July 31, 2007

Soul Power Summit 2007: Full Of Surprise

(少しだけネタばれがあります。ご注意ください)

【ソウル・パワー 2007 始まる】

サプライズ満載。

いよいよ『ソウル・パワー・東京/ナニワ・サミット2007』が始まった。たっぷり3時間半、休みなし。一言で言うとこれもあり、あれもあり、なんでもあり超豪華な幕の内弁当、しかも、こんな食材があるかというサプライズ満載だ。8月11日(土)のナニワ・サミットが終了するまで、セットリストなどは公開しないでくださいとのことなので、今日は軽い感想を。

今回ひじょうにいいと思ったのは、アーティストの転換がひじょうにスムーズで、次々と矢継ぎ早にアーティストがでてきて、観客をまったく飽きさせない点。それを可能にしているのが、バックバンドとして、ナニワ・エキスプレスとスクープ・オン・サムバディーの2バンドが待機していること。60秒もないビデオが流れる間に、バンド転換、アーティスト転換がさっと進む。

また、とにかくたくさんのアーティストがでてくるので、まるでソウル・ライヴのオムニバス状態。さらに、それらのアーティストたちのコラボレーションがあちこちで見られるのでひじょうに楽しい。

本当にトイレ休憩がない。(笑) 実際、僕は6時半から最後のアンコール終了まで、一度も席を離れなかった。

いいなあ、と思ったのは、たとえばゴスペラーズと二人のヴォーカル・デュオとのコラボレーションなどを見ていると、本当に「ヴォーカル・グループいいなあ」と痛感する。ヴォーカル・グループの楽しさは、低音、中音、ハイ・ヴォイス、ファルセットなどの声が自由自在にからみあい、そして、無限大のヴァリエーションを生み出すところ。まさにいくつかのコラボレーションでそうした魅力が全開だ。アンコールの1曲目も、かなり有名なソウルカヴァーだが、これもヴォーカル・グループの醍醐味をだした。

何よりも昨年以上に、より密度が濃く「ソウル色」が強くなった。ソウル・ヒットのカヴァー曲がぐっと増えたこともあるし、振り付けがあちこちで見られたりということもある。一言でソウル度がぐっと上がったということだ。全35曲中、10曲以上がソウル関係のカヴァーという点もそれを証明している。

単なる幕の内というよりも、お正月の超豪華おせち料理かな。しかも、3段くらいの。(笑) 

■ソウル・パワー・サミット(Soul Power Summit 2007)は、今日7月31日(火曜)武道館、8月11日(土曜)大阪万博記念公園と2回公演があります。

■過去関連記事(昨年のソウルパワー・ライヴ評)

July 27, 2006
Soul Power Tokyo Summit 2006
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200607/2006_07_27.html

August 01, 2006
Soul Power Tokyo Summit 2006: A Leader Said "Thank You" To Another Leader
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200608/2006_08_01.html

ENT>MUSIC>LIVE>Soul Power 2007, Tokyo Summit
2007-93

投稿者 吉岡正晴 : 02:32 AM | コメント (0)

July 30, 2007

The Soul Searcher Will Be Appearing At "Gumbo's Ear, Vol.12"

【ソウル・サーチャー、「ガンボズ・イアー第12回」に登場】

7年ぶり。

さまざまなジャンルの音楽に詳しい音楽愛好家・守島さん主催のイヴェント『ガンボズ・イアー』の第12回に、ザ・ソウル・サーチャー吉岡正晴がゲスト出演することになった。このイヴェントはゲストが登場しつつ、ひとつのテーマを決めレコードを紹介しているが、今回は守島さんからの依頼で何か秘蔵映像をお持ちください、とのことでふだん見られないような映像を紹介することになりそうだ。題して『ガンボズ・イアー~ソウル・サーチン・ビデオ・ナイト』。

そもそも、守島さんは毎回『ソウル・サーチン』のイヴェントに来ていただいているが、そこで1-2曲珍しい映像を紹介しているのを見て、これならもっとイヴェントで出してないものがあるのではないか、と推理されて、話をもってこられた。(笑) 

ソウル・サーチャーがこのイヴェントに登場するのは、2000年10月の記念すべき第1回以来約7年ぶりとなる。そのときは、ちょうど拙著『ソウル・サーチン』が2000年7月に出てのトーク・ショーだった。

なお、このお店は約30席で満員となってしまうので、ご予約をお願いしたい。また、ソウル・サーチン関連イヴェントということで、守島さんから本ソウル・サーチン・ブログ読者用に10席を確保していただいた。いつものように下記要綱でメールをお送りください。

■『ソウル・サーチン・ブログ読者に10席確保』

今回の『ガンボズ・イアーVOL.12~ソウル・サーチン・ビデオ・ナイト』(2007年8月19日・日曜午後7時)の座席を10席ほどソウル・サーチン・ブログ、ダイアリーの読者のために確保していただきました。店内は約30席ほどしかありませんので、ご予約をお願いします。当ブログ読者の方で、このイヴェントをごらんになりたい方はsoul_searchin_the_session@yahoo.co.jp  までお名前、人数、電話番号をお書きの上Eメールをお送りください。折り返し確認メールをお送りします。先着順のご案内となります。


イヴェント名: Gumbo's Ear Vol.12 Soul Searchin' Videos Night
日時: 2007年8月19日(日曜) 開場:18:30 開演:19:00
場所: 自由が丘・マルディグラ (Mardi Gras)
住所: 東京都世田谷区奥沢5-29-10リブレB1
電話: 03-3722-6892
ウェッブ: www.jiyugaoka-mardigras.com 
地図: http://map.yahoo.co.jp/pl?p=%C0%A4%C5%C4%C3%AB%B6%E8%B1%FC%C2%F45-29-10&lat=35.602665&lon=139.67116083&type=&gov=13112.8.5.28.10(東急線・自由が丘駅から徒歩約4分)
VJ&Talk:吉岡正晴,守島尚彦
イヴェントチャージ:¥1000(別途テーブルチャージ=525円、飲食代などがかかります)
企画:守島尚彦
ガンボズ・イアー・ウェッブ: http://morishima.00page.com/(ここに過去11回分の記録があります)
ソウル・サーチン・ウェッブ: http://www.soulsearchin.com/

EVENT>ANNOUNCEMENT>Gumbo's Ear Vol.12

投稿者 吉岡正晴 : 02:55 AM | コメント (0)

July 29, 2007

Fukamachi Jun Keyboard Party #79: He's Free At Last

【誰も彼をクビにできない】

自由。

「録音するのも自由、録画してもらうのも自由、写真とってもらってもいい。携帯の電源切らなくてもいいです」 深町純はことあるごとにそういう。「僕は、何々をしてはいけない、と言われるのが大嫌いでね。もし僕の理想の国家があるとすれば、それは法律がない国でしょう。何々をしてはいけないと誰も言わずとも、成り立っていれば、それは素晴らしい。法律などでいろいろと決めなければならない、してはいけないことをたくさん決めなければならない、というのは、国民のレベルが低い、と、僕は思う」
 
恵比寿アートカフェから引っ越して祐天寺の深町さん本人のカフェ「FJズ」でのキーボード・パーティーになって2度目。通算79回目。

トークの中で意外な過去が明かされた。銀座の高級レストラン「マキシム」で学生時代にピアノを弾くアルバイトをしていた、という。深町純は、人がしゃべっていたら、そのうるささに負けないよう、がんばって「俺のピアノを聴け」とばかりにピアノを弾く。そのアティテュードは昔から、今も変わらない。だから音も大きくなる。支配人が呼び出して彼に言った。「深町君、君のピアノはうるさいんだよ」 そこで彼はまもなくクビになった。

ホテル・ニューオータニのバーでもアルバイトをした。ホテルのバーといえば、ちょっとした誰もが知っているようなスタンダードを静かに弾いて、ムードを作っているのが普通だ。しかし、人の曲をやるのがあまり好きではなかった彼は、人がやらないことをやろうといろんな曲をアレンジすることを考えた。しかし、よくあるジャズ・スタンダードではつまらないので「赤とんぼ」のような童謡を自分なりのアレンジで、うるさくならないようにプレイした。するとまもなく支配人に言われた。「深町君、ホテルのバーっていうのはどういうところかわかってるのかね。紳士がこれから女性を口説こうとしているときに、童謡で里心つかれちゃ、困るんだよ」 そして、彼はクビになった。

彼は2001年1月から、恵比寿のアートカフェで即興演奏のピアノ・パーティーを月一回定期的に行ってきた。それは「うるさい」とも言われず、「里心つかれる」とも文句を言われず、前回から場所は変わったが現在まで79回を数えている。そして今、彼をクビにする者はこの世に存在しない。彼は自由だ。

■深町純オフィシャル・ウェッブ
http://www.bekkoame.ne.jp/~cisum/

■FJ’ズ オフィシャル・ウェッブ
http://fjs.fukamachi-jun.com/

■Setlist: Fukamachi Jun #79 @ FJ's, Yutenji, July 28, 2007 (Saturday)
セットリスト 深町純 キーボードパーティー第79回(第2回)

show started 19:47
01. 2007年7月28日19時47分の作品 (16:22)
02. 2007年7月28日20時19分の作品 (17.40)
03. 2007年7月28日お題拝借作品1.「え~、無理」(1.13)
04. 2007年7月28日お題拝借作品2.(2.30)
show ended 20:44

second set
show started 21:12
00. 「千の風になって」のリフ
01. 2007年7月28日21時29分の作品 (25.06)
02. 2007年7月28日21時54分の作品 (10.07)
show ended 22:05

■過去の音楽比率(ライヴ全体の中での音楽の割合を表します)(単位は%)

2005年11月 第一部 41.70 第二部 51.82
2005年12月 第一部 39.86 第二部 58.91
2006年01月 第一部 58.81 第二部 67.23
2006年02月 第一部 38.4  第二部 49.7
2006年03月 第一部 50.9  第二部 92.7
2006年04月 第一部 53.1   第二部 57.3
2006年05月 第一部 45.15 第二部 82.08
2006年06月 第一部 52.16 第二部 59.02
2006年09月 第一部 47.77 第二部 77.63
2007年01月 第一部 65.53 第二部 54.97
2007年02月 第一部 53.88 第二部 49.33
2007年04月 第一部 65.26 第二部 68.58
2007年05月 第一部 40.89 第二部 58.19
2007年06月 第一部(通し)64.78 (2時間50分)
2007年07月 第一部 66.23 第二部 66.45

(2007年7月28日土曜、祐天寺FJ'ズ=深町純ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Fukamachi, Jun
2007-92


投稿者 吉岡正晴 : 02:38 AM | コメント (0)

July 28, 2007

”Live M" Will Be Shooting

【ライヴM、ビデオ収録】

収録。

来る8月16日(木)、17日(金)に、東急田園都市線藤が丘駅前のピッツェリア「マルターノ」で行われるアコースティック・ソウル・サーチャーズ・フィーチャリング・シャンティーのライヴの模様がビデオ収録されることになった。ライヴ収録は、前回の『ソウル・サーチン:ザ・セッション~アレサ・フランクリン』を収録したレムTV。インターネットでの放映を考えている。『ソウル・サーチン』の関連イヴェントは、一応記録に残していこうというコンセプトで行っていく。

さて、その収録の下打ち合わせを「マルターノ」に出向いてしてきた。およそ1年ぶりにお店に来たが、ここが当日ライヴハウスになるかと思うと、なかなか楽しくなってきた。

このお店は店内のほかに、テラスがあって、そこは今回は当日予約なしで来られた方の立ち見席になる予定だが、ここに50インチか、もう少し大き目のプロジェクターを置いて、中の様子を映し出そうかという案もでてきた。

また入口が階段になっているのだが、そこにレッドカーペットでも敷いたらどうだ、とか、現場に行くと妙な案がどんどんでてくる。

大体のステージの位置と、テーブルの感じ、照明がどうなるかなどを見てきた。

この近くにはライヴハウスがないのだが、お店でこんどこういうライヴをやりますよ、というとけっこう興味を持つ方が多いという。確かに、この近くに住んでいたら、渋谷や目黒、果ては丸の内までライヴをわざわざ見に行くというのはかなり大変なこと。しかし、駅前に気軽に行けるライヴが聞ける場所ができれば、ちょっと帰りがけに寄っていこうかという感じになるかもしれない。しかし、すべてが初めてのことなので、一体どうなることか、こちらも期待がいっぱいだ。

追加公演の木曜日(8月16日)分も残り席が10席を切ったという。ご予約はお早めに。詳細は下記ウェッブへ。

■ライヴM 概要
http://blog.soulsearchin.com/archives/001891.html

+++++

ENT>MUSIC>LIVE>ANNOUNCEMENT>Live M

投稿者 吉岡正晴 : 04:22 AM | コメント (0)

July 27, 2007

Kishita Kohshi Will Sing 3 Songs On NHK-FM "Soul Music"

【木下航志NHK-FM『ソウル・ミュージック』にゲスト出演】

時々刻々。

シンガー、木下航志くんが、8月2日放送NHK-FM『ソウル・ミュージック』(毎週木曜午後11時~12時10分)にゲスト出演する。その収録があり、見学した。

NHKの502スタジオには、昔ながらスタンウェイのピアノがあり、毎日調律されている。これがなかなかいい音をする。本番前に、何曲か木下くんに練習がてら歌ってもらった。

番組内での弾き語り、当初は2曲の予定だったが、リハーサルのときに、8月の品川教会でのライヴで歌う予定曲をちょっと聞かせてもらっていたら、それを聞いたDJの尾臺さんがそれもやってください、とのことで急遽ライヴ3曲とあいなった。

2曲は、3月の『ソウル・サーチン』で歌った曲の一人ヴァージョン。『ソウル・サーチン』のイヴェントにいらした方、また本ブログを読まれている方ならご存知の曲だが、放送前なのでここでは曲名を書かないが、まったく違ったヴァージョンに仕上がっており、びっくりした。ものすごくシンプルながら彼の声が前面にでた、ちょっとゴスペル調の歌いまわしが印象的だ。『ソウル・サーチン』ではバンドだったが、ここではピアノの弾き語りということで、それにしてもこうも変わるかという感じ。

もう1曲は、8月の品川教会でのライヴで初お披露目の予定曲。僕が選曲を提案していたのだが、どれくらいできているか、ちょっと聴いてみたいと思ってやってもらった。元の曲(正確には彼に聞いてもらったCDのヴァージョン)は、ギターを主体とした夏向きのバラードで、ギターソロなども入る作品なのだが、これを見事にピアノに置き換えてやっている。大体、85-90パーセントくらい完成している感じだ。ちょっと英語の発音などで微調整が必要なのだが、この英語に関しては8月の第一週にブレンダ・ヴォーンじきじきの英語発音練習の日が一日か二日あるので、その特訓でかなりレベルがあがるだろう。

で、この問題の曲。最初、やったヴァージョン(これはもちろん録音されていない)と、本番用にやったヴァージョン(これは録音され、放送される)が、もうすでに微妙に違う。ちょっと裏声を使うところがあるのだが、そのアドリブが変わって、思わずおおっと感心した。なんか、日々、いや時々刻々、変化、成長、伸張している感じだ。

ということで、この曲は品川教会でのライヴが初披露のはずだったが、NHK-FMでのほうが世界初公開になった。

この模様は、次週2007年8月2日(木)午後11時からNHK-FM『ソウル・ミュージック』で放送されます。航志くんファンは、ぜひエアチェックの用意を。(笑) 

ENT>MUSIC>RADIO>FM>Soul Music
ENT>MUSIC>ARTIST>Kishita, Kohshi



投稿者 吉岡正晴 : 12:10 AM | コメント (0)

July 26, 2007

"Harlem Nights Vol.6" At Landmark Tower: "I Don't Repeat" Says Omar

(註、ネタばれがあります。これからごらんになる方は、あなたのリスクにおいてお読みください)

【『ハーレム・ナイツ第6回』、俺は繰り返さない~オマー・エドワーズ】

プライド。

このところすっかり夏休みの横浜の風物詩のひとつとなった感のあるイヴェント『ハーレム・ナイツ』。数えて6回目。今回もさっそく初日を見た。昨年はアリソン・ウィリアムスだった。もうあれから、1年か。なんと早いこと。今年は、ヴォーカルのロイとタップダンスのオマー以外はメンバー一新。すでに全公演ほぼ満席であとは立ち見だけだという。もはや、『ハーレム・ナイツ』というイヴェントに観客が来ていることは間違いない。年齢層も10代から60代くらいまで、男女比も半々くらい。年配の男性、女性が多いのが特徴だ。

音楽的には、アジザ(Aziza)というアーティスト名で活動している女性が、音楽ディレクターとしてバンドをまとめていた。が、実はこのアジザ、以前リンダ・ウィリアムスという名前で、アリスタで1979年に『シティー・リヴィング(City Living)』というアルバムを出していた人物。最近では、ナタリー・コールのツアーの音楽ディレクターを担当したりしていた、という。日本は初めて。ナタリーの歌で知られる「ラ・コスタ」は、彼女の作品ということで、彼女も演奏していた。

最初のシンガー、マーベルはミシシッピー生まれニューヨーク在住の本格派女性R&Bシンガー。かなり力はある。迫力もあり、ゴスペルに根ざしたシンガーで安心して聴ける。日本にも数回来日したことがある、という。そのうちの1回はブルーノートのレジーナ・ベルのバックコーラスを担当したそうだ。

第二部、最後にでてくるロイは昨年もでていたが、いきなり、バリー・ホワイトばりの低音で迫ってきた。他に、サム・クック、オーティス・レディングなどのオールド・スクールものをこなした。

しかし、この日のハイライトはやはりタップ・ダンスのオマー・エドワーズだ。

下記セットリストの11「イントロ」では舞台下手(観客席から見て左手)にちょっとしたボックスがあり、その下の部分だけがあいている。そこから白いスーツの足元だけが見えるようになっている。その足元だけがタップを踏み、まもなく、全身を現す。なかなかやるものだ。

オマーのタップは、体の中心線がぶれない。それにしても、いろいろなアイデアを次々と出してくる。タップのアイデアの総合デパートだ。ロナルド・アイズレーなみのステッキを持って床を叩く。パンパンパンと実に心地よいリズム感あふれる音が響く。(下記セットリストで14)

そして、舞台下手から2メートルくらいの写真パネルが登場した。ちょっと遠めからはわからなかったが、そこに映っていたのは、あの伝説のボクサー、モハメド・アリだった。そして、そのパネルの裏に行ったオマーがそこから出てくると、彼はボクサー・パンツだけを履いて完璧にボクサーになって登場した。いきなり、ボクシングをしながら、タップだ。ボクサー、タップダンサー。なんという斬新なアイデア。彼の手にかかると、いや、足にかかると、どんなことでも、タップになってしまうのだな、と痛感した。

第二部で「僕のかあちゃん、アフリカから来た」といいながら、はだしのタップに。(下記セットリスト18)(なぜ裸足かは過去記事をごらんください)

ただ、バンド全体、オマーもまだ初日ということもあってか、全開という感じはしなかった。おそらく、2-3日すると、徐々にギアもトップに入り、もっともっとすごいものになっていくのだろう。

ライヴが終わると、すぐにシンガー、ミュージシャンたちが出てきてお客さんと写真を撮ったり、サインをしたりしてくれる。こうしたフレンドリーなところも、とてもすばらしい。

オマーがでてきたので、さっそく声をかけた。「去年も、おととしも見ましたよ」というと、ほんとなのか「君のことを覚えてるよ」といい、いきなり、「モハメド・アリはわかったか?」ときいてきた。「ボクサーのところ?」 「そうだ、あれはアリなんだよ」 「ああ、なるほど~~」 「アリのダンスだ」 「ああ、そうだ、アリはいつも自分のボクシングをダンスだと言っていたもんね」 「そうなんだ。みんなわかったかなあ」 「いや、わからないんじゃないか。はっきり、言葉で言ったほうがいいよ、トリビュート・トゥ・モハメド・アリとか」 「なんで、またアリを?」 「彼の夢を見たんだ。去年くらいかな。それでやることにした」

彼の周りにも写真やサインを求める人たちが集まり、一息あって、「僕はあなたの『ニューズペーパー』のパフォーマンス(2年前に見せた演目)が大好きなんだ。またやらないの?」と尋ねた。「おお、あれか。気に入ってくれてるのか。だが、俺は(同じことは)繰り返さないんだ(I don't repeat)」ときっぱり。なるほど、それゆえ、次々といろいろなアイデアを無尽蔵に、そして惜しげもなく出してくるのか。「でも、いつかじゃあ、君のためにやるよ」 ほんとなのか。(笑)

この『ハーレム・ナイツ』の目玉の出し物がオマー・エドワーズのタップに、まちがいなくなっている。タップやダンスに興味がある人たちにお勧めだ。しかも、毎回すべての出し物が違うところがすばらしい。

「アイ・ドント・リピート(俺は繰り返さない)」に、オマーのプライドが光る。

■ライヴは、7月25日(水)から29日(日)まで、毎日。詳細は下記ランドマーク・タワー・ウェッブへ

問い合わせ先 ランドマークホール:TEL 045-222-5050 (月~金 10:00~17:00) ランドマークプラザ:TEL 045-222-5015 (月~日 11:00~20:00)

■横浜ランドマークタワー公式ページ
http://www.yokohama-landmark.jp/event/details/0707_harlem.html

■過去3回のライヴ評

July 28, 2006
Harlem Nights Vol.5: Alyson Williams Sings Wide Variety Of Music, Omar Edwards Taps With New Idea
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200607/2006_07_28.html

July 29, 2005
Harlem Nights: Omar Edwards, Barefoot Tap Dancer
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200507/2005_07_29.html

2004/07/31 (Sat)
Harlem Nights III: Bring Your Cake For Lonnie's Birthday
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200407/diary20040731.html

■メンバー 

Omar Edwards (Tap Dancer)

Aziza (Linda Williams) (Keyboards, Musical Director)
Marbel Allen (Singer)
Roy Bennett (Singer)
Mike Grey (Trombone)
Sly Scott (Sax)
Emanuel Chulo Gatewood (Bass)
Alex Alexander (Drums)

Setlist: Harlem Nights Vol.6 @ Landmark Hall, July 25, 2007
セットリスト: ハーレム・ナイツ Vol.6 @ランドマーク・ホール
( ) indicates songs' original acts or the acts who make the song popular

show started 19:03
-band-
01. Do Re Mi
02. Party People
03. La Costa (Natalie Cole)
04. Knocks Me Off My Feet (Stevie Wonder)
-Marbel Allen-
05. For Your Love
06. Moondance
07. What A Difference A Day Makes (Esther Phillips, others)
08. You Don't Know What Love Is (Standard-1941)
09. Love For Sale (Cole Porter)
10. My Favorite Thing (From The Sound Of Music)
-Omar Edwards-
11. (Intro) Call The Law
12. Minnie The Moocher (Cab Calloway)
13. Reasons (Earth Wind And Fire)
14. Puttin' On The Ritz (Ko Kaine) (Harry Richman)
15. The Greatest Dancer (A Tribute To Muhammad Ali)
show ended 20:23

Second set
show started 20:46
-Omar Edwards-
16. I Feel Hornsy (with sax and trombone players)
17. Entourage/Cuban B
18. Wind For Me
19. Jammin (cross battle with drummer and tap dancer)
20. You Don't Know My Name (Alicia Keys)
-Roy Bennett-
21. I'm Gonna Love You Just A Little More Baby (Barry White)
22. Can't Get Enough Of Your Love, Babe (Barry White)
23. (What A) Wonderful World (Sam Cooke)
24. Chain Gang (Sam Cooke)
25. Love TKO (Teddy Pendergrass)
26. Only You (Teddy Pendergrass)
27. I've Been Loving You Too Long (To Stop Now) (Otis Redding)
28. (Sittin' On) The Dock Of The Bay (Otis Redding)
29. (Get Up I Feel Like Being Like A) Sex Machine (James Brown)
30. It's A Man's Man's Man's World (James Brown)
31. I'll Take You There (Staple Singers)
32. I Believe I Can Fly (R Kelly)
-all-
33. Amen (Impressions, Otis Redding, etc)
performance ended 21:48
show ended 21:50

(2007年7月25日水曜、横浜ランドマーク・ホール=ハーレム・ナイツ VOL.6)
ENT>MUSIC>LIVE>Harlem Nights Vol 6
ENT>MUSIC>LIVE>Edwards, Omar
ENT>MUSIC>LIVE>Allen, Marbel
ENT>MUSIC>LIVE>Bennett, Roy
2007-91


投稿者 吉岡正晴 : 03:10 AM | コメント (0)

July 25, 2007

Ron Miller Dies At 74

【モータウン初の白人ソングライター、ロン・ミラー死去】

名作。

モータウンのスタッフ・ソングライターとして数々のヒット曲を書いてきたソングライター(主に作詞)、ロン・ミラーが去る2007年7月23日(月曜)、サンタモニカのUCLAメディカル・センターで亡くなった。74歳。ミラーは長く肺がん、肺気腫を患っていた。

ロン・ミラーは、1932年シカゴにロナルド・ノーマン・グールドとしてスーとハリー・グールド夫妻の3人兄弟の長男として生まれた。母スーが最初の父と離婚し、再婚したのがジョー・ミラーという人物で、そのため、ロン・ミラーとなった。初めて自作の曲を書いたのは5歳のときで、そのときは、戦争に行っている父への思いを記した、という。

1960年代の初期、シカゴのピアノ・バーで弾き語りをしていたある日、彼が歌う曲ごとに5ドルものチップをくれる人物がいた。その人物は、ロンの歌や彼が書いた自作曲に感銘し、自分が始めた新しいレコード会社のスタッフ・ライターにならないかと誘ってきた。その人物こそ、モータウンを始めたばかりのベリー・ゴーディー・ジュニアだった。

それまで、ロン・ミラーは、音楽では食べることはできず、洗濯機のセールスマンや、さまざなアルバイトをしていた。アメリカ海軍に入隊し、海軍時代には世界各国に行ったという。そんなミラーにとって大好きな音楽を書くだけで生活ができるなどということは夢のような話だったので、すぐにミラーは一家でシカゴからデトロイトに引っ越した。ミラーは、そのときモータウンにやってきた初の白人のソングライターだった。彼の作品は、スティーヴィー・ワンダー、ダイアナ・ロスなどモータウンのアーティストにレコーディングされヒットするが、そうした作品が他のアーティストによっても多数カヴァーされた。

有名な作品にはスティーヴィーの「フォー・ワンス・イン・マイ・ライフ」、「ア・プレイス・イン・ザ・サン(太陽のあたる場所)」「イエスタ・ミー・イエスター・ユー・イエスターデイ」「ヘヴン・ヘルプ・アス・オール」、また、ダイアナ・ロスの「タッチ・ミー・イン・ザ・モーニング」(マイケル・マッサーと共作)、シャーリーンの「アイヴ・ネヴァー・ビーン・トゥ・ミー(愛はかげろうのように)」、カール・アンダーソンなど多くのヴァージョンが録音されている「イフ・アイ・クド」などがある。

「フォー・ワンス・イン・マイ・ライフ」は、スティーヴィー・ワンダーとトニー・ベネットのデュエットで、2006年度グラミー賞「ベスト・ポップ・コラボレーション」、「ベスト・インストゥルメンタル・ヴォーカル付き」を受賞した。

1970年代には、多くのミュージカル作品『ダディー・ゴッドネス』『チーリー』などをてがけた。

メジャーの野球チーム、シカゴ・カブスの熱狂的なファン。

メモリアル・サーヴィスは8月4日に行われる。

ところで、彼の娘のリサ・ドーン・ミラーはシンガーとして活動しており、デビュー・アルバム『フライ・アウェイ』がこの6月にリリースされた。このアルバムには父ロン・ミラーの作品などが収録されている。

■リサ・ドーン・ミラーのサイト(英語)

http://www.lisadawnmiller.com/

■関連記事

ロン・ミラーの傑作曲のひとつ「イフ・アイ・クド」をめぐるひじょうにいいストーリー

カール・アンダーソン『人生で一番高い買い物』
http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/story/anderson199501.html

2004/02/27 (Sat)
Carl Anderson Dies At 58: The Most Memorable Interview I've Ever Done
http://www.soulsearchin.com/entertainment/obituary/diary20040227.html

2002/10/08 (Tue)
If I Could
「イフ・アイ・クド」についての日記

http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200210/diary20021008.html

■関連CD

◎スティーヴィー・ワンダー 『フォー・ワンス・イン・マイ・ライフ』

フォー・ワンス・イン・マイ・ライフ\
スティーヴィー・ワンダー
ユニバーサルインターナショナル (2005/04/29)
売り上げランキング: 103641

◎シャーリーン 『愛はかげろうのように』

愛はかげろうのように
シャーリーン
ユニバーサルインターナショナル (1992/12/02)
売り上げランキング: 23146

◎レイ・チャールズ 『ジーニアス・ラヴズ・カンパニー』 (グラディス・ナイトとのデュエット「ヘヴン・ヘルプ・アス・オール」を収録)

bottom:0px;">

ジーニアス・ラヴ ~永遠の愛\
レイ・チャールズ ノラ・ジョーンズ ジェームス・テイラー ダイアナ・クラール エルトン・ジョン ナタリー・コール ボニー・レイット
ビクターエンタテインメント (2004/08/25)
売り上げランキング: 37460

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ENT>OBITUARY>Miller, Ron / July 23, 2007 (74)

投稿者 吉岡正晴 : 12:01 AM | コメント (0)

July 24, 2007

Andrea True Connection's "More More More" Story

【「モア・モア・モア」誕生秘話】

ひょうたん。

来月(2007年8月)ビクターからリリースされる『ディスコ・チャンピオン・リミテッド』というディスコヒットのオムニバスの解説原稿を書いていて、その中におなじみの「モア・モア・モア」があり、いろいろ調べていたらこの曲のおもしろい誕生秘話がでてきた。ライナーノーツではほんの200字程度しか書けないので、このブログでご紹介したい。

この「モア・モア・モア」は、アンドレア・トゥルーという元ポルノ映画スターが歌って放ったヒット。全米では1976年2月からヒットし、ソウルで23位、ポップで4位、ディスコで2位を記録、ゴールド・ディスクになっている。この他に「ニューヨーク・ユー・ガット・ミー・ダンシング」などのディスコ・ヒットがあり、アルバムも3枚出している。

さて、アンドレア・トゥルーは、これまで1952年5月29日テネシー州ナッシュヴィル生まれとされていた。ジョエル・ウィットバーン著のチャートブックではいずれもこの生年月日が紹介されている。ところが、今回調べたところ、アメリカのウィッキペディアによると、ナッシュヴィルは同じなのだが、なんと1943年7月26日生まれとなっているではないか。9歳も違う。しかも、月日もぜんぜん違う。一般的に生年月日は古いほうが真実に近いので、これは彼女は9歳ほどサバを読んでいたのであろうか。まず、これに驚嘆。

彼女はナッシュヴィルの保守的なセント・セシリア・アカデミーという学校で寄宿舎生活をしていた。ここを1956年に卒業。これが本当であれば、1952年生まれはありえない。また1943年生まれでも、13歳だ。もし18歳で卒業していれば、さらに5歳増え、1938年あたりになってしまう。あるいは成績優秀で飛び級で早く卒業できたのかもしれないが。卒業年がもう少し後ろなのか。どうも、このあたりのバイオグラフィーは信頼性に乏しい。

いずれにせよ、卒業後、彼女は映画スターを夢見てニューヨークに向かう。いくつか、小さな役を得ることが出来たが、大きな役は取れなかった。そんな失意の頃、彼女の元にポルノ映画出演の話が舞い込み、これを受ける。以降彼女は多数のポルノ映画に出演、50本以上のポルノにでて、そのほとんどがX指定だ。

生年から考えると、1950年代後半か1960年代の話と思えるが、インターネット・アダルト・フィルム・データベース(しかし、すごいデータベースがあるものだ=(笑))を調べると、彼女がアクティヴだったのは、1971年から1983年くらいまでとある。そして、作品リストがどっとでてきた。28歳で初出演だと1943年生まれになる。この時代、いくつか芸名を持っていた。たとえば、「インガー・キッシン」「アンドレア・トラヴィス」「シン・ロウ」「シング・ロウ」などだ。

さて、1975年、アンドレアはジャマイカの不動産会社のCMに出演することになり、その撮影のために、ジャマイカに向かった。ところが彼女がジャマイカ滞在中に、政治的な変革で、国外への外貨持ち出しが禁止されてしまった。つまり、CMを撮影してもそのギャラをアメリカに持って帰れないというのだ。

そこで彼女は一計を案じた。以前から知り合いだったニューヨークの音楽プロデューサー、グレッグ・ダイアモンドに連絡し、ジャマイカで曲をレコーディングして、そのマスターテープを持って帰ろうというのだ。テープであれば、現金ではないので、国外に持ち出せる。もらったギャラを、当地のミュージシャンたちへのギャラ、スタジオ代などで使ってしまおうというアイデアだ。

グレッグは、急にふってわいた話だったが、とりあえず歌なしのインストゥルメンタル・トラックだけをいれたマスターテープを持ってジャマイカにやってきた。そこで、アンドレアとともに急遽歌詞を書き、現地のホーンセクションなどのミュージシャンを起用してレコーディングを完成させた。

無事このマスターテープをアメリカに持ち帰ったアンドレア・トゥルーとグレッグ・ダイアモンドは、まだミックス(トラックダウン)前のマスターを、「ディスコ・ミックスの父」ことトム・モウルトンに聴かせた。トムはこの作品を気に入り、ミックスをすることを引き受け、「モア・モア・モア」は、「ア・トム・モウルトン・ミックス」で完成。

これは1976年1月に12インチが配布され、瞬く間にディスコで話題を集め始め、ディスコ、ソウル・ラジオ、はてはトップ40でも大ブレイクした。現金を持ち出すことができなくなったおかげでジャマイカでレコーディング・セッションを行い、それが大ヒットに結びついたのだから、音楽の神様はどこでどう微笑むかわからない。まさにひょうたんから駒だ。

アンドレア・トゥルーはその後もディスコを狙った作品をだし、デビュー作に収録されていた「ニューヨーク・ユー・ガット・ミー・ダンシング」などは、ディスコでも大いに受けていた。

3作目がヒットしなかった後、アンドレアは一時期ポルノ業界に戻ろうとしたが、30代中盤を越えていた彼女にはなかなか仕事はこなかった。一方、彼女は喉におおきな腫れ物が出来る病気にかかり、結局、手術をする。このことによって、歌手生命も絶たれ、その後は静かにプライヴェート・ライフを送っていた。

それからおよそ20年後、1999年、カナダのグループ、レンが「モア・モア・モア」のリフを使い、「スティール・マイ・サンシャイン」という曲をヒットさせたことから、再びアンドレアも脚光を浴びることになった。これを機に彼女は「あの彼らは今どこへ」といったテレビ番組などで取り上げられるようになる。VH1が作成した「100グレイテスト・ダンス・ソングス・イン2001」で45位に選出されたり、「VHS1・100グレイテスト・ワンヒット・ワンダー・イン2003」に選出されたりしていた。

その中で、彼女は、「人々に快感を与えた人物として覚えておいてもらいたい。私の音楽でね」といったコメントをしている。ポルノではなく、音楽で快感を与えた、というところがおもしろいところだ。

彼女は現在はフロリダ在住で、星占いなどをしたり、ドラッグ中毒者に対するカウンセラーなどを行っている、という。1943年7月26日生まれだとすると、まもなく64歳である。

■アンドレア・トゥルー・コネクションの『モア・モア・モア』

More, More, More: The Best of the Andrea True Connection
The Andrea True Connection
Capitol (1997/08/26)


ENT>MUSIC>SONG>STORY>More, More, More
ENT>MUSIC>ARTIST>True, Andrea Connection



投稿者 吉岡正晴 : 01:20 AM | コメント (0)

July 23, 2007

"Fortunate Son" Is Book About Bush, Too

【ブッシュ大統領のことを書いた本のタイトルも『フォーチュネイト・サン』】 

慧眼(けいがん)。

「フォーチュネイト・サン」について書いたが、その後わかったのだが、同名の本がでていた。『Fortunate Son: George W. Bush and the Making of an American President 』という現在のブッシュ大統領のことを書いた本。もちろん、親が元大統領のブッシュ、その息子のブッシュは現大統領、まさに曲が歌うところの「フォーチュネイト・サン(幸運な息子)」である。

この本は、2001年に全米発売されたときに、ブッシュ側が発売を差し止めようとしたらしく、10万部が回収されたらしい。現在はペーパーバックなどで発売されている。ブッシュ家の暗部がかなり暴露されているようだ。特にブッシュが最初に石油ビジネスを始めようというときに資金援助をしたのが、ビンラディンのアメリカ代表のような人物だったというあたりはかなり衝撃的。日本版もでている。日本語のタイトルは、『幸運なる二世ジョージ・ブッシュの真実 』。

幸運なる二世ジョージ・ブッシュの真実\
J.H. ハットフィールド James H. Hatfield 二宮 千寿子 真喜志 順子 渋谷 正子
青山出版社 (2001/04)
売り上げランキング: 660873

ところで、「フォーチュネイト・サン」の曲については、アメリカでは、これが誰を指しているのかという話題がでたそうで、たとえば、現在のブッシュ大統領や、アル・ゴアなども上院議員の息子というジャンルで語られることもあるようだ。ただ、この曲を書いたジョン・フォガティーは、一昨日までのブログに書いたとおり、ニクソンとその周辺をイメージして書いていた。もちろん、1969年のことなので、ブッシュの息子などは、まだテキサス州知事にもなっていない。

しかし、この曲が言わんとすることは、1969年に書かれたことであっても、見事に現在にも当てはまるところがすごい。ヴェトナム戦争が、湾岸戦争に、あるいは、イラク戦争に名前が変わっただけだ。イラクに行く米国の兵士にとっては、まさにこの「フォーチュネイト・サン」は、その通りだと強く同意する作品であろう。作者のジョン・フォガティー、まさに慧眼(けいがん)である。

そして、さらにいろいろ調べているとウォルター・モズリーという黒人作家がいて、彼もまた「Fortunate Son」という本を出していることがわかった。これは生まれながらに病気をもったベイビーが成長していく話。2006年に全米で出た。日本版はまだない。

いやあ、『ダイ・ハード』の「フォーチュネイト・サン」からここまで引っ張るとは思わなかった。(笑) もう打ち止めにします。

ENT>MUSIC>SONG>Fortunate Son
ENT>MUSIC>ARTIST>CCR
ENT>MOVIE>Die Hard 4.0


投稿者 吉岡正晴 : 04:16 AM | コメント (0)

July 22, 2007

Koko Taylor Live: Queen Of Blues & Shun Kikuta

【ココ・テイラー・ライヴ】

貫禄。

「ワン・アンド・オンリーのクイーン・オブ・ブルーズは誰だあああっ??」 観客が答える。「コ・コ・テイラー!!」 さらに煽って「ワン・アンド・オンリーのクイーン・オブ・ブルーズは誰だあああっ??」 より大きな声で観客が答える。「コ・コ・テイラー!!」 

ヴェテラン女性ブルーズ歌手、ココ・テイラーの1991年5月以来16年ぶり2度目の来日公演。今回はバックにわれらが日本代表のブルーズマン菊田俊介が入っている。彼は2001年からココのバンドに入っていて、シカゴを本拠に全米のブルーズ・サーキットを回っている根っからのブルーズ・ギタリストだ。フィールドは違えどイチローよりも前に、アメリカに渡り、本場のブルーズの現場に飛び込んだ。ボストンのバークリー音楽院に入った1986年からアメリカにいるので、在米21年という。

ライヴは、確かなリズムにのりのいいブルーズ・サウンドで、後半は踊りだす観客も。この日は、渋谷デュオに席を作ってゆったり見られるようになっていた。観客の年齢はさすがに高いがそれでもかなりの数の20代から30代の人もいた。また驚いたのが約2割以上は女性だったこと。

5曲約45分ほどバンドがウォームアップして、いよいよココの登場。銀ラメのジャケット、それにおそろいの帽子、黒いパンツといういでたちで貫禄十分。次々とのりのいいブルーズを歌う。1928年(昭和3年)生まれというので今年の9月の誕生日で79歳になるらしいが、それにしては元気。(なお、生年については他にもいくつかある) 一時期体調を崩したというが、そんなことは微塵も思わせない。

別にこの日のギグが特別なものではないだろう。彼らにしてみれば、普通のいつものライヴだ。だが、そんなあたりまえの日常のライヴ、その約90分、渋谷がシカゴのサウスサイドになった。

再会。

こんなライヴをシカゴまで行かなくても自宅から30分のところで見られるというだけでも、お得感いっぱいだ。そして、アフリカン・アメリカンの中にただひとり、日本人の菊田俊介がいるというだけでも、嬉しい。

ライヴ後、すぐにミュージシャンたちがでてきたが、菊田さんとは11年ぶりの再会。(前回の来日時は、会えなかった) 1996年に、僕がシカゴに行ったときに街を案内してもらった。そのときは、彼がその夜プレイするサウスサイドのあやしげなブルーズ・バーにつれていってもらった。あのときの菊田さんもかっこよかったなあ。しかし、彼のブログやCDなども聴いているので、あんまり11年ぶりという感じもしない。

ところで、下記オフィシャル・ウェッブのスケジュールのところを見ていたら、今日22日(日)の日比谷野音での「ジャパン・ブルーズ・アンド・ソウル・カーニヴァル」出演後、23日(月)にシカゴでのギグが入ってるではないか。(笑) すごいスケジュールだ。まあ、日本時間日曜にライヴを終えて、23日朝のシカゴ行きに乗れば、シカゴの同日23日(月)の昼過ぎには着く。夜のライヴには間に合うというわけだ。すごい。がんばれ! 

早くからアメリカに渡ったギタリストといえば、もうひとり山岸潤史さんがいるが、最近どうしてるかな。

■菊田俊介オフィシャル・ウェッブ

http://www.shunkikuta.com/japanese/

■菊田俊介最新作

Rising Shun
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菊田俊介
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■ココ・テイラー最新作

オールド・スクール
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ココ・テイラー
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■ココ・テイラーは今日「ジャパン・ブルーズ・アンド・ソウル・カーニヴァル」に出演

JAPAN BLUES & SOUL CARNIVAL '07
出演:ココ・テイラー/ローリー・ベル/吾妻光良&スウィンギン・バッパーズ/マダムギター長見順
日程 7月22日(日)開場15:00/開演15:45
会場 日比谷野外音楽堂
料金 ¥7,000(全席指定・税込) ※雨天決行
お問い合わせ M&I カンパニー 03-5453-8899

■メンバー

Koko Taylor (vocal)
Shun Kikuta (guitar)
Melvin Smith (bass)
Sonny "A Train" Edwards (keyboards)
Calvin “Vino” Louden (guitar)
Rick (drums)

■Setlist : Koko Taylor & Blues Machine @ Shibuya Duo, July 20th, 2007
セットリスト ココ・テイラー 渋谷デュオ 2007年7月20日(金)

show started 19:05
-Band-
01. (If You're Gonna) Love Somebody
02. Never Make You Move Too Soon
03. Help Me (Sonny Boy)
04. Little By Little (Jr. Wells)
05. I Just Want To Make Love To You (Willie Dixon)
-Koko Taylor-
06. Let The Good Times Roll
07. Ernestine
08. Come To Mama
09. I'm A Woman
10. Jump For Joy
11. Wang Dang Doodle
Enc. Sweet Home Chicago
show ended 20:40

(2007年7月20日金、渋谷デュオDUO=ココ・テイラー・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Taylor, Koko
2007-90


投稿者 吉岡正晴 : 03:10 AM | コメント (0)

July 21, 2007

"Fortunate Son" Story (Part 2): "Die Hard 4.0" Saga Continues 

(昨日からの続き)

【「幸運な息子」(フォーチュネイト・サン)物語(パート2)】

混迷。

ジョン・フォガーティーは、この曲についてこう語っている。

「これはニクソン(大統領)と自分の戦いのようなものなんだ。つまり、権力を持つ者、すべてをもっている者たちとの対決だ。ワシントンに住む連中に対して、僕は大きな車に乗っていて、とても尊敬できるような連中ではない、ネガティヴなイメージを持っていた。ヴェトナム戦争のとき、(人は行かせるのに)自分たち自身は戦争に行かないような連中だ。ドゥワイト・アイゼンハワー(大統領=34代)の孫デイヴィッドのことを思い浮かべていた。彼はニクソンの娘ジュリーと結婚していて、彼らはいかにも金持ちの家のおぼっちゃま、おじょうさまのようだった。

いずれにせよ、最初にバンドにこの曲を聴かせたときはまだほとんど歌詞はできていなかった。コード進行とエネルギーとタイトルの『フォーチュネイト・サン』があったくらいだ。

そして、ベッドルームにいって、フエルトペンでレポート用紙に歌詞を書き始めた。すぐに、it ain't me, I ain't no fortunate son(俺じゃあない、俺は幸運な息子、恵まれた息子じゃない)というフレーズがでてきた。心の中で叫んでいた。声にはださなかったが、3ページにわたって(歌詞を)書いた。ほんの20分くらいで全部書けたよ。

まさに、ニクソンがインスピレーションを与えてくれた作品だ。彼は『名誉ある平和』『わが国を、愛するか、去るか』なんてことを言っていたが、今やこの男がまちがいなく悪魔だったことをみんな知っている」

「1969年当時、国民の8割は戦争肯定派だったんだ。だが、事実を注意深く見守っている連中は、まちがいなく大きなトラブルに向かっていると考えていた。僕はニクソン支持でもなかったし、政治家の息子たちが戦争に行かないことも知っていた。僕はその頃23歳で、なんでもない普通の若者たちは、彼ら自身が戦争反対の考えをもっていても戦争に行かなければならないのに、権力者の息子たちはそんなことすら考えなくてよかったんだ。彼らは恵まれていたよ、幸運だったんだ。そういう連中は「(戦争は)アメリカのためになる」と言っていたが、その子供は誰一人戦場には行っていない」(コメントは、クリーデンスの非公式バイオ・ブックに掲載されたジョンのもの)

戦争肯定派と反戦派。それぞれが入り混じった1969年。混迷の時代の傑作だ。

というところで、「フォーチュネイト・サン」の訳詞を「ダイ・ハード・ヴァージョン」でやってみました。(冒頭の4行の部分は、ダブルミーニングです)

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Fortunate Son (John Forgerty)
フォーチュネイト・サン(ダイ・ハード・ヴァージョン訳詞)
訳・ザ・ソウル・サーチャー
(オリジナルの歌詞は7月19日付けにあります)

生まれながらに愛国心いっぱいの連中がいる
(生まれながらに国旗を振るのが大好きな連中がいる)
共産主義者でも、保守派でも、無党派でも
(その星条旗の色は赤、白、青)
バンドが『ヘイル・トゥ・ザ・チーフ』(大統領のために演奏する楽曲。チーフ=大統領に忠誠を、といった意味)を奏でるとき、国は実はおまえに大砲を向けてくるんだ、神様

俺は違う、俺は国会議員の息子なんかじゃない
俺はぜんぜん恵まれてない、俺は世界一運のない男

金持ちの家に生まれる連中もいる
奴らを助けることなんかない
税務署が(金持ちの家に)来たときは、家は投売り後のようにもぬけの殻さ

俺は違う、俺は大金持ちの息子なんかじゃない
俺にはツキがない、俺は世界一運のない男

熱烈なアメリカ愛国の魂を持った連中がいる
でも、そんな連中はおまえたちを戦場に送り込むだけ
国民がどれだけ(戦場に)人を送ればいいかと尋ねれば
彼らは答える。「もっと、もっと、もっと(多くの国民を)」と。

俺は違う、俺は軍人の息子じゃない
俺にはツキがない、俺は世界一運のない男

俺にはツキがない、俺は世界一運のない男
ツキがない、俺は世界一最悪の、不幸の星の元に生まれた男なんだ

(訳・ザ・ソウル・サーチャー)

■「フォーチュネイト・サン」収録のCCRの傑作アルバム、通算4作目『ウィリー・アンド・ザ・プア・ボーイズ』

Willy and the Poor Boys
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posted with amazlet on 07.07.19
Creedence Clearwater Revival
Universal (1990/10/25)
売り上げランキング: 20165

ENT>MUSIC>SONG>Fortunate Son
ENT>MUSIC>ARTIST>CCR
ENT>MOVIE>Die Hard 4.0

投稿者 吉岡正晴 : 12:10 AM | コメント (0)

July 20, 2007

"Fortunate Son" Story (Part 1): "Die Hard 4.0" Saga Continues 

(昨日の『ダイ・ハード4.0』からのつづき)

【「幸運な息子」(フォーチュネイト・サン)物語(パート1)】

反戦。

昨日『ダイ・ハード4.0』のエンディングで、CCR(クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル)の「フォーチュネイト・サン」がかかったのを機に、彼らのベストCDをひっぱりだして聴いた。

そのCCRは、1960年代後期のまさにアメリカの気分を表現していたグループだ。ヒッピー発祥の地、サンフランシスコを本拠に活躍したが、音楽的にはアメリカ南部のスワンプ・ロック、黒人のブルーズ、ソウルなどの影響を多大に受けていた。

その頃のヒッピーは、反戦、反体制が主流で、クリーデンスもそうしたヒッピー、反体制のスピリットを持った作品を多くだした。この「フォーチュネイト・サン」も反戦歌的側面をもつし、彼らの大ヒット曲「ハヴ・ユー・エヴァー・シーン・ザ・レイン(邦題、雨をみたかい)」は、ヴェトナム戦争への明らかな反戦歌だった。

この「フォーチュネイト・サン」は、これまでにもいくつかの映画で使われていた。たとえば、『フォーレスト・ガンプ』で、またワイクリフ・ジーンのカヴァー・ヴァージョンが映画『マンチュリアン・キャンディデート』でも使われている。

カヴァーも、ワイクリフ・ジーン以外にも、ボブ・シーガー、パール・ジャム、U2、.38スペシャル、ブルース・スプリングスティーンなどが歌っている。

さて、「フォーチュネイト・サン(幸運な息子、恵まれた息子)」について調べてみると、けっこうおもしろかったのでご紹介したい。

この「幸運な息子」とは、1969年当時戦争が激しさを増して、全米の若者たちが次々徴兵されていたときに、有力政治家の息子や金持ち、権力者の息子たちはコネによって、徴兵を免れたり、徴兵されても前線ではなく比較的安全な場所に配属されるよう裏で話をつけられていたことについて歌っている。

曲の作者であり、クリーデンスのリード・シンガー、ジョン・フォガティーはこの曲のモデルをアイゼンハワー大統領(第34代)の孫、デイヴィッド・アイゼンハワーのことを想定して書いたという。そのデイヴィッドは1968年12月、リチャード・ニクソン大統領(第38代)の娘ジュリー・ニクソンと結婚した。デイヴィッドは、そうした特権を利用していわゆるネイヴィー・リザーヴ(予備兵役軍)という前線ではなく比較的安全な職務についた。

この曲自体は、もともと徴兵される男の目線で書かれたもの。そして、ヴェトナム戦争反対の立場でもある。しかし、すでに前線に行った兵士たちには士気を上げ、がんばるよう応援の意味がある。結局は国会議員の息子ではないために、戦場に送られてしまった不運な男の視点での歌になっている。

(この項、明日へ続く。明日のブログでは『フォーチュネイト・サン』の訳詞をお送りします)

ENT>MUSIC>SONG>Fortunate Son
ENT>MUSIC>ARTIST>CCR
ENT>MOVIE>Die Hard 4.0

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投稿者 吉岡正晴 : 12:41 AM | コメント (0)

July 19, 2007

Hey, Hey, John McClane Never Dies: He's Fortune One At The End

【ジョン・マクレーン君は世界一不運の男か幸運の男か】

幸運。

公開中の映画『ダイ・ハード4.0』を見た。

ダイ・ハード・マン、ジョン・マクレーン(ブルース・ウィリス)が、護送中のコンピューター・ウイザード(コンピューターの天才)のマット・ファレル(ジャスティン・ロング)と車で移動している。カーラジオから、CCRの「フォーチュネイト・サン」(1969年11月からヒット。シングル「ダウン・オン・ザ・コーナー」のB面)が流れてきた。マクレーンが「クリーンデンスだ」と言ってヴォリュームをあげる。すると、ファレルは「そんな昔の音楽を・・・」と小ばかにする。マクレーンはその台詞に無言でさらにヴォリュームをあげる。ファレルがいやな顔をする。

この曲は1960年代後期から1970年代中期くらいまで大人気だったクリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルという長い名前のロック・グループの作品のひとつだ。おそらくデジタル世代のファレルはもっとコンピューターで打ち込まれたような音楽が好きなのだろう。こうしたアナログの「一時代も前のロック」はあまりに古臭く感じたに違いない。

僕は、このシーンがけっこうデジタルなファレルとアナログなマクレーンをうまく象徴してるように思えて、気に入った。ま、単純にクリーデンスを好きなマクレーンが好きってだけかもしれないが。(笑)

さて、『ダイ・ハード4.0』の最後、無事一件落着しエンディング・クレジットになるところで、再びクリーデンスの「フォーチュネイト・サン」が流れてきた。つまり、エンド・テーマだ。うまいねえ。

この「フォーチュネイト・サン」は、歌詞をよく調べてみると、「I ain't no fortunate one, no,(俺は、決して運のいい息子じゃないぜ)」というもの。世界一運の悪い男=ジョン・マクレインにはぴったりのテーマではないか! 

ところで、この映画のタイトル、日本ではシンプルに『ダイ・ハード4.0』だが、アメリカでは『Live Free or Die Hard』となっている。この英語は、アメリカのニューハンプシャー州の州のモットー「Live Free or Die(自由に生きるか、さもなくば死を=自由がなければ、死んだほうがまし)」をもじったものだという。ただ、このフレーズはアメリカ以外ではわからないために、アメリカ以外の世界では「ダイ・ハード4.0」というタイトルで公開されたそうだ。

でも、世界一運の悪い男といっても、結局、あれだけ危機一髪を乗り越え、生き延びてるんだから、He's a fortunate son (彼は幸運な男)ではないだろうか。(笑) ジョン・マクレーン、サイコー! 

CCRベストアルバム

CREEDENCE CLEARWATER REVIVAL:CHRONICLE THE 20 GREATESTHITS
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CCR ボックスセット

Creedence Clearwater Revival
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■ダイ・ハードDVDボックス

ダイ・ハード 新生アルティメット・コレクションBOX(「ダイ・ハード」スペシャル・ディスク付)\
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Fortunate Son (2:25) (Written by J.C.Fogerty)

Some folks are born made to wave the flag,
Ooh, they're red, white and blue.
And when the band plays hail to the chief,
Ooh, they point the cannon at you, lord,

It aint me, it aint me, I aint no senators son, son.
It aint me, it aint me; I aint no fortunate one, no,

Yeah!

Some folks are born silver spoon in hand,
Lord, dont they help themselves, oh.
But when the taxman comes to the door,
Lord, the house looks like a rummage sale, yes,

It aint me, it aint me, I aint no millionaires son, no.
It aint me, it aint me; I aint no fortunate one, no.

Some folks inherit star spangled eyes,
Ooh, they send you down to war, lord,
And when you ask them, how much should we give?
Ooh, they only answer more! more! more! yoh,

It aint me, it aint me, I aint no military son, son.
It aint me, it aint me; I aint no fortunate one, one.

It aint me, it aint me, I aint no fortunate one, no no no,
It aint me, it aint me, I aint no fortunate son, no no no,

ENT>MUSIC>ARTIST>CCR
ENT>MOVIE>Die Hard 4.0
ENT>MUSIC>SONG>Fortunate Son

++++++++++++++++++

投稿者 吉岡正晴 : 02:30 AM | コメント (0)

July 18, 2007

Soul Power Pamphlet's Proof Reading Is Done

【『ソウル・パワー2007』パンフレット校正終了】

終了。

ここ3-4週間かかりきりになっていた『ソウル・パワー2007』のパンフレットの校正が終了、あとは印刷完了をまつのみとなった。6月19日にもろもろの依頼があってから、ほぼ一月。7月30日(月曜)の会場では、みなさんのお目にとまることになる。

しかし、このところ、ほとんどライヴにも行けずこれにかかりっきりになってしまった。全部で40ページ、全ページカラー、写真たっぷり、インタヴューもたっぷりなので、けっこう読み応え、見応えはあるかと思う。

前回このブログでちょこっと書いたときは、東方神起のインタヴューがまだだったが、これも先週無事終了した。最初は彼らも固かったが、ソウル談義になったあたりから、ヒートアップ。けっこうおもしろいものになった。

やはり今回笑えるのは、エナメル・ブラザースと武田哲也のユニットか。エナメル誕生秘話、また、「母に捧げるバラード」誕生秘話などがたっぷり語られた。しっかり「エナメル六箇条」もでているのでお楽しみに。

ふ~~、みなさん、おつかれさま。でも、アーティストのみなさんは、これからリハの続きと本番、全力でがんばってください。

ENT>EVENT>Soul Power


投稿者 吉岡正晴 : 02:12 AM | コメント (0)

July 17, 2007

Janet Jackson Moves To Island Urban

【ジャネット・ジャクソン、アイランドへ移籍】

移籍。

ジャネット・ジャクソンが、これまでのヴァージン・レコードからアントニオ・LA・リードのアイランド・アーバン・レーベルへ移籍した。アイランド・アーバンの社長は、現在のジャネットのボーイフレンド、ジャーメイン・デュプリ。昨年、デュプリが同レーベルの社長に就任したのを機にジャネットの同レーベルへの移籍がうわさされていた。すでに、ほんの何週間か前からジャネットは新録のためスタジオ入りしている。

このプロジェクトのA&R(制作担当)は、アントニオ・リードじきじきにてがけ、デュプリはかかわらないという。デュプリは、アイランドのもうひとりの歌姫、マライア・キャリーの新作をてがけることになる。アイランドは、ジャネットとマライアという強力なディーヴァふたりが顔を揃えるという珍しい例になる。普通ひとつのレーベルには、同種のシンガーは置かない。ジャネットのヴァージンにおける最後の2枚『ダミタ・ジョー』と『20 Y.O』はどちらも不本意な成績に終わった。一方、マライアの前作『エマンシペーション・オブ・マライア』(2005年)はひじょうによく売れ、グラミー賞にも多数ノミネートされた。マライアも奇しくもヴァージンからアイランドに移籍している。マライアはヴァージンでは失敗作『グリッター』(2001年)1枚をリリースし、契約を解除した。

マライアのアルバム、ジャネットのアルバム、ともに年内発売を目指すが、お互いによい競争になるだろう、としている。

一方、デュプリは自身の自伝本『ヤング、リッチ・アンド・デンジャラス、マイ・ライフ・イン・ミュージック』を10月にリリースする予定だ。

+++++

ENT>MUSIC>ARTIST>Jackson, Janet

投稿者 吉岡正晴 : 01:10 AM | コメント (0)

July 16, 2007

Carlos Kanno's Tropical Jazz Orchestra

【カルロス菅野さん、熱帯ジャズ楽団】  

トロピカル。 

『ソウル・ブレンズ』(インターFM、毎週日曜午後3時~5時)に昨日は二組のゲストが登場。最初がダンス★マン、そして、新譜をだした熱帯ジャズ楽団のリーダー、バンマスであるカルロス菅野さん。熱帯の新譜は、『熱帯ジャズ楽団XI~レッツ・グルーヴ』というもので、タイトル通り、グルーヴがコンセプト。スタッフ側から、なぜか「トロピカルなトークをお願いします」とのこと。(笑)  

1995年に結成して、12年、11作目のアルバムとなるここには、「レッツ・グルーヴ」や「ピック・アップ・ザ・ピーセス」、そして、「愛がすべて」などの超有名大ヒットがラテン調にアレンジされ収められている。 

この楽団のアレンジは3人によって行われており、菅野さんはまさに「選曲をし、アレンジャーを決め、そして、録音する」という仕事をするバンド・マスター。ということは、クインシー・ジョーンズと同じですね、と向けると「クインシーほど、仕事してません。(笑) せいぜい、スマイリー小原さんくらいです(笑)」との謙遜の答え。スマイリーさんは「踊る指揮者」の異名を取る、ビッグバンドの指揮者だ。でも、バンドマスターになるには、やはり、それなりのリーダーシップがあるような気がするのだが・・・(笑)。 

菅野さんが選んだ楽曲のひとつはウェザー・リポートの「エレガント・ピープル」。これはさすがにアレンジが凝っていて、アレンジの打ち合わせもなんどもファイルのやりとりをして完成させたそうだ。 

ところで、オンエア―で菅野さんがかつて在籍していたバンド「オルケスタ・デラ・ルス」のことを「デラ・ソル」と言ってしまいました。すぐ菅野さんに「デラ・ルス」と訂正していただきましたが、どうも、似ている語感のものって間違えてしまいます。すいません、菅野さん。(苦笑)

ところで、「トロピカル・トーク」になったであろうか。(笑) 

熱帯JAZZ楽団 XI~Let’s Groove~
熱帯JAZZ楽団
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ENT>MUSIC>ARTIST>Carlos Kanno

投稿者 吉岡正晴 : 01:53 AM | コメント (0)

July 15, 2007

Shanti Live At Motion Blue

【シャンティー・ライヴ@モーションブルー】

台風。

台風接近で、かなりの雨の中、横浜モーション・ブルーでシャンティーのライヴ。基本的には下記ライヴ評で書いた5月のブルース・アレーで行われたもののショート・ヴァージョンという感じ。今回は入れ替え制のために、全17曲だったところが9曲に。半分なので物足りないが、こういう制約ではしょうがないかな。メンバーはドラムスが違っていることと、サックス&パーカッションにゲイリー・スコットが参加している点が違う。

今回特に関心したのは、アコースティック・ピアノのフィリップ・ウーとサックスのゲイリーがからみあったところ。下記セットリスト4の「クワイエットリー」でのアコースティック・ピアノとサックスが醸し出すバックはなかなかのものだった。フィリップのアレンジ力がやっぱりすごいのだろう。特に7曲目「アズ・ゴッド・ラヴズ・ユー」のピアノなどは、ジョージ・デュークか、ジョー・サンプルかというくらいのセンスのよさがでていた。

アンコールを含めてセットが60分強しかないので、1曲目のインストはちょっと長すぎた。曲順と選曲に課題が残った感がある。つい一週間ほど前までパリに行っていたシャンティーはまだ時差ぼけが残っているという。声の調子がまだ戻ってなかったのかもしれない。やはり60分でも、その60分で「これがシャンティーの世界だ」というのをがーんと前面に打ち出したいところ。

さて、既報通り、シャンティーをフィーチャーしたアコースティック・ソウル・サーチャーズ(ケイリブ・ジェームス&ゲイリー・スコット)のトリオによるライヴが藤が丘のマルターノで8月16日と17日に行われる。これはほぼソウルのカヴァー曲ばかりをアコースティック・セットで。また、オリジナルを中心にしたライヴが9月27日目黒ブルースアレーで行われることが決まった。

またフィリップ・ウーのブルース・アレーでのライヴも決まった。11月8日。まだ内容はわからない、という。フィリップはその前に10月1日、同じくブルース・アレーでグレッグ・ハーティジというサックス奏者のバックも担当する。

May 17, 2007
Shanti Live @ Blues Alley ; Music & Shanti Will Be As One
http://blog.soulsearchin.com/archives/001775.html

June 30, 2007
Acoustic Soul Searchers Featuring Shanti Will Be Performing At Martano : Second Spin Off Project Of Soul Searchin'
http://blog.soulsearchin.com/archives/001848.html

■メンバー

シャンティ SHANTI(vo)、Philip Woo(key)、西山 "HANK" 史翁(g)、渡邉裕美(b)、Gary Scott(per,sax,cho)、鶴谷智生(ds)

Setlist
show started 18:32
01. Shadows (Instrumental)
02. Summer In The City
03. Spooky
04. Quietly
05. Wake Up To The Sun
06. Formentera Sea
07. As God Loves You
08. The Road To There
Enc. Summer Sun
show ended 19:40

(2007年7月14日土曜、横浜モーション・ブルー=シャンティー・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Shanti
2007-88

投稿者 吉岡正晴 : 04:33 AM | コメント (0)

July 14, 2007

Ichiro's Masterpiece

【イチローの傑作】

作品。

7月10日(現地時間=日本時間11日)にアメリカで行われた野球のオールスターで、イチロー選手が3安打を放った。そのうちの一本はご存知の通り、ランニング・ホームランとなった。

イチローはこれらの打撃を「ピッチャーの指先からボールが離れた瞬間からイメージどおりに来て、打てた。作品のようだった」といった趣旨のことをコメントしている。

このコメントには、やられた。本当にすごい。こんなせりふを言える野球選手がいまだかつていただろうか。あの世界の王選手でも、落合選手でも、こんな文学的な形容はしたことがない。

おそらく、イチローには相当な「自分なりの野球の美学」というものがあるのだろう。類まれな集中力から生まれる、たかが一本の「ヒット」をひとつの「作品」という高みに持ち上げる。

僕には「作品」がたまっていけば、その中には、ただのひとつの「作品」だけでなく、「傑作=Masterpiece」が誕生するだろうと思う。ただの「ヒット」を「作品」にし、「作品」を「傑作」にするイチロー。自分で選んだ「作品ベスト10」などを聞いてみたい。あの「レーザービーム」も文句なくベスト10入りの作品だろう。

イチローが書いた文章というのを読んだことはないのだが、彼が書く文章も読んでみたい。目を大事にしているので、パソコンはやらないとか。

ところでランニング・ホームランは、和製英語なんですか。英語ではinside-the-park homer というそうで。

ESSAY>Baseball



投稿者 吉岡正晴 : 05:21 AM | コメント (0)

July 13, 2007

"Live M!" Now Has Additional Date

【ライヴM! 追加公演決定】

追加。

2007年6月30日付けソウル・サーチン・ブログで告知したアコースティックス・ソウル・サーチャーズ:ライヴM(8月17日金曜、藤が丘・マルターノ店)が好評につき、急遽追加日程を決定した。追加日程は、前日の8月16日木曜。すでに17日分は予約がいっぱいになっているので、今後は8月16日分の予約を受け付ける。

ライヴの内容は次のブログを。

June 30, 2007
Acoustic Soul Searchers Featuring Shanti Will Be Performing At Martano : Second Spin Off Project Of Soul Searchin'
http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_06_30.html

まだはっきり確定的なことはいえないが、地元近辺に住む一流ミュージシャンの飛び入りもあるかもしれない。

■ 記 ■  LIVE M 追加公演

Soul Searchin' Presents: LIVE "M" at Martano Fujigaoka
ソウル・サーチン・プレゼンツ・ライヴM アット・マルターノ藤が丘

出演 アコースティック・ソウル・サーチャーズ・フィーチャリング・シャンティー、ウィズ・ケイリブ&ゲイリー

The Acoustic Soul Searchers:

Shanti (Vocal)
Kaleb James (Keyboards, Vocal)
Gary Scott (Percussion, Sax, Vocal)

ライヴ日時 2007年8月16日(木) 開場午後6時 開演第一部午後7時 第二部午後8時半 (二部構成・入れ替えなし)
場所 ピッツェリア・バール・マルターノ藤が丘店 
住所 神奈川県横浜市青葉区藤が丘1-29-2-2F 
(東急・田園都市線・藤が丘駅前徒歩1分。藤が丘駅までは、渋谷から約30分。駅に降りるとすぐお店が見えます)
電話 045-973-5844
ミュージックチャージ 店内 3500円  立ち見・テラス席 2000円 この他にご飲食代がかかります なおテラス席は、若干みづらくなりますのでご了承ください (席数・店内約50、テラス席約20)
予約の仕方 (3通りあります)
1)電話045-973-5844マルターノへ直接電話予約する方法
2)Eメール info@martano.jp へお名前、電話番号、人数などを書いて予約する方法。折り返し確認メールが届きます
3)店頭で予約 店頭で係りのものへ予約の旨お伝えください
お席は予約の段階で決めさせていただきますが、当日7時までにご来店されない場合、一旦キャンセルとなり、ご来店のお客様を優先的にお席にご案内する場合がございます。

お願い 当日はテラス席をのぞいて禁煙になります。18歳未満の方のご入場をお断りさせていただきます。写真、ビデオ撮影、録音はご遠慮ください。席に限りがあるため、ご相席をお願いすることがございます。あらかじめご了承ください。

マルターノウェッブ
http://www.martano.jp/
ライヴM情報
http://martano.exblog.jp/

■出演者オフィシャル・ウェッブ

シャンティー
http://snydersmarket.com/shanti.html
ケイリブ・ジェームス
http://www.kalebjames.com/
ゲイリー・スコット
http://www.gshstudios.com/home

今回もマルターノのご好意で10席をソウル・サーチン・ブログ読者のために確保いただきました。前回分(8月17日分)はおかげさまでソールドアウトとなりました。

■『ソウル・サーチン・ブログ読者に10席確保』

今回も『ライヴM』(追加公演=8月16日木曜)の座席を10席ほどソウル・サーチン・ブログ、ダイアリーの読者のために確保していただきました。店内は約50席ほどしかなく、すでに予約が入り始めています。当ブログ読者の方で、このライヴをごらんになりたい方は、soul_searchin_the_session@yahoo.co.jp までお名前、人数、電話番号をお書きの上Eメールをお送りください。折り返し確認メールをお送りします。先着順のご案内となります。

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ENT>MUSIC>LIVE>ANNOUNCEMENT>LIVE M

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投稿者 吉岡正晴 : 01:36 AM | コメント (0)

July 12, 2007

"Soul Power 2007" Booklet Will Have Full Of Interview

【「ソウルパワー2007」パンフレットはインタヴュー満載】

満載。

今月末(7月30日、31日)東京で2回、来月(8月11日)大阪で1回行われるソウル系アーティストが集うイヴェント「ソウルパワー・サミット2007」のパンフレット原稿を執筆している。今回は主だったアーティストのインタヴューをたくさん載せることになり、これまで一気に取材をさせていただいた。

締め切りがもはや限界になってきているが、それぞれのファンの方にはかなり読み応えがあるものになっていると思うので、ぜひライヴにお運びのさいはごらんください。

昨年のパンフレットはおかげさまで大変好評で、スタッフ間にもほとんど残っていない。完売した。そこで今回は少し部数を増やす予定らしいが、パンフレットを集められている方は、早めに入手されたほうがいいかもしれない。

現在、インタヴューしたのは、鈴木雅之さん、ゴスペラーズ、スクープ・オン・サムバディー、エナメル・ブラザース、武田哲也。そして残るのが東方神起。すでに出演者たちは、入念なリハーサルを開始している模様だ。

インタヴューする出演者、全員が例外なく、昨年よりもさらにパワーアップしたものを見せると意気込んでおり、かなりおもしろいイヴェントになりそうだ。

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■「SOUL POWER TOKYO SUMMIT 2007」
公演日時:
2007年7月30日(月) 開場 17:30 / 開演 18:30
2007年7月31日(火) 開場 17:30 / 開演 18:30
会場:日本武道館
出演:鈴木雅之 / ゴスペラーズ / Skoop On Somebody / 東方神起 / エナメル・ブラザーズ / 武田哲也 / DANCE☆MAN / ZOOCO / JAYE & SILKY and more...
チケット料金:7,000円(税込) ※3歳以上の方はチケットが必要です
チケット発売日:2007年6月24日
お問い合わせ:ディスクガレージ TEL:03-5436-9600(月~金曜日12:00~19:00のみ受付)

■「SOUL POWER なにわ SUMMIT 2007」
公演日時:2007年8月11日(土) 開場 14:00 / 開演 16:00
会場:万博公園もみじ川芝生広場
出演:鈴木雅之 / ゴスペラーズ / Skoop On Somebody / 東方神起 / エナメル・ブラザーズ / 武田哲也 / DANCE☆MAN / ZOOCO / SAKURA and more...
チケット料金:ブロック席指定7,000円(税込) ※3歳以上の方はチケットが必要です
チケット発売日:2007年6月24日
お問い合わせ:キョードーチケットセンター TEL:06-6233-8888(月~日曜日10:00~19:00)

ENT>MUSIC>LIVE>ANNOUNCEMENT>Soul Power

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投稿者 吉岡正晴 : 02:56 AM | コメント (0)

July 11, 2007

Dance★Man: First Album In Three Years

【ミラーボール星人のプライド】

プライド。

昨日、静岡K-MIXで放送されている『ブギー・ナイツ』(DJ大西貴文=毎週金曜午後7時~)という番組に、一宇宙人のゲストがやってきた。はるばる3億光年のかなたからやってきたダンス★マンだ。でっかいアフロヘア、はだけた胸元から飛び出す胸毛、ミラーボール星人ならではの濃ゆ~~いヒゲともみあげ。宇宙旅行にはかなりの時間がかかって時差ぼけなどないだろうかと心配したら、それには及ばなかった。ダンス★マン曰く「(瞬時に)ワープしてきますから」 インタヴューには、よどみない日本語で答えた。

7月11日に最新作『ダンス★マン・リターンズ』がリリースされ、そのプロモーションの一環だ。DJの大西さんが「では、ダンス★マンをご紹介しましょう」というと、開口一番、「みゃおおおおっ」。

最新作からの一押し曲は「シャツたたんで収納」。これは、ジョージ・デュークの大ヒット「シャイン・オン」を高度な空耳で完成させた。ダンス★マンによると、これは「もともとは『社員採用』という言葉でずっと暖めていたんですが、どうしてもその先が続かなくて。で、あるときツアーで同室になりたくないのは誰だっていったときに、ダンス★マンが一番になったんですよ。ま、とにかく、片付けができない。散らかす。水周りがきたない。そこで「収納」って言う言葉がでてきて。そうしたら、またたくまに、その後の言葉がぽんぽんでてきて完成したんです。まあ、ご縁があるというか」だという。

パーフェクト空耳スト・ダンス★マンとしては、ただタイトルだけ空耳で歌詞全体がちゃんとしてないと、そういうのは、許せない、と。最初の「社員採用」は、ダンス★マン的には「レベルの低い空耳度」だったという。ダンス★マンは一言で言い切った。「(いろいろ作ってくると、確かに)レベルの低いものから、高いものまでいろいろあります。低いものは、ただの替え歌です(きっぱり)」。

なるほど。空耳にかけるダンス★マンのプライドを見た! 

ちなみに、この曲、バックコーラスに耳をこらすとゴスペラーズの面々とズーコまで参加している。「ということは、ダンス★マンがゴスペラーズに歌唱指導したんですか」と尋ねると「いや、指導というか、こういう感じてって一言言うと、こうしようか、とか、こんな感じのハモリでどう、なんてどんどんすぐにできちゃうんですよ。たぶん、1-2テイクでできたんじゃないかな」とのこと。

「ところで、ミラーボールでは、こうしたダンス、ディスコ曲とか、ユーロビートなんかもはやってるんですか」と尋ねると、「いや、個人的にはユーロビートみたいのは、あんまり好きじゃないんですが・・・」とのこと。どうやら、たとえば、「ジンギスカン」みたいな曲は、昔は死ぬほど嫌いだったけど、もはや、「敵はそこにはない」と確信するに至ったらしい。最近「ヘヴィーメタル系」のほうが、音楽的に熱く、怖いと感じているそうだ。

どうやら元々はブラックのファンク好きだったらしく、「ジンギスカン」のような曲は見下ろしていたらしい。なるほど、ここにもダンス★マンのダンスミュージックにかけるプライドを見た! 

■ダンス★マン・ウェッブ
http://danceman.jp/index.html

■ダンス★マン リターンズ

ダンス☆マン リターンズ
ダンス☆マン
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■ダンス★マン、ソウルパワー(7月30日、31日武道館、8月11日大阪)に出演。また2007年9月9日(日)『サマー・ファンク・フェスティヴァル」(横浜ランドマーク・ホール)で主演する。

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投稿者 吉岡正晴 : 02:00 AM | コメント (0)

July 10, 2007

Gatz [Gats] Will Be Background Chorus For Dreams Come True

【ガッツ、ドリカムのコーラスに抜擢される】

大抜擢。

『ソウル・サーチン:ザ・セッション』イヴェントでもレギュラーとして、またソウル・サーチャーズのギター&ヴォーカルとして、さらにソロ・アーティストとしても活動を続けるガッツが、このほど、日本の人気グループ、ドリームズ・カム・トゥルー(アーティスト名の表記は、DREAMS COME TRUE)(以下、ドリカム)のツアーのバックコーラスの一員に抜擢された。

これは『史上最強の移動遊園地 DREAMS COME TRUE WONDERLAND 2007』と題される全国のドームを中心に計13本行われる大規模ツアーで、1991年から4年に一度行われているもの。今年はおよそ35万人を動員する、という。

今回はこのバックコーラスを一般公募で集めた。約3000人の応募があり、まず、書類選考で10人が選ばれ、その中から5人が選ばれ6月末のイヴェントに参加、そして、最終的に2人が選ばれ、本ツアーへの参加となった。ガッツは、その2人のうちの1人。倍率は1500倍ということになる。ガッツは他の応募者同様に必要種類と資料を提出し、オーディションを受け、栄光の切符を手に入れた。この書類には、彼は本名の「中澤信栄(なかざわ・のぶよし)」で応募、合格が発表されたときも、この名前が告知された。

なお、この5人の中には、同じくソウル・サーチャーでもあるマル(maru)が、ガッツとはまったく別に一般応募、選ばれていたが、残念ながら最後の2人には入ることができなかった。ソウル・サーチャーから3000人中5人の中に2人が入ったことも驚異的だ。

ガッツは、アーティスト表記を、しばらく前に関ジャニ∞(カンジャニ・エイト)に楽曲を提供したときから、それまでのGats からGatz に変更しており、ドリカムのツアーのときにはGatzの表記になる模様。ツアーは2007年8月4日の札幌ドームからスタートするが、チケットはほぼ完売になっているという。

ガッツは、正式な合格通知を7月1日にもらい、2日からすでにリハーサルに入っている。その合格の喜びを自分のブログに書いている。

http://tkb.gats.tv/
(↓2007年7月5日付けの日記)
http://tkb.gats.tv/?day=20070705

■ガッツ・過去関連記事

May 10, 2007
Gats Live: Mr. Bassman Will Be Break This Year
【今年は火がつくガッツのライヴ】
http://blog.soulsearchin.com/archives/001762.html
(↑ここにガッツの過去記事一覧)

■ガッツは2007年8月23日(木曜)、24日(金曜)、横浜モーション・ブルーで単独ライヴを行う。これはオーディション合格前から決まっていたもの。

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■史上最強の移動遊園地 DREAMS COME TRUE WONDERLAND 2007

2007.08.04 札幌ドーム
08.05 札幌ドーム[Official Fan Club POWER PLANT SPECIAL LIVE]
08.11 福岡Yahoo!JAPANドーム
08.12 福岡Yahoo!JAPANドーム
08.18 さぬき市野外音楽広場テアトロン
08.19 さぬき市野外音楽広場テアトロン
08.25 つがる地球村 野外円形劇場
09.01 ナゴヤドーム
09.02 ナゴヤドーム
09.08 京セラドーム大阪
09.09 京セラドーム大阪
09.22 国立競技場
09.23 国立競技場
(詳細は、ドリームズ・カム・トゥルーの公式ページなどをごらんください)
http://www.dctgarden.com
http://www.dwl2007.com

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投稿者 吉岡正晴 : 06:04 AM | コメント (0)

July 09, 2007

Marlene Live

【マリーン・ライヴ】

継続。

2007年4月25日にメジャーから16年ぶりのアルバム『ジャズン・アウト(Jazz'n Out)』をリリースしたフィリピン出身のジャズ・シンガー、マリーンが大阪、名古屋のブルーノートを経てブルーノート東京で2日間ライヴを行った。マリーンといえば、1980年代初頭からずっと日本のジャズシーンで人気を得たシンガー。なんと土日ということもあってか、2日間4ステージすべて超満員。3桁の数の予約を断らなければならないほどの大入りになった。

このライヴは、新作でタグを組んだ本田雅人率いるビッグバンドとの共演。マリーンのライヴはずいぶん前に六本木のライヴハウスでバンド編成で見たが、今回はビッグバンドをバックということでずいぶん贅沢な感じがした。

それにしてもこの人気は何なのだろう。久々のメジャーからの新作、本田さんのビッグバンドとの共演、昔からの固定したファン層、このリッチなビッグバンドに日本人受けする人気曲の選曲。さまざまな要因がからまっているのだろう。ステージを見ていて、彼女のかわいらしいキャラクターも人気の秘密の一部だということも感じた。また、歌い続けること、継続が力、それが人気の土台になっている。

ジャズ&アウト\
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マリーン meets 本田雅人B.B.Station マリーン 本田雅人B.B.Station
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メンバー

Marlene(vo)
マリーン(ヴォーカル)
Masato Honda(sax)
本田雅人(サックス)

=Big Band Station=
Andy Wulf(sax)
アンディ・ウルフ(サックス)
Kazuhiko Kondo(sax)
近藤和彦(サックス)*7/8sun.のみ
Yuya Yoneda(sax)
米田裕也(サックス)
Shuuichi Kuwata(sax)
鍬田修一(サックス)
Satoshi Sano(tb)
佐野聡(トロンボーン)
Taro Kiyooka(tb)
清岡太郎(トロンボーン)
Gakutaro Miyauchi(tb)
宮内岳太郎(トロンボーン)
Mitsuaki Uchida(tb)
内田光昭(トンボーン)
Isao Sakuma(tb)
佐久間勲(トロンボーン)
Naruhiro Kikuchi(tp)
菊地成浩(トランペット)
Ueishi Osamu(tp)
上石統(トランペット)
Masahiro Kobayash(tp)
小林正弘(トランペット)
Jun Kajiwara(g)
梶原順(ギター)
Shinji Akita(p)
秋田慎治(ピアノ)
Kiichiro Komobuchi(b)
コモブチキイチロウ(ベース)
Setsu Fujii(ds)
藤井摂(ドラムス)

Setlist : Marlene @ Blue Note Tokyo, July 8, 2007
セットリスト マリーン ブルーノート東京 2007年7月8日

Show started 21:17
01. Theme For B.B.S(Instrumental)
02. Sing Sing Sing
03. Can't Take My Eyes Off Of You
04. In The Quiet Blue
05. You'll Never Get To Heaven (If You Break My Heart)
06. Left Alone (Sano Satoshi on Harmonica)
07. It's Magic
08. I Was Born To Love You
Enc.1. Dazzle The Night
Enc.2. Tennessee Waltz
show ended 22:58

(2007年7月8日日曜、東京ブルーノート=マリーン・ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Marlene
2007-87

投稿者 吉岡正晴 : 02:54 AM | コメント (0)

July 08, 2007

Bill Pinkney, Original Drifters Dies At 81

【オリジナル・ドリフターズ、ビル・ピンクニー死去】

オリジナル。

1950年代後半から1960年代初期にかけていくつものR&Bヒットを放ったR&Bヴォーカル・グループ、ドリフターズのオリジナル・メンバーのひとり、ビル・ピンクニーが2007年7月4日、フロリダ州のホテル「ヒルトン・デイトナ・ビーチ・オーシャンフロント・リゾート」で死去した。81歳だった。ピンクニーはこの夜、ここでライヴを行う予定だった。死因は発表されていないが、事件性はない模様。独立記念日のライヴは彼なしで行われ、ライヴ終了後にピンクニーの死が発表された。彼の死により、ドリフターズのオリジナル・メンバーは全員死去したことになる。

ビルは、1925年8月15日サウス・キャロライナ州ダルゼルという街に生まれた。ゴスペルを歌っていたが、幼少の頃の夢は野球選手になることで、ニグロ・リーグの「ニューヨーク・ブルー・ソックス」のピッチャーでもあった。その後第二次世界大戦に従軍、除隊後、再びゴスペルを歌いだした。

1953年、クライド・マックファーターに誘われ、彼の新しいヴォーカル・グループ、ドリフターズの創世期に参加。当初はベース・バリトンを担当していたが、まもなくベース専任になる。1954年に録音された「ホワイト・クリスマス」は、後の1990年、映画『ホーム・アローン』で使われた。

しかし、1958年金銭面でグループ・マネージャーと衝突、ドリフターズを脱退。この時点までに、グループの創設者クライド・マクファーターは、グループの名前の権利をマネージャーに売却。クライドはその後、ソロ・シンガーに転じた。マネージャーは新たにメンバーを募り、オリジナルとはまったく別個の新生ドリフターズを結成。ここにベンEキングらがいた。ドリフターズはその後「アンダー・ザ・ボードウォーク」、「セイヴ・ザ・ラスト・ダンス・フォー・ミー」などの大ヒットを放つ。このとき、ほぼオリジナル・メンバーが脱退したため、ビルは彼らを誘い、新たに「オリジナル・ドリフターズ」を結成。本家と争いながらも、精力的にライヴ活動を続け、人気を集めた。

ビルのドリフターズはある意味で、オリジナルとして認知され、「リズム&ブルーズ基金」、「ロックンロール・ホール・オブ・フェーム」など多くの賞を獲得した。

□関連記事

ドリフターズ・ライヴ

February 24, 2007
Drifters Live: Nice Oldies Show, Impressed By Bass Vocal
http://blog.soulsearchin.com/archives/001606.html

ENT>OBITUARY> Pinkney, Bill(August 25, 1925 - July 4th, 2007, 81 years old)

投稿者 吉岡正晴 : 01:58 AM | コメント (0)

July 07, 2007

"Jazz!!" Album Featuring Maru

【”Jazz”アルバムにマルがゲスト】

ジャズ。

『ソウル・サーチン』でもおなじみの女性シンガー、マル(アーティスト表記はMaru)がニューヨークを本拠として活躍するベース奏者塩田哲嗣(しおた・のりひで)さんプロデュースのアルバム『JAZZ!!』で2曲でゲスト・ヴォーカルを披露している。このアルバムは、サックスの太田剣さん、アーブ(urb)の類家心平さんらを集めてジャズのスタンダードを録音した作品。そこで、マルが「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」と「ラウンド・ミッドナイト」でジャズ・ヴォーカルを聞かせている。かなり大人っぽい雰囲気だ。

マルは、このところ、ソウル・シーカーズでのソウル曲、また、六本木のライヴハウス、アルフィーでのジャズ系ライヴ、そして、自分自身のバンドでのコンテンポラリーでソウルフルな作品群など、幅広い活躍を見せている。

アルバムのタイトルは、『SUPER★STARS』と★印が入る。じつは、塩田さんは名刺にも星マークをいれている。ファンキーなベース奏者、ブッチー・コリンズもロゴの一部に★印をいれているが、そののり。たまたま以前インタヴューしたときに、僕の名刺を渡したら、僕の名刺にも星印があって、「ここにも星印があるじゃないですか」ということでファンキー・ピープルに星は必須だという結論になった。(笑) 

またマルは、9月に行われるあるシンガーのバックコーラスに抜擢された。まだ発表できないが、まもなく詳細が発表されるだろう。

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JAZZ!!
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ENT>ARTIST>maru

投稿者 吉岡正晴 : 12:32 AM | コメント (0)

July 06, 2007

Starbucks Has Started Hear Music Label: Signed Paul McCartney

【スターバックス、ポール・マッカートニーと契約】

融合。

コーヒーでおなじみのスターバックスが音楽に本格的に参入、「ヒア・ミュージック」というレーベルを2007年3月にスタートさせ、その第一弾アーティストとして、ポール・マッカートニーと契約、同レーベルからのデビュー作『オールモスト・メモリー・フル』を2007年6月リリースした。

スターバックスは、限られたオムニバス・アルバムなどをすでに店内で発売していたが、新録による新譜をリリースするのは初めてのこと。

スターバックスの音楽部門「ヒア・ミュージック」には現在4つのセクションがあり、1)CDのスターバックスにおける店頭販売、2)店内でのXMラジオという衛星ラジオ放送の運営、3)「ヒア・ミュージック」のロゴを冠した音楽ショップ、4)「ヒア・ミュージック・レーベル」の運営を担当する。

2006年末現在で3)にあたる「ヒア・ミュージック・コーヒー・ショップ」はサンタモニカ(カリフォルニア州=2004年3月オープンの1号店)、サンアンオトニオ(テキサス州)、マイアミ(フロリダ州)、ベルヴュー(ワシントン州)と計4店舗ある。このほか、スターバックスのコーヒー店10店舗には、「ヒア・ミュージック」の「メディア・バー」というものがあり、ここではパソコンが置いてあり、料金を払って多くの楽曲から独自のCDを焼けるようになっている、という。

これらの店頭でのシステムはコーヒー・ハウスのライブラリーにあるCDをバーコードでスキャンして店のPCなどで聞く。ここまでは無料。その中で気に入ったものがあれば、それぞれ規定の料金を払って、好きに独自のCDに焼くことができる。もちろん、一枚のCDそのものを買うこともできるし、7曲まで8ドル99セントで焼くことができる。(追加は1曲ごとに99セント)。店内には約2500枚のCDがある。

「ヒア・ミュージック」自体は、1990年に設立されたカタログを扱う会社だったが、1999年、スターバックスに買収されていた。当初は、アトランティック、モータウン、ブルーノートなどの旧譜のコンピレーション・アルバムなどを独自に制作、スターバックスのレジ前などで販売していた。2004年にレイ・チャールズの遺作となった『ジニアス・ラヴズ・カンパニー』のアルバムを店頭で販売したところ、爆発的に売れ、最終的には280万枚以上の全米でのセールスのうち、70万枚近くをスターバックスで販売するに至った。

これを機にスターバックスでは新作の販売を強化し始めるようになり、2005年にはアラニス・モリセットのアコースティック・ヴァージョンの『ジャグド・リトル・ピル』のアルバムをスターバックス独占で6週間発売した。

そして、2007年3月12日、スターバックスはコンコルド・ミュージックと販売契約を結び、「ヒア・ミュージック・レーベル」をスタート。その記念すべき第一弾アーティストとしてポール・マッカートニーと契約した。第一弾アルバム『メモリー・オールモスト・フル』は日本でも先月リリースされている。

スターバックスのヒア・ミュージックのサイトに行くと、同店でプレイされているアルバムのベスト10なども発表されているが、これが、通常のビルボードのベスト10などとは違ってユニークでおもしろい。

http://www.hearmusic.com/#NOW_PLAYING

従来のCDショップでの販売とインターネットでのダウンロードでの音楽販売のちょうど中間点的な音楽販売方法だ。逆にCDショップでもこうした販売方法も模索できそうだ。

□ポール・マッカートニー新作

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ENT>MUSIC>NEWS

投稿者 吉岡正晴 : 02:20 AM | コメント (0)

July 05, 2007

Soul Of Piano: Fujiko Hemming Turned Grief Into Gold

【悲しみを黄金に変えるピアニスト、フジ子ヘミング】

黄金。

楽譜とは、音の高さ、長さをメモ書きしたものにすぎない。楽譜とは、小説や文章で言えば、ただの一文字の羅列だ。

文章をコンピューターが読むと、ひじょうに平板になる。よくある機械音が話すような抑揚がない感じだ。しかしナレーション、朗読が上手な人が読めば、心がこもる音になり物語に血が通う。文章をどのように上手に読むか、それはその読む人、声を出す人の心、気持ち、ソウルにかかってくる。歌も同じだ。歌詞カードに書かれた文字は、どのような文字で書かれていても、みな同じである。しかし、そこに感動が吹き込まれるのは歌い手によって「命」が与えられるからだ。

日曜日(2007年7月1日)にテレビ朝日系列で放送された『永遠のカンパネラ~フジコ・ヘミング愛と魂の200日~』がなかなかおもしろかった。その中で美輪明宏との対談で、クラシック・ピアノ奏者フジ子ヘミングは、とある音楽評論家が彼女のショパンの演奏を、楽譜で書かれた音符よりも何倍も演奏して何事かと批判的に書いていたことを笑っていた。

彼女と美輪明宏の言葉には、いくつも素晴らしいメッセージがあった。そのいくつかをアットランダムに。

フジコ。「ごはんは残すのが嫌い。米粒ひとつ残すのも嫌い。そういう風に母、祖母に育てられたんですよ。あるとき、ごはん粒をこぼして、納屋にいれられたことがあった。でも、あれはいい教育だったと思いますね。今、日本のレストランってたくさん物を残すでしょう。あれだけのものがあれば、どれだけ世界中の人を救えるのか。どうなっちゃってるんでしょうねって思いますね」

フジコ。「ある音楽評論家が、私のショパンを聞いて、楽譜では四分音符なのに、なぜ、フジコは3倍も伸ばすのかって批判してた。譜面にかかれている中から詩を読み取って、人に涙を流させる演奏をするのが、演奏家の才能であってね。譜面にないことをするのが、演奏家なんですよ(笑)」

美輪。「初めてテレビであなたの演奏を見て、それからCD買って聴いて、演奏会に行って、いつも言うんだけど、あなたの音楽は『現代のもの』とは思えないって。それに感動しちゃってね・・・。(あなたの音楽の素晴らしさは)時代とか、人間性とか、(あなたが持つ)美意識だと思う。美しいものに対する感度ね・・・」

フジコ。「ミシャ・マイスキー(ラトビアの世界的チェロ奏者)が(私のピアノを聴いて)別世界だと言ったそうよ」

フジコ。「自分の演奏を、(上手に弾いて)聴かせてやろうなんて思うと、必ず間違える。神様のバチがあたるのね。いったい、神様、どこで見てるんだろうって(笑)」

フジコ。「(ピアニストとしていい演奏をしても)ずっと認められないで終わる人もたくさんいますよ。でも私の場合(幸運にも)一夜にして認められた。きっと、神様が私のために(そういう)プログラムを作っておいてくれたんだと思う。いつも、周りの人に愛を与えなさい、って言われてたから、そうしてきた。それをやってれば、神が助けてくれますよって。モーツァルトは、(晩年不遇で)死んでしまったけど、私は生きて、今こうしている・・・」

フジコ。「相手を受け入れるということをすれば、戦争なんか起きないわよ。相手が気に入らない、ってことがあるからいさかいが起こる」

美輪。「音楽というのは、情緒とか心とか、そういうプラス・アルファだと思うんですよね。人間が持っている心、魂、ロマンとか、そうしたものがその指先から出て、ピアノに伝わって振動となってお客さんの心に波動として伝わる。お客さんにそういう受信機があれば、その波動が伝わる。つまり、それは『精神の波動』ね。メカニックのようなものと音楽という芸術のようなものは、まったく対極にあると思う。そうしたメカニックな(心が通っていない)ものばっかりに触れていると、若い人は精神的、神経的におかしくなってしまうのではないかしら。そこには潤い(うるおい)とか、美意識とか、情緒とかそうしたものがないから。だから、平気で人を傷つけたり、殺したりして『なんでいけないの』ってなことになってしまうんだと思う」

フジコ。「私は自分のピアノ聴いて、泣くなんてことはない。泣くなんて浅いですよ。若い頃、涙が枯れるくらい本当に泣いたからね。(笑)(数々の自分の苦難の歴史による)悲しみが、私(の場合)は、黄金になったからね。今、思い出したら、よかったと思いますよ。(あの頃のことが)私の雨となり、血となって、汗となって、私の体に入り込んだんだから。あれがなかったら(何もない)」

芸術家、アーティストという職業は、どんな苦しいこと、悲しいこと、そして、うれしいことが何十年と続いてもそれを黄金に変えられる唯一の職業である。だから、これ以上どん底はない、悲しい、苦しいと思ったら、職業をアーティストにしてしまえばいい。

彼女のピアノは「魂のピアノ」と呼ばれる。

彼女はその「魂のピアノ」を弾く自分の指を「大根のような指」という。

彼女は60歳を超えてから注目されるようになった。

彼女は「黄昏(たそがれ)」が好きだ。特に10月の。

彼女は20匹近くのネコと1匹の犬とともに(日本では)下北沢に暮らしている。

+++++

フジ子・ヘミングの奇蹟~リスト&ショパン名演集~
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4 儚さと美しさ
5 不思議に心が落ち着きます


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フジ子ヘミングの表記は、フジコ・ヘミング、フジ子・ヘミングなどがあります。また英文字表記は、Fujiko Hemming が一般的ですが、正確にはIngrid Fuzjko Von Georgii-Hemming とFuzjkoになるようです。

ENT>MUSIC>TV>Hemming, Fujiko
ENT>MUSIC>ARTIST>Hemming, Fujiko


投稿者 吉岡正晴 : 02:11 AM | コメント (0)

July 04, 2007

Sly & Family Stone Reunion: Hit The European Tour

【スライ&ファミリー・ストーンこの夏再結成】

奇跡。

1960年代後期にサンフランシスコで結成され、ファンクとロックを融合し独特のサウンドを作り上げたスライ・ストーン率いるスライ&ファミリー・ストーンがグループを久々に結成。この夏10都市でのヨーロッパ・ツアーを敢行する。

日程は次の通り。下記リストは2007年7月、()内が日にち。7月12日イタリアのウンブリア・ジャズ・フェスがトップを飾る。

Umbria Jazz - Umbria, Perugia, Italy (July 12)
Montreux Jazz Festival - Montreux, Switzerland (July 13)
Blue Note Festival - Gent, Belgium (July 14)
North Sea Jazz Festival - Rotterdam, Holland (July 15)
Nice Jazz - Nice, France (July 19)
Pori Jazz festival - Pori, Finland (July 20)
Lovebox Weekender, London, England (July 21)
Olympia Hall - Paris, France (July 23)
Jazzaldia - San Sebastian, Spain (July 27)
Opera House, Bournemouth Opera House (July 28)

スライ・ストーンは昨年2月のグラミー賞に2分少々顔を見せたが、それだけでも話題を集めた。イギリスでのライヴが行われるのは、1987年以来20年ぶりとなる、という。おそらく、ツアーもそれ以来、また、スライが入るものとなると、それ以上ぶりのことになるのだろう。

今年のヨーロッパで行われるジャズ・フェスの大きな目玉となりそうだ。

グループには、オリジナル・メンバーのシンシア・ロビンソンなども参加するが、ベース奏者のラリー・グラハムの名前は見えない。

スライについては、過去10数年、実質的な活動がなく、ドラッグ中毒でなかなか再起できないのではないかとうわさされていた。そこで昨年、グラミーにほんの瞬間だったが、登場したことは大きな期待を抱かせた。1970年代には数々のどたキャンなどを見せてきたスライたち、果たしてツアーは無事終了するか、大いに注目される。しかも、ライヴがよかったりした場合、奇跡の復活ということになりそうだ。

□スライ&ザ・ファミリー・ストーン 『暴動』アルバム(紙ジャケ)

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5 静かな音の洪水
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ENT>MUSIC>ARTISTS>Sly & Family Stone

投稿者 吉岡正晴 : 01:59 AM | コメント (0)

July 03, 2007

"Tie A Yellow Ribbon 'Round The Ole Oak Tree" Story

【幸せの黄色いリボン・物語】

象徴。

日本では『幸せの黄色いハンカチ』という映画が有名になった。山田洋次監督による1977年の作品だ。

その元になったのが、トニー・オーランドー&ザ・ドーンが1973年に放った全米ナンバーワン・ヒット「タイ・ア・イエロー・リボン・オール・オーク・トゥリー(邦題、幸せの黄色いリボン=直訳は、古い樫の木に黄色のリボンを巻きつけておいて)」という曲。

曲か映画のどちらかはご存知の方は多いと思うが、一応「幸せの黄色いリボン」のストーリーをご存知ない方のために簡単にご紹介しよう。このストーリーは、1971年コラムニスト・作家であるピート・ハミルがニューヨーク・ポスト紙に書いた「ゴーイング・ホーム」という記事が元になっているとされる。

ひとりの学生がフロリダ州フォート・ローダーデールからバスに乗った。その中で刑期を終えた元囚人と知り合う。その彼は故郷に帰るが、妻にもしまだ自分とやり直せるのなら、その街の入口にある樫の木に黄色いリボンを一本巻いておいてくれと手紙を書いていた。もしリボンが巻かれていたら、自分はそこでバスを降りて君の元に戻る。しかし、もし結婚していたり、僕とやり直せないと思ったらリボンは巻かないでいい。リボンがなければ、自分はそっとそのままバスに乗り続けどこかもっと遠くへ行こう。

その話は、バスに乗っていたみんなの知るところとなり、その街に近づくにつれ全員が緊張してきた。果たしてリボンは巻かれているか否か。ついに彼の故郷の街の入口にやってきた。そこで彼らが見たものは、一本ではなく、樫の木いっぱいに巻かれていた無数のリボンだった。それを見たバスの客たちは歓喜の歓声をあげた。

この感動的なストーリーは、9ヵ月後の1972年6月号の「リーダーズ・ダイジェスト」誌に載録され、さらに多くの人たちが知ることになった。

ピート・ハミルは、これを口伝えの伝説として聞き、記事に書いたとのことだ。

「リーダーズ・ダイジェスト」に掲載されてまもなく、1972年6月に三大ネットワークのABCがこの話をドラマ仕立てにしてオンエアした。このときの元囚人は、ブラックの俳優ジェームス・アール・ジョーンズが演じた。

そして、それから1ヵ月半後、ソングライターのアーウィン・レヴィンとL・ラッセル・ブラウンの二人が「タイ・ア・イエロー・リボン・ラウンド・ジ・オール・オーク・トゥリー」という曲を書き、その楽曲の著作権登録をしたという。彼ら自身は、このストーリーを軍隊にいた頃に聞いたという。

この曲はトニー・オーランドー&ザ・ドーンによってレコーディングされ、1973年2月から大ヒット。300万枚のセールスを記録、世界中で聞かれることになる。そして、このヒットを見て穏やかでなくなったのが、先にこのストーリーをコラムに書いたピート・ハミルだ。そこでこの曲のことを知ったピート・ハミルは、彼ら(ソングライター)に対して訴訟を起こした。

この楽曲は続く17年間にラジオでトータルで300万回はプレイされたと推計された。

訴訟は、しかし、ソングライターたちがこの物語がハミルが書く以前に書かれた似たようなストーリーを見つけ出し、取り下げられることになった。

そして、この曲の話を聞いた日本の映画監督山田洋次がぜひとも日本ヴァージョンを作りたいと考え、少しばかり日本風にアレンジして『幸せの黄色いハンカチ』として映画化したわけである。日本版では囚人役を高倉健が演じていた。ずっと待ちつづけた妻が倍賞千恵子、旅のお供が武田鉄也と桃井かおりだ。

以後、この「黄色いリボン」は、たとえば、捕らえられている人が解放されるとき、囚人が戻ってくるとき、さらにそれが広義に捉えられ、イランのアメリカ大使館人質事件の人質実解放のとき(1981年1月)、湾岸戦争の兵士が帰国するとき(1991年1月以降)などに、象徴的に使われるようになった。

この「幸せの黄色いリボン」をプロデュースした二人のうち一人が、ハンク・メドレスだった。

ENT>MUSIC>STORY>Tie A Yellow Ribbon 'Round The Ole Oak Tree


投稿者 吉岡正晴 : 01:10 AM | コメント (0)

July 02, 2007

Hank Medress Dies At 68: A Member Of The Tokens

【「ライオンは寝ている」のメンバー、ハンク・メドレス死去】

ライオン。

1960年代に活躍した白人ヴォーカル・グループ、トーケンズのメンバーで後にプロデューサーとなったハンク・メドレスが2007年6月18日(月曜)ニューヨーク・マンハッタンの自宅で肺がんのため死去した。68歳だった。

ハンク・メドレスは1938年11月19日ニューヨーク・ブルックリン生まれ。彼は地元ブルックリンのリンカーン・ハイスクール生だった十代の1955年、友人で同級生のニール・セダカらとともに「リンク・トーンズ」という5人組ヴォーカル・グループを結成。当時ニューヨークでは多くの若者が、街角で歌うストリート・コーナー・シンフォニーを作り、明日への成功を夢みていた。ニール・セダカはソロになるために1958年グループを脱退するが、4人でグループを継続、若干のメンバーチェンジを経て「トーケンズ」となった。

1961年トーケンズは、1952年にウィーヴァーズというグループがヒットさせた「ウイモエー」という曲を「ライオン・スリープス・トゥナイト」と改題し世に送り出し、1962年初頭から大ヒット。ただしここでハイヴォイスを聞かせるのはリード・シンガー、ジェイ・シーゲル。「ライオン・・・」は、アカペラ、ドゥー・ワップなどの愛好者からもっとも愛されている作品のひとつで、最初にヴォーカル・グループをやろうとするときに基本として練習するようなクラシックになった。

トーケンズはその後小ヒットを出すが、メドレスらは若手育成に力を注ぎ、ガール・グループ、シフォンズをてがけ、彼女たちの「ヒーズ・ソー・ファイン」(1963年2月からヒット、全米ナンバーワン)、「ワン・ファイン・デイ」(1963年6月からヒット、全米5位)などが大ヒットした。これを機にメドレスの興味は自分が表だって歌うのではなく、裏方でヒットを作るほうへ移っていったといわれる。

メドレスは、パートナーのデイヴ・アッペルとともに1970年代に入ってトニー・オーランドー&ザ・ドーンをプロデュース。ドーンは「キャンディダ」(1970年7月、全米3位)、「ノック・スリー・タイムス」(1970年11月からヒット、全米1位)、「タイ・ア・イエロー・リボン・ラウンド・ジ・オール・オーク・トゥリー(邦題、幸せの黄色いリボン)」(1973年2月からヒット、全米1位)などポップな大ヒットを放つ。この「幸せの黄色いリボン」は、実話を元にした歌詞で、そのストーリーに感銘を受けた山田洋次監督が日本で『幸せの黄色いハンカチ』と改題し映画化、ヒットした。「キャンディダ」でバックコーラスをつけていたひとりは、「ライオン」のリード・シンガー、ジェイ・シーゲルだそうだ。

1980年代には、ニューヨーク・ドールズのシンガー、デイヴィッド・ヨハンセンをプロデュースしたりしていた。

1990年から1992年までカナダのEMI音楽出版の社長に就任、ニューヨークに戻ってからはライヴハウス「ボトム・ライン」が始めた「ボトム・ライン・レコード」をてがけていた。

メドレスは、4人の子供、2人の孫によって送られた。

+++++

ニュース。

このハンク・メドレス死去のニュースは昨日日曜(1日)の山下達郎さんの『サンデイ・ソング・ブック』を聞いていて知った。あわてて調べると、もう2週間前に亡くなっているではないか。気が付かなかった。そこで、さっそく調べて訃報記事を書いたのが上記のもの。

で、いろいろ調べていたら、けっこうおもしろいことがわかった。メドレスについては、僕は最初はドーンのプロデューサーとして知った。1970年頃だ。いわゆる「バブルガム・ポップ」のプロデューサーという認識だった。その後、トーケンズのメンバーだったことを知る。だが、それ以降はすっかり意識もしていなかった。

今回調べて、トーケンズの前身にニール・セダカがいたとか、ドーンの「キャンディダ」のバックにトーケンズのリードシンガー、ジェイがはいっていたとか、また、例の「幸せの黄色いリボン」の誕生秘話の詳しいヴァージョンなどを知った。「黄色いリボン」は、コラムニスト、ピート・ハミルのコラム原稿から始まったのかと思っていたが、どうもそれ以前にストーリーがあったらしい。

そのあたりについては明日、書いてみたい。

ENT>OBITUARY>Medress, Hank (November 19, 1938 - June 18, 2007, 68 years old)

投稿者 吉岡正晴 : 03:52 AM | コメント (0)

July 01, 2007

Fukamachi Jun: Another First Step With Confusion And Agony

【混乱と悶絶と新たな旅立ち】

再出発。

先月まで恵比寿アートカフェで行われていた月一のピアノ・パーティーが、アートカフェの閉店により終了し、場所を改めて「キーボード・パーティー」になり再スタート。場所は、深町さんが昨年12月に祐天寺にオープンした自身のカフェ「FJ’ズ」。

すべてが変わり、いろいろと興味深かった。気づいた点をいくつか。

最大の違いは、ここではアコースティックのグランド・ピアノではなく、ヤマハのCP80という電気ピアノがプレイされているということ。これは電子ピアノではなく、実際に弦がありそれをハンマーで叩き、その叩いた音をピックで拾いアンプで増幅しスピーカーに出す。ちょうどエレキ・ギターのようなものだ、と深町さんは解説する。ある意味アナログな電気ピアノだ。

この日なによりも驚いたのが、深町さんがライヴ・スタートして1時間以上、まったくしゃべらずにピアノを弾き続けたこと。4曲を約65分ほどノンストップで演奏。前代未聞だ。かと思えば、それから約1時間弱、しゃべり続けた。

CP80からかもし出される音は、ときにシンセサイザーのようでもあり、クラビネットのようでもあり、アコースティック・ピアノに似た音だったりする。音色が多数あるのが、グランド・ピアノとの決定的な違いだ。ひとつのキーボードから即興演奏でこれだけのヴァリエーションが次々だされたら、それはそれで楽しい。

最初僕は深町さんの正面に座っていたのだが、音がなかなか僕に入り込んでこなかったので、どこかいい場所はないかと探したら、二つのスピーカーの正面中央がそこそこいい場所ということに気づき、席を移動することにした。常連さんたちは先にそこら辺に座っていて、なるほどと思った。

ところが移動後もなかなか集中できなかったので、いろいろ考えてみた。ドアがオープンされていて、駒沢通りを行き来する車の音がけっこう聞こえてくる。この「FJ’ズ」の床がコンクリートのような素材、さらに天井がほぼ打ちっぱなし風、配管などが剥き出しのままなので、音の環境がライヴ、つまり、かなり響く。アートカフェは、床は木、壁もしっくいということで意外と音を吸収していた。また、この日は観客が20名少しということで人が多ければもっと吸収されたであろうが、それもなかった。

しかし、それでも決定的に違うのは音が二つのスピーカーから聞こえてくることだった。正確に言うと、二つのスピーカーからしか聞こえてこないのである。グランドピアノは、ピアノという楽器すべてから音がでてくる。演奏者が鍵盤を叩く、それが弦を叩く、叩かれた弦の音が共鳴して、音が空気の振動となって人々に伝わる。だが、スピーカーからでてくる音だけでは、どうしても空気の振動がものたりない。音量が大きくてもただ大きいだけでだめなのだ。アートカフェでは、アンプ、スピーカーは使っていなかった。グランドピアノが体すべてで生み出す音そのものを空気の振動で感じていた。だから、この日は楽器の音を聞いているというより、むしろ、電気の機械から出てくる音を聞いている感じだった。そう、楽器ではなく機械だ。あるいは、ちょっと音の大きなステレオから音がでてくる、そんなニュアンスだ。

これは想像でしなかないが、おそらく演奏者である深町さんも無意識のうちにアートカフェ・マナーでこのCP80をプレイし、その返り、応答がまったく違うので戸惑ってしまったのではないだろうか。演奏家は観客とコール&レスポンスしながらパフォームする。観客のレスがよければ、それは演奏にも跳ね返る。そのコール&レスポンスは、実は演奏家は演奏家と楽器の間でもやっているのだ。

最初、深町さんはこのCP80をあまりプレイしていないのかと思った。しかし演奏後に聞けば、深町さんはこのCP80はすでに20年以上プレイしているという。ということは、この機械の特性や、得意とするところは熟知しているはずだ。実際、クラビネット風の音などは70年代ファンクバンドがやりそうな感じで僕にとってはひじょうに新鮮だった。

珍しく途中休憩もなく演奏とトークが続いた。さらに前代未聞、深町さんは曲を終えて弱音を吐いた。「どうも、今日はだめなんだよねえ。いいフレーズがうかんでこない。実は、(先月までの)アートカフェでは毎月60人くらいの人が来てくれていたんです。でも、今日はそこからは10人くらいしか来てない。初めての人もいますが。それがちょっとショックでねえ。アートカフェだから行くというのもわかるんですが」 常連から檄や応援、喝采も飛んだ。「アートカフェと深町さんという融合で化学反応が起こってああなったわけで、まだここでは初めてなんだから、これから作ればいいんじゃないですか」といったことを僕も言った。「不安な音楽家の機微がいいね(苦笑)」と声が飛んだ。

しかしおもしろいことも言っていた。「いい演奏ができないと、いい演奏ができるまでいくらでも弾いちゃうかもしれない」 それはそれでいいかもなんて思った。

そんな弱音の後プレイした曲はかなりおもしろかった。僕は勝手にその曲にタイトルをつけた。「悶絶(もんぜつ)」だ。相当な苦悩ともんもんとした様子が読み取れた。

そしてこの曲を聴いているときに思った。深町純という卓越したキーボード奏者のダイナミズムにこのCP80という機械は十分に応えられるキャパシティーがないのではないか、と。どうしてもでてくる音が平板な印象がぬぐえないのだ。プレイヤーの力量と機械の力の差が出てしまう。少なくともグランドピアノの場合は拮抗していたにもかかわらずである。

おそらく、グランドピアノにはグランドピアノに向いたプレイの仕方、シンセにはシンセ向きのプレイ、そして、このCP80という電気ピアノにはそれ向きの、しかも、この「FJズ」という会場でのプレイの仕方があるのだろう。それがまだ見出せていないのだが、深町さんのことだから、すぐにその解答を見出すだろう。

なにしろ、床も違う、天井も違う、壁も違う、ハコが違う。何より楽器が違う。音楽を楽しむ上の諸条件いくたある中で唯一同じものは、演奏家が深町純であるというだけだ。気にすることはありません。きっと何年か経ってこの第一回のことを思い出したら、「ああ、あの日はどうなることかと思った」と笑って振り返ることができるだろう。「FJ'ズ」でのキーボード・パーティーをこれから作っていけばいいのだ。

聞く側も演奏する側も、6年以上アートカフェに慣れてきた。そこからの脱却は一朝一夕でいかなくとも恥じることはない。

テレビシリーズでもシーズン2の初回などは時間延長で放送するもの。(笑) 前代未聞の3時間弱休憩なしのライヴ、混乱と悶絶と発見によって再出発の扉が開いた。

(深町純、キーボード・パーティーは毎月最終土曜日、東急・東横線祐天寺・「FJ’ズ」にて開催されます。次回は7月28日です)

■深町純オフィシャル・ウェッブ
http://www.bekkoame.ne.jp/~cisum/

■FJ’ズ オフィシャル・ウェッブ
http://fjs.fukamachi-jun.com/

■Setlist: Fukamachi Jun #78 @ FJ's, Yutenji, June 30th, 2007 (Saturday)
セットリスト 深町純 キーボードパーティー第78回(第1回)

show started 19:45
01. 2007年6月30日19時45分の作品 (24.24)
02. 2007年6月30日20時10分の作品 (12.23)
03. 2007年6月30日20時22分の作品 (14.51) 
04. 2007年6月30日20時37分の作品 (13.13)
>talk (54 minutes)
05. 2007年6月30日21時44分の作品 (19.30)
>talk(4 minutes)
06. 2007年6月30日22時08分の作品(悶絶)(17.23)
07. 2007年6月30日22時25分の作品(宮沢喜一氏へ捧ぐ)(8.24)
show ended 22:35

■過去の音楽比率(ライヴ全体の中での音楽の割合を表します)(単位は%)

2005年11月 第一部 41.70 第二部 51.82
2005年12月 第一部 39.86 第二部 58.91
2006年01月 第一部 58.81 第二部 67.23
2006年02月 第一部 38.4  第二部 49.7
2006年03月 第一部 50.9  第二部 92.7
2006年04月 第一部 53.1   第二部 57.3
2006年05月 第一部 45.15 第二部 82.08
2006年06月 第一部 52.16 第二部 59.02
2006年09月 第一部 47.77 第二部 77.63
2007年01月 第一部 65.53 第二部 54.97
2007年02月 第一部 53.88 第二部 49.33
2007年04月 第一部 65.26 第二部 68.58
2007年05月 第一部 40.89 第二部 58.19
2007年06月 第一部(通し)64.78

(2007年6月30日土曜、祐天寺FJ'ズ=深町純ライヴ)
ENT>MUSIC>LIVE>Fukamachi, Jun
2007-86

投稿者 吉岡正晴 : 04:33 AM | コメント (0)