March 05, 2009

Phillip Ingram Talks: About Switch, After Switch (Part 2)

(パート1は昨日のシーナ・イーストン・ライヴ評です)

【フィリップ・イングラム、スイッチについて語る(パート2)】

スイッチ。

ライヴが終わりメンバーがはけるときに、僕と松尾さんは通路のところでスイッチのアナログを掲げた。それを見たフィリップが大笑いしながら、近づいてきた。松尾さんはモータウンの中で、スイッチが一番好きなグループと言ってもいいほど。

モータウンから1978年アルバム『スイッチ』でデビュー。さらに79年『スイッチ2』も大ヒット。最初の2枚のアルバムはゴールド・ディスクに輝き、一躍人気グループとなったスイッチ。ヒットとしては、「ゼール・ネヴァー・ビー」、「アイ・ウォナ・ビー・クローサー」、「アイ・コール・ユア・ネーム」などがある。そのメンバーのひとり、フィリップ・イングラムがシーナ・イーストンのバックコーラスの一員として来日。シーナのライヴの後、松尾さんとスイッチのアナログ・レコードをバッグにいれて楽屋を訪ねた。

フィリップは雄弁でよくしゃべった。まず驚いたのが、スイッチをしばらく前の2003年に再結成して何箇所かでライヴをやったというニュース。ボビーは1995年8月16日、36歳の若さでエイズのため死去しているが、グループを作ったグレッグ・ウィリアムス、フィリップ、そのほかのメンバーでやったという。

スイッチはもともと1974年オハイオ州アクロンで、グレッグ・ウィリアムスが中心になってジョディー・シムズ、ボビー・デバージ、そして、トミー・デバージ、エディー・フルーエレン、フィリップ・イングラムらが入ってできたホワイト・ヒートが母体になっている。このグループは1975年、バリー・ホワイトに認められバリーのプロデュースでRCAから一枚『White Heat』というアルバムを出した。フィリップとエディーはその前から知り合いで、他の何人かとアクロンでロウ・ソウルというグループをやっていたという。

こんなアルバム↓
http://cgi.ebay.com/White-Heat-S%2FT-1975-RCA-Funk-LP-Barry-White_W0QQitemZ270351739875QQcmdZViewItemQQimsxZ20090302?IMSfp=TL090302145001r14578

オハイオ州アクロンからは、ハワード・ヒューイットも登場。ハワードとエディーは高校が同級生だという。このグループは残念ながらヒットしなかったが、その後グレッグ、フィリップらは本格的に音楽活動をするために、1976年頃、LAに引っ越した。デモ・テープなどを作ったりライヴハウスに顔を出していた1977年1月、彼らが別のレコーディングでモータウン・ビルディングに行く用事があった。

彼らがエレヴェーターに乗ると、なんと同じエレヴェーターにジャーメイン・ジャクソンが乗ってきた。フィリップが言う。「そうなんだ。ジャーメインが乗ってきて、僕たちは舞い上がった。で、エレヴェーターを出て、彼を追いかけていき、ちょうど持っていたデモ・テープを彼に『よかったら聞いてください』と言って渡したんだよ。ジャーメインは、車に乗ってそのカセットをかけたらしい。その翌日、彼から電話がかかってきた。興味がある、っていうんだ。そこで、彼はモータウンのスザンヌ・ドゥ・パッセの前でオーディションをすることになった。僕たちはうまくできたと思う。僕たちがなんで、グループ名をスイッチにしたか知ってるかい?」

「いや、知りません」 「そのときは、グループに名前がなかったんだ。ショーケースの席上で、スザンヌが言った。『あなたたちみたいに、(メンバーが)楽器をスイッチするグループは今まで見たことがないわ』ってね。それで、僕たちはグループ名をスイッチってすることにしたんだよ!」

「ジョディーがドラムだけど、実は僕もドラムができる。エディーはキーボードとトロンボーンもやる。グレッグはキーボードだけど、トランペットもやる。だからみんな楽器をとっかえひっかえできるんだ」

ほおお、それは知らなかったなあ。松尾さんと一緒にその由来を聴いて驚く。そして1977年5月頃契約して、アルバムは1978年8月にリリースされた。ちょうどこのモータウンとの契約が決まったとき、やはりLAに来ていた兄のジェームス・イングラムにそのことを話すと、兄はものすごく驚いたという。

ジェームスは、フィリップの6歳年上。ちょうどこの頃はレオン・ヘイウッドのバンドでキーボードを弾いたり、レイ・チャールズのバンドにいた時期。クインシーに見出される前のことだ。彼もインディでジンガラというバンドでレコードを出すがあくまでインディ。フィリップが言う。「たぶん、兄のジンガラと同じか、スイッチのほうが早かったかと思う。僕が音楽の世界に入ったのは、兄貴のおかげだよ。彼が一足先にバンド活動を始めていて、それを見に行っていて、うらやましく思ってね」

イングラム兄弟は6人で、音楽業界に入ったのはジェームス・イングラムとフィリップ・イングラムだけ。上から順にヘンリー、ジョイス、ジェームス、ジャニス、デイヴィッド、そして、フィリップだ。フィリップは1958年7月11日生まれ。今年の7月で51歳になる。58年は昭和33年、戌年(いぬどし)です。マイケル、プリンス、マドンナと同じ年だ。

スイッチはモータウンで5枚アルバムを出し、フィリップはモータウンを離れると同時にグループを抜け、ソロ活動に転じた。

松尾さんはアナログ・アルバムを3枚とCDを1枚、僕は2枚目のアナログを持ってきた。彼も2枚目を持ってきていたが、それはアメリカ盤。僕のは当時ビクターから出た帯びつき日本盤のしかも見本盤だった。

ちょうどビルボード・ライヴのスタッフ、ローレンスがやってきた。「彼がいたスイッチはすごいグループなんだよ」と松尾さん。「このハンサム・ガイは誰だかわかるかい?」と言って、ローレンスにジャケットに映ってるフィリップの若い時の写真を指差す。ローレンス。「ワオッ、若いな」 フィリップ。「髪の毛もあるし、髭もあるな。(笑) 『アイ・ウォナ・ビー・クローサー』って知ってる? (と言って歌いだす)」「おおっ、知ってる、知ってる!」「ちょっとばかり長くやってるんだよ」(爆笑)

(まだまだ続く)

ENT>MUSIC>ARTIST>Ingram, Phillip

投稿者 吉岡正晴 : March 5, 2009 07:39 AM
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