June 30, 2006

Soul Searchin: The Session Vol.1 Coming Up On Saturday: Buy Her A Rose

【「ソウル・サーチン・ザ・セッション」いよいよ土曜日】

リハーサル。

それにしても、かなり盛りだくさんな内容になっている。木曜、都内のスタジオで長時間リハーサルをやった。ケイリブとソウル・サーチャーズたちが一堂に会し、ルーサー曲の練習、音合わせ。音が出来上がっていくのを聴いていると本当にわくわくする。

最初がバンド、途中からシンガーたちがやってきて、歌っていく。ディーヴァ・グレイに初めて直接会った。気のいいとてもフレンドリーな人物だった。彼女の歌のリハを終えた後、少々雑談。すると、しゃべるしゃべる。

ベリー・ベスト・オブ・シックルーサーとの思い出話とか、ニューヨークのスタジオ・ミュージシャンの話とか、「わかった、わかった。とめといて、本番までとっておいてください」というくらいの立て板に水状態だ。おもしろかったのは、シックの最初のヒット「ダンス・ダンス・ダンス」をルーサーと一緒にレコーディングした時のこと。「あの時のギャラは、1曲歌って115ドルだったわ。まあ、通常のセッションとしては、OKっていう金額かしら。で、それが大ヒットして、次の『ル・フリーク』の時は、『ワン、ツー、ア~~、フリークアウトッ』っていう歌詞でしょ。ルーサーと一緒に、レコーディングが終わったら馬鹿みたいな歌詞ね、と、馬鹿にしてたのよ。(笑) そしたら、その何週間か後に、ルーサーが電話してきた。『おい、信じられないぞ、ビルボードを見てみろ、あのアホな曲がナンバーワンになってる! (笑) この曲はアトランティック・レコードの史上もっとも早いスピードでナンバーワンになった曲なのね」

で、「ル・フリーク(おしゃれフリーク)を歌った時のギャラはいくらだったんですか」と尋ねた。「スリー・フィフティーン(315ドル)よ」 しかし、この中途半端な15ドルはなんなんだ? (笑) 「でも、この曲にはまだあとの話があるのよ。(車の)フォードがCMを作る時に、『フリーク・アウト』をもじって、『ブレイク・アウト』という曲を録音したの。それを私が歌ったのね。ルーサーは参加しなかった。その曲で私は4万ドルもらったのよ(笑)」 へ~~~、すごいっ。

ディーヴァは現在音楽学校で、ヴォーカル・トレーニングの先生をしている。日本人は日本語の発声の仕方ゆえに、歌う声の出し方がなかなかむずかしい、というかなり専門的な話をしてくれた。日本語は、特に小さな声でしゃべると「口元でしゃべる」感じで、英語を話す時は「おなかから声をだしている」感じがある。もちろん、日本語もマイクを通して、ちゃんとしゃべろうとすると、おなかから声を出すようになるが、日本語がそれほどはっきりと声をださなくてよい言語らしく、その違いを痛切に感じるという。

ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー少々ネタばれになるが、彼女が歌う予定の曲をそっとお知らせしよう。ディーヴァ・グレイが歌う曲は、ルーサーの最後のスタジオアルバム『ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー』に収録されている「バイ・ミー・ア・ローズ(バラを買って)」という曲だ。何年か連れ添った夫婦の間にはもう愛がないのかもしれない。愛している気持ちを、表して欲しいと願う彼女。そんな彼女の願いは、「バラを買って」という些細なもの。

ルーサーが倒れた後、有志が集まりテレビ番組『オプラ・ウィンフリー・ショウ』で、ルーサーがよくなるようにと、みんなでこの曲が歌われた。ディーヴァはその番組を見ていて、自分も歌うならこの曲をぜひ歌いたいと申し出てくれた。改めてCDで聴くと、なんとも素晴らしいバラードだ。もし、ルーサーのアルバムをお持ちの方は、ぜひ予習してみるのもいいだろう。

先ほど、彼女がリハで歌っているところを見て、素晴らしいなと感動した。そして、ちょっとしたアイデアを思いついた。土曜日に『ソウル・サーチン・ザ・セッション』にいらっしゃる方の中で、もしよければ、一輪でいいのでバラの花をお持ちいただけないだろうか。彼女は第二部でトーク・セッションの後、この曲をケイリブのピアノ演奏で歌う。その時、途中から、ディーヴァにバラの花を観客席から彼女にあげるというのはいかがだろうか。僕もバラを何本か用意していくつもりだ。

シンガーが観客にバラを手渡すシーンは何度も見たが、観客からシンガーにバラを渡すというのは見たことがない。もし、そんなことをやってもいい、と思われた方は、ぜひ当日1本のバラをお持ちください。(笑) 「Buy Me A Rose」と、ローズは単数なのだ。(笑) 1本でいいから、バラでも買って、というニュアンスなんでしょう。

こんな歌です。

『バイ・ミー・ア・ローズ』

彼は、彼女が欲しいと思ってるものをすべて与えようと
一生懸命働いている
だが、そんなものは彼女の心には触れないので、
彼女は涙にくれる
夜遅く帰ってきて、おやすみのキスをするために、彼女を起こす
彼女のこんな思いを、彼は読めないのだろう

「1本でいいからバラを買って、
仕事場から1本でいいから電話をして
私のためにドアを開けて、別になにも損はしないでしょう
あなたの愛を心の目で語ってほしいわ
私の人生でもっとも欲しいものが、そんな些細なことなの」

こうして彼女は長年、孤独を感じてきた
彼に何かまちがったことをしてしまっただろうか
彼を振り向かせるためには、なんでもしていたからか
そんなことして、何か変わるのか

男は年を取れば取るほど、愛を表現しなくなる
だが、女が愛を与えれば与えるほど、男にもわかるはずだ
そう、これは君と僕の物語だったんだ

だから、僕は帰り道、バラを買ってきた
僕が傷つけてしまった君の心を癒すために
僕の愛を、僕の目に感じて欲しい
これから一生、僕はちゃんと君を愛していく
君を抱きしめ、些細なことを一生やっていくよ

(訳詞:ザ・ソウル・サーチャー)

Buy Me A Rose
(Written by Jim Funk & Erik Hickenlooper)
(Sung by Luther Vandross)

He works hard to give her all he thinks she wants
But it tears her apart cause nothing's for her heart
He pulls in late to wake her up with a kiss goodnight
If he could only read her mind, she'd say?

[CHORUS]

Buy me a rose, call me from work
Open a door for me, what would it hurt
Show me you love me by the look in your eyes
These are the little things I need the most in my life
Now the days have grown to years of feelin' all alone
As she sits and wonders if all she's doin? is wrong
Cause lately she'd try anything just to turn his head
Would it make a difference if she said, if she said?

[CHORUS]

[BRIDGE]
And the more that he lives the less that he tries
To show her the love that he holds inside
And the more that she gives the more that he sees
This is the story of you and me
So I bought you a rose on the way home from work
To open the door to a heart that I hurt
And I hope you notice this look in my eyes
Cause I'm gonna make things right for the rest of your life
And I'm gonna hold you tonight, tonight
Do all those little things for the rest of your life


+++++


投稿者 吉岡正晴 : 03:09 AM | コメント (0)

June 29, 2006

The Fugitive: One Of My Favorite TV Series

【『逃亡者』は大好きなテレビドラマ】

ナレーション。

この4月からNHK-BSの深夜12時からの枠で、かなり昔の海外テレビドラマを放送している。月曜深夜12時が『コンバット』、火曜が『ローハイド』、水曜が『逃亡者』、そして木曜が『ルーシー・ショウ』だ。だいたい60年代に日本でも放映されて人気となったテレビドラマだ。

この中で一番僕が好きなのが『逃亡者』。当時毎週土曜の夜8時からTBSで放送されていた。優秀な小児科医リチャード・キンブルが妻殺しの罪で死刑を宣告されるが、列車事故にあい辛くも脱走。彼が自宅に帰った時に見かけた片腕の男が真犯人ではないかと考えるキンブルはその片腕の男を捜して全米を駆け巡る。しかし、そのキンブルを執拗に追いかけるジェラード警部。

キンブルの性格もストーリーもいいのだが、このドラマ、キンブルの声、睦五郎、ジェラード警部の声、加藤精三、そして、ナレーションの矢島正明の声がみなすばらしい。

そういえば、ルーサーさんは矢島さんにお会いした時に「スポック博士!」と言ってください、と頼んだそうだが、僕がもし矢島さんにお会いする機会があれば、『逃亡者』の冒頭のナレーションをやってください、とお願いしたい。

ナレーションはこうだ。

「リチャード・キンブル、職業医師。
正しかるべき正義も時としてめしいる事がある。
彼は身に覚えのない妻殺しの罪で死刑を宣告され、
護送の途中、列車事故にあって辛くも脱走した。
孤独と絶望の逃亡生活が始まる…

髪の色を変え、重労働に耐えながら、
犯行現場から走り去った片腕の男を捜し求める。

彼は逃げる。
執拗なジェラード警部の追跡をかわしながら、
現在を、今夜を、そして明日を生きるために…」

初期のナレーションは、微妙に違うが、途中からこれでずっと続いた。ずいぶん後から知ったが、この英語版のナレーションはウィリアム・コンラッドという人がやっていたそうだ。何度か再放送されているうちに、「二ヶ国語放送」になって、矢島さんのナレーションが、もともと英語であるものが訳されていたことを知って、びっくりしたものだ。根拠はないのだが、日本語のナレーションがあまりにかっこいいものだから、日本のテレビ局がくっつけているのかと思っていた。

今日のエピソードはシーズン1の第13回、「人知れぬ恐怖」、原題はTerror At High Point というもの。ユタ州の工事現場で働くキンブルと知恵遅れの人物との触れあいが軸となって物語が進む。ハイ・ポイントは地名。

『逃亡者』は1963年9月から1967年8月まで4年間にわたってアメリカABCテレビで毎週火曜日夜10時から放送されていた。ちょうど120本のエピソードが放送された。

ENT>TV>The Fugitive

投稿者 吉岡正晴 : 02:55 AM | コメント (0)

June 28, 2006

Arif Mardin Dies At 74: The Great Producer.

【大物プロデューサー、アリフ・マーディン死去】


ノンストップ。

1960年代から現在に至るまで、あらゆるジャンルの音楽をプロデュースしてきた大物プロデューサー、アリフ・マーディンが去る2006年6月25日(日曜)ニューヨークの自宅で死去した。74歳だった。ここ1年ほどすい臓ガンを患っていた。てがけたアーティストは、アレサ・フランクリン、ダニー・ハザウェイ、チャカ・カーン、ウイルソン・ピケットなどのソウル系から、ビージーズ、メリサ・マンチェスターなどのポップ・アーティストまで幅広い。最近ではノラ・ジョーンズ、ラウル・ミドンの大ヒットが記憶に新しい。グラミー賞12回受賞、うち2回は「ベスト・プロデューサー」部門。アメリカ音楽業界における押しも押されぬ大プロデューサーだ。

アリフ・マーディンは1932年3月15日、トルコ・イスタンブールの裕福な家庭に生まれた。トルコ人。十代の頃から両親兄弟の影響で音楽、特にジャズに傾注。インスタンブール大学、ロンドンの学校などで教育を受けた。この頃は音楽は彼にとってただの趣味に過ぎなかったが、1956年、ジャズ・ジャイアンツのひとり、ディージー・ガレスピーがトルコにやってきた時に衝撃を受け、音楽の仕事をする決意を固めた。この時、クインシー・ジョーンズとも知り合い、クインシーがアリフの作曲能力に惚れこみ、アメリカのバークリー音楽院のクインシー・ジョーンズ奨学金を提供した。アリフはアメリカに渡り1961年に卒業。1963年、アトランティック・レコード創始者であり、同郷のアーティガン兄弟のひとりネスヒ・アーティガンのアシスタントとして同社に就職。まもなく、スタジオの管理から、音楽のアレンジ、プロデュースの仕事などを任されるようになる。

当初は、アトランティック・レコードに所属するエディー・ハリス、フレディー・ハバードなどジャズ・アーティストの作品をてがけていたが、1967年大きな転機が訪れた。同年、コロンビア・レコードからアトランティックに移籍してきたアレサ・フランクリンとの出会いだ。

I Never Loved a Man the Way I Love Youアリフは、アトランティックのスタッフだったプロデューサー、ジェリー・ウェクスラー、エンジニアのトム・ダウドらの下で、アレサの作品にかかわるようになる。アレサのアトランティックでのデビュー作『アイ・ネヴァー・ラヴド・ア・マン・・・』(1967年)では、「レコーディング・エンジニア」としてクレジットされている。このアルバムからは、「リスペクト」、「アイ・ネヴァー・ラヴド・ア・マン・・・」、「ドゥ・ライト・ウーマン」などが大ヒット、アレサの名前を決定づけ、アルバムは傑作ソウル・アルバムとして高い評価を得るようになった。

初めて彼の名前がプロデューサーとしてクレジットされたのは、ラスカルズの作品。ジェリー・ウェクスラーとの共同プロデュースだったが、67年5月から「グッド・ラヴィン」が大ヒット。全米ナンバーワンになり、一躍注目されるようになった。

その後もアレサ・フランクリンの作品群にかかわるだけでなく、ラスカルズ、ダスティー・スプリングフィールド、ホール&オーツ、ベット・ミドラー、ロバータ・フラック、ウィリー・ネルソン、ビージーズ、アヴェレージ・ホワイト・バンド、ジョージ・ベンソンなど多数のアーティストをてがけた。ラスカルズ作品は「グルーヴィン」などほとんどすべてをてがけ、「5番目のメンバー」とさえ言われるほどにまでなった。

特にアレサ・フランクリンなどの黒人R&Bをプロデュースするノウハウを、白人アーティストにも応用し、ラスカルズ、ホール&オーツ、アヴェレージ・ホワイト・バンドなどに「ブルー・アイド・ソウル」と呼ばれる作品群を提供し注目された。

1990年代には、ミュージカルなどもてがけている。

Come Away With Me2001年5月、マーディンはアトランティックのシニア・ヴァイス・プレジデントの役職を退任。しかしその数ヵ月後、EMIと「新人と契約しプロデュース権利を持つチーフ・プロデューサー」の役職に就いた。そして生まれたのが、2002年のセンセーション、ノラ・ジョーンズの『カム・アウエイ・ウィズ・ミー』だった。これは翌年グラミー賞主要4部門を独占する。60年代から40年以上にわたってまさにノンストップでヒットを生み出してきた偉大なプロデューサーだ。

マーディンは、48年間連れ添った妻ラティーフ、息子でプロデューサーでもあるジョー、二人の娘ネリーとネイザンによって送られる。

+++

1日。

アリフ・マーディンは大好きなプロデューサーのひとりだ。アレサ、チャカ、ダニー・・・。気に入ったアルバムにはいつも彼の名前があった。クインシーと同じくらい多数の作品をてがけてきた人物だ。一度、ゆっくり話が聞きたい人物のひとりだった。僕にとっては、彼は「ソウル・ミュージックのプロデューサー」という印象が圧倒的に強い。

アリフの恩人でもあるクインシー(Q)はアリフより1歳年下、1933年生まれ。誕生日がなんと一日違いなのだ。Qは3月14日シカゴ生まれ。一年と一日違いということを聞いたのは、クインシーにインタヴューした時のことだった。なにかのきっかけで、アリフの話になり、誕生日が一日違いだと教えられた。もう10年以上も前のことだ。

そして、昨年。ラウル・ミドンが来日しライヴを行った。その時、ほんの少しだけ話をする機会があった。誕生日を尋ねたら、「3月14日」との答え。その時は、クインシーかアリフかどっちの誕生日か覚えていなかったが、どちらかと同じでしょう、というとクインシー(3月14日)だと答えた。

3月15日生まれのアリフは、3月14日生まれのクインシーに大々的に世話になった。そして、そのアリフは、こんどは3月14日生まれの無名の新人ラウル・ミドンをプロデュースし、ヒットさせた。だから、どうだということはないのだが、なんとなく、因縁めいていておもしろいなと思った。

ラウフがステージで語ったアリフ・マーディン話は、ひじょうに興味深かった。(下記ブログに)

October 25, 2005
Raul Midon: From Donny To Stevie To Raul
http://blog.soulsearchin.com/archives/000603.html

I Feel for Youこの訃報記事を書き始めた時、アレサの『アイ・ネヴァー・ラヴド・ア・マン・・・』をかけていたが、今はシャカ・カーンの『アイ・フィール・フォー・ユー』を聴いている。

ご冥福をお祈りしたい。

ENT>OBITUARY>Mardin, Arif / March 15, 1932 -- June 25, 2006 (74)

投稿者 吉岡正晴 : 03:31 AM | コメント (0)

June 27, 2006

Claydes "Charles" Smith Of Kool & The Gang Dies At 57

【クール&ザ・ギャングのオリジナルメンバー、チャールス・スミス死去】

生粋。

The Very Best of Kool & the Gangアメリカの人気ファンク・グループ、クール&ザ・ギャングのオリジナル・メンバーであり、ギター奏者だったクライデス・チャールズ・スミスが去る6月20日、地元ニュージャージーで死去した。57歳だった。今年の1月から、病気を理由にグループのツアーから退いていた。

チャールズ・スミスは1948年9月6日、ニュージャージー州ジャージー・シティーの生まれ。十代のころから父親の影響でジャズのレコードを聴き、ギターを始めた。

1964年、友人であるロバート・クール・ベル、ロナルド・ベルらとともに、ジャズ・グループの「ジャジアックス」を結成。地元やニューヨークのクラブなどで演奏し、評判を上げるが、名前を「ソウルタウン・バンド」「クール&ザ・フレイムス」などと変え、1968年「クール&ザ・ギャング」となった。1969年、ニューヨークのインディ・レーベル、デライトから『クール&ザ・ギャング』でデビュー。1973年、「ファンキー・スタッフ」「ハリウッド・スゥインギン」などの大ヒットで一躍メジャーな存在となった。

グループは79年に新しいリードシンガー、ジェームスJTテイラーを迎え心機一転再出発。さらに、ポピュラーな人気を獲得。その後もコンスタントにヒットを送り出し、クール&ザ・ギャングは、70年代から80年代にかけて押しも押されぬ人気バンドとなった。特に「セレブレーション」は、お祭りやなにかいいことがあった時のテーマ曲ともなり、高い人気を誇っている。

スミスは、「ファンキー・スタッフ」「ハリウッド・スゥィンギン」などのほか「セレブレーション」なども共作、多数のグループのヒット曲の制作に加わった。また、彼は1964年の前身「ジャジアックス」以来40年以上、クール&ザ・ギャングのギタリストとして、リズム隊の屋台骨を支えてきた生粋のメンバーである。

The Hitsクール&ザ・ギャングとしての最新作は、2004年発売の『ザ・ヒッツ:リローデッド』。これは自分たちのヒットを、若い人たちとコラボレートして再録音したもの。

彼は6人の子供と9人の孫によって送られる。

ENT>OBITUARY>Smith, Charles Clydes / 1948.9.6-2006.6.20 (57)


(Soul Oz さん情報提供ありがとうございます)

投稿者 吉岡正晴 : 04:59 AM | コメント (0)

June 26, 2006

Kani Rica's "How To Write Blog Tasty" Class Will Begin July

【人気作家カニリカ先生のブログ講座】

トラックバック。

先日のミント・コンディションをコットンで見たが、なんと終わるとドンと背中を叩く輩(やから)が。誰かと思えば、あの有名な放送作家のカニリカ先生ではないか。お~~、ひさしぶりです。ミント・コンディションやサウンズ・オブ・ブラックネスは、カニリカ先生がレコード会社勤務時代にプロモーションをてがけたということで、けっこう思い入れというか、思い出というか、そういうのがあったらしく、この日、ライヴ会場に足を運んだようだ。

いやーん!ばかーん!カニリカーン―人気女性放送作家のアイタタブログ999(?)連発カニリカ先生と雑談し始めたが、コットンは閉店、しかし、トコトンまでしゃべる機関銃のごとくのカニリカ・トーク止まらないので、店を変えることに。こういう時には丸の内近く東銀座のバー、Bへ。最近の話題としては、自著 『いやーん!ばかーん!カニリカーン―人気女性放送作家のアイタタブログ999(?)連発』の発売、ミュンヘン出張の件、また、なんと『ブログをおいしく書く方法』というトーク講座を池袋コミュニティカレッジでやることなどなどAin't No Stoppin Her Now。

「ええ? 何、講座の先生やるの? テーマは? いつから何時間?」 「事務所が持ってきたのよ。私のブログが本になったんで。上手な文章を書く講座とか、小説の書き方とか、エッセイ講座なんていうのはけっこうあるんだけど、ブログに絞った講座ってまだないでしょう。そういうのやったらおもしろいかな、って。7月から池袋のコミュニティ・カレッジで隔週2時間ずつ。でも、生徒が集まらないと、講座開講しないからさ、(あなたも)入って、入って。申し込み用紙、すぐ送るからさ。一回たしか3000円くらいよ。安いでしょ」と立て板に水の如くまくし立てる。

さすが「口八丁手八丁丁丁発止」で一レコード会社のプロモーターから、ラジオ番組制作会社社長を経て、売れっ子構成作家、作家、テレビコメンテーターにまで登りつめた勝ち組みの先生だけのことはある。もちろん、そのブログ講座の教科書は、生徒全員に買わせる自著『いや~ん!・・・』である。さすがだWinner Takes All。

「ねえねえ、なんだってさ、そういうのには『お試しコース』とかあるじゃない。一回無料で見れたりしないの?」と僕。すると 「ないないサイズ!! お金払いなさい」 「ひえー、で、何教えてくれるの? あ、わかった。僕が文章書いたら、ちゃんと『赤』いれてくれる(校正してくれる)んだ。わざと『て』『に』『お』『は』デタラメな文章でも書いてみよっかな」 「いやな生徒ね。どうしたらブログのアクセス数を伸ばせるとか、文章の書き方とかよ。思った通りのこと、感じたことをそのまま書きなさい、とかよ。誰でもできるわよ(笑)」

「ほ~~~。僕も細々とブログとやら書かせていただいんてるんですが、どうやったらアクセス数伸ばせるんですか」 「あなた、それは、講座聴きにいらっしゃい。なんで、ここでただでしゃべるか(笑&怒)」 「っていうかさ、何を教えるかっていうより、2時間、どうやって生徒を笑わせ続けるか、ネタを飽きさせないでやり続けられるか、そんなことばっかり考えてるんじゃないの?」 「んなこと、ないわよ!(プンプン)」 「いや、あちこちにネタ仕込んでるでしょ、間違いない! カニリカ先生だったら、カニリカーンのお笑い講座とか、ありがちだけど、大人の恋愛講座とか、カニリカーンのイケメン・リターンズなんかがいいんじゃない?」  「おだまり!」(ビシッ) 

カニリカセンセイの公式ブログ
http://blog.eplus.co.jp/kanirica/

7月から始まるその講座
http://college.i-printnet.jp/html/200604/20060410/20060419078.htm(おい、このアーティスト写真! なんだ、これ! やりすぎじゃないか?(笑))

そうだ、一日2000アクセスあるカニリカ先生の日記に毎回トラックバックすれば、一挙にアクセス数アップか。な~んだ。これだな。これぞ「神頼み」ならぬ「カニ頼み」~~

(先生からお花丸もらえるかなあ・・・。万一このブログを読んでカニリカ講座申し込んだ人がいたら、ちゃんと報告するように(笑))

ENT>ESSAY>
PEOPLE>Kani, Rika

投稿者 吉岡正晴 : 01:34 AM

June 25, 2006

"Soul Searchin: The Session" Has Diva Gray Segment

【ソウル・サーチン・ザ・セッション~ディーヴァ・グレイをフィーチャー】

秘話。

7月1日の開催が迫った『ソウル・サーチン・ザ・セッション 第1回~トリビュート・トゥ・ルーサー・ヴァンドロス』だが、さらにゲストシンガーが決定した。昨年、ルーサーへのトリビュートとして自身のアルバムの中で「ア・ハウス・イズ・ノット・ア・ホーム」をカヴァーした和田昌哉さんだ。

また、既報の高山広さんの「ルーサー物語」も徐々に完成しつつあるようだ。一人芝居による「ルーサー物語」、一体登場人物は? ルーサーの人生のどこを切り取るのか。

さて、今回のゲストのなかで興味深いのがディーヴァ・グレイ。ディーヴァは元々ルーサーの同級生と知り合いだったことから、その同級生を通じてルーサーと知り合った。彼女自身、ゴスペルなどを歌っていたが、70年代に入って、ルーサーの誘いでニューヨークの音楽シーンに足を踏み入れた。

ヤング・アメリカンズルーサー自身は75年のデイヴィッド・ボウイの『ヤング・アメリカンズ』のレコーディングに参加したことをきっかけに、音楽業界で名前を売り出した。その後、ルーサーに誘われて業界入りしたディーヴァの名前が最初に表に出たのは1976年。モントルーでのライヴ録音が、アトランティック・レーベルの「ジャズ・サンプラー」に収録された。

78年には『ウイズ』のサントラに参加、以後、ジョージ・ベンソン、デイヴィッド・スピノザなどのフュージョン系から、ジーン・シモンズなどのロック系までありとあらゆるジャンルのセッションに参加するようになった。特に当時ブームであったディスコ曲のレコーディング・セッションなどには引っ張りだことなった。

さらに、彼女の名前を決定づけたのが、ルーサーとともに参加したシックの作品群。デビュー作から彼女のコーラスも聞かれる「ダンス・ダンス・ダンス」、さらに第2作から「ル・フリーク」、第3作から「グッドタイムス」などが大ヒットするにいたり、以後、ディーヴァはナイル・ロジャース関係のレコーディングに多数かかわるようになる。もちろん、その他のセッションにも多数参加。

そして、1979年、彼女は自身のアルバム『ホテル・パラダイス』を録音。ここからはディスコ・チャートで「マジック・カーペット・ライド」がヒットした。

ディーヴァは言う。「ルーサーとは本当に長いつきあい。だから、ルーサーのことは、仕事面でもプライヴェート面でもいろいろなことを知ってるわ。例えば、私たちがそれぞれ糖尿病で、体重について共通の悩みを持っていたこととかね。(ソウル・サーチン・ザ・セッションでは)話すテーマをいくつか決めて、話さないと、きりがないわよ(笑)」

ディーヴァには、ルーサーについて、僕たちが知らない秘話をぜひふんだんにしていただきたいと思う。そして、トークが終わった後、1曲歌ってもらうことになっている。一体どんな話が飛び出してくるのか、まさにすばらしいセッションになりそうで、僕も楽しみだ。

「ソウル・サーチン・ザ・セッション 第1回」では、およそ20分から30分程度ディーヴァ・グレイとのトークセッションに時間を割く予定だ。

ところで、今回はケイリブにバンドを結成してもらい、それに「ザ・ソウル・サーチャーズ」と名づけたが、言い忘れたが、この名づけ親は、誰あろう、ルーサー・ナンバー1・市村氏である。ルーサー・ヴァンドロス用のバンドに、「ソウル・サーチャーズ」と名づけたのが、もうひとりのルーサーさんというところがなんともすばらしい。ありがとうございます。

もう一点、このところかなりルーサー・ヴァンドロス作品を聞き込んでいるが、その声を聞くたびに、ケイリブの声が重なってくる。ケイリブの声が、けっこうルーサー系なのだ。そういう意味でも、ケイリブが歌うルーサー楽曲は、きっとすばらしいものになるだろう。

立ち見。

7月1日の「ソウル・サーチン・ザ・セッション第一回」、すでに座席は予約でいっぱいになっていますが、お立ち見でしたら、ご覧になれます。

下記予約受け付けアドレスに次の事項を明記の上、予約メールをお送りく ださ い。

1)お名前と総人数、2)メールアドレス(できればいらっしゃる方全員のも のが あれば幸いです)、3)緊急の際の連絡先(グループの場合、代表の方だけでけっこう です)、4)このイヴェントを何でお知りになったか。 
折り返し確認メールを お送り します。
問い合わせ先・予約受け付けアドレス
 soul_searchin_the_session@yahoo.co.jp

EVENT & ANNOUNCEMENTS>Soul Searchin' The Session Vol.1

投稿者 吉岡正晴 : 02:44 AM | コメント (0)

June 24, 2006

Mint Condition Live: Gold Dust Pouring On Them

(ネタばれになります。ライヴをこれからご覧になる方は充分ご注意ください)

【ジャム&ルイスの金粉が降り注ぐミント・コンディションのライヴ】

金粉。

20th Century Masters2000年8月以来約6年ぶりの来日というミネアポリスのミント・コンディションのライヴ。前回見たかどうか、東京のどこの会場だったかあまり記憶がない。よくサウンズ・オブ・ブラックネスと混同してしまうのだが。

何はともあれ、お初にせよ、二度目にせよ、結論を一言で言えば、ものすごくよかった!! これほどまでにたっぷり楽しませてくれるとは思わなかった。もう一度じっくり見てみたいと思った。

まず、今回来日している彼らは5人組で、ドラム以外の4人が正式メンバー。正式メンバーのギター奏者が今回事務的な理由で来日できずに、ギターレスの編成になっていたという。もっともサポートのドラマーも、彼らとはずっと演奏してきているだけに、ほとんどメンバーも同然の、息のあった演奏を見せた。バンドが自作曲をしっかり自分たちで演奏し歌い、聞かせるというところが、当たり前ながら見事だった。こういうバンドはいい。しかも、ヴォーカルもしっかりしている。

迫力ありつつシュアなドラムス、さらにキーボード2台でサウンドを形作り、ベースが屋台骨を支える。そして、リード・ヴォーカルのストークリー・ウィリアムスがまた、ミニ・マイケル・ジャクソンのように動き、踊り、熱くシャウトするのでたまらなくいい。

最初から6曲目までノンストップで、ミディアムからアップテンポまで聞かせ一気に観客のソウルをつかんだ。いいライヴは最初の5分でわかるが、彼らもほんの冒頭でこれはいいバンドだというのが瞬時にわかった。スローテンポの曲でもベースがはね、じつにグルーヴ感あふれる。

1曲だけロックぽい作品、またジャズ風インストゥルメンタル・ジャム、そして、R&B、ファンクと多様性を見せ、なによりもヴォーカルのストークリーの徹底したエンタテインメントぶりが見事だ。ばねのある動きが聞く者を動かす。また、ヴォーカル・テクニックでも時に、ボビー・マクファーリンかアル・ジャロウかと思わせられるほど多彩な声を聴かせる。初期作品からのメドレー(下記セットリストで10,11,12)では、ノーマイクでアカペラを聴かせ観客をうならせた。ラウル・ミドン並にマウス・トロンボーンまで聴かせる。見事だ。

ベース奏者リッキーは、アースのヴァーディン・ホワイトにつぐエンタメ系ベース奏者だ。楽しい。なんてったって、ベース持ちながら、ジャームス・ブラウンばりに股割(スプリット)をやって見せるのだ。

このセルフ・コンテインド・グループは、演奏も熱ければヴォーカルも熱い。常にミュージシャンの沸点を演じている。そして、大ヒット曲「ブレイキン・マイ・ハート」では、すべてが最高の沸点に到達した。その瞬間、僕はジャム&ルイスの金粉が彼らに降り注いでいるのを見た。本編最後のこの曲が終わった時、珍しく立ち上がって拍手してしまった。

付け加えると、この日の観客はみなミント・コンディションを見にやってきている音楽ファンがほとんどだったように思えた。ひじょうにいいリアクションだった。

(ミント・コンディション、ライヴは土曜と日曜まで。丸の内コットンクラブ。)

■コットンクラブ

http://www.cottonclubjapan.co.jp/ccj/top.htmlミント・コンディション
¥ 8,400 (税込)
6.24(sat):7:00 p.m. & 9:30 p.m.
6/25(sun.):5:00p.m.&8:00p.m.

■ミント・コンディション来日メンバー

Stokley Williams(Lead vocal, ds),
Jeffrey Allen(key,sax,back vo),
Lawrence El(key,back vo),
Ricky Kinchen(bass,back vo),
Terry Wesley(drums)
Homer O'dell(g,back vo),=都合により今回は欠席

■ミント・コンディション公式ウェッブ(英語)
http://www.mintconditionmusic.com/main.htm

■Setlist
show started 21:35
01. Intro
02. Sista
03. So Fine
04. Whoaa
05. You Don't Have To Hurt No More
06. Call Me
07. I'm Ready
08. Drum Solo (by Stokley & Terry Wesley) -- Instrumental Jam (Mintal)
09. Runaway
10. Someone To Love --
11. U Send Me Swingin' --
12. Forever In Your Eyes (above 3 songs medley)
13. What You Bring To The Party
13. Breakin' My Heart (Pretty Brown Eyes)
Enc.1. What Kind Of Man Would I Be
Enc.2. Swole
show ended 23:21

(2006年6月23日金曜、丸の内コットン・クラブ=ミント・コンディション・ライヴ
ENT>MUSIC>LIVE>Mint Condition
2006-129

投稿者 吉岡正晴 : 04:44 AM | コメント (0)

June 23, 2006

Akita Shinji Live: Steve Sacks Has Nice Punch Line

【秋田慎治ライヴ】

多様性。

昨年は、期間限定プロジェクトTKYのキーボード奏者として活躍していたピアニスト秋田慎治が自らのソロアルバム『モーメンツ・イン・ライフ』をリリースし、その全国ツアーを行った。その最終日は、スイート・ベイジル。アルバムのほうが、ヨーロッパ調のかなりメロディアスな静かで白いイメージだったので、ある程度その路線かなとは思ったが、なるほど、という感じだった。さすが秋田さん人気で、会場は7-3で女性客多し。

同新作13曲中10曲をプレイ。日本在住のサックス奏者スティーヴ・サックスは、おもしろい日本語を操る。秋田さんに「何か一言ありますか」とうながされ、「一言はありません。レッツ・プレイ(演奏しましょう)」というのがおもしろかった。あと、セカンドセットの途中、みんなが話をするところでの、スティーヴのかたこと日本語での一口小話もビミョーなおもしろさ。ワールドカップにかけたこのネタは、いいオチだ。僕は、この小話を聞いていて、違うネタをおもいついた。

個人的には秋田さんのTKYでのプレイぶりの方向性が気に入っているので、後半、僕の聞く側としての集中力がなくなった。とはいうものの、ひとりのアーティストの音楽的多様性を示すものともいえるからいいのだろう。ただし、一歩まちがえると、イージーリスニング的なラウンジ風になってしまいそうなギリギリのところもあるので、そこのところ、ぜひよろしく。(笑) 

ところでファーストとセカンドの間に20分弱の休憩があるが、これくらいだったら、休みなしで一気にやってしまったほうがよいのでは? 営業的に、休憩をいれないとだめなのかな。また、全曲トリオ(プラス、フルート、サックスなど)だったが、1-2曲、まったく彼のソロだけのパフォーマンスがあっても、メリハリがついたかもしれない。ソロだけというのを聞いてみたくなる。

■メンバー

秋田慎治(ピアノ)
鳥越啓介(ベース)
小松伸之(ドラムス)
スティーヴ・サックス(サックス、フルート)

Setlist
show started 20:03
01. Summer Time
02. Here, There And Everywhere
03. Blue On You
04. Fahrenheit
05. Road To The Lord
show ended 20:50

Second set
show started 21:07
01. I've Waited For You
02. Reflections
03. Just Like It
04. Love For Sale
05. Introduction
06. Division Of The View
Enc. Spread To The Sky
show ended 22:44

(2006年 6月 22日木曜、六本木・スイートベイジル=秋田慎治ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Akita, Shinji
2006-128

投稿者 吉岡正晴 : 01:31 AM | コメント (0)

June 22, 2006

Phate Live At Thumbs Up: Love Them or Like Them?

ロンク。

ソウル・サーチン・ザ・セッションでの大活躍が期待される我らがケイリブ・ジェームスが結成したロック系グループ、フェイト(Phate)が新作ミニアルバム『ラバーマン(rubberman)』をリリース。そのリリース記念ライヴが横浜のサムズアップで行われた。同アルバムからは、「エレクトリファイド」がFM横浜の「プライムカッツ」に選ばれていて、なんと同局の水野氏を始めとする取締役らも来場。

ドラムスは、売れっ子ドラマーのアーミン、ギターにディッキー福田、ベースがレンジー・クロスビー、そしてキーボードと歌がケイリブ・ジェームス。これにゲスト・ヴォーカルで鈴木桃子がはいる。アンコール含め全10曲。

前回見てから9ヶ月ぶり。バンドは徐々にまとまってきているように感じる。今回参加のドラマーのアーミン・リンツビヒラは、クリスタル・ケイなどポップから、ジャズまで幅広くプレイするが、ソウル、ファンクよりこうしたロックもののサウンドにフィットする。

「次にやる曲は、(ロックグループ)インキュバスの作品だ。僕達の曲ではない。だから、僕達のサウンドを気に入ってくれてもいいけど、この曲を愛さないでくれ(笑)」とケイリブが話して演奏したのが、「ドライヴ」という曲。Don't love it, you may like it.

アルバム・タイトル「ラバーマン」とは一体どんな意味? ケイリブが説明する。直訳すると「ゴム人間」だが、「例えば、妻にどんどん殴られても、必ず起き上がるような、ゴムのようにはね戻る、そんな男、という意味だ。レンジーがメインの歌詞を書いたが、みんなの共作みたいなものかな。この関係性は、長い間の夫婦関係だけでなく、男と男、女と女でもあてはまるかもしれない」。なるほど。

しかし、なんでケイリブがロックをやるのか、僕は中々理解できないが、でも、音楽的多様性を持つケイリブだからこそ、こういうものをやってみるんだろうな、とも思う。これはこれで、いいんじゃないでしょうか。(笑) 

同行ソウルメイトSは、下記セットリストの中で5曲目の「イエロー・ブリック・ロード」が一番気に入った、という。次が3曲目の「エレクトリファイド」、そして、「ラバーマン」の順番だそうだ。「イエロー・・・」は桃子ちゃんがリードを取る、アルバム中のベスト曲。「オズの魔法使い」に登場する黄色のレンガの道を描いた歌。歌詞にも映画同様ティンマン(ぶりき男)、ライオン、かかしなども登場する。CDでは、前回「ソウル・サーチン・トーキング」に出演してくれたエドガーがヴァイオリンをプレイしている。

ケイリブ自身は、この音楽がいわゆる既存のジャンルに当てはまらないということを百も承知。「ロックとファンクをあわせてロンクだ」という。「CDショップの(ロンクの)棚で僕達のCDしかなくたっていいよ」と笑う。

さて日本の音楽ファンはlove them or like them?


■フェイト(Phate)オフィシャルウェッブ
http://www.phate.jp/index_e.html歌詞および訳詞も。

■関連過去記事

July 23, 2005
Phate: New Acts of R&A, Stands For Rhythm & Alternative
http://www.soulsearchin.com//soul-diary/archive/200507/2005_07_23.html

September 17, 2005
Kaleb James's Own Group Phate
http://www.soulsearchin.com//soul-diary/archive/200509/2005_09_17.html

Setlist

show started 20:26
01. Cup Of Tea
02. Everybody Falls
03. Electrified
04. Drive (Incubus)
05. Yellow Brick Road (Suzuki Momoko on vocal)
06. In My Shell (will be on next album)
07. Better Place
08. Rubberman
09. Star
Enc. Loose It All (will be on next album)
show ended 21.42

(2006年6月21日水曜、横浜サムズアップ=フェイト・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Phate
2006-126


投稿者 吉岡正晴 : 03:57 AM | コメント (0)

June 21, 2006

Glynis & Friends: Live At Cotton Club

【グリニス・マーティン&フレンズ・ライヴ】

試行錯誤。

つい2ヶ月前に、目黒のブルースアレーでライヴをやったグリニス・マーティンと彼のバンドが、なんとコットン・クラブに2日間登場。基本的には日本在住の黒人ミュージシャンが集まったバンドで、グリニスはこのバンドに「サイエンス・インターナショナル・バンド」とつけている。

音楽的には前回とそれほど変わらないが、「ハロー」「デディケート」を80年代ブラコン風アレンジでアップテンポにしていたのが、ちょっとおもしろかった。この路線だと、「タイム・アフター・タイム」もキャッチーだ。全体的なサウンドが一昔前の80年代ブラコン風。キーボードのキースがかなりの部分を打ち込んでいて、その打ち込みリズムと実際のミュージシャンのプレイの重なり具合がよくわからない。

それはさておき、選曲も新旧いろいろとりまぜている。また、スティーヴィーの「ムーンブルー」などは、アルバムからの1曲でなかなかひねった選曲だ。

バンドの音楽的方向性は未知数だが、グリニスにぴったりの曲はまだめぐりあっていないようだ。グリニスの声は甘いハイトーンなので、ゆったりしたミディアム調の曲があう。そのあたりの楽曲を試行錯誤して探していこう。

■過去関連記事

April 10, 2006
Glynis "Bone" Martin & Argie Phine Live
http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_04_10.html

March 31, 2006
Philip, Hank, Glynis Trio Live
http://blog.soulsearchin.com/archives/000923.html

August 09, 2005
5 Request Songs Were Too Much?
http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_08_09.html

■メンバー

グリニス "ボーン" マーティン & フレンズ

Glynis " Bone" Martin(vo),Argie Phine(vo),Kevin Biddle(vo),Keith Haines(MD,key),Aaron Blackmon(g),Clifford Archer(b),Jerome "Stixx" Davis(ds)

■グリニス&アージー公式ウェッブ

http://jpentertainment.jp/jp.html

Setlist: original artist in ( )

show started 21:33
01. Intro (Work To Do)
02. Nothing Better (Ray Jay)
03. Baby Boy (Beyonce)
04. Caught Up (Neyo)
05. Hello (Lionel Richie)
06. Dedicate (R.Kelly)
07. Moon Blue (Stevie Wonder)
08. Angel Of The Morning (Juice Newton)
09. Time After Time (Cindy Lauper)
10. I Wanna Know Your Name (Glynis original)
11. I Like It Just Like That (Glynis original)
Enc.1. Power 
Enc.2. Let's Groove (EWF)
Enc.3. Kiss (Prince)
show ended 22:47

(2006年6月20日火曜、グリニス・マーティン&アージー・ポーギー・ライヴ=コットンクラブ)

ENT>MUSIC>LIVE>Martin, Glynis & Phine, Argie
2006-125

投稿者 吉岡正晴 : 04:27 AM | コメント (0)

June 20, 2006

A Letter From A Reader: OA Bring Him To Soul Searchin

【ソウルスナック「OA」の記事を読んで】

30年。

2006年5月10日、35年の歴史に幕を下ろした東京青山のソウルスナック「OA」。その最後の日についてこのブログで書いた。

May 10, 2006
The Last Day For Soul Snack OA, Aoyama
http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_05_10.html

May 11, 2006
OA Finally Closed Its Door
http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_05_11.html

そして、学生時代にOAに通っていたある方が、つい最近OAの近くに行き、OAの前まで行ったところ閉店していたことを知った。その後のOAがどうなっているのか、インターネットで調べてみると、このブログがヒットした。その方からご丁寧なEメールをいただいた。大変感銘を受けたので、ご本人に許諾を得て、そのまま掲載することにした。ゆっくりお読みください。

+++++

吉岡正晴様

突然のメールで失礼します。

昨日、青山の「OA」に行くと閉店になっていました。

家に戻って、ふとネットで調べてみようと思い、吉岡様のブログを拝見することが出来ました。

私は、1970年代中頃に青学大に在学していました。学生運動全体が後退期を迎えていた時代で、青学でも活動家が大量に処分されていきました。どんどん処分されて、少数派になっても、思えば懲りずに何度でも向かっていって、結局みな討ち死にのように大学から追われていきました。わたしも、そうやって除籍になりました。

そんな、七十年代の中頃、OAは私達のたまり場でした。メンバーの女の子たちがローテーションでバイトにも入っていたこともあったのでしょう。ここに顔を出せば、いつでも誰かがいて、シオリちゃん(註、お店のママ藤村さんの娘さん)は小学校に入ったころだったかな、僕等の中で子猫のようにじゃれていました。

そんな時間が、まるで日溜まりのように思い出されます。

私は、いつも0Aにいたメンバーの一人と一緒になりました(そのとき仲間が開いてくれた結婚パーティーもOAでした)。もう四半世紀も前のことです。

大学を追われた後。それぞれのメンバーにもそれぞれの人生がありました。OAは誰にとっても懐かしい場所ですが、でも、大学への言い難い敗北感なのか、悔しみなのか、あの辺にはなかなか行けないでいました。実際、五十を過ぎた今でもそれは拭いされないでいます。

私は一九八〇年に郊外で小さな古本屋を始めました。いつのまにか二十五年が過ぎて、そんな時間が過ぎても、あの頃のことはついこの前のことのように思えます。

今日、たまたま近くまで行く用事ができて、ふとOAどうしただろうと足を伸ばしてみました。小さな店が並んでいたあの通りも、ビルばかりになっていて、もうないだろうと思いながら、でも小さなOAを見つけたときには、胸がいっぱいになりました。ニスの剥げたドアを触ってみて、ここにも同じだけの時間が過ぎていたことを、私は初めて知ったように思います。

どこかで,OAは今でもあの頃のまま、ママがいて小さなシオリがいて、と、思っていたのかもしれません。

窓にベニヤ板が打ち付けられた店の前で、OAはどんなふうに閉じていったのかなと、寂しい終わりだったのだろうかと、ちょっと悲しい気持ちでいました。

吉岡様のブログで、たくさんの人たちに囲まれた賑やかな最後だったことを知って、本当に見事なものだと思いました。

もう三十年近くも前のことですから、ママは覚えていないかもしれません。でも、七十年代の一時期をOAと重なり合うように過ごしたことを、私は忘れていないし、これからも忘れないでおこうと思います。

一面識もない吉岡様に、突然こんなメールを差し上げて、ご迷惑だったと思います。申し訳ありません。

吉岡様のブログでOAの最後を様子を知ることができたのは、私には本当にありがたいことでした。

あの頃のままの店内の写真(涙が出るほど懐かしい!)、驚くほど変わってないママ(あの頃が老けていたということでしょうか)、シオリちゃんにもう十歳の子供がいるというお話し(あの頃のシオリより年上なんですから)・・・。まるでOAの最後に間に合って、そこでお別れができたような気持ちになれました。ありがとうございました。

ご迷惑を承知で身勝手なメールを差し上げてしまいました。どうぞお許し下さい。

内堀弘

+++++

内堀さんは、1974年に青学に入学した。内堀さんは言う。「OAは開業してまだ三年目だったんですね。あの頃は、三年前なんてずっと昔に思えたし三年先なんて、途方もなく先のことに思えました。でも、一昨日、閉じたOAの前に立ったときには過ぎた三十年なんて、あっという間なんだと思いました」
 

大学生の頃、3年先など本当にわからなかった。しかし、今3年前などつい昨日のように思える。30年前だって、去年くらいのようだ。それが年を取るということなのだろうか。

30年以上の歴史を持つひとつのお店には、内堀さんだけでなく、さらに多くの思い出があるのだろう。内堀さんの文章には30年分の思いと内堀さん自身の人生がつまっている。だからこそ、感銘を受けた。OAをきっかけにソウル・サーチン・ダイアリーにいらした内堀さん、掲載をご快諾いただきありがとうございました。

ENT>SOULBARS>OA, Aoyama
ENT>ESSAY>


投稿者 吉岡正晴 : 12:08 AM | コメント (0)

June 19, 2006

2006 World Cup: Dream Simulation

【こうなればいい~夢のシミュレーション】


複雑。

ということは、次のクロアチア対オーストラリアで、クロアチアが1-0で勝ち、日本がブラジル戦に2-0以上で勝てばいいのかな。ちがう? オーストラリアがクロアチアに勝ったら、もうおしまい。クロアチアが2-0以上となると、それにつれて、日本も対ブラジルに点差をつけなければならない。クロアチアが1-0で勝利なら、日本は2-0以上、クロアチアが2-0で勝ちなら、日本は3-0以上でブラジルに勝たなければならない。また、オーストラリアとクロアチアが引き分けだと、日本は3-0以上が必要。あってるかなあ。これでいいはずだが、違ったらご指摘ください。

つまり、対ブラジル戦、最低日本は2点差以上の差をつけて勝たないとだめ。また、オーストラリアがクロアチアに勝ったらだめ、というがけっぷちですね。

まとめると、一番いいのは、日本が2-0でブラジルに勝ち、クロアチアが1-0でオーストラリアに勝つパターン。これしかない。ただし、オーストラリアが勝ったり、日本が負けたりしたら、もちろん、すべてだめということ。ブラジルに対する勝ちも1-0ではだめということになる。

さて、木曜深夜4時(金曜の午前4時)、果たして対ブラジル戦、どうなるか。ブラジルはもう2勝して決勝進出を決めているので、ぜひ、主力選手をみんな休ませていただいて、まったりやってほしい。当日は、日本・ブラジル戦と同時刻にオーストラリア・クロアチア戦があるんですね。他力本願であることはまちがいないんですが、なんとか「おかげさまで・・・」と言えるようになるといいですね。(笑) ジーコさん、ブラジルに頭下げてきてください。(笑) あと、クロアチアにも。ダブル他力本願だな。

いやあ、計算は複雑だ・・・。

夢のシミュレーション。

6月22日日本がブラジルに2-0で勝ち、クロアチアがオーストラリアに1-0で勝った場合

ブラジル 2勝1敗 勝ち点 6
日本   1勝1敗1分け 勝ち点 4 得失点差 0 総得点3
クロアチア 1勝1敗1分け 勝ち点 4 得失点差 0 総得点1
オーストラリア 1勝2敗 勝ち点 3

しかし、ブラジルからどうやって2点とるのか、ということだ。「ブラジルから2点を奪取せよ」 これも、昨日に引き続き、「不可能な指令」か? 

+++++

SPORTS>FOOTBALL(SOCCER)>World Cup 2006

投稿者 吉岡正晴 : 03:50 AM | コメント (0)

June 18, 2006

Fukamachi Jun Live #66: Mission: Impossible

【不可能な指令: 音を文字にせよ】

不可能。

即興演奏というのは、まったくあらかじめ楽譜などない。もちろんこういうメロディーで、こういうコード進行でという決まりもない。その瞬間に演奏家にひらめいたものが、頭から神経を経て指先に伝わり、その指先がなにがしかのキーを叩く。そして、叩かれた鍵盤がピアノの音をだす。深町純はその即興演奏を行う。それが時にメロディアスに、力強く、あるいは繊細に、しっとりと、あるいはグルーヴ感あふれて。

また、即興に限らず、ライヴの雰囲気は文字ではどうしても伝えられない。ライヴのその会場の空気感、温度、湿度、匂い、ざわめき、演奏家の演奏に対する観客の反応、音色、メロディー、その展開の早さ、遅さ、タッチの弱さ、強さ。しょせん、音楽は文字にではできない。せいぜい書けるのは、その演奏を見て聴いて書き手が何を感じたか、程度だ。1時間なり2時間のライヴから生まれる膨大な情報量からすれば、感想文で書く1000文字などほんのささいな一握りの情報量としかいいようがない。セットリスト(演奏した曲目表)などライヴの総情報量からすれば、取るに足りないものだ。

だが、読み手側に音楽を聴く力、文字を読み取る力があれば、そうした些細な情報からイメージを広げることができることもある。そして、そのライヴに行きたくても行けなかった人が、そんな情報からこのライヴはこんなだったのではないだろうか、などとイメージを広げられ、また行った人が、あ~あそこはああだったと記憶をなぞることができれば、それは仮に些細な情報でも、意味はでてくるだろう。

深町純の即興演奏は、どう転んでも文字にできない。どうすればいいんだろう。(笑) 別にしなくてもいいか。(笑) ただ聴きに行けばいいだけの話だ。音楽を文字にするのは、元々不可能ではあるが、特にこの深町ピアノについて書くということは、まさに不可能な指令だ。

彼は、事前にミュージックチャージを決めていない。聴いた後、気に入った分だけの金額を払えばいいという。だが、「その封筒にいくらいれるかは、(聴く側の)あなたの文化レヴェルが問われていると思ってください」と言う。「あなたがたが僕(の演奏)を評価するのではなく、僕があなたがたの文化レヴェルを評価しているのです」と。

今日のトークネタのひとつ。「サッカーのFIFA(サッカー連盟)の加盟国は、国連加盟国より多いんだってね」 うちに戻って調べてみました。国連加盟国は現在191、そして、FIFAは207協会。だそうで、これはこれですごい数ですね。へえ~という感じだった。

ところで、演奏に関して言えば、御題拝借作品の2曲目が、韓国のドラマあたりに使われそうなマイナー調のメロディーでひじょうにすばらしかった。御題拝借にしてはとても珍しく3分を超える大作になった。深町さんにもいいメロディーができた感触があったのだろう。

■関連ウェッブ

前回のライヴ評

May 28, 2006
Fukamachi Jun #65: Performer Knows How Do Audiences Feel
http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_05_28.html

April 30, 2006
Fukamachi Jun Live #64
http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_04_30.html(ここに過去記事一覧があります)

アートカフェ・オフィシャル・ウェッブ
http://artcafe1107.com/

深町純オフィシャル・ウェッブ
http://www.bekkoame.ne.jp/~cisum/

■Setlist

1st Set

show started 19:39
01. 2006年6月17日19時39分の作品 (11.07)
02. 2006年6月17日20時02分の作品 (14.52)
03. 2006年6月17日御題拝借作品1. (2.25) 夏の始まり(アルペジオ=分散和音から)
04. 2006年6月17日御題拝借作品2. (3.14)
05. 2006年6月17日御題拝借作品3.(1.45)
show ended 20:43
(approximately performing time 33:23 of 64 minutes show)(.5216)

2nd Set

show started 21.12
01. 二人で (ミュー[Myu}さんの歌と) (5.57)
02. ゆっくり歩く (ミューさんの歌と) (2.30)
03. Amazing Grace (ミューさんの歌と) (6.22)
04. 2006年6月17日21時46分の作品 (13.31)
show ended 22:00
(approximately performing time: 39.24 of 48 minutes show)(.5902)


■過去の音楽比率(ライヴ全体の中での音楽の割合を表します)(単位は%)

2005年11月 第一部 41.70 第二部 51.82
2005年12月 第一部 39.86 第二部 58.91
2006年01月 第一部 58.81 第二部 67.23
2006年02月 第一部 38.4  第二部 49.7
2006年03月 第一部 50.9  第二部 92.7
2006年04月 第一部 53.1   第二部 57.3
2006年05月 第一部 45.15 第二部 82.08
2006年06月 第一部 52.16 第二部 59.02

(2006年6月17日土曜、恵比寿アートカフェ=深町純ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Fukamachi, Jun
2006-124

投稿者 吉岡正晴 : 04:57 AM | コメント (0)

June 17, 2006

Stacie Orrico Showcase Live; After Two Years Of Soul Searchin'

【ステイシー・オリコ・ショーケース・ライヴ~新作からの作品を披露】

再認識。 

いよいよ7月1日に迫ってきた『ソウル・サーチン・ザ・セッション』の準備で音楽ディレクターのケイリブ・ジェームスとけっこうな頻度で打ち合わせをしている。選曲が最終段階になってきて、彼と「これは、絶対みんな聴きたがってるよ」とか、「これは、デュオでアレンジした」とか、いろいろ。また資料のCDをバンドメンバーに渡すなど、庶務がけっこうある。そんなわけで、先日渋谷でケイリブに資料CDなどを渡したが、ちょうどその日は恵比寿ガーデンホールで、ステイシー・オリコのショーケースがあるので、その場で誘ったら一緒に行くことになった。

ステイシー・オリコ (CCCD)どこでやるんだ?」とケイリブが恵比寿ガーデンプレイスを歩きながら尋ねる。「この先のガーデンホールだよ。来たことない?」 「ないなあ」  そして、かなり近づいて「ああ、ここか、何度もここでプレイしたよ。でも、いつも楽屋入口から入るから、こっちの正面玄関から入るのは初めてだ! なんという素晴らしい景色だ」 おおげさ。(笑) 中に入って会場に進むと、また「おお、こんなに綺麗なのか。(いつもステージから客席は真っ暗だかららしい) このホールは。外の景色もすばらしいじゃないか。マサハル、素晴らしい経験をさせてくれてありがとう」 おおげさagain。

会場に入ると椅子がしっかり並べられていて、前のほうにラジオ番組リスナー、読者など熱心なステイシー・ファンが。定刻をちょっとすぎ、司会者、東芝EMIの社長のごあいさつ、ビデオを見せ、ステイシーご本人登場。意外と小さい。司会者と質疑応答。これが約25分。けっこう、トークセッション、よかった。

そして、ギター2人とともにアコースティック・セットのライヴを開始。真中に前作からの大ヒット「モア・トゥ・ライフ」をはさみ、8月にリリースされる新作『ビューティフル・アウェイクニング』からの曲を中心に全5曲。

声がよく通って、なかなかメチュア(成熟)な感じ。デビューが早かったせいか子供っぽい印象があったが、今回のライヴを見て大人のシンガーになったという印象を強くもった。シングルになる「アイム・ノット・ミッシング・ユー」は最後に歌われたが、これはなかなかキャッチー。声自体が、かつてのティーンのシンガーの声から、大人の声になったような気がする。

ステイシー・オリコは、1986年3月3日アメリカ・シアトル生まれ。現在ちょうど20歳。14歳で『ジェヌュイン』でデビュー、17歳で『ステイシー・オリコ』、そして、約3年ぶりに新作『ビューティフル・アウェイクニング』となる。歌声を聴いていて、誰か白人のシンガー・ソングライターに似ているなあ、と感じていたのだが、その誰かが思い浮かばなかった。(あとで資料を見たら、好きなアーティストにアラニス・モリセットがあって、これだと思った)

幼少の頃は、教会でゴスペルに親しんだ。そして信心深い両親はエラ・フィッツジェラルなどのジャズを聴いていて、子供ながらにそうしたものを聴いていた。イタリア系アメリカンだが、ソウルフルな歌いまわしがあるのは、おそらくそのあたりに秘密があるのだろう。しかし、12歳からの数年間、「1日24時間おべっかばかり使う人たちに囲まれていると自分のことがわからなくなる」ということで、彼女は一度きっぱりと音楽の世界を離れる。約2年間の休養は本当に普通の世界に身を置き、当たり前の生活をしていた。時給7ドル50セントでウェイトレスのアルバイトもしたことがあるという。言ってみれば、この2年間は彼女にとってのソウル・サーチンの期間だったのだ。新作はそのソウル・サーチンの結晶ということになるのだろう。楽しみだ。

ローリン・ヒル、エラ・フィッツジェラルドが大好きだという彼女ははっきりと言う。「私はソウル・ミュージックをやりたいの」 ちょっと見直した。そして、今回学んだこと。ステイシーのスペルは、Stacy ではなく、Stacie ということと、オリコのスペルがOrico ではなく、Orricoと r がふたつ入ってるということ。僕は彼女のスペルも覚えなおして、再認識した。

ケイリブも「いやあ、もっとティーンエイジャーのシンガーかと思ったら、意外に大人のシンガーで、しかも声が強くて驚いたよ」と印象を受けた様子だった。

しかし、思いついた。ニーヨも、変な前座いれないで、司会者と質疑応答30ー40分くらいやって、観客からも質問などを受けたりしたら、けっこう文句もでなかったのではなかろうか。(笑) 

Setlist

show started 19.05
live performance started 19.35
1. Easy To Love You
2. Baby Girl
3. More To Life
4. So Simple
5. I'm Not Missing You
show ended 19.55

(2006年6月15日木曜、恵比寿ガーデンホール=ステイシー・オリコ・ショーケース・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Orrico, Stacie
2006-122

投稿者 吉岡正晴 : 05:04 AM | コメント (0)

June 16, 2006

Tom & Luther Duo Live: Super Bass Voice Becomes Super High Voice

【トム&ルーサー・ライヴ~超低音ヴォイス、超高音になるの巻】

七変化。

一度4月5日に公演が予定されていながらトムさん急病で延期になっていたトム&ルーサー2人会がついに2ヶ月余待って開催された。

「今日は世界中のデュエットの名曲の数々をご紹介します・・・」といったセリフで始まったデュエット特集。デュエットは、2人で歌う歌。そこで、自由奔放なブラザー・トムと、自由がもっとも苦手のルーサー・ナンバーワン・市村が心と魂を込めて、2人歌いを披露した。バックを務めるのはパーカッションのダイチさんとピアノの橋本さん。

いきなり、キンキキッズの曲を歌い「音程の確かな歌でお聞かせしました」といって爆笑を取る。さらに、2人がそれぞれ勝手に同時にしゃべったり。曲間のトークが相変わらずおもしろい。しかも、この日、トムさんは2日間のリアル・ブラッドのライヴとその打ち上げでおおはしゃぎし、なんと喋り声ががらがらに枯れていて、笑えた。しゃべり声は枯れ枯れだが、歌声はちゃんと大丈夫。しゃべる時に使う声帯と歌う時に使う声帯は微妙に違うのだ。

サイモン&ガーファンクルの曲を日本語にして歌う。トムさんがルーサーさんに語りかける。「次に歌う曲は、(アーティストは)好きなの?」 ルーサーさん「いや、別にそんなに好きじゃない・・・」。(笑) 「あ、好きじゃないんだ・・・。(少し落胆) ねえ、そういうのリハの時に言おうよ」 (笑)

一番受けたのが、「あずさ2号」と「カルメン」そして最後に「UFO」を合体させた作品。振り付けもおもしろいこの曲にタイトル命名させていただきます。「あずさカルメンUFO2号」!! かなりキーが高くて、あの超低音のルーサーさんがふんばって、眉間に皺(しわ)を寄せて高音で歌う。ルーサーさんの声、こんなに高くなるんだ。初めて超低音歌手の超高音歌いを聴いた。(笑) まさに声の七変化。

サム&デイヴの「ソウル・マン~カム・オン・イン」では、観客の集中をピアノに振っておき、大地君のど派手なヴォイス・パーカッションで歌い、小節の隙間に一瞬ピアノが1音だけ音をチーンと出す。そのタイミングがめちゃおもしろい。(文字にするとつまらないか。すいません。表現力なくて) 要は、このライヴの楽しさ、面白さは、どう転んでも文字にできないので、現場に行くべし、ということですね。

トムさんルーサーさんの2人だとコメディーにもなれるし、シリアスにもなれるし、歌も聴かせられるということで、なんか何でもできそうな感じがした。例えば、デュエットなら、どちらかが女役をやって男女のデュオをやったり、あるいはどちらかがオカマ役をやったり、ルーサーさんにアフロのかつらを被ってもらう、なんてことも思いついた。シアトリカルな演出もミュージカル的な演出も、2人会は通常のライヴとは違うエンタテインメントを提供できそうだ。

ライヴ終了後、たまたま来ていたブラザー・ケイ・グラントさんらとともにちょっと楽屋へ。そこで、ケイさんとルーサーさんの超低音トークが始まって、最高に響いた。2人とも、ほんとに声が低い。そして、2人がそろって「いい声で変なことを言おう」と、魅惑のベースヴォイスでハモッて言ったのには感激してのけぞった。

Setlist
show started 19.07
00. Instrumental (Someday My Prince Will Come)
01. フラワー (キンキキッズ)
02. Sound Of Silence (Simon & Garfunkel)
03. El Condor Pasa (Simon & Garfunkel)
04. Won't Be Long (バブルガム・ブラザース)
05. Beautiful People (バブルガム・ブラザース)
06. Soul Man (Sam & Dave)
07. Come On In (Sam & Dave)
08. 桜 (こぶくろ)
09. あずさ2号(カルメン、UFO)(狩人、ピンクレディー)
--. 「丸い緑の山手線~(NHKオンエア可能ヴァージョン)」
10. 気持ちいい (「ポンキッキーズ」より)
11. 世界中の子供達が (「ポンキッキーズ」より)
12. みんな友達 (「ポンキッキーズ」より)
Enc. あずさ2号のイントロのみ
show ended 20.35

(2006年6月14日水曜、表参道ファブFAB=ブラザー・トム&ルーサー・ナンバーワン・市村・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Brother Tom & Luther Number 1 Ichimura
2006-120

投稿者 吉岡正晴 : 03:33 AM | コメント (0)

June 15, 2006

Japanese Bassist Aoki Tomohito Dies At 49

【青木智仁氏逝去】

急死。

EXPERIENCE日本の音楽シーンでベーシストとして人気の高かった青木智仁(あおき・ともひと)氏が去る2006年6月12日、誕生日であるその日に自宅で倒れ、そのまま品川区の病院に運ばれ急性心不全で亡くなった。49歳になったばかりだった。

青木智仁氏は1957年6月12日神奈川県生まれ。ギターを14歳で始め、その後16歳でベースに転向。19歳の時に出たヤマハのコンテストでベストベーシスト賞を受賞。その後プロとして活動を始めた。多くのアーティストのバックをつけたり、スタジオミュージシャンとして活躍。中でも角松敏生(かどまつ・としき)の作品群では、レコーディングだけでなくツアーにも全面的に参加、その関係は現在まで続いていた。89年、ソロアルバム『ダブル・フェイス』を発表、2000年に『エクスペリエンス』を発表。93年から5年間は渡辺貞夫グループにも参加。現在はフォー・オブ・ア・カインド[本田雅人(Sax)・ 塩谷哲(P,Key)・沼澤尚(Ds)・青木智仁(Bass)]、ソースのメンバー、また本田雅人、近藤房之助 などのサポートもてがけていた。フォー・オブ・ア・カインドも2枚のアルバムをリリースしている。日本の音楽シーンにおけるベース奏者の第一人者だった。スケジュールもこの先、多数入っていた。

+++++

衝撃。

13日の午後あたりから、青木さん死去の噂が駆け巡っていたようだ。僕は、この前会ったばかりだし、違う青木さん、青木違いじゃないか、あるいは、ルーサー死去の時のようなガセネタではないかと思っていた。いただいた名刺の携帯に「まちがいですよね」などと電話でもしてみようか、と思ったほどだ。それほど、そんなことはあり得ないと思っていた。しかし、14日になっていくつかの朝刊にも記事が出て、事実だということが判明。愕然とした。まだ49歳になったばかりである。あまりの若さに言葉がでない。

まだ3ヶ月も経っていない。名前はそれこそ20年以上前から存じ上げていて、ベース奏者の第一人者だった青木さん。その青木さんとは、黒沢薫さんのソロライヴの打ち上げで、初めて名刺を交換させていただいた。3月23日のことだ。しかし、初めて会うという感じがしなかった。たぶんわからないが、好きな音楽(ソウルミュージック)が共通している、聴いてきた音楽が似ているなどという、それだけで親しみが湧いてきてしまうのだろう。そういうことはしばしばある。

その時に、青木さんが娘さんとともに、『ソウル・ブレンズ』を毎週聴いていると言われ、大変恐縮した。いろいろな音楽談義をさせていただいたが、その様子は当日の日記に書き記した。青木さんの観察によるソウルの東西の違いは、見事なものだと思う。

【ソロを見ることによってわかるグループの構成部品】
http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_03_24.html

ものすごく優しい方で、話易く、これを機にずっと仲良くしてください、という感じだった。

海外のアーティストの訃報記事も徐々に増えていて、実際書くのに辛いことも多々あるが、このような身近なところにいる方の訃報記事というのは、本当に書きたくない。だが、葬儀で故人の話をたくさんして、偲ぶように、書くことによって偲ぶことができるのであれば、それもいいのかな、とも勝手に思ってみたりする。

それほど親密ではなかった僕でさえショックを受けるのだから、一緒に音楽をやっていたバンド仲間のみなさん、グループのみなさん、親しく接しておられた方たちのお気持ちははかりしれない。

青木さん、ご冥福をお祈りします。天国でファンキーなベースを弾いて盛り上げてください。

ENT>OBITUARY>Aoki, Tomohito>June 12, 1957 - June 12, 2006 (49)


投稿者 吉岡正晴 : 03:57 AM | コメント (0)

June 14, 2006

Stevie Wonder's Mother Died

【スティーヴィーの母、死去】

傷心。

シンガー、スティーヴィー・ワンダーの母親ルーラ・メイ・ハーダウェイが去る5月31日亡くなり、その葬儀が6月8日ロスアンジェルスの「ウェスト・エンジェルス・チャーチ・オブ・ゴッド」で行われ、スティーヴィーら多くの人たちが参列した。ルーラ・メイは76歳だった。 (自伝では1932年生まれとされているが、今回の報道はほとんどが1930年生まれとなっているので、30年生まれが正しいものと思われる)

ルーラは1930年1月11日アラバマ州に小作人の子供として誕生。しかし、ルーラの幼少時はひじょうに悲惨で、貧困と飢えと暴力に苦しんだ。家から家、親戚のところをたらいまわしにされていた。その後、15歳の時に父親とインディアナ州に移り、学校は行かず工場で働き始めた。まもなく年配の男性カルヴィン・ジャドキンスと結婚。この男性はあまり働かず、ルーラに生活費を稼ぐために売春をするよう命じていたという。20歳になるまでに3人の息子を産んだ。その子供たちが、カルヴィン、ミルトン、スティーヴランドらで、スティーヴランドのフルネームは、スティーヴランド・モーリス・ジャドキンス・ハーダウェイ。世界的にはスティーヴィー・ワンダーとして知られる。ルーラは3番目の子供が盲目で生まれてきたのは、自分がしてきたこと(売春)への神様の罰だと考えるようになっていた、といわれる。そういう事情もあり、スティーヴィー本人は、名前にジャドキンス姓をつけたがらない、という。

盲目の信念(ブラインド・フェイス)―スティーヴィー・ワンダーとその母ルラ・ハーダウェイルーラ・ハーダウェイのことを描いた伝記『ブラインド・フェイス(邦題、盲目の信念)』(デニス・ラヴ&ステイシー・ブラウン著)が2002年11月に全米でリリースされ、2003年9月に日本語版も発売されている。

スティーヴィーは葬儀で「キープ・アワ・アライヴ」を歌った。彼のほか、ソウル・スティアラーズ、ヨランダ・アダムス、ジェームス・イングラム、テイク6などが歌を歌い、ママ・ルーラの旅立ちに華を添えた。また、モータウン創始者ベリー・ゴーディーもスピーチをし、さらに、スティーヴィーの兄弟(カルヴィン、ミルトン、リニー)もあいさつをした。

スティーヴィーはゴスペルアルバムのコンピレーションへの作品提供を語った、という。

また、母ルーラの友人、ジョージ・ニューベリーは「ダイアモンド・インザ・スカイ」という詩を読んだ。

スティーヴィーにとって、ここ数年は、弟、レイ・チャールズ、最初の妻シリータ、そして、今回は実の母の死去と、傷心の別れが続いている。そうしたことがゴスペルへ彼を向かわせる一端になっているかもしれない。

ルーラ・ハーダウェイは6人の子供、5人の兄弟、20人の孫、ひ孫によって、送られた。

+++++

OUR DIAMOND IN THE SKY

We speed through life fulfilling dreams
Of things we want to do,
And working for material things...
A house and a car, or two.

We take our trips and tour the world
And buy our diamond rings,
But we often forget to take time out
For the most important things.

When we need love or a helping hand,
Diamonds are never there,
It's our families and the friends we made
Who love and show they care.

Lula cared for all of us
And it's hard to say goodbye,
But forever she'll shine her love on us...
She's our Diamond in the Sky.

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ENT>OBITUARY>Hardway, Lula Mae>Jan 11, 1930-May 31, 2006 (76)

投稿者 吉岡正晴 : 03:31 AM | コメント (0)

June 13, 2006

Joe Sample's New Album Featuring Randy Crawford

【ジョー・サンプル最新作は、ランディー・クロフォードとともに】

共演。

クルセイダーズのキーボード、ピアノ奏者であり、またソロ・ピアニストとしても多数の作品を発表しているジョー・サンプルが、『ソング・リヴズ・オン』(1999年)、『ピーカン・トゥリー』(2002年)、『ソウル・シャドウズ』(2004年)に続く新作『フィーリング・グッド』を2006年7月19日日本先行で発売する。

ストリート・ライフ\このアルバムは、全14曲、ランディー・クロフォードのヴォーカルをフィーチャーしたもの。ランディーは、1979年、クルセイダーズが初めてヴォーカルをフィーチャーした作品を録音したアルバム『ストリート・ライフ』の時のフィーチャード・シンガー。言ってみれば、クルセイダーズにとっての記念すべきヴォーカル第一号である。そのランディーと27年ぶりの再会となる共演となった。また、過去50年にわたるジョー・サンプル作品、クルセイダーズ作品の中で、収録曲全曲がヴォーカルとなっている作品は初めて。あらゆる点で話題であり、また完成したアルバムの内容も実に素晴らしいものになっている。

ジャズ・クルセイダーズから「ジャズ」が取れて、単なるクルセイダーズとなり、そのジャズ・ファンク・バンドが、初めてヴォーカルをいれた作品をリリースしたところ、未曾有の大ヒットに。その「ストリート・ライフ」によって脚光を浴びたランディーは、自らソロ・シンガーとして多数の傑作アルバムをだすことになった。

また、ジョー・サンプルもこのところ、『ソング・・・』『ピーカン・・・』と大々的にヴォーカリストを起用。歌物への傾注が顕著だった。そこに昨年、モントルー・ジャズ・フェスティヴァルでジョーたちとランディーの共演があり、それが大変な評判を集めたことから、本格的なアルバム制作につながった。

今回のアルバムのプロデュースは、トミー・リピューマ。多くのジャズ、フュージョン作品をてがけてきた超ヴェテラン。また、バックをつけるのが、スティーヴ・ガッド(ドラムス)、クリスチャン・マクブライド(ベース)、レイ・パーカー(ギター)、ヒュー・マクラッケン(ギター)など超一流のミュージシャンたちばかり。

集めた曲もスタンダードソングで、かなり耳なじみのある作品でまとめられた。ジョー・サンプルが作り上げたアルバムとして、最高傑作と呼ばれることになるだろう。今年のジャズ・フュージョン界、また、ヴォーカル・アルバムの中でも最大級の話題になることまちがいない。

個人的にもここ1ヶ月ほど、繰り返し何度も聴いて、超ヘヴィー・ローテーションになっていた作品だ。これまでのジョーの作品を気に入っている方ならまちがいなく気に入っていただける作品になっている。

■ジャケットなど。

ソング・リブズ・オン ザ・ピーカン・トゥリー ソウル・シャドウズ
http://www.videoartsmusic.com/ap/?mod=m02&act=a02&iid=874


Product Number : VACM-1283
Release : 2006.07.19
Genre : Jazz/Fusion
Media : CD
Price : \ 2,940 (Tax Inc.)


ジョー・サンプル
JOE SAMPLE and RANDY CRAWFORD
フィーリング・グッド
Feeling Good

01 フィーリング・グッド
02 エンド・オブ・ザ・ライン
03 バット・ビューティフル
04 リオ・デ・ジャネイロ・ブルー
05 ラヴタウン
06 シー・ライン・ウーマン
07 テル・ミー・モア・アンド・モア・アンド・ゼン・サム
08 噂の男
09 ホエン・アイ・ニード・ユー
10 セイヴ・ユア・ラヴ・フォー・ミー
11 ラスト・ナイト・アット・ダンス・ランド
12 オール・ナイト・ロング
13 ザ・レイト・レイト・ショー
14 ミスター・アグリー

+++++

ENT>MUSIC>ALBUM>Sample, Joe & Crawford, Randy


投稿者 吉岡正晴 : 06:11 AM | コメント (0)

June 12, 2006

Real Blood Live: Luther Talks About Voice Artists

(ライヴをこれからご覧になる方はあなたのリスクにおいてお読みください)

【ルーサー氏、声優マニアぶりを発揮】

声優マニア。

昨日(11日・日曜)は、しっとりと雨が降っていた。そこで、『ソウル・ブレンズ』の「ソウル・サーチン」のコーナーは、ちょうどこの日ライヴを行うリアル・ブラッドの「シルクの雨」をかけて、ライヴ告知をした。

リアル・ブラッドの3月以来久々のライヴ。その後、トム&ルーサーの二人会が予定されていたものの、トムさんの急病で延期になっていたのでブラザー・トム・カンバック第1弾。その二人会も水曜日(14日)に行われる。

トムさん、かなり痩せました。しかし、筋肉がついた感じ。医者に痩せろと言われ、筋肉トレーニングなんかもしたそう。そして意外なほど、声はしっかりでていました。ライヴステージに立つのが、久々だけに本当に楽しそう。

そしてトークの調子も絶好調。「アイジーン(Eyezeen)」の後のトークで、「では、『リアル・シングス』・・・。あ、もうやったか。(笑) ・・・(中略) このファブ(ライヴ会場)についての曲を書いて・・・」といったあたりで、隣のシルキーさん、きょとんとする。本来であると、自分の「シルクの雨」がの予定だったのが、とばされそうになったのだ。(笑) (下記セットリストで4曲目が終わった後のトーク部分) 歌の部分は入念なリハをやっているが、これらのトーク部分はまったくぶっつけ本番。トムさんのその時ののりで、さまざまなトークネタがふられる。

そして、シルキー藤野さんの迫力満点のファルセットを大フィーチャーした「シルクの雨」。毎度毎度、このファルセット、本当にすごい。

ライヴ後、またまたルーサーさん、岡さんらと近くで軽く食事をしながら歓談。シルキーさんの声の話から、声優さんの話になった。さすが、ルーサーさん、声優仕事をこなすこともあり、その世界に明るい。

「携帯の留守電の女性の声、あれって誰がやってるんですかねえ」とふると、ルーサーさん「あれは、俳協の人だと思いますよ。あれとか、117の『ただいまから何時何分をお知らせします』っていう時報の声とか。でも、名前とか絶対に出さないですね」 「でも、あの声をしてる人が、街でお茶でもしてたら、わからないですかねえ」 「いやあ、仕事の声と普段の声とは違うからわかないんじゃないですか」 「会ってみたい気もしますよね。あの声をやってる人の親とかも、『うちの娘は、携帯の留守電の声やってるんだよ』とか自慢しないのかなあ」 「しないでしょう。(笑) あの携帯の声も、年に一度くらい録音し直してるらしいですよ」 30へえ~~。

ゴッドファーザーアニメでお茶の水博士の初代の声とあとの声は違う人だとか(ちょっと正確ではないかも)、だれそれの声も二代目だとか、かなりマニアックな話がでた。確かに刑事コロンボも、小池朝雄さんから変わってる。そして、ルーサーさん曰く、映画『ゴッドファーザー』の日本語版には、初回放送版と新しい版があるそうだ。

ちょっと調べてみたら・・・

● テレビ放映版吹替え

マーロン・ブランド       鈴木瑞穂
アル・パチーノ         野沢那智
ジェームズ・カーン       穂積隆信
ロバート・デュバル       森川公也
ダイアン・キートン       鈴木弘子
ロバート・デ・ニーロ(パート2)青野 武

● DVD版 新録音吹替え

マーロン・ブランド       麦人
アル・パチーノ         山路和弘
ジェームズ・カーン       谷口 節
ロバート・デュバル       田原アルノ
ダイアン・キートン       山像かおり
ロバート・デ・ニーロ(パート2)山野井仁

50へえーくらい驚いた。こんなに違うんだ。なんでまたそんなことを。「じゃあ、ルーサーさん、ゴッドファーザー、各(パート1から3)10回ずつ見てるんですか」と尋ねると、「いや、各、30回は下りません」とのお答え。なるほど。僕もアル・パチーノは、野沢那智さんだと思っていた。「(マーロン・ブランドの吹き替えをした)鈴木瑞穂さんは、初期の頃の『スターウォーズ』でダースベイダーの吹き替えをして、マニアから不評を買った人ですが(笑)、このブランドは声そっくりですよ」 そんなこと、普通知らないでしょ。(笑) 

ルーサーさんが声優として第一人者の矢島正明さんと会った時のことを話してくれた。「僕も大好きでねえ。『スタートレック』のカーク船長、それから、『鉄腕アトム』のひげおやじ、『ナポレオンソロ』。なんと言っても、カーク船長でしょう。打ち上げかなんかでご一緒したときに、『スポック博士』って言ってください、ってお願いしたら、『スポック博士!』(矢島調で)って言ってくれて、感激しましたよ」 

ルーサーさん、それだけ低い声で魅力的なんだから、ナレーションとか声優やればいいのに、とふると、「(声優、ナレーション仕事は)けっこうめんどくさいんですよ。(笑) イントネーションの高さとか何度も直されたり、(ほとんど同じようなことを言わされ)さっきのと違いあるのかよ、って感じで(笑)」。

声優マニア・ルーサー先生には声優のイロハみたいな授業もやっていただきましょうか。(笑) 授業受けに行きます。

註: 声優=voice artist 

■ ライヴは12日も同じ場所であります。

■リアル・ブラッド・ライヴ

2006年6月12日(月)
東京 表参道FAB (渋谷区神宮前 4-2-12 WES B1F)
Open 18:30/Start 19:00
前売 4,000円 当日 4,500円 全席自由 (別途ドリンク代500円が必要)
お問い合わせ: FAB TEL:03-5772-8566
http://www.fab-web.net/

■ブラザー・トム&ルーサー市村・デュオライヴ
2006年6月14日(水)
場所 東京表参道FAB(渋谷区神宮前 4-2-12 WES B1F)
時間 Open18:30 / Start19:00
料金 前売\4,000,当日\4,500:全席自由(別途ドリンク\500が必要)
お問い合わせ先FAB TEL:03-5772-8566

■Setlist

show started 18.02
01. No Problem
02. Real Things
03. 恋は上々 
04. Eye Zeen
05. Silkの雨
06. For The Fab
07. Blind Love
08. What's Your Name
09. Shining Girl
Enc. Thank U
show ended 20.05

■メンバー

(Vo)ブラザートム、SILKY藤野、LUTHER No.1市村 (G)GUTTI谷口 (EP)Sassy Tomo (B)大友正明 (Key)貝原正 (Ds)浜崎大地

(2006年6月11日日曜、原宿表参道ファブFAB=リアル・ブラッド・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Real Blood
2006-117

投稿者 吉岡正晴 : 04:13 AM | コメント (0)

June 11, 2006

Teacher's Summit At The Event

【日本の教育の将来を担う二人の教師】

教育。

世間では本当に嫌な事件や事故が相次いでいる。最近はエレヴェーターに乗るときには必ずそのメーカーを確認するようになった。そうしたら、ありましたよ、シンドラー社のものが。なんと、よく行く三宿のソウルバー「ソウルナッツ」の入ってるビルのエレヴェーター。もっとも「ソウルナッツ」は2階なので、今後は絶対に階段で行くことにした。

さて、6月6日(火曜)ソウルムーンさん主催のユアスというイヴェントに行った。これが第二回で、多くのダンサー、ライヴ、DJなど盛りだくさんのパフォーマンスが紹介された。会場の西麻布の「クラブM」は、初めて行ったが、数年前からあって、何度か改装して現在の形になっているという。六本木通り沿いで渋谷から来るとボヘムの手前。ちょうどバス停の手前あたりになる。地下一階、二階までありかなり広い。

ライヴは、前回も出演したナオキ君のバンド。今回はドラムス、ギター、ベースのいつものメンバー。オリジナル2曲を含めたちょっとロックっぽいサウンドを聞かせた。ナオキ君のヴォーカルに、いつも思うが、この白根佳孝君(ドラムス)、小林兄弟(ベースとギター)のリズム隊はなかなかいい。イヴェント自体も朝までかなり盛り上がっていたようだ。

ちょうどイヴェントにいらっしゃったルーサー市村さんや「ソウル・サーチン・ザ・セッション」に出演予定のアーティスト、岡さんらと上の階(地下一階)に移動。よく考えてみると、ルーサーさんも学校で歌を教え、岡さんも絵画を教えているというまさに「先生」である。

ひょんなことから立川の話になり、岡さんがそっちのほうによく行くというと、ルーサーさんが「なんでまた、何しにいかれるのですか」と質問。「(絵を)教えに行ってるんです」と岡さん。「先生ですか??」とルーサーさん、アフロヘアの先生ということにかなり驚嘆した様子。しかし、はたで見てると、日サロ週3日黒光りのルーサーさんが音楽の先生というのも、かなりの強烈なインパクトで、どっちもどっちという感じだが(笑)、しばし歓談。

岡さんにどんな風に生徒に教えているのか、みたいな話を聞いていたところ、才能が伸びる生徒というのは必ずいるもので、「中には、自分(岡さん)よりもうまく描けてしまうような生徒がでてきちゃうんですよ」と笑いながら言う。すると、すかさず、ルーサーさん横から「そういうのは潰しにかかるんですか」と。爆笑。美術、絵画などは、基本的な構図や美術的なことなどを教えると、ある程度腕を上げて絵が上手になる、という。

では、ルーサーさんは、これは自分よりすごいなと思うシンガーが生徒にでてきたら、どうしますか? 潰しにかかります? (笑) 「いやいや、(笑) どこかの事務所を紹介しますね」 その後も、ルーサーさんと岡さんの教師談義がしばし続いた。

スキンヘッドの音楽教師ルーサーさんやアフロヘアの美術教師岡さんら生徒の才能を伸ばすことに力を注いでいる2人が学校の先生として、日本の音楽教育、美術教育を担っているということは、将来の音楽界、美術界も明るいと言っていいのだろうか。「いや、これは日本の教育も問題ですな(笑)」とルーサーさん。いやいや、ご両人、日本一受けたい授業をやってくださいませ。奇しくも教師サミットになった夜であった。

そうそう、なんと岡さんの住んでいるマンションの2台のエレヴェーターもシンドラー社製だそうだ。僕が「健康のためにも、命のためにも、歩いたほうがいいですよ」というと、岡さん「そうなんですけどねえ・・・。根性なくて・・・」と苦笑した。

■ルーサーさん出演・リアル・ブラッドのライヴ、今日と明日

2006年6月11日(日)
東京 表参道FAB (ファブ)(渋谷区神宮前 4-2-12 WES B1F)
Open 17:30/Start 18:00

2006年6月12日(月)
東京 表参道FAB (渋谷区神宮前 4-2-12 WES B1F)
Open 18:30/Start 19:00

両日とも 前売 4,000円 当日 4,500円 全席自由 (別途ドリンク代500円が必要)
お問い合わせ: FAB TEL:03-5772-8566
http://www.fab-web.net/

■ブラザー・トム&ルーサー市村・デュオライヴ

2006年6月14日(水)
場所 東京表参道FAB(渋谷区神宮前 4-2-12 WES B1F)
時間 Open18:30 / Start19:00
料金 前売\4,000,当日\4,500:全席自由(別途ドリンク\500が必要)
お問い合わせ先FAB TEL:03-5772-8566

■リアル・ブラッド公式ウェッブ

http://www14.big.or.jp/~realblod/

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投稿者 吉岡正晴 : 03:51 AM | コメント (0)

June 10, 2006

Ne-Yo Was On Stage For Only 34 Minutes

【ニーヨ、34分のおひろめ】

保留。

イン・マイ・オウン・ワーズ(初回)元々シンガー・ソングライターとして音楽業界に入り、ジェイZ、LAリードのサポートでシンガーとしてデビューしたニーヨ(ne-yo)。しばらく前にショーケースで来日していたが、今回は6000円のチケットを販売しての正式な公演。

のはずだったが・・・。(笑) 会場の渋谷オーイーストは超満員。なんと、ニーヨのライヴを告知したとたん、チケットは即完売。すごい人気だ。デビュー・アルバム『イン・マイ・オウン・ワーズ』は、歌物R&Bとしてもなかなかの出来だった。

7時くらいから最初はDJ、それからダンサーのパフォーマンスがあって、いよいよ7時55分ニーヨ登場。「サイン・ミー・アップ」から。歌は、カラオケにあわせて一人で歌う。自分のコーラス部分もカラオケにあるので、マイクを離しても、ニーヨの声が聴こえてくるから、口パクじゃないかとも思ってしまう。主旋律は歌ってるんだが。2曲歌ってから、「僕はソングライターで・・・」といって他のシンガーに書いた曲をさらっとメドレーで歌う。なるほど。そして、まだ30分も経たないうちに最大のヒット「ソー・シック」が登場。立ち込める暗雲。「あれ? これってアンコールあたりにくるんじゃないの?」 

と思ったら、「本日の公演はこれにて終了・・・」のアナウンス。タオル投げを含めてまだ30分経ってない。うっそ~~。かなり待たされ、客電もついたが、拍手にうながされニーヨ再登場。「今日、誕生日の人はいるかな?」 客席から大勢が手を挙げる。おおっ、みんな今日、誕生日かよ。(笑) 「ハッピー・バースデイ」を軽く1分ほど、アカペラで歌って、おしまい。以上、34分。短かっ。6000円を34分で割りますと、1分あたり176円也。120分のショーですと、21000円を超えます。まあ、だから前座のDJ、ダンスパフォーマンスをいれたわけですが。

実質6曲、アルバムには14曲入ってるから、まだもう少し歌えたはず。まあ、ショーケースという位置付けならまだしも。やはり、バンドで60分くらい見ないことには、ライヴ・パフォーマーとしての判断は、保留ですね、次回まで。


Setlist

show started 19:55
01. Intro
02. Sign Me Up
03. When You're Mad
04. Writers Break Medley: Let Me Love You -- Feel So Good -- Back Like That
05. Mirror
06. Stay
07. Sexy Love
08. So Sick
Enc. Happy Birthday
show ended 20:29

(2006年6月7日水曜、渋谷オーイースト=ニーヨ・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Ne-Yo
2006-115

投稿者 吉岡正晴 : 04:52 AM | コメント (0)

June 09, 2006

Marva Whitney: It's Her Thing, Waiting For The Day For 30+ Years

【マーヴァ・ホイットニー・ライヴ~30年以上待ちつづけたその日】

夢。

It's My Thingジェームス・ブラウン・ファミリーの中には多くの女性シンガーがいる。ファンキー・ディーヴァと呼ばれる彼女たちは、みなブラウンのショーの中で、何曲か場所をもらいファンキーな曲を歌ったりする。そんなディーヴァの中で、リン・コリンズ、ヴィッキー・アンダーソンと並んでもっとも人気が高いのがマーヴァ・ホイットニーだ。その彼女が初来日。しかも、バックを日本のJBズ、オーサカ=モノレールがつける。

1時間DJが盛り上げ、午後8時、オーサカの演奏から。「100万回、(マーヴァのレコードを)聴きました」とリーダー中田さんは、100万回くらい繰り返した。一旦バンドが下がり、また20分程度のDJタイム。これはなくして、いきなりマーヴァにつないだほうがいいと思う。バンドで上がったテンションがぐっと下がってしまった。トータルすると正味2時間近くあるのだから、ここは一気呵成で頼む。

マーヴァは今年62歳。声の調子が心配されたが、前半は少々緊張気味だったが、ミディアムからアップテンポのジャンプナンバーになると、往年のマーヴァ節を聴かせた。やはり、「アイ・メイド・ア・ミステーク」とか、「アンワインド・ユアセルフ」などのが~んとくる作品は迫力たっぷりだ。ただスロー・バラードは、若干音をはずしたりして、微妙なところだった。

彼女には仲がとてもよかった友達(シスター)がいた。みんな亡くなってしまったが、その中でも最近のリン・コリンズの死去は大きな痛手になったようだ。(また3ヶ月前に夫を亡くしたことも話していた) そこで、リン・コリンズの作品「ウィール・オブ・ライフ」をトリビュートの意味も込めて歌った。

オーサカとのジョイントで、こうしてマーヴァの姿を拝めただけで、充分意義があったということだろう。観客は昔からのソウルファンと新しいソウルファンが適度に混ざっていて、クワトロは超満員。4時間近く立ち続けてさすがに疲れました。(笑) 

マーヴァは、ライヴ後すぐに下に降りて、ファンのためにサイン会。昔のアナログを持ってきている人も多く、サイン会はかなりの時間続いた。若い人の間からは、「感動したわ~」などという声が聞こえた。

マーヴァはステージでこんなことを言っていた。「夢を持っていたら、その夢を持ち続けなさい。いつかそれは実現する。私にとって、これ(来日公演)はまさに夢が実現するようなもの。30年以上も待ちつづけた日だわ」  彼女は先週行ったインタヴューで、「私はジェームス・ブラウンのところから離れた後、不遇の時代を経験してきた。でも、結局生き延びてきて、いつの日にかこのような日が来ることを待っていた」と、今回の来日について語った。

35年以上も前のレコードに熱狂した、もちろん、そのレコードがリリースされた時にはまだ生まれていなかった、しかも、ファー・イーストの若者がそのレコードを100万回も聴いて、ついにその彼女を呼び寄せたのだ。彼女のそれほど多くないレコードは、まさに彼女のもの(it's her thing)。35年以上の時と場所が超えて、今、ひとつのソウルになった。マーヴァのソウル・サーチンと中田さんのソウル・サーチンが一点に結びついた瞬間であった。

■ライヴは、この後、沖縄(9日=金曜)、北海道(11日=日曜)の2回あります。

■オーサカ=モノレール公式ウェッブ

http://www.osakamonaurail.com/index.html

Setlist

show started 20:00
01. Intro
02. Down And Out
03. Give It Up Or Turn It A Loose
04. Runble'n Struggle
05. New New Type Thing
06. Evil
07. Mother Popcorn
show ended 20:20

DJ play by Paris

show started 20:38
01. It's My Thing (Inst)
02. Intro
(Marva Whitney)
03. Things Got To Get Better (Get Together)
04. I Made A Mistake Because It's Only You
05. Your Love Was Good For Me
06. Kansas City
07. In The Middle (Inst)
08. The Popcorn (Inst)
09. Tighten Up
(Marva Whitney)
10. Daddy Don't
11. This Girl's In Love With You
12. Wheel Of Life
13. What Do I Have To Do To Prove My Love To You
14. He's The One
15. It's My Thing
Enc.1. Unwind Yourself
Enc.2. I Am What I Am
Enc.3. Sunny -- Ending
show ended 22:16

(2006年6月8日木曜、渋谷クワトロQuatro=マーヴァ・ホイットニー・ウィズ・オーサカ=モノレール・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Whitney, Marva With Osaka Monaurail
2006-116


投稿者 吉岡正晴 : 07:07 AM | コメント (0)

June 08, 2006

Billy Preston Dies At 59: Piano Man On Rooftop

【ビリー・プレストン死去~屋根の上のピアノ弾き】

実績。

エンカレッジング・ワーズ(紙ジャケット仕様)60年代から70年代にかけてヒットを送り出し、その後もキーボード奏者として活躍してきたビリー・プレストンが、去る6月6日(火曜)、アリゾナ州スコッツデールの病院で死去した。59歳だった。プレストンは長く腎臓病を患い、2002年に腎臓移植を受け、その後人工透析をしていた。昨年11月心臓が感染症を起こし意識不明になっていた。以来意識が戻ることはなく、先週末、容態が急変し火曜日死去した。

ビリー・プレストンは1946年9月9日テキサス州ヒューストン生まれ、2歳からロスアンジェルスに育った。本名ウィリアム・エヴァレット・プレストン。10歳の頃、ゴスペルシンガーのマヘリア・ジャクソンとともにステージに立ち、神童と呼ばれた。12歳の時、1958年の映画『セント・ルイス・ブルース』でピアノを演奏。この映画は伝説のブルース・シンガー、WCハンディーの自伝映画で、ハンディーの子供時代を演じた。ちなみに、大人になったハンディーを演じたのはナット・キング・コールだった。

アメリカのテレビ番組『シンディグ』にレギュラー出演。レイ・チャールズなどのツアーにも参加。業界内でキーボード奏者としての評価を確立、そんな評判からビートルズの「ゲット・バック」、「ドント・レット・ミー・ダウン」などのレコーディングに参加。「5番目のビートル」などとも称された。ビートルズは69年がライヴの最後の年となるが、同年行われた有名な「屋根の上のコンサート」でも、彼はオルガンをプレイしている。このシーンは映画『レット・イット・ビー』に収録されている。ビートルズの中では特にジョージ・ハリソンと親しく、ハリソン関係のセッションに参加したり、ハリソンが亡くなった時の追悼ライヴでもプレイしている。多くのセッションにも参加、スライ&ファミリー・ストーンともレコーディングしている。また、プレストンは75年、ローリング・ストーンズのアメリカツアーにも参加。『ビートルズとストーンズとプレイした男』にもなっている。

ビリー・プレストンとしては、当初アップル・レコードに所属していたが、72年A&Mレコードに移籍。同年インストゥルメンタルの「アウタ・スペース」が全米ナンバーワンを記録。同曲はグラミー賞も獲得。さらに「スペース・レース」「ナッシング・フロム・ナッシング」などの大ヒットが続いた。モータウンに移籍して1980年、シリータとのデュエット「ウィズ・ユー・アイム・ボーン・アゲイン」がビルボード・ポップチャートで4位を記録。

長いセッション・マンの歴史の中で、彼はアレサ・フランクリンの『ヤング・ギフテッド&ブラック』、ボブ・ディランの『ブラッド・オン・ザ・トラックス』、スライ&ファミリー・ストーンの『ゼア・イズ・ア・ライオット・ゴーイング・オン(邦題、暴動)』などに参加。様々なジャンルの歴史的名盤に名を残した。

映画『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』、『ブルース・ブラザース2000』にも出演。また、昨シーズンのテレビ『アメリカン・アイドル』にも登場していた。

1990年代は、それまでのアルコール中毒、ドラッグ問題などさまざまなプライヴェートでの問題が表面化し、刑務所入りしていたこともある。

最近では、2006年1月にリリースされたソウルシンガーのオムニバス・アルバム『アイ・ビリーヴ・トゥ・マイ・ソウル』で3曲歌っていた。これが遺作となった。

ビリー・プレストンはかつてこう言っていた。「何かをする時にはできる限りベストを尽くせ。何かとてつもなく重要なことをしているなんてことは、その時は誰にもわからないものだ。たとえ、それが歴史に残るセッションであっても、その時にはわからない。それができる才能があったこと、ベストを一生懸命尽くしたこと、それだけが実績なのだ」

彼にとっては単なる「屋根の上のセッション」だったかもしれないが、それが彼を一躍有名にし、その後の音楽業界でのステータスを決定的にした。

ENT>OBITUARY>Preston, Billy / June 6, 2006 (59)

投稿者 吉岡正晴 : 04:06 AM | コメント (0)

June 07, 2006

Billy Preston Dies At 59 (News Bullettin)

(速報)【ビリー・プレストン死去】

ライヴ・ヨーロピアン・ツアー人気キーボード奏者で、かつてビートルズやローリング・ストーンズなどとも共演してきたビリー・プレストンが、6月6日(火曜)、アリゾナ州スコッツデールの病院で死去した。長く腎臓を患っていたが、先週末から容態が急変した。「ナッシング・フロム・ナッシグ」などの大ヒットを放っている。

(詳細は後ほど)

投稿者 吉岡正晴 : 05:27 AM | コメント (0)

Soul Bar Column On "Brio" Will End July

【「ブリオ」のソウルバー紹介ページ、7月で終了】

最終回。

BRIO (ブリオ) 2006年 07月号 [雑誌]始まりは、終わりの始まり。何かが始まれば、いつかそれには終わりが来る。ソウルトレインも、始発駅を出発すれば、いつか終点に到着する。

男性雑誌「ブリオ」のソウルバーを紹介する名物コラム「ソウルトレインランニング~ソウル通のためのバー・ガイド」が、2006年7月24日発売の9月号で終了する。連載が始まったのが、1999年3月24日発売(5月号=創刊号)からで7年4ヶ月、89回の連載となった。単純計算で180軒近くの全国のソウルバーを紹介したことになる。

1999年は、いわゆる「ソウルトレイン」関連のものが始まった年だった。Jウェイヴの深夜番組『ソウル・トレイン』(1999年4月開始、2005年9月終了)、またお台場に「ソウル・トレイン・カフェ」(1999年8月~2001年3月)などが相次いでスタート。放送媒体、店舗などと並んで雑誌でソウルトレインを盛り上げようという機運もあり、ソウルバーを紹介するコラムが始まった。

コラムを執筆したのは、編集者、ライターの高畠保春さん。元々、ソウル、ジャズなどの音楽が好きで、あちこちのソウルバーや音楽をかけるバーに通い詰めていたので、まさに天職となった。北は北海道から南は九州、沖縄まで日本中のソウルバーを駆け巡った。

高畠さんは、今でこそ知らないソウルバーはないが、当初は知らない街に行くと、電話帳を片っ端から見て、「それっぽい名前の店」にめぼしをつけ電話をかけて、新店を掘り起していた。中にはソウルっぽい名前の店でも、普通のキャバレーや、カラオケスナックだったこともあったという。

ソウルバーの特集をしたことがあるので、実質180軒以上の店を紹介したが、20軒以上は現在営業をしていない店舗、あるいは、店舗形態をソウルバーから普通のバーにしたりしている例などもあるという。

高畠さんは日本初のソウルバーである六本木の「ジョージ」を、当初から連載の最終回に紹介しようと考えていた。だが、「ジョージ」のママは2001年10月他界。さらに2005年4月に閉店してしまった。しかし、その後「ジョージ」を守っていた新しいママ、ともこさんが2005年8月に西麻布に「ジョージ」を移転してオープン。「ジョージ」は最終回を飾る。もう一店最終回を飾るのは大阪の老舗ソウルバー「マーヴィン」だ。

また、高畠さんは新しい店を紹介する時は、大概一度足を運んで、ブリオの読者にあうかどうかを考え、改めて取材に出向く。彼が店に来ても紹介まで至らない店も何軒かあったようだ。また、彼個人は気に入っても、店の方針で取材拒否・取材を遠慮している店もあり、そういうバーは紹介できなかった。

ソウルトレイン・ランニング、まもなく終点へ到着いたします。

+++

僕は高畠さんを「日本で1番ソウルバーを知っている男」と崇めているので、自分自身は「日本で2番目にソウルバーを知ってる男」の座を狙うことにしている。(笑) 新しい店などは、彼から随分いろいろな店を教わった。あるいは、どこかに行く時は、その土地のソウルバー情報をよく仕入れたものだ。

僕も新店の開拓は好きなので、けっこう探すが、彼が知らなかった店で僕が彼に教えることができたのは、ほんの数軒だった。

何軒か紹介されずに終わった店があるが、青山の「オーエー」や、下北沢の「エクセロ」なども出て欲しかった。ぜひ、単行本化して、その際には若干漏れた店を網羅しましょう。

長い間、お疲れ様でした。これからは、気兼ねなく、あちこちのソウルバーで飲んだくれてください。ま、以前と変わらないですか。(笑) 

ENT>SOUL BARS>

投稿者 吉岡正晴 : 03:22 AM | コメント (0)

June 06, 2006

Soysoul Live & Philip Woo Announces His Live Info In Japanese

【ソイソウルのライヴとフィリップ・ウーの告知】

毎度。

I毎度毎度、絶妙におもしろいトークと、巧妙にグルーヴが作られたファンクサウンドにソウルの妙を聴かせるズーコのヴォーカルが三位一体となったソイソウルのライヴ。久々に目黒のブルースアレー。僕は仕事の関係で、ファーストの後半から参戦。7月1日の「ソウル・サーチン・ザ・セッション」まですでに一ヶ月を切って、お店の方々にもよろしくお願いしますの挨拶もかねて、ライヴを見た。案内された席は、ソイソウル事務所の小林社長とソウルバー探検家高畠さんらがいるところ。濃い・・・。

ちょうど入った頃は、ジョニー・ギル(ブルー・ギル)の「マイ・マイ・マイ」を終えてトークをしていたあたり。満員で立ち見も出ているブルースアレーは、熱気でムンムン。女性客が7-3くらいで多い。ズーコ人気で、ズーコが女性から支持されているかららしい。「男のファンを獲得するのが、私の目標です」とズーコは宣言する。

7月にリリースされる新曲「トゥ・ホット」などをからめながら、新企画のコーナーなどもいれて、なかなかにヴァリエーションにとんだライヴ・ショウになっていた。中でも「KウォンとKムトー」による音をサンプリングして、リズムトラックを作っていくところを実演するシーンや、謎の人物ドクター・ウォンのキャラクターなどシアトリカルな演出もおもしろかった。

ムトーさんによると、リハの時にはもっとむずかしい「技」を見せようと思ったのだが、「そのたびにマックがフリーズしてどうしようもなかったので、できるだけ軽い簡単なものをやった。ステージでやってる時はフリーズするか心配でしょうがなかった」という。でも、ああいう企画はおもしろい。どうやって曲が出来ていくか、普通その過程というのはわからないので、興味深い。

最後にこれまた個人的に受けたのが、ソイソウルのキーボード奏者、元メイズ、そして日本語は不得手だが、オリガミ上手のフィリップ・ウーが、日本語で自分のライヴの告知をしたところ。ふだん日本語をほとんどしゃべらないフィリップ、よくがんばった。(笑) ズーコが打ち明ける。「ファーストの後、フィリップが私のところにやってきて、ライヴの告知をしたい、っていうのよ。で、やることになった。でも、よくがんばったよね」

ということで、そのフィリップのがんばったライヴ情報を文字で。彼は現在久保田利伸のツアーメンバーになっている。一番近いところでは、6月9日(金)、四谷メビウスから。場所、ライヴ開始時刻、値段などは各店舗にお尋ねください。 彼にも「君のウェッブに書いて」と言われたのでどーんとご紹介する。もちろん、そのお願いは英語で頼まれたー(笑) 

■Philip Woo Live

2006年6月9日(金)
四谷メビウス.
http://www.mebius-yotsuya.jp/
8時から3ステージ
東京都新宿区舟町8 舟町ビルB1
営団地下丸の内線 四ッ谷三丁目駅 徒歩3分
都営地下鉄新宿線 曙橋駅 徒歩3分
03-3341-3732

7月5日(水)、12日(水)
吉祥寺チャチャハウス
http://www15.ocn.ne.jp/~cha_cha/

19時45分と21時45分の2ステージ
東京都武蔵野市吉祥寺本町2-13-14 B1F

0422-20-6730

7月19日(水)
横浜モーションブルー
http://www.motionblue.co.jp/
19時30分と21時30分の2ステージ
横浜市中区新港一丁目1番2号 横浜赤レンガ倉庫2号館 045-226-1919

■さらに、パーカッションのケンケンさんもライヴ告知。

6/12(月)【Soul Seekers】
幾見 雅博(G),岡沢 章(B),中西 康晴(Key),正木 五郎(Dr),Ken Keng(Per),Roomer(Vo)

新中野 弁天
http://www.benten55.com/top.htm
東京メトロ丸の内線新中野駅 1番出口より徒歩3分
03-5340-8270
start 19:45,21:45 charge 前売\3,000 当日\3,500
ケンケンさん公式ウェッブ
http://www.bowz.net/kenkeng/

■また、ソイソウルは7月23日(日曜)、渋谷デュオでリリース記念ライヴを行う。

http://www.geocities.jp/zooconnection/frame200511.html
渋谷区道玄坂2-14-8 O-Eastビル1階 03-5459-8711

Setlist

1st set

01. I Know Me
02. True Color
03. Can't stop
04. I Wish
05. Silver And Gold
06. My My My
07. ひまわり

2nd set

show started 20:06
01. So What
02. Baby You
03. Superfly
04. K-Won & K-Muto Session
05. Rock The Fire
06. Why Don't You
07. Too Hot
08. Samurai Funk
Enc. Smile
show ended 21:21

(2006年6月4日日曜、目黒ブルースアレー=ソイソウル・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Soysoul
2006-113

投稿者 吉岡正晴 : 05:07 AM | コメント (0)

June 05, 2006

Soul Searchin': The Session Vol.1, Up To Date

【「ソウル・サーチン・ザ・セッションVol.1」出演者続々決定~ルーサーの親友ディーヴァ・グレイ、ベースに日野賢二、語り部・高山広】

続々。

来る2006年7月1日(土曜日)、ルーサー・ヴァンドロスのちょうど一周忌に行われる『ソウル・サーチン・ザ・セッション 第1回~トリビュート・トゥ・ルーサー・ヴァンドロス』の出演者が続々決まっている。これまでに確定しているアーティストをご紹介しておこう。

『ザ・ソウル・サーチン・ザ・セッション』は、一組のアーティストにスポットをあて、そのアーティストの知られざるエピソードなどをトークでご紹介しつつ、アーティストの持ち歌をシンガーたちが歌うというもの。歌は、日本在住のケイリブ・ジェームスを中心にしたバンドを軸に、様々なゲストシンガーが登場する。

今回のライヴの目玉は、まず、ケイリブがバンドを結成したこと。多くのゲストシンガーは、このバンドで歌う。バンドメンバーには、ベースに日野賢二、ドラムスに高田真、ギターにガッツ、サックスとパーカッションにゲイリー・スコットが参加することが決まった。中でも、ベースの日野賢二は、今回のテーマ、ルーサーの作品でベースを弾くのがマーカス・ミラーということで、日本のマーカスの呼び声も高い彼の参加は大いに期待される。このバンド名は、現在とりあえず「ザ・ソウル・サーチャーズ」と名づけている。

さらに、今回の最大の注目が、ルーサーになじみのスペシャル・ゲストの登場だ。ニューヨークのセッション・シンガーとして数々のレコーディングに参加、ルーサーとも古くからの知り合いで、70年代中期にルーサー本人に誘われセッションの世界に入り、多くのレコーディングを共にしてきたディーヴァ・グレイだ。ディーヴァはまた、ダンス・グループ、シックの初代ヴォーカルの一人でもある。ディーヴァとは、特別にトーク・セッションを設け、他では聞けないルーサーのエピソードを聞き、その後ルーサー作品を歌ってもらう。ルーサーを直接知るディーヴァの話は、興味深いものになるにちがいない。(ディーヴァ・グレイについては、近日中にさらに詳しくお伝えします)

すでにゲスト参加が決定しているのが、すっかり「ソウル・サーチン」ではおなじみの木下航志、前回から参加のガッツ(歌とギター)、前回でもマーヴィン曲で多くの聴衆を魅了したシャンティ、迫力のブレンダ・ヴォーンら。

また今回新しい企画として、「ルーサー物語」をアクター、ディレクト・ライター高山広が演じる。彼は一人芝居を多数演じている俳優であり、語り部でもある。約10分程度の「ルーサー物語」を彼なりの視点で、いくつかのエピソードを含めながら一つの短いトークドラマとして演じる。おそらくルーサーの人となりなどがこのドラマから感じられることになるだろう。

トークゲスト(パネリスト)は、自らのプロダクションにルーサーのヒット曲「ネヴァー・トゥ・マッチ」から「ネヴァー・トゥ・マッチ・プロダクション」と名づけているR&Bプロデューサー、松尾潔、NHK-FMの『ソウル・ミュージック』の選曲、DJでおなじみ尾臺順子、また、唯一無二、独自の「ステップ・アート」を発表し注目されているアーティスト、岡伸昭が参加する。司会進行は吉岡正晴。

この他、出演未確定のシンガーがおり、さらに若干の飛び入りゲストが参加するかもしれない。多彩なゲストが多い、相当密度の濃いルーサー・トリビュートのイヴェントになりそうだ。ルーサー好きの方も、ソウル・ミュージックに興味をお持ちの方も、存分に楽しめるものになるだろう。

(なお、現時点ですでにこのイヴェントは、座席の部分がほぼ満員になっており、立ち見になる可能性がでていますので、観覧ご希望の方は早めのご予約をお勧めします)

(出演アーティスト、ゲストなどの敬称略)

+++++

『ソウル・サーチン・ザ・セッションVol.1』 ~ルーサー・ヴァンドロスへ捧ぐ~

■日時:2006年7月1日(土曜)
開場午後6時 1部・午後7時半から、2部・9時半から
(1部と2部の入れ替えはありません)
■場所:目黒ブルースアレーhttp://www.bluesalley.co.jp/
■住所:〒153-0063 東京都目黒区目黒1-3-14
ホテルウィング・インターナショナル目黒B1F
■電話:03-5740-6041(予約専用電話) 
当日のお店の番号03-5496-4381
■行き方:JR山手線・目黒駅西口を降りて、恵比寿方向へ進み目黒通り(一方通行) を左折、100メートル弱・坂を降りた右側。地下一階。駅から徒歩3分。
■パネリスト:吉岡正晴(司会) ゲスト:松尾潔  尾臺順子 岡伸昭
■歌と演奏:ケイリブ・ジェームス&ザ・ソウル・サーチャーズ(日野賢二、高田真、 GATS(ガッツ)、ゲイリー・スコット)、 ゲスト・木下航志 シャンティ ブレンダ・ヴォーン、Maru(マル)、タケオ他。スペシャル ゲスト、ディーヴァ・グレイ。語り・高山広
■協力・ソウル・バー『下駄鬼』(03-3490-9302)
■チケット:テーブル席(指定)\4,500 立見(自由)\4,000
当日券は各料金\500UP (各税込)

+++++

■予約のしかた:二通りあります。

(1)「ソウル・サーチン・ホームページ」へ予約する方法
下記予約受け付けアドレスに次の事項を明記の上、予約メールをお送りく ださ い。

1)お名前と総人数、2)メールアドレス(できればいらっしゃる方全員のも のが あれば幸いです)、3)緊急の際の連絡先(グループの場合、代表の方だけでけっこう です)、4)このイヴェントを何でお知りになったか。 
折り返し確認メールを お送り します。
問い合わせ先・予約受け付けアドレス
soul_searchin_the_session@yahoo.co.jp

(2)直接、ブルースアレーに予約をいれる方法
予約用ホームページhttp://www.bluesalley.co.jp/reservation/index.html

上記ホームページにアクセスし、必要事項を記入の上、予約をする方法。また、03-5740-6041(予約専用電話)に電話して予約する方法。

では、7月1日にブルースアレーでお会いしましょう。

+++++

EVENT & ANNOUNCEMENTS>Soul Searchin'; The Session, Vol.1

投稿者 吉岡正晴 : 06:22 AM | コメント (0)

June 04, 2006

Shalamar (Part 2): Howard Hewett Talks

(昨日からのつづき) 

【10点満点】 

ファンタビュラス。 

フレンズ(紙ジャケット仕様)シャラマーのライヴ始まる前に、同行の松尾さん、封筒から何枚か写真を取り出す。「これね、去年ロンドンで撮ったんですよ。ブラックプールのライヴ。ハワード・ヒューイットに、グレン・ジョーンズ、フィル・ペリーなんかがでたやつ。あとで機会があれば、手渡そうと思って」  

「セカンド・タイム・アラウンド」あたりでは、もうすでに松尾さんものりのりで身体を揺らしている。6曲目の「アイ・キャン・メイク・ユー・・・」でのメンバー紹介で、ハワードが言う。「キーボード! KC! カート・クレイトン!」 おっと、あっちにもKCがいるぞ。KC対決か。(笑)  

ライヴ後、松尾氏、岡さんらとともにちょろっと楽屋へ。ハワードのお出ましを待っているとキーボードのKC登場。一言二言あり、「こちらも、KCですよ」。「キヨシがケイシーになったんです」 彼は初の日本だそうだ。前回の来日には都合で来れなかった。ただシャラマーのバンドにはすでに数年在籍している。彼は現在メンフィス在住。 

まもなく着替えたハワード登場。松尾氏、写真を渡す。「おおっ、ロンドンの!」とハワード。それぞれに自己紹介するが、松尾さん、僕のことをハワードに「もっとも日本で影響力のあるクリティック(評論家)です」と紹介した。「クリティーク(評論家)か! で、どう?」というので、思わず、「10点満点をさしあげます (I give you 10)」と言って親指を上に指した。「10! すばらしい。ありがとう」 岡さんを見て「いいアフロだね」。「昔は大きなアフロしていたんでしょう」と僕がハワードに向けると、「いやあ、僕のは『ハーフロ』(半分のアフロ)くらいだな(笑)」と答え、周りは爆笑した。初めて聞いた、この単語。 

「89年頃、あなたがエムザ(MZA)に来た時に、お会いしてインタヴューしたんです」と言うと、「ロングタイム・アゴー~」とのこと。確かに、かなり古い話だ。その時は、ハワードのソロだった。ジェームス・イングラム、ピーボ、そして、このハワードと、いずれも素晴らしいシンガーだ。 

「また近いうちに、日本へ戻ってきてください」 「ああ、ぜひ。でも、一日2回のショーはけっこう大変だよ。一日、オフが途中にあったけど。6日間、2ショーはハードだ。アメリカではこういうのはやったことがない。時差はないけど、部屋に戻ったら寝るんだ」とハワード。けっこう大変なんだ。 

すると、中からメンバーが登場し、エレヴェーターへ。キャロリンが登場するや、松尾氏、キャリー・ルーカスのヒットの一節を歌い、大喜びさせる。しかし、キャリー・ルーカスの娘ということは、一体いくつくらいなんだろう。76年くらいの生まれなのかな。ステージでは3年前から参加と言っていたが、前回2年前にはいなかった。 

もうひとつこの日覚えた単語。最近は、「ファンタスティック」と「ファブュラス」を合体させて「ファンタビュラス」って言うんですか。なんと同じ日に、マーヴァ・ホイットニーにインタヴューした時にも、オーサカ=モノレールについて一言「ファンタビュラス」と言っていて、頭の片隅にあったのだが、ここでも聞いて、またか、と思った。シャラマーのライヴ、「ファンタビュラス」! 

(2006年6月2日金曜、丸の内コットンクラブ=シャラマー・ライヴ) 

ENT>MUSIC>LIVE>Shalamar
2006-111

投稿者 吉岡正晴 : 04:18 AM | コメント (0)

June 03, 2006

Shalamar (Part 1): The Best Live In Town, This Week

【シャラマー・ライヴ:今週のベストライヴ・イン・タウン】

ベスト。

Greatest Hits70年代後期から80年代初期にかけて多くのダンサブルなヒットを放った3人組、シャラマー。ロスアンジェルスにあるソーラー・レコードから生まれたヒット曲は、明るくポップでダンサブル。日本でもいまだにディスコクラシックとして人気が高い曲が多い。この日はコットン・クラブがほぼ満員。80年代初期にディスコで遊び、リアルタイムでシャラマーに触れていた観客が大量に押し寄せている感じだ。

シャラマーとしての来日は2004年5月以来ほぼ2年ぶり。前回のハワード・ヒューイット、ジェフリー・ダニエルに加え、前回と違う新しい女性シンガー、その名もキャロリン・グリフィーを従えての新生シャラマーだ。なんとこのキャロリン・グリフィー、名前を聞いてピンと来る方もいらっしゃるかもしれない。シャラマーやウイスパーズを送り出したソーラー・レコード創始者のディック・グリフィーと「ダンス・ウィズ・ユー」などのヒットを放ったキャリー・ルーカスとの間に生まれた子だという。ダブルで親の七光りで、14光りだ! 

今回のバンドがものすごくよかった。ドラムス、ベース、ギター、キーボードとこれほどまでにまとまったバンドは、11月から見たコットン・クラブの中で最高のものだった。特に6曲目の「アイ・キャン・メイク・ユー・フィール・グッド」を少し改変し「ミュージック・メイク・ユー・フィール・グッド」として、それぞれのソロを聴かせたところなど、各個性がでて見事。しかも、途中にシックの「グッドタイムス」や、オハイオ・プレイヤーズの「ラヴ・ローラーコースター」のリフを入れるところなど最高のセンス。みんな力のあるミュージシャンで、しかもコーラスを支えるユニットとしてもひじょうによくできていた。

冒頭3曲で、いきなりダンサブルにメドレーで観客をノックアウト。少し紹介をして、スローへ。歌の部分ではハワード・ヒューイットが圧倒的な存在感を見せる。下手をすればハワード&バンド、とさえなりそうだが、それでもジェフリーの抜群のダンス、そして、キャロリンの華ということで、シャラマーになっていた。7曲目ではアイズレーのCDにあわせて、在大阪ジェフリーがロボットダンスを披露。さすがにうまい。お金を取れるダンスだ。

「大きなアフロヘアーにベルボトム・ジーンズ、そして、(高い)プラットフォーム・シューズ。そんなものが流行っていたあの頃に、お連れしましょう」 まさにシャラマーのヒット曲はその頃を彷彿させる作品ばかり。

9曲目の「セカンド・タイム・アラウンド」では、それまで我慢し切れなかった観客が総立ちに。コットン・クラブ、ディスコになる瞬間だった。いやあ、しかし、よかった。

(シャラマー、つづく)

■シャラマーは日曜まで、コットンクラブで。

■シャラマー 過去関連記事

2004/09/07 (Tue)
The Best Disco In Town Live: Live DVD
http://www.soulsearchin.com//entertainment/music/dvd/diary20040907.html

2004/05/20 (Thu)
Let's Groove 2004, Live At Kokusai Forum: Don't You Miss It Back In The Day?
http://www.soulsearchin.com//entertainment/music/event/diary20040520.html

■メンバー

シャラマー・フィーチャリング・ハワード・ヒューイット、ジェフリー・ダニエル、キャロリン・グリフィー

Howard Hewett(vo),Jeffrey Daniel(vo),Carolyn Griffey(vo),Evarocitta Jones(vo),Tamara Jones(vo),Zedric Kurt Clayton(key),Garry Goin(g),Jackie Clark(b),Carlos Sargent(ds)

■Setlist

show started 21:33
01. Make That Move (From The Album "Three For Love"- 1980)
02. Friends (From The Album "Friends" - 1982)
03. Sweeter As The Days Go By (From The Album "Go For It" - 1981)
04. Somewhere There's A Love (From The Album "Three For Love"- 1980)
05. Dead Giveaway (From The Album "The Look" - 1983)
06. I Can Make You Feel Good -- A Riff Of "Good Times", "Love Rollercoaster" (From The Album "Friends"- 1982)
07. (Jeffrey Daniels Dance Performance) The Pride ((CD play by Isley Brothers)
08. Full Of Fire (From The Album "Three For Love"- 1980)
09. Second Time Around (From The Album "Big Fun" - 1979)
10. A Night To Remember (From The Album "Friends"- 1982)
Enc. Take That To The Bank (From The Album "Disco Gardens" - 1978)
show ended 22:44

(2006年6月2日金曜、丸の内コットンクラブ=シャラマー・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Shalamar
2006-111

投稿者 吉岡正晴 : 05:50 AM | コメント (0)

June 02, 2006

Club Cactus: The Sound System Will Shake You Down

【レゲエのサウンドシステムが身体を直撃】

振動。

かつて西麻布にあった伝説のクラブ「トミーズ・ハウス」(79年~83年)、そして、新宿の「第三倉庫」(84年~86年)を運営、DJをしていたトミー(富久慧)氏が、久々に乃木坂に店を開いた。店名は「クラブ・カクタス」。2006年5月26日(金)に正式オープンした。基本はレゲエを大音響のサウンド・システムで聴かせ、踊らせるというもの。早速のぞいてみた。

ちょうど、乃木坂・桂由美ブライダルビルのすぐ裏あたり。その昔は1階におそばやさんがあったビルの地下。階段を降りていくと、2軒クラブ風な店、カラオケ店があり、残る一軒が「カクタス」なのだが、ロゴマークだけで、文字がない。カクタスはサボテンの英語名。ロゴは緑色のサボテンがデザインされている。

扉の取っ手が、よくレコーディング・スタジオにあるような、頑丈なものでちょっと驚く。ぐいっと引き下げて中に入ると、さらにもう一つの扉。無音。そこにも下に引くような取っ手。がっとあけると広い空間が現れる。爆音。二重扉で完全防音になっている、という。入って左側に約6メートルの檜の一枚板を使ったバーカウンター。そして、正面にDJブース。右に大きなスピーカーがど~~んと鎮座していた。それにしても二重ドアには恐れ入った。約30坪の広さ。天井が3メートル以上あって、気持ちいい。

「レゲエだよ、この店のコンセプト。サウンドシステム、っていうの。レゲエはみんなこういうサウンド・システム持ってて、爆音でやってる。この店も天井、壁、入口のドア、もちろん非常口のドアまで完璧に防音した。それでものすごくお金かかった」とトミーは言う。 

スピーカーがどんと立っているのだが、二本が並んでいて1本のように見える。「スピーカー、右と左に分けないの?」と聴くと、トミーは、「(レゲエのサウンドシステムは)左右関係ないんじゃない。だからこう」との説明。「毎週週末にレゲエのDJが入るんだ」と聞くと「DJって言わないで、サウンドっていうんだよ。(笑)」と。へえ~~、知りませんでした。

オープニングはランキン・タクシーが自分のサウンドシステムを持ってきて、大爆音でやっていったそうだ。レゲエはコアなファンがいるので、週末などけっこう一杯になるという。

少し大きな音になったら、スピーカーからものすごい空気の振動が伝わってきた。これはすごいわ。普通の小さなクラブだと大体300ワットくらいのアンプで鳴らすところを、ここでは1500ワットのアンプをつないでいるという。しかも、天井まで届きそうなスピーカーは自作だという。これまた恐れ入った。試しにスピーカーの前に立ってみると、頭の毛が逆立つような感じになる。ベースのウーハーの波動が直撃だ。

しかし、オープニングのレセプションでは完全防音なのに、上階からクレームが来たという。なんと空調の排気口から音ではなく振動が伝わったらしい。そのため、空調の位置を少し下げて、そこにクッションのようなものをいれたそうだ。

この爆音の中に何時間もいたら、気持ち悪くならないだろうか。(笑) 今後は平日にはイヴェントなどもいれていくという。そういう日は、R&Bも、ハウスもありになる、という。何もない時は比較的静かに飲めるような雰囲気。DJブースは、ターンテーブル縦置き2台とCDJ2台。「俺はオールドスクールだから、ターンテーブル縦置きだと、ボタンとか押し間違えちゃうんだよ。(笑)」 ブースのところには、なぜかRケリーのCDが置かれていた。

ところで、あの6メートルの一枚板。どうやってこの地下一階まで運びこんだのだろう。階段のところなんて、曲がり切れたのだろうか。とても無理そうだが。そんなこと考えると眠れなくなってしまった。まだメディアにでていないが、これから話題になる店だ。

■クラブ・カクタス

Club Cactus
電話03-3408-9577
〒107-0062 港区南青山1-15-18 リーラ乃木坂地下一階
千代田線乃木坂三番出口。
定休日・日曜日
営業 朝5時まで
平日はチャージなし。金土は3000円で2ドリンク。
開店 2006年5月26日金曜 

ENT>SOULBARS>Club Cactus

(ソウルバーではありませんが、とりあえず、バーということでここにいれておきます)

投稿者 吉岡正晴 : 03:51 AM | コメント (0)

June 01, 2006

Escape From The Reality: Hang Around At Soul Bar "Essence"

(昨日からの続き)

【エッセンス・ソウルバー(パート2)】

幇助(ほうじょ)。

ご本人(和田さん)に挨拶した後、松尾さんに「エッセンス、行きましょうよ」というと、「いやあ、今年は行けないんですよ」との返事。あ、ニューオーリンズのほうの、エッセンスね。(笑) そうではなく、横浜の新しいソウルバー、「エッセンス」です。僕も初めてなので一応地図を用意。さらに、火曜日が定休日だったりすると痛いので、事前に電話で確認もしておいた。抜かりなし。昨年(2005年)10月にできたソウルバー、エッセンスは神奈川県庁前、モーションの駐車場からでて信号3つくらいほんの2-3分で着いた。えらい近い。石川町のソウルバー「モータウン」オウナーの芦田さんがやっている「ヒット・パレード」と同じビルだった。

扉からかなり重厚で、中に入ると、さらに天井が高く、ウッディーな作りで、落ち着いた大人の雰囲気のバーだった。ある意味、予想外。カウンター10席少々と4人から無理すればぎりぎり6人まで入れるボックス席が3つなど。ソウルバーらしからぬ重厚さ(笑)に驚いていると、やはり、それまで何年か続いていたバーに「居抜き」(前の店の内装、什器などをそのまま使って、オウナーだけが変わること)で入ったという。前店はイギリス風「ウェラーズ・ワーフ」というバーだったそうだ。

マスター、高橋さんは以前六本木の名店「テンプス」にいた方。先日の六本木ガーデンの『「ミラクル」川畑さん27周年記念イヴェント』でもご挨拶していた。同行ソウルメイトAは、「なんか、ここには昔来たことがある。日本一おいしいフローズン・マルガリータを出す店だというキャッチで連れて来られたような気がする」と発言。その旨オウナーに尋ねると、「それは知りませんでした。でも、フローズン・マルガリータはできます」とのお返事。松尾氏「じゃあ、そのFMと、こちらはGAで~~」。

何でも略すか。(笑) となると、ウ-ロン茶だったら、UT、カフェオレだったら、CAL(さらに略してカル)、クランベリージュースなら、CJ。クランベリージュースを飲む仲間たちは? CJ&カンパニー。(マニア向けですいません)

マスターも何度も「エッセンス・ミュージック・フェスティヴァル」には足を運んでおり、松尾氏に「どこかですれ違っているかもしれませんね」とのこと。

壁に作られている酒蔵の扉は、ちょうどレコードジャケットが何枚も飾られている。そんなアナログのジャケットには、何人かのアーティストたちのサインが書かれていた。

途中から和田さんのバックをつけたバンドメンバー数名が到着。なんとグルーヴラインのベース、ソウシさんは福岡出身ということで、松尾さんと出身学校が一緒ということが発覚。帰り際に立ち話で盛り上がった。

しばらくすると、なんとトクから電話。何かと思ったら、そのメンバーたちは、ここからすぐ近くのライヴハウス「カモメ」に移動。そこで、我々がここにいることを知って、電話してきたらしい。トクはこの日、カモメでライヴだったそうで、「なんで、こっちにも来てくれないんですかあ(怒)&(笑)」と。ジョインする話も一瞬浮上するが、松尾氏が「和田くんの作詞を昨日中にあげてないといけないんで・・・。今、現実逃避中なんです・・・」とのことで、断念・解散へ。そんなこんなの「現実逃避幇助(ほうじょ)」の横浜の夜でした。

バー エッセンス
Bar Essence
231-0003神奈川県横浜市中区北仲通1-6 1階
営業時間 19時から午前5時まで
年中無休
電話 045-201-8682

ENT>SOUL BARS>Essence

投稿者 吉岡正晴 : 04:25 AM | コメント (0)