立った。仕事場で、仕事そっちのけでその準備をしていたらそれがばれて会社をクビになった。だがそのクビになったおかげで命拾いした。雑誌「ワックスポエティックス」創刊は911のその瞬間、運命付けられたのだ。もし上司が心優しい上司で彼をクビにしなければ、トレスは911の犠牲になり、この雑誌は誕生しなかったかもしれない。

Everything happens for reasons. すべては必然の元に…。

■雑誌・ワックスポエティックス・オフィシャル

http://www.waxpoetics.jp/日本版創刊号、発売中

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投稿者 吉岡正晴 : November 3, 2008 01:22 AM
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