April 30, 2005

"Live The Soul Music" On NHK-FM

【NHK『ライヴ・ザ・ソウル・ミュージック』公開生放送】

飛び入り。

数日前に尾臺さんから連絡をいただき、また、NHK-FMの『ライヴ・ザ・ソウル・ミュージック』が、29日に公開生放送でやるので、ぜひどうぞ、とお誘いを受けたので、出向いた。ライヴは、リアル・ブラッド改めリアル・スロット。そして、クワマン・ウィズ・スリー・ビックリーズ。スペシャル・ゲストに久保田利伸さん。リアルたちのライヴは番組の冒頭だったので、ちょうどまだうちで仕事をしながら聴いていた。

その後ニュースをはさんで7時20分から始まった頃に到着。あいかわらずのブラザー・トムさんと尾臺さんのかみあわないトークが絶好調。このやりとりは、そこらへんのつまらない漫才よりよほどおもしろい。こういうコンビのDJというか、司会ってめったにないのではないか。さすがのNHKも別にこれを狙ったわけではないだろうが、台本ではできないおもしろさ。特に尾臺さんが何か読もうとしたり、次に進めようとしたりしているときに、トムさんの話を「ふん、ふん」言いながらも全然聞いていない時が最高にはまる。(笑)

そんなこんなで笑っていたら、スタッフの方からちょっと飛び入りで出ませんか、と声がかかった。「え? 何をしゃべればいいんですか。何もネタもってきてませんが・・・」と言ったが、まあ、いつもの調子で流れでやればいいかと思って快諾。

その前に登場した久保田さんの熱血トークがひじょうにおもしろく、約1時間続いて、その後ワンクッションしておじゃました。久保田さんの『ソウル・トレイン』登場の感激ぶりは、ブラザー・トムも大いに喜んでいたが、日本人ならみな同じだろう。それと、久保田さんの2曲、どちらもよかった。特に「シャル・ウィ・ダンス」に使われたという曲、初めて聞いたが、これ、かなりよかった。日本語の乗せ方がすごくユニーク。思わず聴き入った。もう1曲は、カーティス・メイフィールドの「トリッピン・アウト」をサンプリングした曲で、これはこのリズムの勝ちという感じで、もうたまらない。

Ray / レイそして、久保田さんが去った後、マイクの所に行くと、なんと、トムさんレイ・チャールズの本を横に置いているではないか。超びっくりした。彼がその本を観客のみなさんに見せてくれていた。そこで、曲が終って尾臺さんに紹介されて、話は自然とレイ・チャールズになった。映画『レイ』のDVDの話になって、当然、その中に収録されているボツシーンの話になってしまった。

その後、クワマン・ウィズ・スリー・ビックリーズ。なんと、クワマンさんのお父さんが今日はトランペットを吹いていた。そのお父さんが選んだ一曲が、ニニ・ロッソの「夜明けのトランペット」。久々に聴いた。親子2代が同じステージでラッパを吹く図は、なかなかのものだった。

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前回のライヴ番組の様子

2004/10/03 (Sun)
My Mother Loved It, I Loved It And My Son Loved It: The Song Have Been Loved By Three Generations

http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200410/diary20041003.html

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投稿者 吉岡正晴 : 04:53 AM | コメント (0)

April 29, 2005

Play "Kotobuki!": Symbol Of Loser & Winner

【劇「コトブキ!』~負け犬と勝ち犬の間で~】

勝ち犬。

「売れっ子放送作家」というと怒られます。「超売れっ子放送作家、と言いなさい」(笑)なんて、番組、ご本の執筆、時にテレビ出演など超おいそがしのカニリカさんの第四弾戯曲『コトブキ!』を見た。すでに始まって何日か、初日に行こうと思ったが、なんと初日と千秋楽は即完とかで、27日に。

前回の場所からは、さらにグレイドア~~~~プの池袋の芸術劇場!  小ホールといえども、立派な芸術劇場です。キャパは約300。演劇を見るにはちょうどいい大きさか。観客の男女比は3:7くらい。女性のほうが多い。

30歳を前になんとか結婚にこぎつけた又野美紀(一色紗英)。年下の新郎、山下洋二(村上幸平)との結婚披露宴が始まろうとしている。そこで起こる悲喜こもごも。登場人物は全部で8人。それぞれが一癖も二癖もあるメンツで、一体何が飛び出るか・・・。

見終わった後、カニさんから「どうだった?」のメール。う~む、どう返答したらいいものか。実は僕は男だからか、今回の作品にはなかなか感情移入できなかった。前作のほうがおもしろかったというのが最初の感想。そこで送った返事が「一色紗英がかわいかった」。答えになってない。(笑) すぐ折り返し、携帯のベルがなる。「あまり気に入らなかったんでしょう」

「負け犬」というキーワードで時流にのり、見事に「勝ち犬」になっているカニさんのことなので、もっとこの「負け犬」「勝ち犬」の対比があるかと思ったが、比較的さらっとした感じ。また、女性同士の会話(披露宴の出席者で、一人はすでに結婚、もうひとりは仕事ばりばりのキャリアウーマン)で、どろどろしたものがあるかと思ったが。

なにかこう、テンポ感がまったりするというか、セリフがよくありがちな、というか。とは思ったが、女性からは「いかにも、こういうやりとりありそう、リアル、リアル」という声があがるそうだ。なるほど、これは女性向けの劇なんですね。

僕の忌憚のない意見を言うとすれば、やはりストーリーの元となっている部分がありきたりすぎるというか、あまりに普通というか。それと登場人物のキャラが薄いということかなあ。それとも、最近の人たちの日常って、やはりこういう風に薄いのかなあ。となると、うまく現代の若者感覚を切り取ったということもできるかもしれない。あと、もっと前作のようにギャグがたたみかけるように出て欲しかったなあ。やはり、コメディーと銘打たれているので、「笑いに」来たという部分がまま、あったので。

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『コトブキ!』

公演日程:2005年4月24日(日)から5月2日(月)全13回公演。
場所:  東京芸術劇場小ホール2 
作:カニリカ 演出:三枝孝臣(日本テレビ)
出演:一色紗英 村上幸平 萩野崇  川合千春 田中理恵 小浦一優 椿隆之 ・岩崎ひろみ
チケット: 6000円
問合せ先:マシン 03-5475-2735

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前回カニリカ作品の感想文

2004/01/24 (Sat)
24-7 She's Been Thinking About Gag: Comedy "Do Les Miserables"
http://www.soulsearchin.com//entertainment/theater/diary20040124.html

「コトブキ!」オフィシャルページ
http://www.h4.dion.ne.jp/~tai-setu/kongo.htm

カニリカ氏オフィシャル・ブログ
http://kanirica.cocolog-nifty.com/top/


(2005年4月27日水曜、池袋芸術劇場小ホール=コトブキ!公演)

ENT>PLAY>Kotobuki

投稿者 吉岡正晴 : 12:41 PM | コメント (0)

April 28, 2005

"Soul Survivor": New Segment In "Soul Connection"

【『ソウル・コネクション』に新コーナー『ソウル・サヴァイヴァー』】

切り口。

この4月から『フィールン・ソウル』から、『ソウル・コネクション』へと番組タイトルが変わったゴスペラーズの番組ですが、これまで毎月最終週にお送りしていた『ブレイジン・ミュージック』のコーナーが代わります。

先月まで登場していたブレイジン・ビューティー石島はるみさんにかわって、吉岡正晴が新しいコーナーをやることになりました。石島さんはコーナーには出演されなくなりましたが、構成と選曲で以前にも増してお力添えいただいております。おそらく、これからは毎週のようにあの「がはは」の声がオフマイク気味で聴かれると思います。新コーナーのタイトルは、『ソウル・サヴァイヴァー』。

過去50年くらいのソウルの歴史を紐解くと、必ず出会う様々なソウルの偉人たちがいますが、そうしたソウル・ジャイアンツにスポットを当て、そのアーティストを俯瞰(ふかん)しつつ、ソウル初心者にわかりやすく、さらによく知っている方にも独自の切り口でご紹介しよう、というものです。

最初おぼろげにソウル・ジャイアンツたちをとりあげて、わかりやすく解説しようということを考え、『ソウル・サヴァイヴァー』というタイトルにしていたんですが、ソウル・ジャイアンツに絞っていろいろ煮詰めていたら、タイトルをふと『ソウル・ジャイアンツ』にしたほうがいいかな、と思い、収録日にスタッフに言ったところ、「もうジングル作っちゃったので、ダメです」とあっさり却下されました。(笑)

第一回(2005年4月30日)では、4月といえば、やはりマーヴィン・ゲイということで、マーヴィンをご紹介します。番組は東京FMをキーステイションに全国東京FMのネットワークで聴けます。土曜の夜10時。チェキ。

ENT>RADIO>Soul Connection

投稿者 吉岡正晴 : 09:26 AM | コメント (0)

April 27, 2005

Knack For Writing Piece With Longevity

【すぐ死ぬ文章】

永続性。

たまたま昨日NHKの昼の番組を見ていたら、阿川佐和子さんがでていた。話はいろいろおもしろかったのだが、お父さん(作家の阿川弘之氏)に文章について言われたという言葉が印象に残った。

それは「流行(はやり)言葉ばかり使っていると、文章はすぐに死ぬ」という言葉。う~~~む、深い。そして、おっしゃる通り。よ~~~くわかる。

やはり、僕もまあ、長い間いろいろ書いているが、結局、普通に書くのが一番という結論に達する。奇をてらって書くのもなんとなく、その場はいいのだが、そういうのは、結局後から読んでみると意外と恥ずかしかったりする。

そういう意味では雑誌などの定期刊行物に書くのと、CDのライナーノーツなど資料性の高いものに書くのではずいぶんと違う。雑誌の原稿というのは読まれる期間がせいぜい一ヶ月くらい。もちろん、将来その原稿を一冊の単行本にしようとなるなら、一ヶ月という短期ではないのだが、とりあえず、次の号がでれば忘れられる。(もっとも文字に印刷されたものは、ずっと残るからいつ誰に読まれるかはわからないが)

ところが、CDのライナーなどは、そのアーティストの新作が出たときに前のアルバムのライナーが読まれる。その間隔は1年であったり、2年であったり、スティーヴィーのようなものだったら、10年だったりする。そうなると、何年か前の気分で書いた軽い文章ではまずい。つまり「流行の言葉を使って、死んだ文章を書いている」となるとこれはちょっと恥ずかしい。

ウェッブはさらに微妙だ。何年後にも残るだろうが、消すこともできる。また、古いものも、即座に書き直しができる。まちがいもすぐに訂正できる。となると、ウェッブの文字というのは、紙媒体ほど重くないということなのだろうか。

ただいずれの場合でも、永続性がある文章、末永く読まれる文章というものは、確かに存在するということだろう。やはり、何度も推敲(すいこう)した文章は、長く読まれえる確率が高い。それはライナーだろうが、雑誌だろうが、単行本だろうが、ウェッブだろうが、本当は関係ないのだが。「文章がすぐ死ぬ」という言葉を聞いていろいろと考えさせられた。

投稿者 吉岡正晴 : 08:16 AM | コメント (0)

April 26, 2005

Kondo Fusanosuke Live At Blues Alley 

【近藤房之助ライヴ・アット・ブルース・アレー】

つわもの。

いつかは見る機会があればと思っていた近藤房之助さんのライヴ。縁あって、目黒ブルースアレーで彼のライヴを見ることになった。日本人ブルースマン、ソウルマン。ギターを弾いて歌う。

ドラムス、ギター、キーボード、ベース、そして、近藤さん(ギターとヴォーカル)の計5人がオンステージ。どの曲も、アップテンポもミディアムも、エネルギーいっぱいにブルーズ魂を炸裂させている。

ほとんどしゃべりもなく、テンポよくショウは進む。おもしろい選曲は「青い影」と「ファンキー・スタッフ」。前者はプロコル・ハルムのバラードをちょっとソウルフルにしあげた。後者は、クール&ギャングのファンキーな大ヒット。のりのりで、観客の一部も立ち上がった。「ロック・ミー・ベイビー」では、各楽器のソロが続き、なかなかのつわものぶりを見せた。

http://www.fusanosuke.net/

Setlist
2005.04.21 Thursday @Blues Alley

01. Tobacco Road
02. When Will We Learn
03. Let Me Down Easy, Baby
04. Stormy Monday
05. Gotta Get Next To You
06. Me
07. Whiter Shade Of Pale
08. Come See About Me
09. Double Trouble
10. Love Of Mine
11. Funky Stuff
12. Travelling
13. Rock Me Baby
14. Same Ol' Blues

Enc.1. Hoochie Coochie Man
Enc.2. Let's Have A Natural Ball

(2005年4月21日木曜・目黒ブルース・アレー=近藤房之助・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Kondo, Fusanosuke

投稿者 吉岡正晴 : 08:45 AM | コメント (0)

April 25, 2005

The Last Day Of George's: Part 2

【日本最古のソウルバー、ジョージ 41年の歴史に幕】(パート2)

伝説。

2005-0423-1957.jpg入口のところに人があふれ、思い思いに缶ビールなどを飲んでいる。中に入ろうとするが、いっぱいでよほど人を押しのけないと入れない。ひとりでどうしようかと思っていると、近くでバーをやっていて、以前別のソウルバーにいて今は独立しておしゃれなバーをやっている小林さんがいた。よくライヴなどで顔をあわせる。ちょうど店が終ってやってきた、という。まもなく、雑誌ブリオでソウルバーの紹介を毎月書いている高畠さん登場。実は彼に今日がジョージ最後だという電話をいれたら、やはりもちろん知っていて、前日も朝方まで飲んでいたという。大阪のアカペラグループのメンバーを紹介された。あるいは高円寺でソウルバーをやっているシンさんもいる。

結局、高畠さんは彼のコラムではこのジョージを紹介できなかった。彼はこの日本最古のソウルバーを、自分のコラムが最終回になるときに、ママとともに紹介しようとずっと思っていた。だが、ママが2001年10月に他界し、その夢は実現することはなかった。そして、今日名実共に閉店することによって、ジョージはそのコラムには登場しない。ただしブリオでは昨年、六本木特集を組み、その中でこのジョージは紹介した。

ジュークボックスから絶え間なくソウルが流れてくる。誰もがいつもやるように、カウンターに何枚もの100円玉が無造作に置かれている。ジューク用の100円だ。なんとか入口から中に入ってみると、そこは満員電車さながら。テーブルに上って踊っている人がいると思ったら、コシノジュンコさんの鈴木さんではないか。のりのりだ。「ロング・トール・サリー」がかかった。店の中のほぼ全員がコーラスを大声で歌う。大声で歌う曲は、これだけではない。ウィルソン・ピケットの「ダンス天国」、テンプスの「ゲット・レディー」・・・。

中にいると男性が声をかけてきた。「吉岡さんですよね」「はい」「ずっと昔から文章、読んでますよ」「えっ、ありがとうございます」「いやあ、寂しいですよねえ。私もずっと昔から来ててね。こういう店が閉まっちゃうなんてねえ・・・」 

鈴木さんが僕をみつけて声をかけ、こっちに来いという。なんとか押しのけて久々の再会。コシノさんともかなりお久しぶりだ。20年以上前に、コシノさんのファッションショウの時にDJをしたことがある。「今日北京から帰ってきてね、ジョーイから電話がかかってきて、来たんだ」 

タバコの煙と人ごみで苦しくなって外にでると六本木・ホワッツアップのカツミさんがいた。3日くらい毎日来てました。こんなにつめてここに来たことはなかった、という。どうやら前日は8時過ぎまでどんちゃん騒ぎだったらしい。渋谷のファンキー・チキン店モリゲンの森元さんも店をしめてやってきた。川畑さんは、遅番の登場か。(笑) 

ジュークボックスはよく壊れる。だがある程度の知識があれば比較的すぐ直せる。それでも壊れた時のために、ママはジュークを2台持っていて、1台を修理に出さなければならない時には、1台を入れ替えていた。確かにジュークボックスのないジョージは考えられない。

壁一面に貼られた写真には、写真が痛まないようにセロハンが被せられている。だが、そのセロハンがタバコの煙で茶色っぽくくすんでいる。タバコのヤニによるそのくすみ方は、半端ではない。何十年という時の経過とともに、徐々に汚れていったものだ。そしてその染みのひとつひとつに41年のソウルが宿っている。

「マイ・ガール」がかかった。ジョージのテーマ曲のひとつでもある。コーラスのところはみんなで大合唱になる。\"I guess you'd say
What can make me feel this way? My girl (my girl, my girl) Talkin' 'bout my girl (my girl). " その様子を見ていて、壁に貼られたママの写真に目が行った。その写真はあたかも「最後の日は思いっきり楽しみなさい」と言っているかのようだった。

日本最古のソウル・バー、ジョージはこの日をもって伝説になった。

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ジョージが舞台の記事。

デイヴィッド・リッツ、インタヴュー
『両肩に刻まれた入れ墨』

http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/interview/ritz19940509.html

ENT>SOUL BARS>George's

投稿者 吉岡正晴 : 09:03 AM | コメント (0)

April 24, 2005

The Last Day Of George's: Part 1

【日本最古のソウルバー、ジョージ 41年の歴史に幕】

閉店。

2005-0423-1958.jpgあの日本最古のソウルバー、ジョージ(英語表記はGeorge's)が2005年4月23日(土曜)を持って閉店した。1964年(昭和39年)にオープン以来、41年間、ソウル・ミュージックの数々を六本木の小さな空間に流しつづけてきた。

23日、午後8時前にジョージに立ち寄った。普段ならまだ営業していない時間。外のネオンもついていない。しかし、中の明かりがついている。やっているのだろうか。とりあえずドアを押すと、開くので入ってみると、誰もいなかった。「ごめんくださ~~い」。トイレのほうから物音がして、まもなく、一人の男性がでてきた。「お店、いつまで?」 「あ、今日までです」 「ジョーイさんは?」 「あとで来ますよ」 まだジュークボックスに電源も入っていない。音のしないジョージ。誰もいないジョージ。

すると時を同じくしてジョーイさんが入ってきた。前に何度か会っているが、彼はこのジョージのママの息子さん。オーストラリアを本拠に金融関係の仕事をしていて、日本と行ったり来たり。なかなかここにこれない。また、隣の防衛庁跡地を三井不動産が大規模プロジェクトとして開発を始めたこともあり、店を閉じることにしたという。そして、改めて「お別れの会」を別のところでする、という。

中にあるポスターや、様々なソウルフルな想い出の品の数々は、すべて別のところに保管しておくという。もちろん、この名物ジューク・ボックスも。約1-2週間で店内を片付け、その後すぐではないが、最終的には建物自体が取り壊されるという。ここにあるポスター、ジューク、写真などダリル・ホールなどが欲しがっているという。ただ、まだどうするかは決まっていない。

「ぜひ、この店の写真をとっておいて欲しいなあ」と言うと、「ええ、カメラマンに頼んでみるつもりです」と彼。僕も携帯でジュークの写真を撮った。

ちょうど外に出ると、ジョージのネオンライトが点灯した。隣の大規模開発の広さから比べると、ジョージの面積などネコの額にもならない。これも時代の流れか。そのネオンや扉など、またしても、携帯で撮ってしまった。すると、店の前に一台のタクシーが止まり、そこから降りてきた女性もやにわにデジカメを取り出し、ジョージの外観を撮りはじめた。僕が驚いていると、すぐに扉を押して中に入っていった。

拙著『ソウル・サーチン』の「ミニー・リパートンの章」でもジョージを舞台にした。「ラヴィン・ユー」ガールは、ジョージ閉店のニュースを知っているのだろうか。

それにしても、この店が閉まるのは、実に寂しい。僕がここに初めて来たのはおそらく1972年のことだと思う。確かまだ高校生だった。大学にはあがってなかった時期だ。雑誌ソウルオンの広告を見て、六本木の駅から歩いてやってきた。最初入るときはさすがに怖かった。それでも73年以降にはちょくちょく来ていた。

壁一面に張られたポスター、アーティスト写真、サインの数々、音楽業界誌キャッシュボックスの表紙、旅行好きだったママが世界中を旅して、そこで使った何種類もの紙幣。わけのわからない見たこともない文字が書いてある紙幣について尋ねると、懇切丁寧にママはなんでも教えてくれた。客がひじをつくので、水平ではなくなっているカウンター。そしてそのカウンターはガムテープで補強されている。この店に入ると、僕は少なくとも30年はタイムスリップする。そして、何よりここの主役、ジュークボックス。これほどまでにソウルが染み付いた店は世界中どこを探してもないだろう。

夜中2時過ぎ、もう一度、来てみた。すると、店の外まで人があふれ返っていた。

(つづく)

PS: ジェームス・カーさん、閉店情報ありがとうございます。

ENT>SOUL BARS>George's

投稿者 吉岡正晴 : 11:03 AM | コメント (1)

April 23, 2005

Pathos Is New Group With Old Me

【哀愁よろしく: ペーソス感じて】

(前日からのつづき)

握手。

30人も入ればいっぱいになるお店なので、座れない人が続出するほど大盛況だが、いろいろな新人アーティストたちが登場する。

ライヴでは「にしん」という平成のピンクレディーともいえそうな女性2人組、「ペーソス」というオジサン3人組(正確には50代の2人組+準メンバーのMC)、うら若き女性5人組のユニット「ピアニン・プラン」というのがおもしろかった。

特にペーソスにはやられた。昭和歌謡を平成にもってきて、ギター1本と哀愁を帯びた歌でやる。この歌詞がめちゃくちゃおもしろい。とぼけた味で、中年男の悲哀を浮かび上がらせる。歌詞を書き、歌うのが1952年山口県生まれ、どこかなぎら健一似の島本慶さん。ギターを弾くのが1953年愛知県生まれの岩田次男さん。そして、名調子の司会がスマイリー井原さん。歌手を目指して苦節30年、デビューして8ヶ月。なんとCDはPヴァインから。MCによれば、「デビューしたものの、どこの新聞も取り上げてくれず、唯一紹介してくれたのが、毎日新聞・・・」(観客からどっと笑い)とのことだが、けっこう話題になっているようだ。言ってみれば、オールドガイによるニューグループだ。

年をとって、どうのこうのと歌詞が続き、そして、「ビミョウ」とコーラスがはいる曲(タイトルは「涙腺歌」)がめちゃおもしろかった。他も、哀愁とお笑いと、どうしようもないせつなさが笑える。ほんとわらた。お笑いバンド、ノヴェルティー・バンドとして密かに注目だ。ちょっと、内緒でライヴ覗きにいきましょう。

後で紙資料・音資料ももらったのだが、その資料の中にいくつかの媒体に出たものがコピーされていた。そこには毎日新聞のものや、雑誌のものもあったが、なんと産経新聞の記事もあった~~。毎日だけじゃないではないの~~(笑) 

そして、ピアニン・プランは、ふだんはそれぞれ活躍しているメンバーが集まるプロジェクト的ユニット。この日は井上ゆかりさん(ピアノ)、ミヤさん(フルート)、平山織絵さん(チェロ)、里見紀子さん(ヴァイオリン)、はたけやま裕さん(パーカッション)の5人が自由自在に音をだす。ジャズとクラシックの中間というか、けっこうのりのいいオリジナル曲(「タンジェリン・クラウズ」)と「ストレート・ノー・チェイサー」を披露。女性パーカッションというのがなかなかユニーク。シーラEみたい。みんな素敵だ。

某レコード会社のKさん。アーティストと見ると誰にでも、「握手だけしていただけますか」と右手を出す。彼女たちにもかたっぱしから右手を差し出していた。今日ライヴを見せた新人たちがKさんのレコード会社から出る日は、果たして来るのか? 

(2005年4月20日水曜、荒木町ウィル(WILLE)=らっこ会)

ENT>MUSIC>EVENT>Rakko No Kai

投稿者 吉岡正晴 : 11:37 AM | コメント (0)

April 22, 2005

Dead Line Is Here To Break 

【物を生み出す原動力:締め切り】

死線。

毎日新聞の音楽欄「楽庫」のライターや、担当編集者、そしてレコード会社各社の宣伝担当などが一堂に会する「らっこ会」が四谷・荒木町の小さなジャズ・バーであった。楽庫ができて12年。その間、こうした懇親会は一度もなく、今回が初めての試み。楽庫の編集長的存在の川崎氏がいく組かおもしろい新人アーティストに声をかけ、ライヴも披露。これがなかなか粒ぞろいで、おもしろかった。

久々に会うライター氏もいれば、お名前だけはいつも拝見しつつ、対面は初めてという方とも名刺交換などをしつつ、その間隙をぬってレコード会社はぬかりなくプロモーションをするなどけっこうおもしろい会になった。

ちょうど、8時半過ぎに会場に入ろうとすると、ライター服部さんも入ろうというところ。「今、青山から来られましたか?」ときかれ「いや、直接うちから来ましたけど」。「今、青山でマリオンのショーケースがあって。同じ所から来たのかなと・・・」 「マリオ? また来てたの? あれ、オマリオンか?」 「いや、そのどっちでもないんです。マリオンというの」 「へえ、知らなかった・・・」 マリオ、オマリオン、マリオン・・・。わけわからん。(笑) 

たまたま隣になった中川五郎さんと久々に歓談。五郎さん、現在のプロジェクトはボブ・ディランの全曲の訳詞本をてがけているそうだ。すごっ。アルバム収録曲全部だけでなく、他のアーティストに提供したような作品、ライヴだけで歌った作品、曲を書いただけでレコーディングはされていない作品など、かなり網羅するようで、400曲以上のものになるという。「へえ、じゃあかなり立派な分厚い、高い本になりそうですね。5000円くらい?」 「いやあ、2冊に分けて木のボックスで10000円くらいになるんじゃないかなあ」 「おおおっ、それはすごい。何人くらい買うんだろう」 「わからないなあ。でも、ディラン・ファンはある程度いますからねえ」

これまでに五郎さん自身がアルバム対訳をてがけたものもあり、そうしたものはもう一度見直し、まったく手付かずのものは、改めて、訳し下ろす(こんな言葉あるか?(笑))そうだ。ただし、他の人が訳した物は、できるだけ見ないという。「やっぱり、他の人の読んじゃうとだめなんですよ、影響されちゃって」 「で、締め切りは?」「5月中」「ああ、じゃあ、けっこう進んでるんですか」「いや、ぜんぜん・・・(笑) ほんとやらないとまずいんですよ」 

しかし、ボブ・ディランなどは、初期は比較的わかり易いが、中期以降は「ダブル・ミーニング」だけでなく「トリプル・ミーニング」まであって、それをどう日本語に置き換えられるか、どう解釈するかは、もう訳す人にかかってくるので、どうにもしようがないという。

なんと、アメリカででたボブ・ディランの自伝の翻訳本と同時にリリースする計画らしい。こちらはボブ・ディランの大家ヘッケルさんが訳されるという。「じゃあ、絶対遅れられないじゃない・・・」「そうなんですよねえ・・・」とニコニコする五郎さんでした。

そこからしばし翻訳もの談義に。訳詞での苦労話をきいた。特に熱心なファンがいるアーティストの訳詞には、ずいぶんと文句をつけられるそうだ。

締め切りを英語ではデッドライン(死の線)という。それまでが死んでしまうくらい苦しいから・・・ということではない。それが最終期限ということだ。それを境にすべてが死んでしまうということかもしれない。だが、記録は破られるためにあるのと同様、締め切りも破られるためにあるのかもしれない。しかし、締め切りという存在がなければ、何も生まれない。締め切りが、物を作り出す大きな原動力となっているのも事実だ。

(つづく)

(2005年4月20日水曜、荒木町ウィル(WILLE)=らっこ会)

ENT>MUSIC>EVENT>Rakko Kai

投稿者 吉岡正晴 : 08:53 AM | コメント (0)

April 21, 2005

It's Gonna Be Sleepless Night After You Heard Norah's Voice

【恋人たちのサウンドトラック:ノラ・ジョーンズ】

不眠夜。

フィールズ・ライク・ホーム (CCCD)観客は、老若男女、実にヴァラエティーに富んでいる。サラリーマン風、OL風、学生風、けっこう年齢の行った白髪系。男女比もほぼ半々。ということはカップル率が高いということか。男性同士というのはいないので、若干女性のほうが多いかも。ノラ・ジョーンズの人気の底辺の広さが感じられる。

ノラが言う。「昨日ここに来た人いる? (若干の反応) そういう人たちのために、今夜のセットリストを少し変えてみたの」 なるほど、確かに、前日のリストと見比べると若干入れ替えられている。

前日歌われずに、この日歌われた作品は下記セットリストで、1、3,6,9、14、アンコール2曲目の計6曲。一方ドロップした作品は「ナイチンゲール」、「シー」、「ペインターソング」、新曲の「ロージー」、「ローンスター」の5曲。火曜日は1曲多かった。新曲が落ちたのは痛かったが。

6のボブ・ディランの曲、アンコール2曲目のグラム・パースンズの曲などはいかにもノラらしい選曲。「スリープレス・ナイト」もグラム・パースンズが歌っている。

そして、アコースティックのギターの響きから始まる「ドント・ノウ・ホワイ」。イントロのほんの2-3音だけで、いっせいに拍手と歓声。このショウの中でやはり一番人気がある作品だ。

彼女も、バンドもひじょうにスポンテニアス(自由自在)に曲を操る。したがって、セットリストも自由にいじれる。そこで、その場の雰囲気で曲が変わることもあるのだろう。

天井から数本のろうそくのような照明が吊るされている。舞台全体のトーンは深めの赤。ノラのトップに着ているものと同系統だ。

個人的には、ノラのたったひとりの弾き語りによる「ニアネス・オブ・ユー」が聞けて嬉しかった。イントロのピアノの部分で、「ドント・ミス・ユー・アット・オール」に思えたが、歌詞が入ったところで、「ニアネス」になっていた。こういう姿を見ていると、小さなピアノバーで、グラス片手にこういう曲を聴きたくなる。

「どきどきしてしまうのは、蒼い月のせいではない。それはあなたがすぐ傍らにいるから」 暗闇の中ピンスポットに照らされたノラがそう歌えば、会場の恋人たちには完璧なサウンドトラックとなるだろう。

ノラの歌声は、その会場にいる人々をやさしく、暖かい愛で包み込む。ノラの歌声の余韻にひたっていると、まさにスリープレス・ナイトになってしまいそうだ。

【Setlist】
2005.04.19. Live At Kokusai Forum Hall A

show started 19:11

01. Prettiest Thing ("Feels Like Home"-2nd album)
02. Those Sweet Words ("Feels Like Home"-2nd album)
03. Feeling The Same Way ("Come Away With Me"-1st album)
04. What Am I To You? ("Come Away With Me"-1st album)
05. I've Got To See You Again ("Come Away With Me"-1st album)
06. Going Going Gone (Bob Dylan)(not on Norah's CD)
07. In The Morning ("Feels Like Home"-2nd album)
08. Carnival Town ("Feels Like Home"-2nd album)
09. Nearness Of You (Hoagy Carmichael) ("Come Away With Me"-1st album)
10. Humble Me ("Feels Like Home"-2nd album)
11. The Long Way Home (Tom Waits) ("Feels Like Home"-2nd album)
12. Don't Know Why ("Come Away With Me"-1st album)
13. Creepin' In ("Feels Like Home"-2nd album)
14. Above Ground ("Feels Like Home"-2nd album)
15. Sleepless Nights ("Feels Like Home"-2nd album)
16. Sunrise ("Feels Like Home"-2nd album)
17. Come Away With Me ("Come Away With Me"-1st album)
18. Life Is A Carnival (The Band) ("Live In 2004"DVD)

Enc.1. Turn Me On ("Come Away With Me"-1st album)
Enc.2. Ooh Las Vegas (Gram Parsons)(not on Norah's CD)

show ended 20:49

(2005年4月19日火曜、東京国際フォーラム・ホールA=ノラ・ジョーンズ&ハンサムバンド・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Jones, Norah & The Handsome Band

投稿者 吉岡正晴 : 12:05 AM | コメント (0)

April 20, 2005

The Soul Nuts Open: Watch Out For Your Head

【ファンキー居酒屋「SOUL NUTS」オープン:頭上注意】

新規開店。

恵比寿「ブラウンシュガー」で長年DJをやっていたDJ恵子さんが、白金「ダンステリア」のマイケル鶴岡さんとともに、三宿にソウルバー「ソウルナッツ」を2005年4月20日、オープンする。ソウルバーというよりは、「ソウル居酒屋」がコンセプト。一足先に、プレミア取材だ! 

三宿の交差点を渋谷から行くと右折。右手にゼストを見て、すぐに左手に「春秋」があり、そのちょうど向かいの2階。(ゼスト側) 約15坪。ボックス席約18にカウンターが約12席。ドリンクだけでなく、けっこう多くの食べ物がある。

20日から3日間はオープン記念ということで、食べ物も飲み物も、500円均一。そのメニューはソウルの日本盤シングルのジャケットをうまくアレンジしたもの。メニューの中には「ファンキー・チキン・ナンバー1」なども。一度チャレンジしないとね。

音の大きさは中くらいで、もし盛り上がってきたら、若干あげる。ミラーボールが入口と中に2個。DJ回りは、ターンテーブル2台にCDJが2台。レコードは約4000枚くらいか。この他、DVDなどで映像をモニターに映す。DJブースがカウンター中央にあり、全体を見渡せる感じになっている。DJ恵子によれば、カウンターの端ではなく、どうしても真中でDJをやりたかったんです、という。

営業はソウルバーなのに、オープン6時、そして、朝5時まで。なんでまたそんな早くから? 「8時とかにしておくと、お客さんが8時じゃまだやってないだろうって、結局来るのが9時10時になっちゃうんですよ。6時からやってれば、大丈夫でしょう!」 水商売の鏡みたいだな。(笑)

マグカップ、グラスも、ソウルナッツのロゴ入り。また、開店を記念して特別限定Tシャツ(3900円)も作って、店内で販売する。

そうそう、お店に入るときなんですが、右に引く、引き戸になってるんですが、ドアが低く、かがまないと頭がぶつかります。最初入ったとき危なかった。(笑) で、マイケルたちに言いました。「これね、絶対頭ぶつける人、続出すると思うよ」 「いやあ、でもねえ、こういう引き戸に絶対したかったんですよ。それに、頭ぶつけるような人はもう酔っ払ってるわけだから、注意しろ、と」 ということは、これは「酔い覚まし引き戸」あるいは「酔い警告引き戸」か。「頭上注意」の看板でも貼ってもらおうか。(笑) 

FUNKY居酒屋
SOUL NUTS(ソウル・ナッツ)
2005年4月20日水曜オープン

世田谷区池尻3-28-6
ファースト・アミューズ・ビル2階
電話03-3487-3493
営業時間 午後6時から朝5時まで
チャージ 500円
ドリンク・フード 500円~
年中無休

ENT>SOULBARS>Soul Nuts

投稿者 吉岡正晴 : 11:10 PM | コメント (2)

April 19, 2005

All That Simplicity Is Gold: Norah Jones

輝く素朴さ:ノラ・ジョーンズ・ライヴ】

素朴。

COME AWAY WITH MEなぜ僕がノラ・ジョーンズが好きなのか、ライヴを見ていてわかった気がした。まずなんと言っても彼女の声が好きだということ。これは何物にも代え難い。別にそんなにソウルフルな声でもないのだが、でもハートウォーミングな温かみのある声に惹かれる。聴いていてまったく不快感がない、落ち着く声なのだ。そこがいい。

もうひとつ。彼女がルーツミュージックをものすごく大切にしているということ。特に南部の音楽、南部ロック、ブルース、カントリーなどを自然に彼女は体内にいれて、自分の物として消化して排出している。そうしたルーツものは、僕も元々好きなので、それらが感じられるから、きっとノラのことも好きなのだろう。そこがいい。

南部のロック、南部のソウル、南部のカントリー。みんなどれも都会的に洗練されてはいなくて、どこかだささが残っていて、でも温かい。生活感に根ざしていて、まちがっても打ち込みなどで音を出さない。楽器の早弾きなどで技術を競うなんてこともなく、そこそこシュアに音を出す。リアルミュージシャンの生身の音が、そっとでてくる。そんな感じだ。そこがいい。

彼らは、メンバーがみんな仲良しの、例えば、大学の音楽サークルでやっているバンドのように映る。本来だったら、5-60人も入ればいっぱいになる小さなライヴハウスでやっているような仲間が、ノラのCDの大ヒットによって、5000人ものキャパシティーの大きな会場でやることになってしまっただけのことだ。5000人を相手にしようが、50人を相手にしようが、彼らがやることはいつも変わらない。そこがいい。

その不変なところがいい。その素朴さがいい。そのグリッター(光輝くけばけばしさ)がまったくないところがいい。素朴さこそが、見事に光り輝いていていい。(All that simplicity is gold)

ドラムス、ギター2人、ベース、コーラスにパーカッション。これにノラが歌とピアノ、キーボード。最近は、レイ・チャールズのカントリーでしばし、個人的にもカントリーへのなじみがあったためか、ノラのカントリー・フレイヴァーなサウンドも、違和感なく楽しめた。やはり、前述の「南部の音楽」というキーワードがいいのかもしれない。ブルージーでスワンピーで、カントリーで、どこかに一粒のソウルがある。そこがいい。

アルファー波がたくさんでて、しばしノラの歌声を子守唄にしてしまったが、彼女は自分が出したアルファー波の大きさを感じたのか、途中のトークで「みんな寝てるの? ずいぶん静かね。大丈夫?」と観客に声をかけた。空気を読むのがうまくていい。

最後のバンドの「ライフ・イズ・ア・カーニヴァル」はえらくよかった。こういうテンポのある曲をもう少し前半で挟めば、全体的な単調な流れにメリハリをつけられると思う。ノラのライヴはまあ、こんな感じでいいのだろうが、もう少しテンポのある曲をうまくいれるとなおいい。

個人的には、デューク・エリントンの「ドント・ミス・ユー・オール」(2作目に収録)とスタンダードの「ニアネス・オブ・ユー」(1作目)の2曲を歌ってもらえなかったのが、ひじょうに残念。歌ってくれたら、もっといい。

初めて日本で披露するという新曲(下記セットリスト15曲目)は「ロージー」というタイトルだ。ノラがローズ(キーボード)を弾きながら歌った。これもいい曲で、一度で覚えた。

ノラの歌声を聴いていると、アメリカの古き良き時代の「音楽の良心(conscience of music)」のようなものが強く感じられる。そこに「グリッター」(光輝くもの、けばけばしさ)は必要ない。そこがいい。

[タイトルのAll That Simplicity Is Goldは、All That Glitter Is Not Gold=
すべての光輝く物が必ずしもゴールドではない=をもじったものです]


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【ノラ・ジョーンズ関連記事】

ノラ・ジョーンズ・ライヴ『ヴェイカントな夜』(2002年9月7日)
http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/live/jones20020907.html
2002年の正式な日本初ライヴにインスパイアーされたショートストーリー。

2003/02/26 (Wed)
Experience you'll never go through again
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200302/diary20030226.html

2002年4月の初来日時のショーケースライヴの模様を回想。

2004/01/20 (Tue)
Unchangeable Universality: Norah Jones Live @ Spiral Hall
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200401/diary20040120.html

2004年1月のショーケース・ライヴの模様。

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【ノラ・ジョーンズ CD、DVD】

1) 『カム・アウェイ・ウィズ・ミー』
2) 『フィールズ・ライク・ア・ホーム』

DVD
1) 『ライヴ・イン・ニュー・オーリンズ』
2) 『ライヴ・イン 2004』

COME AWAY WITH ME フィールズ・ライク・ホーム (CCCD) ライヴ・イン・ニュー・オリンズ Live in 2004

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【Setlist】
2005.04.18. Live At Kokusai Forum Hall A

show started 19:15

01. Turn Me On ("Come Away With Me"-1st album)
02. Those Sweet Words ("Feels Like Home"-2nd album)
03. Nightingale ("Come Away With Me"-1st album)
04. What Am I To You? ("Come Away With Me"-1st album)
05. I've Got To See You Again ("Come Away With Me"-1st album)
06. She (Jesse Harris song)("Live In 2004"DVD)
07. In The Morning ("Feels Like Home"-2nd album)
08. Carnival Town ("Feels Like Home"-2nd album)
09. Painter Song ("Come Away With Me"-1st album)
10. Humble Me ("Feels Like Home"-2nd album)
11. The Long Way Home (Tom Waits) ("Feels Like Home"-2nd album)
12. Don't Know Why ("Come Away With Me"-1st album)
13. Creepin' In ("Feels Like Home"-2nd album)
14. Above Ground ("Feels Like Home"-2nd album)
15. Rosie (new song)
16. Sunrise ("Feels Like Home"-2nd album)
17. Come Away With Me ("Come Away With Me"-1st album)
18. Life Is A Carnival (The Band) ("Live In 2004"DVD)

Enc. Lonestar ("Come Away With Me"-1st album)

show ended 20:49

(2005年4月18日月曜、東京国際フォーラム・ホールA=ノラ・ジョーンズ&ハンサムバンド・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Jones, Norah & The Handsome Band

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投稿者 吉岡正晴 : 04:39 AM | コメント (0)

April 18, 2005

Stevie's Album Info Update:

微妙。

タイム・トゥ・ラヴ96パーセントとまで言っておきながら、この体たらく。一体どうなっているんだ、とお怒り、ごもっともです。御大に代わって、不肖・私目が謝らせていただきます。スティーヴィー、最新情報、4月17日付け。

まず、4月17日現在、マスターテープは日本に未着です。当初の4月27日発売はなくなりました。その後、発売日は29日、5月3日などと日々変化していますが、現時点でとりあえず、5月3日かその数日後みたいな感じののりです。

アートワークも未着です。レーベルコピー(曲目リスト、ソングライターのクレジットなどもろもろが書いてあるもの)も未着。したがって、最終的にどの楽曲がはいるのか、まだわかりません。

ただし、いくつか歌詞カードのテキストデータだけが到着しました。現時点で歌詞のテキストデータがきた作品は次の通りです。

1. So,What The Fuss(+)(Guitar by Prince)
2. How Will I Know(+)(Duet With Aisha Wonder)
3. I Can't Imagine Love Without You (日本で演奏)
4. From The Bottom of My Heart(+)
5. Shelter in the Rain (for Syreeta and was written before she died)(+)
6. Please Don't Hurt My Baby

この6曲目の「プリーズ・ドント・ハート・マイ・ベイビー」は、今回初めて見るタイトル。歌詞がきたのだから、おそらくアルバムには収録されるのでしょう。もちろん、この時点では確定はしていませんが。この他残る有力候補は、「トゥルー・ラヴ」、アリシアとの作品「イフ・ユア・ラヴ・・・」、「タイム・トゥ・ラヴ」、「ポジティヴィティー」、「スイート・サムバディー」の5曲。これで計11曲になります。

過去4枚のスタジオ録音アルバムの収録曲数は次の通り。

『イン・スクエア・サークル』(85年、10曲)
『キャラクターズ』(87年、12曲)
『ジャングル・フィーヴァー』(91年、サントラ、11曲)
『カンヴァセーション・ピース』(95年、13曲)

これらから考えると、やはり12~13曲、多くて14曲いりといったところでしょうか。となると、11曲のほかあと多くて3曲ということになります。

ちなみに、3月17日付け日記でご紹介したアルバム収録曲候補は以下の通り。(+)は収録がほぼ確定。

1. So,What The Fuss(+)(Guitar by Prince)
2. How Will I Know(+)(Duet With Aisha Wonder)
3. True Love(+)
4. If Your Love Cannot Be Moved (Alicia Keys)(+)
5. Moon Blue (日本で演奏)
6. I Can't Imagine Love Without You (日本で演奏)
7. From The Bottom of My Heart(+)
8. Shelter in the Rain (for Syreeta and was written before she died)(+)
9. Keep Fooling Yourself
10. A Time 2 Love(+)(Duet with India. Arie)
11. If the Creek Don't Rise
12. Positivity(+)
13. Sweet Somebody(+)
14. Waiting For Eternity
15. The Well
16. Tears
17. Fear Can't Put Dreams To Sleep
18. Passionate Raindrops
19. One Thing (Nigerian talking drum)

マスターはないんですが、しかし、ライナーノーツは4月7日までに書いていれました。何か到着したら、訂正とか加筆する時間はあるでしょうか。

ただし、シングル盤は日本で4月29日発売が決定しました。とりあえず、「ソー・ホワット・ザ・ファス」のシングルは出ます。

今日現在のアルバム発売確率は、う~~~ん、少し落して、93パーセント! 微妙だなあ。 

ENT>MUSIC>ALBUM>Wonder, Stevie>A Time To Love

投稿者 吉岡正晴 : 04:37 AM | コメント (0)

April 17, 2005

Blue Note: The Night For Duke's Place

ぜいたく。

定刻9時半より2分ほど前から、スーツを着たバンドメンバーが定位置に座り始めた。

ドラムス、ピアノ、アコースティック・ベース、そして、管楽器がなんと12人。おそろいの譜面台、おそろいのユニフォーム。いわゆるビッグバンド。かのデューク・エリントン楽団である。そして、フィーチャード・シンガーが、デトロイト出身のフリーダ・ペイン。「バンド・オブ・ゴールド」で知られるシンガーだ。彼女は、僕はR&Bシンガーとしてずっと覚えていたが、今回経歴をみたら、最初はジャズ・シンガーをやっていて、このデューク・エリントン・オーケストラのヴォーカルとして抜擢されたという。

それにしても、これだけの大所帯のビッグバンドで、昔の人は踊り、聞き惚れ、楽しんでいたんだなと思うと、かつてのエンタテインメントの贅沢さがうらやましくなる。音楽のヴァリエーションもあり、インストあり、歌あり、各楽器のバトルあり、と飽きさせない。そして、デューク・エリントンの作曲家としての非凡なものを今回感じた。

12人ものホーンセクションのきらびやかさは、たまらない。これもぜいたく。また、そうした楽器の生の音がマイクを通さずにもどんどん聴こえる。これもぜいたく。そして、こんなビッグバンドで踊ることができれば、これもぜいたく。空気の振動が、生音と重なりあい、気持ちいい。これもぜいたく。リアル・ミュージシャンたちのリアル・ミュージックは、ぜいたくだ。

フリーダ・ペインも、30年前に東京・青山のたしか今はもうない「ウイスキー・ア・ゴー・ゴー」という店で見た。あの時は、R&Bを中心に歌ったように記憶する。「バンド・オブ・ゴールド」(1970年)のヒットで知られていたから、その関連ヒットを歌ったはずだ。

彼女が後半でこう言った。「私はデトロイト出身。モータウンよ。私は元々ジャズシンガーとして始めました。その後、デトロイトのプロデューサーに声をかけてもらって、ポップなR&Bを歌いだすようになりました。プロデューサーの名前は、ホランド・ドジャー・ホランド。彼らはスプリームスやテンプテーションズ、フォートップスなどに曲を書いていた人たち。彼らと作った「バンド・オブ・ゴールド」を歌います。私の代表的な一曲です」 

ホランドたちは、モータウンでたくさんのヒットを書き、プロデュース。そして、68年、モータウンを辞め、自分たちのレコード会社、ホットワックス・インヴィクタスを設立、フリーダ・ペインなどと契約、ヒットをだした。ただし、彼女がそう言ってイントロが流れても、「オ~~」といった反応はなかった。「イン・ア・メロー・トーン」あたりだと、「オー」とか、拍手がくるのに、さすがにブルーノートの観客には知られていないようだ。まあ、ブルーノートでなくても、日本では無理はないか。

ヴォーカルがいない時は、やはりこのビッグバンドのスポットライトはホーンセクションにあたる。ホーン奏者がスターのバンドだ。彼らはそれぞれがソロをとる時、前にでてくる。誰にもソロの出番がある。トランペットが吼え、サックスが炸裂する時、ブルーノートがニューヨークの「コットン・クラブ」の如くデュークの場所になった。デューク・エリントン死して31年、その名を冠したオーケストラは、レガシーを後世に伝え続ける。Show must go on!

ブルーノートのウェッブ
http://www.bluenote.co.jp/art/20050411.html

デューク・エリントンのオフィシャル・ウェッブ
http://www.dukeellington.com/

Setlist (2nd)(imcomplete)

show started 21:30

01.
02. Jack The Bear
03. In A Mellow Tone
04. Cottontail

(Freda Payne)
05. It Don't Mean A Thing (If It Ain't Got That Swing)
06. Lush Life
07. Satin Doll
08. Duke's Place

09. Hot & Bothered
10. Mood Indigo
11. Jam With Sam

(Freda Payne)
12. Band Of Gold
13. In A Sentimental Mood
14. Take The A Train
Enc.

show ended 22:50

(2005年4月13日水曜、東京ブルーノート・セカンド=デューク・エリントン・オーケストラ、ゲスト・フリーダ・ペイン)

ENT>MUSIC>LIVE>Ellington, Duke / Payne, Freda

投稿者 吉岡正晴 : 12:44 AM | コメント (0)

April 16, 2005

Past, Present & Future Of R&B: Destiny's Child Live

最高峰。

デスティニー・フルフィルド [LIMITED EDITION]さすがに今世界で一番人気があるアーティストのライヴ・ショウだけのことはある。世界ツアーのトップを飾るジャパン・ツアー。後半はどんどんともっと練り上げられていくのだろう。初期の段階でこれだけの完成度があれば、もう文句はない。ビヨンセ、ケリー、ミシェルの3人組、デスティニーズ・チャイルド。2001年6月、10月以来3年半ぶりの日本におけるコンサート。一回りもふた回りも大きくなって、メガスターとして輝きながらの来日だ。

一曲ごとにちょっとしたシアトリカルな劇が織り込まれ、さらにそこに激しいダンスがからみ、ヴィデオ・スクリーンがさまざまな映像をだし、ヴィジュアル・エンタテインメントとして完全なものを作り上げている。これはひょっとするとジャネットよりも上かもしれない。

バンドはドラムス、キーボード2人、ギター、ベースという必要最小限で、徹底的にキーボード主体のリズムバンド。ボディーソニックのような低音がずしんずしんと体に響いてくる。そして、女性ダンサー3人、男性ダンサー6人にデスチャの3人。ということでステージには最大17人が上る。(なんと、女性ダンサーは本来4人とのこと。この日は1人が体調をくずし、出演していなかったという)

このダンサー陣が、最近のこの系統のライヴはみなそうだが、めちゃくちゃかっこいい。6人の男性ダンサーとデスチャが踊ったあたりなど、マイケル・ジャクソンが9人いるのかと思ったほど。この男性ダンサーたちの動きは、かつてのマイケルを思わせるものが多数ある。マイケルのショウはマイケルひとりだが、ここにはマイケルもどきが多数いて、圧倒的だ。特に「ジャンピン・ジャピン」の後半のダンサーのシーンは、いかにもマイケルがやりそうな動きを6人でたたみかけてきて圧巻だ。マイケルが見たら、「やられた」と思うことだろう。振付師が同じなのか? 

こうしたダンス・ドリヴンなライヴはマイケルを原点として、まさに年毎に進化している。よく考えてみれば、マイケルがこうしたダンス・オリエンテッドなエンタテインメント・ライヴの雛型を作ってからすでに20年以上の月日が流れているわけだ。それは、やる人がやれば、進化していく。ビヨンセたちは、まさにそうしたダンス系エンタテインメント・ライヴの王道を堂々と進んでいる。

そして、もう一点、彼女たちのパフォーマンスで素晴らしい点は、3人ともしっかり歌が歌えるということだ。かつてガール・グループとして一世を風靡した、例えば、ダイアナ・ロス&スプリームスなどは、ダイアナひとりのリードに2人はバックコーラス的な立ち位置になっていた。ガールグループはたいがいリードひとりに、コーラス的なものが多かったが、このデスティニーズは、ビヨンセが一歩ぬきんでているとはいうものの、ケリーもミシェルもソロ活動をし、しっかりヒットをだしているところがすごい。しかも、彼女たちが迫力あるヴォーカルを聴かせる。これは強力な女性シンガーが3人束になってかかってくることを意味する。ケリーのソロ(「ジレンマ」)、ミシェルのソロ(「ドゥ・ユー・ノウ」)の歌唱にもノックアウトさせられた。

また、ビヨンセが「ミー・マイセルフ・アンド・アイ」のところで、ステイプル・シンガーズの「アイル・テイク・ユー・ゼア」と「レッツ・ドゥ・イット・アゲイン」を歌い込んだのには驚いた。このあたりを選曲するところが、過去から現在、そして、未来へつながる道を歩んでいることの証なのだろう。

選曲も、グループとしての作品から、各人のソロからまんべんなく、デスティニーズ・チャイルド&ソロ・アンソロジーといった趣だ。しかも、やる曲が一曲ごとに短いから、息つく暇もなくその世界に入り込める。実質1時間41分で25曲1曲平均ほぼ4分。これはリズム感、テンポ感がでる。密度を濃くした101分だ。

最近のいわゆる歌ものシンガーはそれほど熱く歌わないというのがひとつの傾向のようだが、この3人はかなり熱唱型だ。歌えることを、歌がうまいことをひとつの武器にしているという点でも、珍しい。

無駄がない、21世紀型のダンス系エンタテインメント・ライヴ・ショウの最高峰と言っても差し支えないだろう。今、彼女たちの上を行くアーティストは見当たらない。女性R&Bグループの過去、現在、未来を凝縮しているライヴ・パフォーマンスだ。しかも、R&Bの枠をすでに超えている。

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デスティニー・チャイルド(Destiny Child) 前回ライヴ評
 
「“デスティニーズ・チャイルド=運命の子供”の正体」(2001年6月)
http://www.barks.jp/feature/?id=52247987

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CDアルバム

デスティニー・フルフィルド(来日記念盤) [LIMITED EDITION]
デスティニー・フルフィルド(来日記念盤)
サヴァイヴァー
サヴァイヴァー
ライティングズ・オン・ザ・ウォール
ライティングズ・オン・ザ・ウォール
デスティニーズ・チャイルド\
デスティニーズ・チャイルド

デスティニーズ・チャイルド「デスティニー・フルフィルド」(来日記念盤)
デスティニーズ・チャイルド「サヴァイヴァー」
デスティニーズ・チャイルド「ライティングス・オン・ザ・ウォール」
デスティニーズ・チャイルド「デスティニーズ・チャイルド」

デンジャラスリィ・イン・ラヴ
デンジャラスリィ・イン・ラヴ
ライヴ・アット・ウェンブリー
ライヴ・アット・ウェンブリーCD
シンプリー・ディープ\
シンプリー・ディープ
ハート・トゥ・ユアース
ハート・トゥ・ユアース
ドゥ・ユー・ノウ
ドゥ・ユー・ノウ
. . .

ビヨンセ「デンジャレスリー・イン・ラヴ」
ビヨンセ「ライヴ・アット・ウエンブリー」(DVD)
ケリー・ローランド「シンプリー・ディープ」
ミシェル・ウィリアムス「ハート・トゥ・ユアーズ」
ミシェル・ウィリアムス「ドゥ・ユー・ノウ」

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"Destiny Fulfilled...And Lovin' It Tour"

Setlist @ Budoukan (2005.4.15)

show started 19:35

01. Intro (Video)
02. Say My Name
03. Independent Woman
04. No,No,No(Part2)
05. Bug A Boo
06. Bills,Bills,Bills
07. Bootylicious
08. Jumpin' Jumpin'
09. Soldier
10. Dilemma (Kelly)
11. Do You Know (Michelle)
12. Baby Boy (Beyonce)
13. Naughty Girl (Beyonce)
14. Cater 2 U
15. Girl
16. Free
17. If
18. Me, Myself and I (Beyonce)
19. ~I'll Take You There
20. ~Let's Do It Again~Me, Myself and I
21. Through With Love
22. Dangerously In Love (Beyonce)
23. Crazy In Love (Beyonce)
24. Lose My Breath

25(Encore) Survivor

show ended 21:16

(2005年4月15日金曜、日本武道館=デスティニーズ・チャイルド・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Destiny's Child

(水曜日13日に見たデューク・エリントンの評を掲載する予定でしたが、デスティニーズのライヴ評に変えます。デュークのライヴ評は近いうちに掲載します。また、みなさん気にしてらっしゃるスティーヴィー・ワンダー最新情報も、一両日中にまとめます。なお、マスターまだ来てません!)

投稿者 吉岡正晴 : 02:12 AM | コメント (0)

April 15, 2005

Never Dreamed I'd Meet Them 30 Years After

30年後。

スタイリスティックスエアリオン・ラヴが楽屋から出てきた。彼は「誓い(ユー・メイク・ミー・フィール・ブラン・ニュー)」でリードを歌う人物だ。「あなたたちには何度か会ってインタヴューもしているんですよ。初めて会ったのは30年前、あなたたちが初来日した時です」 「おおっ、じゃあ、僕がまだ5歳の時だな(笑)」 「そう、僕は1歳だった(笑)」 「もう何度日本に来ているか、勘定できないでしょう?」 「できないねえ。(笑) でも、30回以上だと思うよ。ほとんど毎年来てるしね。年に2度来ることもある。今年もまた12月に戻ってくるよ」。

彼によると新メンバーの2人は2000年4月以降に加入したという。ファルセットのハロルド・ブラウンはニュージャージー出身。それまで、モーメンツ、ハロルド・メルヴィン&ブルーノーツ、マンハッタンズなどともに仕事をしてきた、という。以前からスタイリスティックスのメンバーとは面識があり、初代リード・ヴォーカルでファルセット担当のラッセル・トンプキンス・ジュニアが、声の調子をくずして、グループを脱退した時を機に加入した。彼がスタイリスティックスに加入したことをもっとも喜んだのは、彼の両親だったそうだ。さすがに時代の変遷を感じる。

スタイリスティックのライヴということなら、大体の曲はわかるが、2曲ほどわからなかった曲があったので、エアリオンに聞いた。それが、セットリスト13(「ドライヴィング・ミー・ワイルド」)と14(「シング・ベイビー・シング」)の2曲だ。共にアルバムからのカット。また15曲目の「ミラクル」は長く聴いていなかったが、なんとなくわかった。これは、レコードではエアリオンとファルセットのオリジナルリード・シンガー、ラッセル・トンプキンスのデュエット曲。例の「誓い」が大ヒットした後に、同路線で作ったバラードだが、「誓い」に続いて大人気になるかと思われたが、しなかった。(笑)

ブラウンに誕生日はいつかと尋ねると1972年6月14日との答え。現在32歳、今年の誕生日で33歳か。 エアリオンにその前にハロルドっていくつくらいなの、と尋ねたら、47くらいだと思う、とか答えていたんだが・・・。あまりに数字が違いすぎる。(笑) エアリオンの勘違いかなあ。でも、47には見えない。したがって、年齢に関しては、ちょっとペンディングにしておこう。

スタイリスティックスは元々5人組。そして現在は4人。「もうひとり足して5人組に戻すつもりはないですか?」 エアリオンが笑いながら言った。「ないねえ、それはない。4人でちょうどいい。5人はトゥーマッチだ(多すぎる)。(笑)」  

ハーブ・マレルに声をかけると、僕に指を指し、「覚えてるよ」。スタイリスティックスのライヴを初めて見たのは、初来日の時。たぶん、その時、彼らは六本木のディスコ「エンバシー」に遊びにきたはずだ。そこで、会った記憶がある。集合写真をとった。その後、70年代にどこかでインタヴューしたような気がするが正確な記録がない。そして、87年7月、92年1月にインタヴューした。最近だと大宮でやったライヴの時に楽屋を訪れた。75年、まさか30年後に彼らのライヴを見て、一言二言話をするなんてことはまったく夢にも思わなかった。お互い継続は力か・・・(笑)。

現在スタイリスティックスはレコーディング契約がない。それでも、年間100本以上のライヴを続けている。ライヴが終わってしばらくすると、エアリオンが店の出口のほうにでていた。帰りがけの人たちが、みな「グレイト・ショウ」などと声をかけていく。

「またお会いできてよかったです」と言うと、エアリオンが「僕もだ。でも、また30年後ではなくね。(笑) 12月に会おう」と答えた。必ず、また12月に行こう。

(2005年4月12日火曜、銀座ケントス=スタイリスティックス・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Stylistics

投稿者 吉岡正晴 : 12:26 AM | コメント (2)

April 14, 2005

Stylistics Live At Kentos: After 37 Years, They Still Keep On Singing

感慨。

TWIN BESTエイメリーのショーケースで、ニューヨーク在住のロングタイム・フレンド、F氏とばったり再会。「なんでまた、日本に?」と尋ねると、「スタイリスティックスと一緒に。明日まで、銀座のケントスでやってるんですよ」 「ケントスでスタイリスティックス? わお!」 スタイリスティックスがリードシンガーをラッセル・トンプキンスから新しいハロルド・ブラウンに変えてからえらく評判がよくなっていたが、まだ一度も見ていなかったので、さっそく万難を排して出向いた。

銀座ケントスは、このところすっかり話題のブランドエリアの真っ只中、並木通りとクロスする交詢社通りにある。キャパは150くらいか。新宿と六本木のケントスは行ったことはあったが銀座は初めて。4月5日から新宿ケントスで2日、六本木ケントスで1日、そして、銀座で3日、ほぼ一週間やっていたという。これはさすがに知らなかった。

ケントスのレギュラーバンドが5曲ほど、ダンスクラシックを歌い、かなり雰囲気を盛り上げてからいよいよスタイリスティックス登場。かつて、中野サンプラザなどで見たことからすると、この近さ、この狭さで見られるスタイリスティックスは格別のものがある。また、バックの日本人バンドがあなどれない。ドラムス、ギター、ベース、キーボード2名(うち1名はスタイリスティックスの音楽ディレクター)のほか、パーカッションとホーンセクションが4人という10名編成なのだ。この狭さでホーン4人にはある意味感動した。(笑) 

夜10時すぎて、彼らが登場し「ヘヴィー」からスタート。新しいリード、ハロルド・ブラウンのファルセットが力強い。初代リードのラッセルが後期にはかなり声が枯れて、歌い辛くなっていたが、このブラウンはかなり力もあり、何よりも若さがあって強力だ。良かった頃のスタイリスティックスが見事に戻った感がある。昔ながらの振り付けも、健在でいかにもR&Bヴォーカル・グループのショウ。とは言っても、けっこう動きとかは今となっては古臭く、ばらばらではあるのだが、オールドスクールのR&Bヴォーカルの振り付けとしては、思わず「イエー」と言いたくなる。次々とヒット曲を歌い込む。観客も途中、椅子から立ち上がり、ダンスナンバーではステップを踏み、スローになるとミラーボールが回りチークを踊り始める。ケントス自体のファンも多く、年齢層も高い。観客とアーティストの相性は抜群だ。サンプラザで見ても感動しないかもしれないが、この小さなライヴハウスで見るとなかなか感慨深い。不思議なものだ。

選曲のバランスもなかなかいい。下記セットリストで( )内にアルバム名を表記したものは、アルバム収録曲で、いわゆるシングルヒットではないもの。珍しい選曲もあり、ひじょうに楽しめた。そして、やはり、ヴォーカル・グループというのは、リード・ヴォーカルがしっかりしていれば、なんとかなるものである。当たり前だが。

スタイリスティックスの初来日は1974年1月と記憶する。30年前に中野サンプラザで見たグループを今、銀座ケントスで再び見ているわけだ。一時期、メンバーが5人から4人、4人から3人、最後は3人から2人で来日したこともあり、正直のところさすがにもう終ったかと思った。だが、こうして新しいメンバー2人を加えた新生スタイリスティックスは、テンプスがメンバーチェンジを経てパワーアップしたように、見事に復活できそうだ。

グループの司会役ハーブ・マレルが言う。「私たちスタイリスティックスは今年で37周年を迎えます。みなさんありがとう!」 

目の前1メートルのところで、彼らが汗を光らせながら、ステップを踏み、歌っているのを見ると、30年という時の流れに感慨深いものを感じる。アンコールの最後に日本で一番人気の「愛がすべて」を持ってくるなんぞ、よくわかっている。

(スタイリスティックスの項、つづく)

Setlist Second Show

show started 22:01

01. Heavy (Fallin' Out) (1974)
02. You're Big Girl Now (1971)
03. I'm Stone In Love With You (1972)
04. Betcha By Golly Wow (1972)
05. Coutry Living (1971-Album "Stylistics")
06. Stop, Look, Listen (1971)
07. Children Of The Night (1972-Album "Round 2")
08. It's Too Late (1972-Album "Round 2")
09. You Are Everything (1972)
10. You'll Never Get To Heaven If You Break My Heart (1973)
11. Rockin' Roll Baby (1973)
12. Break Up To Make Up (1973)
13. Driving Me Wild (1980-Album "Hurry Up This Way Again")
14. Sing Baby Sing (1975-Album "Thank You Baby")
15. The Miracle (1975-Album "Heavy")
16. You Make Me Feel Brand New (1974)
17. Funky Weekend (1975)

Enc. Star On A TV Show (1975)
Enc. Can't Give You Anything But My Love (1975)

show ended 22:07

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Stylistics:

Airrion Love
Herb Murrell
Harold (Eban) Brown
Van Fields

スタイリスティックス・オフィシャル・ウェッブ
http://www.thestylistics.org

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(2005年4月12日火曜、銀座ケントス=スタイリスティックス・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Stylistics

投稿者 吉岡正晴 : 12:18 AM | コメント (0)

April 13, 2005

Cutting Edge To Edge Of Cup: The Shot Of Soul, Another History Was Made

「ザ・ショット」。

第69回ザ・マスターズ最終日4日目。優勝争いはクリス・ディマルコとタイガー・ウッズに絞られていた。

16番ホール、パー3。この時点でタイガーが1打リードでトップ。先に打ったディマルコは安全に確実にグリーンに乗せ、まずまずの位置。15フィートのバーディー・パットが残る。続いて打ったタイガー・ウッズのボールは打ち損じてグリーン奥に少しはずれる。微妙な高低さがあり、ひじょうに難しいパットが残る。せいぜい寄せればOK、なんとかパー狙いの位置だ。ディマルコがバーディーでウッズがパーなら並ぶという状況だ。最後まで勝負はわからない。

先にウッズが打つ。ウッズはグリーンに落したところからボールがピンに向かってうまく進んでいくことをイメージして、マークしやすいところに落ちてくれればいいと考えて打った。ボールはグリーンに乗って、右にカーヴし、一直線に旗に向かってゆっくりと転がっていった。観客の歓声が大きくなる。カップ寸前で、ボールが一瞬止まったかに思えた。そして、何かの神風が吹いたのか、その瞬間ホールからの引力が働いたのか、最後の一絞りか、ボールがカランとカップの中に吸い込まれた。まさにザ・マスターズの歴史に残るバーディーが決まった瞬間だ。長くこのショットは「ザ・ショット」として語り継がれることだろう。歓声が極度のピークに達した。

ラインとしては比較的いれやすい、入ってもおかしくないディマルコのバーディー・パット。ディマルコのボールは、しかし、次の一打でカップには吸い込まれなかった。パー。2ホールを残して、2打差に広がった。誰もが、タイガーの優勝を確信した、スーパーショットだった。

しかし、運命の女神はまだ迷っていた。続く17番と18番、タイガーが共にボギーを叩き、誰もが予想だにしなかったプレイオフにもつれ込むのだ。18番パー4、ディマルコが打った長い第3打(バーディー・パット)がカップに一直線に進む。歓声が一気に爆発する。ラインは完璧だ。が、最後の最後ボールはカップに蹴られてはいらない。その瞬間、ディマルコは膝を芝生に落した。もし、これがタイガーの16番のようにカップに吸い込まれていれば、ディマルコがグリーンジャケットを着ていたかもしれないのだ。

ディマルコは3日目の9ホールを、ダブルボギーでスタートし散々な目にあい、トップの座をタイガーに明渡した。4打リードが逆に3打離されてしまったのだ。そこで、彼は着ていたものを代えた。シャツ、ズボン、靴下、ベルトまですべてだ。

ディマルコは結局、この日(4日目のラウンド18ホール分)、68で回った。4日間を通して、もっとも安定していた選手だ。しかも、昨年に続いて最終日最終組で周った。さらに、2年連続のプレイオフ。18番を歩きながら、彼はキャディーに言った。「(この結果が)君にとっておもしろくなかったとしても、それはまったく君のせいではない。もう本当に胃はきりきりしていたよ。頭もおかしくなりそうだった。だが、それでも自分なりにいいパフォーマンスを見せられたのはとてもよかった」 一方ウッズはそんなディマルコのことを「彼は決してあきらめない。決して引き下がらない」と感じていた。

そして、18番に戻ってのプレイオフ。ディマルコはほんの20分ほど前と完璧に同様のショットを見せ、ヴィデオテープを再生したかと思われる所にボールを落す。一方、タイガーはピン奥、絶好のポジションだ。先に打つディマルコはパーセイヴが確実な寄せ。しっかり寄せて、先にいれて、タイガーを待つ。タイガーが慎重にカップの周囲を周る。5メートルほどのバーディーパットをいれれば、優勝だ。慎重に打ったタイガーのボールはまっすぐにカップに向かう。そして、すんなりとそこに吸い込まれた。

この日、彼らは前日(サードラウンド)の天候不良のため、3日目の半分、9ラウンドを行ってから、4日目の18ホール、計27ホールを回った。それは長い長い1日だった。

ディマルコは言った。「唯一の違いは、彼の16番はチップインが入り、僕のは18番で入らずに蹴られた、それだけだ。なぜそうなったのかはわからない。(僕の18番も)はいってもおかしくはなかった」 

表彰式になるとすでにあたりは暗くなり、夕闇が迫っていた。スポットライトを浴びながらタイガーはスピーチをした。「これは、父親のものだ。父は病気で具合がよくない。オーガスタまでやってきたが、ここ(フィールド)にはこれなかった。部屋でがんばっている。いつもここで優勝する時は父が僕を抱きしめてくれるが、今日は抱きしめてもらえない。早くうちに帰って彼に抱きしめてもらいたい。この優勝は父のものだ」 ウッズは唇をかみしめ、目が赤くなっていた。

16番のショットは、単なるショットではない。「ザ・ショット」だ。それは、タイガー・ウッズ、29歳の魂のショットになった。

(2005年4月10日日曜、アメリカ・ジョージア州オーガスタ=ザ・マスターズ最終日)

SPORTS>GOLF>THE MASTERS>2005, The 69th>Final Round

投稿者 吉岡正晴 : 10:44 AM | コメント (0)

April 12, 2005

Amerie: Live Show Case At Xross

旬。

現在「ワン・シング」が大ヒット中のエイメリーがプロモーションで来日、11日(月曜)、西麻布の「クラブ・クロス」で招待制ショーケースを行った。約200人以上のファンの前で、「ワン・シング」など3曲を、3人のダンサーとともに歌った。ダンサーは、3人とも女性だが、かなりのパワーをみせつけた。エイメリーは、ヴィデオで見るよりもはるかに細身でスタイルがいい。

この日は、FM局、Jウェイヴの番組『ソウル・トレイン』のリスナー招待で、司会は同番組のDJ、リュー。今、まさに旬のアーティストのクラブ・ライヴという感じだ。「ワン・シング」などはほとんど口パクだが、ダンサーとのコラボレーションがおもしろく、クラブでのショーケースとしては充分。「ワン・シング」は、日本でも6月に公開予定のウィル・スミスの新作映画『ヒッチ(最後の恋の始め方)』のテーマ曲にもなっている。

オール・アイ・ハヴエイメリーのニュー・アルバムは彼女の2枚目になる『タッチ』で、4月27日日本発売となる。デビュー作『オール・アイ・ハヴ』が2002年11月の発売なのでほぼ2年半ぶりとなる。

エイメリーは韓国出身の母とアメリカ人ブラックとの間に1980年1月12日に生まれた。現在25歳。韓国&アメリカということだと、クリスタル・ケイと条件は一緒だ。クリちゃんとエイメリーはご対面したのだろうか。

(2005年4月11日月曜、西麻布クロス=エイメリー・ショーケース・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Amerie

投稿者 吉岡正晴 : 12:26 AM | コメント (0)

April 11, 2005

Nat King Cole Sings "Love" In Japanese In A Beautiful Way

美学。

ザ・ワールド・オブ・ナット・キング・コール DVD『ソウル銀座塾』でもご紹介したが、ナット・キング・コールのドキュメンタリーDVDと、最新のベストアルバム(28曲入り)が、セットでキング・コール没後40周年ということで大々的に売りに出されている。

『ザ・ワールド・オブ・ナット・キング・コール』(DVD)(CD)

ナット・キング・コールは1965年2月15日に亡くなっている。DVDは90分の本編のほか、約60分のボーナス映像がある。インタヴューに答える人は、トニー・ベネット、ナタリー・コール、スティーヴィー、クインシー、ハリー・コニックなどのほか、奥さん、娘なども登場する。よくできたドキュメンタリーで、ナットの人柄や、彼が黒人として初めて有名になったことへの白人からの反発などがまとめられている。

ザ・ワールド・オブ・ナット・キング・コールそして、CDの『ザ・ワールド・オブ・ナット・キング・コール』は全28曲入り。音源としては、これまでにリリースされたものだが、ナタリーとのデュエット「アンフォーゲッタブル」も収録されている。この中で僕が驚いたのが、彼の日本語版が2曲入っていたこと。1曲は「枯葉」、もうひとつが「ラヴ(LOVE)」だ。

で、この日本語の訳詞がじつにうまく出来ている。ともに1964年にレコーディングされたものだが、当時は洋楽曲に日本語の詞をつけて歌うことが流行っていて、ナットも録音した。ナットはサーヴィス精神旺盛で、日本語だけでなく、フランス語、スペイン語などでも様々な曲をレコーディングしてきた、という。

その「ラヴ」を日本語訳したのは洋楽訳詞の匠、漣(さざなみ)健児さんだ。60年から訳詞を始めた。

http://www.shinko-music.co.jp/sazanami/profile.html

日本語版「ラヴ」も「枯葉」も、単語がじつにメロディーにはまっていて驚いた。しかも、ナットの歌もうまい。かつて、マリリン・マックー&ビリー・ディヴィス・ジュニアの「星空の二人(You Don't Have To Be A Star)」の日本語版がかなりいい出来だったことを紹介したと思うが、このナットの「ラヴ」はそれに勝るとも劣らない日本語ソウルだ。最近でこそ、英語を歌詞の中にいれる日本人シンガーも多数いるが、それを40年以上前にやっていたことになる。しかし、それにしても日本語と英語のからめかたが抜群にうまい。

というわけで、その日本語詞をご覧いただきたい。お見事である。ナットの「ラヴ」は、シンプルに2分33秒でカットアウトで終る。二分半の美学だ。

『LOVE』(訳詞・漣健児)

Lと書いたらLook At Me
Oと続けてOK
Vはやさしい文字Very Good
Eと結べば愛の字、L-O-V-E
LOVEは世界の言葉
LOVEは二人の宝
愛し合えば明日(あした)も明るい
LOVE
LOVE Your Love
I LOVE YOU

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ナットの邦題についての記事。

2003/06/26 (Thu)
Get Out And Get The Japanese Title
邦題値千金。

http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200306/diary20030626.html

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投稿者 吉岡正晴 : 12:27 AM | コメント (0)

April 10, 2005

"Play For Peace"; N.E.R.D Played At Coach Event

コーチ。

人気ブランド、コーチ(Coach)のイヴェントが東京・千駄ヶ谷の代々木体育館で開かれた。登場アーティストは、中島美嘉(なかしま・みか)、マンディー・ムーア、そして、N.E.R.D(エヌ・イー・アール・ディー)の3組。タイトルは、「プレイ・フォー・ピース」ということで、チャリティーになっているという。このイヴェント自体は無料のイヴェントで、コーチの顧客に招待券が配られていた。たまたま招待券をもらったので、出向いた。

シンプルに各アーティストが約25分ずつ。6時開演ということだったが、少し遅れていったら、既に中島美嘉が歌っていた。彼女の歌をライヴで聴くのは初めて。高音のところを一生懸命歌っているところを見ると、思わず「がんばれ」と声援をかけたくなってしまう感じ。日本人アーティストってどうしても、一観客として見るよりも、ちゃんと声は出るか、歌えるか、トークはすべらないか、がんばってね、という感じになってしまう。(笑) 何かのテレビ番組でしゃべっているのを見たが、すごく気取りのない素直そうな人で好感を持った。

マンディー・ムーアもポップ。それぞれのセットチェンジの間が約20分あるが、その後半で、次に出るアーティストのヴィデオ映像が流される。桜も写っていたので、ここ1-2日で撮影したものなのだろう。マンディーは1984年4月10日生まれということで、ライヴの翌日が21歳の誕生日だ。

そんな中で、N.E.R.Dのメンバーが日本のお茶をたしなみに行くというヴィデオがなかなかおもしろかった。そして、登場した彼らはけっこうのりのりだった。それまでのライヴは観客が座っていたが、これはいきなりスタンディングになった。途中で紙ふぶきが散り、さらに大きな風船が多数観客席に放出されて、これはかなりおもしろい演出だ。

ライヴ3組はいずれもアンコールはなく、6時開演で終演は7時56分。あっさり終った。外に出ると、たくさんの人が体育館の外観とコーチのビルボードを携帯で撮影していた。

(2005年4月9日土曜、東京体育館=「プレイ・フォー・ピース」チャリティー・コンサート、中島美嘉、マンディー・ムーア、N.E.R.Dライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Nakashima, Mika/Moore, Mandy/N.E.R.D

ENT>MUSIC>EVENT>Coach: Play For Peace ftg. Nakashima, Mika/Moore, Mandy/N.E.R.D

投稿者 吉岡正晴 : 02:18 AM | コメント (0)

April 09, 2005

Thanks For Joining "Soul Ginza School"

多謝。

「ソウル銀座塾」ご来場の皆様、ありがとうございました。そして、おつかれさまでした。6時半から1時間ちょっとでしたが、さまざまなDVD映像をご紹介しました。昨日ご紹介した素材は次の通りです。

トークショウ前

5時45分~

1) 映画『スーパーフライ』(一部)
2) 映画『ソウル・トゥ・ソウル』(一部)

6時半~(トークと映像)

3) 映画『ソウル・トゥ・ソウル』(DVD)、冒頭、アイク&ティナ
4) マーヴィン・ゲイ『ライヴ・アット・モントルー1980』(DVD)、「黒い夜」
5) サム・クック・ドキュメンタリー『ザ・レジェンド』(アメリカ盤DVD)、冒頭部分
6) 映画『永遠のモータウン』(DVD)、「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」
7) ナット・キング・コール・ドキュメンタリー『ザ・ワールド・オブ・ナット・キング・コール』(DVD)、冒頭
8) レイ・チャールズ・ドキュメンタリー『ジーニアス・オブ・レイ・チャールズ』(DVD)、チャプター2
9) 映画『RAY』(アメリカ盤DVD)、ディレートシーン。「エニータイム」
10) スティーヴィー・ワンダー、『オプラ・ウィンフリー・ショウ』、「ハウ・ウィル・アイ・ノウ」

~7時40分

思った以上に素材を持ってきたせいか、あんまりおしゃべりしなかったかなあ、という感じがありました。当初は、ブラック・ムーヴィーを語るということだったんですが、最近のDVD全般にネタを広げてしまいました。

そんな中でも、映画『RAY』のアメリカ盤DVDからの、映画本編でボツになった部分などはよかったのではないでしょうか。これはおそらく秋口までには日本でも発売されると思います。

そして、本日記では何度もふれている『オプラ・ウィンフリー・ショウ』でのスティーヴィーが歌う「ハウ・ウィル・アイ・ノウ」は、この銀座ソウル塾というプライヴェートなパーティーでのみかけられた、という感じです。

ところで、この会でも紹介した多数のブラックムーヴィーが紹介されている『ソウル・オブ・ブラック・ムービー、グレイテスト・ヒッツ2003』(白夜書房から発売)ですが、なんとすでに出版社在庫切れで、入荷できないそうです。

次回またやらせていただく場合は、2ヶ月くらい前から告知をしっかりしたいと思います。今回は急に決まったもので、なかなか充分広くお知らせできませんでしたので。

何か、こういうのを紹介して欲しいとか、こういうトークをして欲しいなどのリクエストがありましたら、BBSのほうにでもお寄せください。

(2005年4月8日金曜、山野楽器7階ジャムスポット=ソウル銀座塾 第二回)

ENT>MUSIC>EVENT>Ginza Soul School, Vol.2

投稿者 nagato : 11:57 PM | コメント (0)

April 08, 2005

Al Green's New Album Is More Than OK, Everything's Superb

スパーブ。

エヴリシングズOK (CCCD)アル・グリーンの新作『エヴリシングス・OK』がなかなか素晴らしい。ブルーノートからの第2弾で約2年ぶり。これがまたいつもながらにいい出来。歌声も、張りがあって、感心する。ミディアム、アップ、スローとどれをとってもいい、すべてが素晴らしいってことで、タイトルは「エヴリシングス・OK」。

アルバムタイトル曲もいいし、3曲目の「ビルド・ミー・アップ」なんかも明るい曲調でのりも最高。アル・グリーンの「シャララ」あたりを思わせる。かと思えば、4曲目の「パーフェクト・トゥ・ミー」は、かつての傑作「ゴッド・ブレス・アワ・チャイルド」を彷彿とさせる。

以前にアル・グリーンのプロデューサー、ウィリー・ミッチェルの作品にはカットアウトで終る曲はない、みなフェイドアウトだ、ということを書いたが、なんと本作2曲目のバラード「ユー・アー・ソー・ビューティフル」は、じゃ~~んとカットアウトで終るではないか。これは前代未聞か? (笑) 確かにかなり珍しいカットアウトだ。これは、もちろんジョー・コッカーなどでも知られるスタンダード曲。

ウィリー・ミッチェルが作る曲は、みなイントロがかっこいい。15~20秒程度で、すぐに歌が入る。DJにとっては完璧な長さだ。これ以上長くても、短くてもなかなかうまくいかない。ラジオ・フレンドリーな作品群だ。

CDのクレジットを見ているとレコーディングはウイリー・ミッチェルのロイヤル・スタジオで行われたと書いてある。そして、驚いたことにその住所が1320ウィリー・ミッチェル・ブルヴァードになっている。その通りは{
「ウィリー・ミッチェル通り」になってるんだあ~。すごい! 通りの次は牧場ね。ウィリー・ミッチェル牧場で、OK牧場、まちがいない。

そうそう、アル・グリーンのこの新作は、OKどころじゃない。OK以上のスパーブ(素晴らしい)、上々だ。

2003/09/24 (Wed)
Al Green Recorded New Album At Old Royal Studio With Old Microphone

アル・グリーン新作をかつてのマイクで録音~

http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200309/diary20030924.html

2004/02/28 (Sun)
There's A Dream After Fade-out: Willie Mitchell Revealed His Secrets Of Hi Sound

フェイドアウトの先には夢がある~

http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200402/diary20040228.html

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投稿者 nagato : 06:53 AM | コメント (0)

April 07, 2005

Crystal Kay: CK Style

着実。

Crystal Style (CD+DVD) (初回)
CKといえば? う~む、シャカ・カーン、あるいはファッション系だったらカルヴァン・クライン? ノー、今CKと言えば、クリスタル・ケイだ。

「ソウル・ブレンズ」でかつてはコーナーを持っていて、今も新譜が出ると番組に遊びにきてくれるクリスタル・ケイの全国ゼップツアー。その最終日を「ソウル・ブレンズ」スタッフ総出で観覧に行く。

それにしても、ゼップ超満員。一階は身動き出来ないほどで立錐の余地もないとはこのことか。前の方で場所を取ったら、途中でトイレにもいけないのではないか。圧倒的に女性のファンが多い。同性からの支持が熱いことがよくわかる。

暗転するなり、大歓声。人気爆発クリスタルという感じだ。そして、音楽的には、Jポップぶり大全開。覚え易く、ダンサブルで。もともとロック色のリズムが強いバンドだが、今日もロック風の曲が何曲かあった。ヴィジュアル・イメージはダンサーをつけて踊ったりとジャネット・ジャクソンなのだが、音はロック系リズムという。僕は個人的にはブラックのリズムで聴きたいが・・・。

ドラムス、ギター、ベース、DJ、キーボード、コーラス2名、舞台袖にマニュピレーター、さらにダンサー4人という布陣。途中クリスタルがシーラEよろしくパーカッションドラムを叩くシーンがあってなかなか見栄えがした。「片想い」「ボーイフレンド・パート2」のようなポップでダンサブルな曲は彼女の独壇場だ。かつて、赤坂のブリッツで見た時よりもはるかにクリスタルはスケールが大きくなっているように感じた。着実に実力と人気を獲得している様子だ。

次はもう一回り大きな会場になるかな。

"Crystal Kay Tour 2005 CK Style"

Setlist
2005/4/6 @ Zepp Tokyo

show started 19:42

01. Make You Mine
02. We Gonna Boogie
03. What Time Is It
--MC--
04. I'm Not Alone
05. Bye My Darling!
06. Love It, Take It
07. As It Began
--MC--
08. Flowers
09. Lead Me To The End
10. Can't Be Stopped
11. Candy
12. 片想い
13. Do You Like It
14. Bet You Don't Know
15. Boyfriend -Part 2-

Enc 1. Motherland
Enc.2. Hard To Say
--MC--
Enc.3. Baby Cop featuring Mummy-D
Enc.4. Kiss

show ended 21:38

(2005年4月6日水曜、ゼップ東京=クリスタル・ケイ・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Kay, Crystal

投稿者 nagato : 06:51 AM | コメント (0)

April 06, 2005

Movie "Festival Express": Soul On The Train

発掘作業。

Festival Express (2pc) / (Ws Sub Ac3 Dol Dts)1970年6月27日、カナダのトロントを出発した列車が当時人気のミュージシャンたちを乗せてカルガリーに向かった。7月4日まで、東から西へ迎う途中で下車しライヴを見せ、また、列車の中でも大パーティーを続けた。その奇跡の8日間の軌跡を撮影した70時間以上のフィルムを編集した音楽・ロードムーヴィーだ。元々主催者と映画撮影者などの意見が対立し、映画化が頓挫していたが、95年にこのフィルムの一部(約46時間分)が発見され、約8年の歳月を経て、著作権などさまざまな権利がクリアされ、遂に完成をみた。これが映画『フェスティバル・エキスプレス』である。

登場するアーティストは、ジャニス・ジョプリン、ザ・バンド、グレイトフル・デッド、バディー・ガイ、シャナナといった当時の「ヒッピー」「ロックンロール」カルチャーを代表するようなアーティストばかり。

そして、ドラッグ、アルコール、セックス、ロックンロールのロードが繰り広げられる。こんな楽しいめちゃくちゃなパーティーがあったのが、70年代という時代なのだろう。そこにルールなど何もない。

個人的には、ジャニス・ジョプリンに尽きる。「クライ・ベイビー」と「テル・ママ」のパフォーマンスは言葉に表現できない。特に「テル・ママ」は、R&Bシンガー、エタ・ジェームスの作品。エタにあこがれたジャニスがついにエタのソウルに追いつき、見事につかんだ瞬間だ。フルでジャニスの渾身のライヴ・パフォーマンスが2曲も見られるというだけでこの映画は僕にとっては価値があった。

もちろん、ロックファンはグレイトフル・デッド、ザ・バンドにも涙するだろう。バンドの「ザ・ウエイト」「アイ・シャル・ビー・リリースド」なども素晴らしかった。ひたすら、ライヴが見られるライヴ映画だ。そして、その合間に列車の中でのバカ騒ぎの模様が映し出される。まさに列車の上の魂のぶつかり合いだ。

しかし、こんなフィルムがよく残っていたものだ。映像もきれいだし。歴史とは、絶え間ない発掘作業によって語り継がれていくものだなあ、ということを痛感した。

元気いっぱいのジャニスはこのわずか3ヵ月後の1970年10月4日、ハリウッドでドラッグのオーヴァードーズ(過剰摂取)で他界する。享年、27。人間の命は儚い。

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エタ・ジェームスとジャニス・ジョプリンについての記事。


『車窓を奏でるメロディー』(13)
『ひとつの思い出のためにすべての未来を売り払うシンガー』
http://www.soulsearchin.com/periodical/l&g/l&g13.html


エッセンシャル・ジャニス・ジョプリンジャニス・ジョプリン

アルバム『エッセンシャル』
(ソニーMHCP 1-2)

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映画が終ってプログラムを入手したが、なぜかセットリストが書かれていない。ちなみに、この映画、現時点ではサウンドトラックのアルバムがない。またアメリカではこの映画のDVDが発売されている。日本でもいずれ発売されるだろう。これだけの音楽映画を見たら、まずセットリストを確認したいところ。人によってはアーティストのCDで反芻(はんすう)するだろう。プログラムにはセットリストは入れて欲しかった。というわけで、アメリカのサイトで探しました。コピペができないので、もう一度打ち直した。ふ~~。

一方、DVD、アメリカ・アマゾンでもう18ドル。一応リージョンコードは1。さすがに日本語字幕はないが。ここには下記のエキストラ・ライヴ・パフォーマンスが収録されている。

Grateful Dead "Hard to Handle"
Grateful Dead "Easy Wind"
Janis Joplin "Move Over"
Janis Joplin "Kozmic Blues"
Buddy Guy "Hoochie Coochie Man"
Mashmakhan "As Years Go By"
Eric Anderson "Thirsty Boots"
Ian & Sylvia "Tears of Rage"
Tom Rush "Child's Song"
Seatrain "Thirteen Questions"

マッシュマッカーンのこの曲は「霧の中の二人」という邦題で日本でもヒットした。

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"Festival Express"

Setlist

01. Casey Jones / Grateful Dead
02. Don't Ease Me In / Grateful Dead
03. Friend Of The Devil / Grateful Dead
04. Slippin' And Slidin' / The Band
05. Goin' Down The Road / Delaney & Bonnie & Friends
06. "Traditional Country Song" / Buddy Cage/Various
07. Baby Here I Come / Buddy Guy-Danko etc.
08. Better Take Jesus' Hand / Garcia & Sylvia
09. Comin' Home Baby / Mashmakan
10. Money / Buddy Guy
11. Lazy Day / Flying Burrito Brothers
12. The Weight / The Band
13. Cry Baby / Janis Joplin
14. I Can't Do It Baby / Buddy Guy & Garica
15. Ain't No More Cane / Rick Danko & Janis Joplin, etc.
16. Soul Jam / Buddy Guy & Danko, etc.
17. Sunshine Of Your Love / Various
18. Rock & Roll Is Here To Stay / Sha Na Na
19. CC Rider / Ian & Sylvia
20. New Speedway Boogie / Grateful Dead
21. I Shall Be Released / The Band
22. Tell Mama / Janis Joplin
23. Me & Bobby McGhee / Janis Joplin
24. Better Take Jesus' Hand / New Riders Of The Purple Sage

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映画『フェスティバル・エキスプレス』

渋谷・シネセゾン渋谷で連日午後9時20分からレイトショウで公開中。

03-3770-1721 (渋谷道玄坂・ザ・プライム6階)

公式ウェッブ
http://www.festivalexpress.jp/

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ENT>MOVIE>Festival Express

投稿者 nagato : 06:46 AM | コメント (0)

April 05, 2005

R&B Singer Jimmy Lewis Died On 911.

訃報。

先日(3月31日・木曜)、尾臺さんのラジオ番組『ソウル・ミュージック』を聴いていたらジミー・ルイスが昨年9月に亡くなっていたというリスナーのお便りが紹介されていた。これは知らなかった。この日記でも記事を書いていない。ジミー・ルイスは訃報記事を書いておかないとと思い、さっそく調べてみたら、昨年の9月11日に亡くなっていた。

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R&Bシンガー、ジミー・ルイス66歳で死去

R&Bシンガーで、ソングライターでもあるジミー・ルイスが2004年9月11日にロスアンジェルスで癌のために亡くなっていたことがわかった。66歳。ジミー・ルイスは1937年11月19日、ミズーリ州イッタ・ベナ生まれ。1950年代からR&Bのミュージシャン、シンガー、ソングライターとして活躍。レイ・チャールズ、ボビー・ウーマック、テッド・テイラー、Z.Z.ヒル(ズィー・ズィー・ヒル)らに作品を提供したり、ともに歌ったりしてきた。

また、レイ・チャールズ、ラティモア、ペギー・スコット・アダムスなどもプロデュース。さらに自身もシンガーとしてアルバムを出している。特にレイ・チャールズとは「イフ・イット・ワズント・フォー・バッド・ラック」をデュエット。さらに69年のチャールズのアルバム『ドゥイング・ヒズ・シング』を全面的にプロデュースもした。チャールズが持つタンジェリン・レコードでも仕事をしていた。

その後、南部のソウル・レーベル、マラコ・レコード所属のZ.Z.ヒルなどをてがけたり、同レーベルのラティモアをプロデュースしていた。ジミー・ルイスとしては1974年のアルバム『トータリー・インヴォルヴド』がひじょうに内容の濃い作品で、サザン・ソウルのジャンルの中でも名盤とされる。ところがおもしろいことに、ルイスはしばしばサザン・ソウルのシンガーあるいはソングライターとして語られるが、彼はずっとロスアンジェルスに住んでいた。

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Jimmy Lewis (James E. Lewis) - Died 9-11-2004 in Los Angeles, CA, U.S. - Cancer ( Soul ) Born 11-19-1937 in Itta Bena, MS, U.S. - Singer and songwriter - Worked with Ray Charles ("If It Wasn't For Bad Luck") - He wrote songs for Bobby Womack, Ted Taylor, and Z.Z. Hill - He produced Latimore and Peggy Scot-Adams ("Bill") - Owned Miss Butch Records.


ENT>OBITUARY>Lewis, Jimmy/2004.Sep.11

投稿者 nagato : 06:41 AM | コメント (0)

April 04, 2005

「吉岡正晴のソウル銀座塾VOL.2」のお知らせ

(3月22日付け日記で募集したイヴェント、まだ若干余裕があります。ご応募お早めに)

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「吉岡正晴のソウル銀座塾VOL.2」のお知らせ

イヴェント。

銀座の山野楽器でトークイヴェントを行うことになりました。付けられたタイトルは、「吉岡正晴のソウル銀座塾VOL.2

ワッツタックス / スタックス・コンサート\最近、ソウル映画の公開やDVD発売がかなり盛んになっているので、そのあたりをいくつかご紹介しようと思います。お話と、いくつかのDVDからの映像の一部をご紹介します。ご紹介する映画は『ワッツタックス』『スーパーフライ』など。

入場は無料です。つきましては、このホームページをご覧でご希望の方先着50組100名様に入場券を差し上げます。お名前と住所を次のアドレスにお送りください。招待状を郵送いたします。

ebs@st.rim.or.jp

メールのSubject タイトルのところに「ソウル銀座塾・希望」と書いて送ってください。4月4日頃、発送いたします。



タイトル: 吉岡正晴の「ソウル銀座塾・パート2」~ソウル・ムーヴィーを語る~

場所: 銀座・山野楽器本店7階イヴェントスペース ジャム・スポット

入場料: 無料 (入場招待券が必要です)

日時: 2005年4月8日(金) 午後5時45分開場、6時30分開演。(7時半頃まで)

住所:  東京都中央区銀座4-5-6 電話 03(3562)5051(代)
アクセス: 地下鉄銀座駅下車 A-9 出口前。銀座通り、三越・向かい、銀座和光の隣の隣。

山野楽器のウェッブ
http://www.yamano-music.com/docs/shops/ginza/index.html

投稿者 nagato : 06:36 AM | コメント (0)

"Soul Blends" Into Season Five

心機一転。

昨日から『ソウル・ブレンズ』(インターFM、76.1)の放送時間が午後2時から5時までに変更になりました。これに伴って、「ソウル・サーチン」のコーナーは2時から3時へ。「山野ミュージック・ジャム」は4時半で変わらずです。また今週から、シーズン5、5年目に入ります。

当初「ソウル・サーチン」のコーナーは2時50分頃から3時10分くらいという感じだったのですが、なんと3時ちょうどにニュースが入ることになり、結局3時3分くらいからのスタートに落ち着きました。まあ、これからはしばらく「3時3分の男」でしょうか。

時間が短くなったこと、いろいろなコーナーができたことによって、音楽がかかるところが少なくなる傾向にあるので、「スロー・ジャミン」を約30分に大々的に拡大して、このあたりは音楽ノンストップになりました。

しかし、今日は「ソウル・サーチン」のイントロで雲ひとつないというあたりをつっかえるし、「ミュージック・ジャム」では、「勝手にキャッチフレーズ」を考えるの忘れてたし、自分的にはかなりダメダメですねえ。(笑) 

「ソウル・ブレンズ」の放送時間ってけっこう変わってるんですよ。今回、いろいろ調べてみました。

2001年4月1日から2002年9月まで  午後1時から3時
2002年10月から2003年3月まで  午後1時から4時
2003年4月から2003年9月まで   午後4時から6時
2003年10月から2005年3月まで  午後1時から5時
2005年4月から             午後2時から5時

「山野ミュージック・ジャム」は2002年4月7日からスタート。こちらは4年目に入ります。最初は1時半からでした。2003年4月から4時半になりました。「ソウル・サーチン」は、2003年10月からスタート、昨日が第73回でした。「ソウル・ブレンズ」自体は、昨日が第205回でした。いろいろな特番とかで計5回おやすみになっているんですね。

改めて、心機一転がんばりますので、尚一層の応援をよろしくお願いいたします。(笑) 

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ちなみに、昨日のエリカ・バドゥーの不完全なセットリストをいろいろ調べてほとんどコンプリートになりました。たぶん、あと1-2曲でしょう。「グリーン・アイズ」は、一曲が3部作のようになっている曲でした。

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投稿者 nagato : 06:35 AM | コメント (0)

April 03, 2005

Erykah Badu: Purple Queen

パープル。

バドゥイズム7時開演予定が何か前座があり、さらにエリカがこのほど設立した新レーベル、コントロール・フリーク所属のラップ・グループ、ジェイ・エレクトロニカが登場。これが7時50分、しばしラップをして、その流れで8時6分、エリカが登場した。ポジティヴ(プロモーター)がかかわっているライヴショウはいつも前座が多くて、本アーティストの登場が異様に遅い。前座があることをチケットやフライアーにはっきり明記してもらいたい。本アーティストの登場が何時頃になるのかも、ウェッブなどでもいいのでだしてもらいたい。結局この日も、7時スタートの9時終わりをメドに考えていたが、次があったので、9時20分過ぎには出ざるを得なかった。はっきり言って無駄な前座はいらない。

さて、約5年ぶり2度目のエリカのライヴだが、声の調子が悪かったようで高音を出そうにも、声がかすれてでない。実に苦しそうで、かわいそうだ。しかし、バンドは実にかっこいい。また二人いる女性のバックコーラスがこれが、うまい。エリカが声が出ない分をこの二人がカヴァーしたと言っても過言ではないだろう。最初は何気に聴いていたが、ずいぶんコーラスがうまいなあ、と思ったら、彼女たちがちょっとだけソロを取る部分があり、特に向かって左のシンガーは圧巻だった。エリカより声量もあるし、歌もうまかった。もっともエリカは歌のうまさを誇るということではなく、ひとりのアーティストとして素晴らしいから、とりたてて問題ではないのだが。

やはり、エリカはアーティストとしての存在がずば抜けている。ほとんど同じ曲調なのに、しっかりとそのステージを仕切っていて、緊張感を維持する。

バンドは、ドラムス、キーボード、ベース、DJ、コーラス2人、これにエリカ。シュアでタイトなバンドでかなりいい。CDでは打ち込み風の音をここでも、打ち込み風にしながら、生ドラムを叩いてリアル・ミュージック感を出す。

先週のアンジー・ストーンが一見ネオ・ソウル風だったが、実は本質的にはオールド・スクールだったのに比べると、このエリカ・バドゥーは名実ともに「ネオ・ソウル」「ニュー・スクール」と言える。知性もあり、アーティストとしての信念がしっかりして安易な妥協は許さない。彼女の言葉に、「自分のレコードは、モータウン(現在の所属レコード会社)に帰属するが、私自身はモータウンには帰属しない」というものがある。レコードを売らなければならないというそのビジネスの仕組みもわかり、それを理解しているが、芸術面では妥協しない、という。

このあたりのメンタリティーがひじょうにプリンスと近いと感じたら、プリンスとよく話をするという。ショウの途中まで赤いコートのようなものを羽織っていたが、途中でそれを脱ぎ捨てると、中にはパープル色のワンピースのようなものを着ていた。その堂々とした振る舞いはパープル・クイーンと名づけてもおかしくないほどだ。

9時25分過ぎ、ちょうど「アイ・ウォント・ユー」を自由自在にいじって歌っているところで僕は時間切れ。最後には「バッグ・レイディー」はやったんでしょうね。(笑) これで、声の調子がよかったら、もっともっと素晴らしかっただろう。そして、前座がなければ。(笑)

なお、エリカ・バドゥーは事前にセットリストを作らないという。その場ののりで曲を決めているのだろうか。それともただ、発表しないだけか。聞いてみたくなった。聞くところによると「アイ・ウォント・ユー」が最後で、9時半すぎにはライヴは終ったとのことだ。

Setlist (Almost complete)

Erykah came on stage at 20:06

01. (rap song) (with Jay Electronica)
02. World Keeps Turnin
03. Green Eyes (Movement 1,2,3)
04. Didn't Cha Know
05. On & On
06. ... & On
07. No Love
08. Otherside Of The Game
09. Apple Tree
10. Orange Moon
11. (Erykah jams on keyboard)
12. I Want You (as of 21:25, she was still playing)

("I Want You" was the last song on the show)

(no encore)

(2005年4月2日土曜、新木場スタジオ・コースト=エリカ・バドゥー・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Badu, Erykah

投稿者 nagato : 06:32 AM | コメント (0)

April 02, 2005

Kishita Kohshi Live: First Heisei-born Super Star

第二回。

すでにこの日記ではおなじみの木下航志くん。彼の昨年8月下北沢ライヴハウス以来のライヴ。前回はキャパも100人くらいの小さな会場だったが、今回はタウンホールという約260席のコンサートホール。着実に階段を昇っている。会場はほぼ満員。バンドも、ドラムス、ギター、ベース、キーボード、サックスにコーラス2人、これに木下くんという構成でかなり大掛かりなバンドになった。僕にとっては第二回の鑑賞だ。

7時ちょうどに暗転し、幕が上がるとすでにバンドメンバーと木下くんがスタンバイしていて、一曲目のインスト曲「ピック・アップ・ザ・ピーセス」を演奏し始めた。アヴェレージ・ホワイト・バンドのファンキーなのりのり曲だが、観客はじっと静かにバンドを見つめている。

2曲目はスティーヴィーの「イズント・シー・ラヴリー」。全体的にバンドの音が大きく、木下くんのヴォーカルがなかなか聴きづらかった。ソウル、日本の歌謡曲、トラディショナル、オリジナルなどさまざまなものが選曲されている。やはりしばらくはこの路線で、わが道を模索していくのだろう。

木下くんが中央に座り、キーボードを弾き、歌を歌っているので彼がバンドの中心なのだが、彼がバンド・マスター、音楽ディレクターだという印象はまだない。しかし、きっと10年後には、彼が堂々としたバンド・マスターになるのだろうな、と思った。

そこで、彼がバンド・マスターではないということで、コーラスに歌わせる「ヒートウェイヴ」やサックスに歌わせる「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」がどうしても浮く。例えば、彼がスティーヴィーやジェームス・ブラウンのように、完全にボスで若手に一曲歌わせてやろう、チャンスをやろう、という立ち位置であれば、これも様になるが、なんといっても彼はこの中で最年少。なかなかうまく整合性がとれない。

今回はバンドとのものが、歌声が聴きづらかったこともあり、やはり、ピアノ1本の弾き語りが聴きやすかった。また、妙な司会ぶりがあいかわらずおもしろい。この日着ていたスーツは、なんとしばらく前に彼がニューヨークに行ったときに買ってもらったものだという。「買ってもらった」という表現が彼らしくて、いい。あるいは、アンコール前の最後の曲のときに、はっきり「では次はアンコール前の最後の曲で・・・」と言って笑いをとった。

ニューヨークではゴスペルクワイアーと共演してきた。そして、6月に愛知万博でそのゴスペルクワイアーと1日、一緒にライヴをするという。本場のゴスペルクワイアーと一緒にやって彼はどんな刺激を受けてきたのだろうか。これは楽しみだ。

木下航志、1989年5月8日鹿児島生まれ。現在15歳。まもなく16歳になる。そう、1989年は平成元年である。言ってみれば、将来の平成生まれの初のスーパースターだ。

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■木下航志・関連記事、前回のライヴ評

2004/08/14 (Sat)
Kishita Koshi Live: The Live Performance I Really Desired To See
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200408/diary20040814.html

2004/08/15 (Sun)
Talent Of Musicians VS Talent Of Listeners
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200408/diary20040815.html

2003/12/29 (Mon)
Stevie Gave Love & Courage To Everybody
木下航志くんとの出会い
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200312/diary20031229-1.html

2004/04/30 (Fri)
Kishita Koushi: 14-Year-Old Genius, I'd Call Him "Little Koushi"
ドキュメンタリーで知って
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200404/diary20040430.html


■Kishita Koshi Live At Shimokitazawa Town Hall
2005.4.1

( )はオリジナル・アーティスト

show started 19:02

01. Pick Up The Pieces (Average White Band)
02. Isn't She Lovely (Stevie Wonder)
03. フェリス
04. Georgia On My Mind (Ray Charles)
05. マグノリア
06. 君の名前を呼んだあとに
07. Yesterday (Beatles)

--10 minutes break--

08. そして僕は途方に暮れる (木下航志ピアノソロ)(大沢誉志幸 )
09. 熱き心 (木下航志ピアノソロ)(小林旭)
10. 少年時代 (木下航志ピアノソロ)(井上陽水)

11. Amazing Grace (木下航志ピアノソロ) (Traditional)
12. Valdes In The Country (Donny Hathaway)
13. Heatwave (歌・セイ&しおり)(Martha & The Vandellas)
14. What A Wonderful World (歌・藤井康一)(Louis Armstrong)
15. Someday We'll All Be Free (Donny Hathaway)
16. 響け僕の歌
17. 通り雨
18. チャレンジャー

アンコール

19. You've Got A Friend (James Taylor, Donny Hathaway)
20. 絆
21. 竹田の子守唄 (木下航志ピアノソロ)

show ended 20:57

■木下航志&ヒズ・フレンズ・メンバー

木下航志 (ヴォーカル、ピアノ、キーボード)
名村武 (ギター)
藤井康一 (サックス、ハーモニカ)
ドクター・キョン (キーボード)
後藤敏昭 (ドラムス)
大里和生 (ベース)
セイ&岩美志保里 (コーラス)

■木下航志・オフィシャル・ホームページ

http://www.kishitakohshi.com/

(2005年4月1日金曜、下北沢タウンホール=木下航志・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Kishita, Kohshi

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投稿者 nagato : 06:29 AM | コメント (0)

April 01, 2005

Mariah Carey Sung Two Songs At Roppongi Hills

寒。

MIMI寒空の中、17時開演予定から48分遅れで女王は登場した。六本木ヒルズ・アリーナで行われたマライア・キャリーの2曲だけのパフォーマンス。来日も今回でプロモーションとコンサートで8回目。すっかりおなじになっている。

アリーナにステージを作り、そこにダンサー8人とコーラス3人を従え、マライアが登場。新作『ジ・エマンシペーション・オブ・ミミ』から、第一弾シングル「イッツ・ライク・ザット」と第二弾シングル「ウィ・ビロング・トゥゲザー」を歌った。バンドはなくカラオケで歌う。ただ8人のダンサーがいるので、ステージは派手だった。

アルバムタイトルの「ミミ」は、マライアの親しい友人たちが彼女を呼ぶニックネームだそうで、今回は観客から時折「ミミ~~~!」といった掛け声もかかっていた。マライアも大きな笑みで答える。

ステージ前には、ラジオ番組などで当選したファンの人たちが、後ろのほうに取材関係、CDショップ関係者などが、計1000人弱が集まっていた。女王の出番はほんの10分弱だった。まあ、寒かったね。(笑) 

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マライア・キャリー関連記事

2003/07/10 (Thu)
Youngest Singer That I Ever Interviewed With
マライアのレーベル所属アーティストのショウケースライヴ

http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200307/diary20030710.html

2003/07/09 (Wed)
Mariah Carey Live At Budokan
マライア・キャリー・ライヴ評

http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200307/diary20030709.html

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(2005年3月31日木曜、六本木ヒルズ・アリーナ=マライア・キャリー・ショウケース・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Carey, Mariah

投稿者 nagato : 06:20 AM | コメント (0)