October 31, 2007Keith Sweat: For Ladies Only【キース・スウェット、女性のためだけに歌う】 眼中。 キース・スゥエットが17年ぶりの来日を果たして、ブラコン・ファンの間ではちょっとした話題になっている。昨日のライヴ、ファーストとセカンド、微妙に曲順などが違うようだ。また、今日のセットリストとも少し違うらしい。ちなみに、月曜のファーストはアンコールがなかったが、僕が見たセカンドはアンコールありだった。ところが、火曜(2日目)セカンドでは、なんとあろうことか、「アイ・ウォント・ハー」をやらなかった、というではないか。まじか。 昨日はキース作品をどっとCD棚から取り出し、すっかりキース・モードになった。月曜の深夜には、Jウェイヴの松尾潔さんの『ユニヴァース』でキース・スウェット特集2時間をやっていた。それを聴きながら昨日はブログの原稿を書いたが、番組中で僕が書いた8作目『ディドント・シー・ミー・カミング』のライナーノーツが紹介された。 僕もさすがに昔書いた原稿だと、書いたことさえ忘れているが(笑)、改めて読んでみて、ライナーに書いたドン・トレイシーとのことをまたまた思い出した。1987年12月にロスにいったときに、ドンと会い、彼の運転するホンダのシビックでLAのフリーウェイを走っているときに、ちょうどキースの「アイ・ウォント・ハー」がかかって、「これが今、すごくはやってる」と教わった。僕は個人的にあのシーンは、ほんとに昨日のようにフラッシュバックする。夕方だったと思う。でも、僕がなぜ彼の車に乗っていたのかが、今となっては思い出せない。LAに行ったときはまず僕もレンタカーを借りる。車社会なので、車なしだと動きが取れないからだ。だから、誰かと待ち合わせても、どこかに移動するときは、車2台で移動することが普通だ。 いずれにせよ、あのときのロス・アンジェルスのラジオでは、本当にひんぱんに「アイ・ウォント・ハー」がかかっていた。これを聴くと、この曲はニューヨークのサウンドなのに、そういうわけで、LAのフリーウェイが思い出される。 僕も2000年10月に彼に電話インタヴューをしたことがある。その様子もライナーノーツに書いたのだが、低音のものすごくいい声の持ち主で、かっこよかった。だが、質問に対する答えは短く、インタヴュー自体は盛り上がらない。ラジオ番組で松尾さんも言っていたが、「この人ほどインタヴューが盛り上がらない人はいない(苦笑)」というほどなのだ。 月曜もエロエロのステージを見ていて、このキースは女性のためだけに歌っているということを痛烈に感じた。「レディ~~~~~ス!!」とは言うが、決して「ボ~~~イズ」とか「ジェントルマン」とか言わない。深町さんも、自分は女性のためだけにピアノを弾いてきたと公言してはばからないが、キースもそのスタンスは「俺は女のためだけに歌ってるんだ」。そんなキースに男が話を聴いても、これは盛り上がらなくてもいたしかたない。男は眼中になしだ。いや、これぐらい徹底すればいいじゃないでしょうか。(笑) (2007年10月29日月曜、六本木・ビルボード・ライヴ=キース・スウェット・ライヴ) October 30, 2007Keith Sweat Live At Billboard: Great Singer Sings Only Sex & Soul【17年ぶりキース・スウェットのエロエロライヴ】 スウェット。 彼のデビュー作「アイ・ウォント・ハー」が大ヒットし、「ニュー・ジャック・スウィング」の幕が切って落とされたのは、ちょうど今から20年前の1987年のことである。キース・スウェット、そして、彼をコ・プロデュースしたテディー・ライリーはまもなく一世を風靡、全米の音楽業界を席巻する。その勢いで1990年10月、キースは初来日。国立代々木体育館と翌日横浜文化体育館という大きな会場(前者が約1万3000人、後者で5000人=後者は半分くらいの入り)で行われたライヴでは、のりのいいリアルな「ニュー・ジャック・スウィング」のシンガーと思いきや、それ以上に、セクシーなR&Bシンガーだということを見せ付けていった。 それからちょうど17年ぶりの来日は、小さなビルボード・ライヴ(収容300人)。5層目まで満員だ。さすが客層の主流は1980年代後半から1990年代前半のバブル時代を経験してきたおそらく現在30代後半から40代だった。 1曲目の「サムシング・ジャスト・エイント・ライト」のイントロが始まるなり、全員総立ちになる。ニュー・ジャック系のリズムのいい作品とスロー・バラードとが適度に混ざり合い、ブラック・コンテンポラリーな色を徹底して出す。先日来日したテディー・ライリーのときもかなり観客から受けていた印象をもったが、「ニュー・ジャック・スウィング」人気、根強い。 僕の席からはドラムス、ベースとキーボード兼任、もうひとりキーボード、コーラス2人(1人はラッパー)の5人編成に見えたが、ビルボード・ライヴのウェッブでは7人編成と書かれている。はて。いずれにせよ、極端な話、ドラムスとキーボード、ベースだけで「ニュー・ジャック・スウィング」は生まれる。けっこう打ち込みっぽく聴こえた。女性コーラスもキーボードからでてきた。 バラードでの女性を煽るいやらしさぶりはさすがだ。こういうエロエロさ加減はどうしても日本人では出せない。ニュー・ジャックもエロエロ・ソウルバラードもいいし、キース・スウェットのライヴを見ていると、何でもイケイケだったバブル時代がフラッシュバックしてくる。ヒット曲が多いだけあって、さすがに次々と曲が始まると観客の歓声も大いにあがる。スローでは通路でチークダンスを踊るカップルも。このあたりのアーティストって今でも十分受けるんですねえ。 しかし、「アイ・ウォント・ハー」のヒットなんか、ついこの前のように思える。キースのアルバムは1枚目から3枚目と8枚目の日本盤ライナーノーツを書いた。久々に読み返してみた。4枚目から6枚目までは松尾潔さんが書いている。(7枚目がなぜか手元になかった) 1枚目ではまだ「ニュー・ジャック・スウィング」という言葉はなかったものの、そのリズムについて説明していた。それにしても20年も歌い続けて、またライヴハウスにやってくるというのはすごいな。継続は力なり。 アンコールを終えてキース・スウェットが舞台から降りてくると体中スウェット(汗)いっぱいだった。彼ほど能書きなど不必要で、体で愛とセックスを歌うシンガーはいない。まさに究極のシンガー・オブ・セックス・アンド・ソウル。 ■ キース・スウェット最新作『ベスト・アルバム』 ベスト・オブ・キース・スウェット posted with amazlet on 07.10.30 キース・スウェット WARNER MUSIC JAPAN(WP)(M) (2007/10/10) 売り上げランキング: 55334 ■ キース・スウェット・ライヴは今日10月30日、東京・ビルボード・ライヴ、その後大阪、福岡へ ■ メンバー(ビルボード・ライヴ、オフィシャル・ウェッブによる) キース・スウェット/Keith Sweat(Vocals) ■ Setlist: Keith Sweat Live At Billboard Live, October 29, 2007 Show started 21:31 (2007年10月29日月曜、六本木・ビルボード・ライヴ=キース・スウェット・ライヴ) October 29, 2007Fukamachi Jun First Concert At Suntory Hall, Blue Rose (Part 2)【ブルー・ローズに起こる奇跡】 奇跡。 10月27日(土曜)は、この時期には珍しく関東地方に台風がやってきた。まさか台風とは。これでは当日券に影響があるに違いない。とは言うものの、ふたをあけてみれば、8割方席は埋まった。 ステージのピアニストは緊張しているのだろうか。第一部はほとんどおしゃべりはなく、音楽比率はかつてない96パーセントを記録。まさに「ピアノ・コンサート」になった。普段半分近くしゃべる深町さんにとっては、これこそ、奇跡だった。 即興演奏は、すなわち一期一会(いちごいちえ)。二度と同じ演奏はない。本人さえ同じようには弾けない。となると、この感動や感激をなんとしてでも記録に残しておきたい。そこで『ソウル・サーチン』関連の映像を記録しているレムTVのチームに収録をお願いした。今回は6台のカメラでたったひとりのピアニスト深町純を追った。一体どんな映像になるか今から楽しみだ。 しかし、いくら映像も音も記録したとしても、この演奏そのものは決してデジタル化することはできない。この場にいて、深町ピアノが共振させる空気を吸い、そのピアノの振動を五感を使って体全体で体験すること、それこそが最大の贅沢だ。この日、このブルー・ローズにやってきた300人の人たち、この時間を体験した人だけに残る「記憶」「思い出」「感触」、それがプレシャス(貴重)なものなのだ。そこにライヴ・パフォーマンスの醍醐味がある。 やはり、いい演奏家、いいピアノ、いい音、いい響き、いい環境での音楽は、格段においしい。年に一度とは言わず、半年に一度くらいの割合でいい音を響かせてはいかがだろうか。深町さんにとっては、そんなに難しいことではない。 第2部の冒頭は17名の子供たちのコーラスとの共演となった。これは、今回のライヴを企画立案した小野布美子さんが普段子供たちに音楽を教えていて、その生徒たちがみんなで作った自作曲を舞台で歌うというものだった。これまでに深町さんと子供たちは何度か一緒にやっていた。僕は正直、リハのときにこれを見て、「なんだこれは」と思った。学校の発表会という感じのものだったからだ。 4曲を歌ったが、途中のMCで深町さんが計らずも言った。「まあ、稚拙(ちせつ)な歌ですが・・・。でも音楽って不思議だよね。稚拙でもでもこうやってひたむきに歌っているっていうのはいいよね。(拍手) 僕は子供って嫌いなんですよ。(笑) だって子供がいたらこんな音楽会は台無しになっちゃうでしょ。(笑) これらの曲は彼らが自分たちが作った曲で、誰か大人から歌えと言われて作ったものではありません」 サントリー・ホールは基本的にはクラシックにしか貸さないという。また、貸し出しに際してさまざまなチェックリストがある。曲演奏中に客入れをしていいか、写真撮影許可するかしないか、花束はどうするか、お子さんは入場可か、などなど。ま、この日もかなり小さな子供を連れてきた人がいて、その赤ん坊が演奏中に泣くというか、声をだすので、やはりさすがに迷惑だなと感じた。以降は6歳以下はご遠慮願いましょうか。打ち合わせのときにおもしろかったのが、「演奏曲目は何ですか」というもの。どうやらクラシックの演奏会では事前に演奏曲目を出すことが多いらしい。もちろん深町さんは即興なので、何曲やるか、何分やるか、もちろんタイトルさえわからない。「曲目は事前にはわかりません」「では終わった後、演奏曲目は張り出されますか?」「・・・」。(苦笑) (僕がいつも作ってるセットリスト、張り出せばよかったかな=(笑)) それにしても、この空間に漂うピアノの響きは格別だ。ヨーロッパの昔の貴族たちは、こうした即興演奏みたいのを毎日のようにやっていたのだろうか。サントリー・ホールの担当の人が、ふだんはいつも同じクラシックの作品ばかりを聴いているらしく、この深町さんのような演奏に「新鮮さ」を覚え「こういうのが聴きたかったんですよ」と言って即売でCDを買っていったそうだ。 ふだんやっているFJズや、かつてやっていた恵比寿アートカフェでのパーティーで聴く音と、このブルー・ローズで響く音は天井の高さも、反響も、またピアノ自体の音も違う。そういう違いによって、演奏家のモチヴェーションは高まるのでしょうか。「それは(もちろん)あると思うね。当然、演奏家にもそこの音が入ってくるからね。やはり、(演奏家が)集中していると、いい演奏ができるとはよく言われる。ただね、自分がものすごく集中していい演奏ができたと思っても、意外と聴いている人は違って受け取っていたりしてね。逆に、僕があんまり集中できずに楽に弾いたときに、『力抜けてて、よかってね』なんて言われることもある。一概にはなんとも言えないな」(深町・談) 1曲終わるごとに、もちろん観客からは拍手が来るのだが、いつもよりも、あたりまえなのだが、格段に拍手の時間が長かった。観客の満足度もいつもとは違うのだろう。 そして、最後の曲が終わり万雷の拍手に迎えられ彼は再びステージに登場した。「僕の人生の信条のひとつに・・・、決してアンコールはしない、というものがあるんですが・・・。(笑) でも、1曲弾きます」 何曲も演奏されたこの日のステージだったが、そこにはまちがいなく深町純の小宇宙があった。それは、決してアートカフェやFJズでは感じられないものだった。ひょっとしたらアートカフェなどでは「小国」があったのかもしれない。普段、人が動き、ドリンクのカップや食べ物が行き交う中で聴く音楽と、シーンとほぼ全員がステージ中央のひとりの演奏家に対して集中しているのでは、まったく空気が違う。僕も背筋を伸ばして聴いた。 小宇宙からは、きっと宇宙に人類誕生という奇跡が起きたように、何か違う小さな奇跡が起こるに違いない。舞台はブルー・ローズ、不可能が可能になった部屋なのだから。 (2007年10月27日土曜、サントリー・ホール・ブルー・ローズ=深町純ライヴ) October 28, 2007Fukamachi Jun First Concert At Suntory Hall, Blue Rose(Part 1)【深町純サントリー・ホール・ブルー・ローズでスタインウェイを弾く】 体内時計。 音が違う。響きが違う。空気が違う。ふだんのキーボード・パーティーとはすべてが違っていた。恵比寿アートカフェでのピアノの即興演奏、そして、祐天寺FJズでのヤマハのCP80を使ったキーボード・パーティーで聴きなれたはずの深町サウンドが違っていた。アンプ増幅なしに、生ピアノの生音が会場の一番後ろの席に座っていてもしっかりと体に響いてくる。天井も高く、全面木目でできていて、よくピアノが鳴っている。 即興演奏の魔術師深町純が、サントリーホールの小ホールに初登場。この小ホール、今は「ブルー・ローズ」という。ブルー・ローズとは青いバラ。サントリーがオーストラリアのバイオ企業とともに十余年の歳月と30億円の費用をかけて作り上げたという奇跡の花だ。英語では「ブルー・ローズ」とは長い間、「決してできないこと」「不可能なこと」を意味する言葉として使われていたという。まさにその名にふさわしい演奏を繰り広げた。 この日使われたのはスタインウェイのピアノ。調律が終わり、サウンドチェックのために座り、彼の指が鍵盤に触れた瞬間、すでにストーリーは始まっていた。素人目(耳)にもわかるこのピアノの響きのよさ。会場のどこで聴いてもしっかり生音が入ってくる。 演奏が始まる前にビデオ収録用にほんの数分インタヴューした。「いいピアノとそうでないピアノの違いを普通の人にもわかるように説明していただけますか」 「それはたとえば、自分が弾いていて、『お、うまいじゃない』なんて、自分自身がうまくなったように思わせてくれるようなピアノと言えるんじゃないかな。ピアノにまったくの素人が弾いてもわからないかもしれないけれど、ある程度のレベルのピアニストが弾くと、引き立つピアノ、演奏がよく聴こえる、よく響くピアノ、そういうのは確かにあって、そういうのがいいピアノだと思う。僕も過去の経験で何度かそういうピアノに遭遇したことがある。東京芸大のピアノはそうだった。ここのスタインウェイも、きっと値段は1500万とかするかもしれないけど、いいピアノなんじゃない」 カメラマンが「自分は、今日初めて即興演奏を(リハーサルで)聴いたんですけど、即興演奏は、どのように終わるのですか」と尋ねた。「いい質問だね。あまりその演奏がよくないと、なかなか終われないんだ。お客さんがそろそろ終わりそうだな、って感じてるというのがわかったりすると、それを裏切ってまた続けたりすることもある。でも、基本的にはまあ、自分がそろそろ終わろうかと思ったら、徐々に終わるように演奏を整えていくんだ。あ、そうそう、僕は体内時計というのを信じていて、たとえば営業とかで(即興を)5分でやってくれ、と言われたらだいたい5分で演奏を終えられるんだよ。1秒が60集まって1分、1分が60集まって1時間。なんかそういうのを無意識に持ってるんだと思う。僕は目覚し時計使わないんだ。何時に起きなければならないと思うと、だいたいその時刻に起きられる。ま、ときどき演奏中も時計を見ることがあるけど、そういう時っていい演奏になってないことが多いかな(笑)。時間の概念で言うと、いい即興演奏の時って、始まったと思ったら、もう終わってるんだよ。ほら、なんでもマージャンでも遊びでも、楽しい時間はあっという間に過ぎるでしょう、それと同じ」 この日、ファーストセットは7時半スタートの8時10分までの予定で、10分の休憩をはさんで8時20分から1時間くらいということになっていた。下記セットリストの4曲目が静かに着地し演奏を終えた時、時刻は8時10分丁度だったのだ。これには僕も思わず「うそだろ」と驚嘆した。究極の体内時計ではないか。ところが深町さんは、拍手をもらいながら、時計をちらっと見て、もう1曲4分弱の小品を演奏した。あれれれれ。(笑) (この項、続く) ■深町純オフィシャル・ウェッブ ■FJ’ズ オフィシャル・ウェッブ ■Setlist: Fukamachi Jun @ Suntory Hall Blue Rose, October 27, 2007 (Saturday) First Set Second Set 2005年11月 第一部 41.70 第二部 51.82 (2007年10月27日土曜、サントリー・ホール・ブルー・ローズ=深町純ライヴ) October 27, 2007Today: Fukamachi Jun Improvisation Live and Other Soul Searcher Activity…【深町純サントリーホール~ソウル・サーチャー動向】 もろもろ。 某DJと話をしていたら、「もう今年も終わりですよ~~」と電話のむこうでトロトロいまにも昼寝をしそうな声で言う。いろいろ予定をいれていると、もう入れられるのが12月になってしまい、今年も終わりだという感触を持つそうだ。みんなそんなに忙しいんだ。(笑) さて、今日は深町純@サントリー・ホール。今回は『ソウル・サーチン』を撮影しているビデオチームが撮影をしてくれることになり、一夜限りの即興演奏が記録に残される。サントリー・ホール、スタインウェイというコンビネーションは一夜だけ300人だけの体験で終わらせておく手はない。 10月25日(木)付け毎日新聞夕刊に記事を書いた。 さて、このところなんだかいろんな打ち合わせばっかりな感じ。『ソウル・サーチン』読者だけに、耳よりニュースを。来週にでも正式に発表しますが、10月5日に銀座駅で行った『フィリー・ソウル・ナイト』が大変好評で、急遽、もう一度行うことになった。それまで13回行った中で、最大の観客動員になったそうで、どうしてももう一度やって欲しいという熱いリクエストがでてミュージシャンなどの調整をしていた。 日時は12月7日(金)。場所、時刻は同じになる予定。登場シンガーは、ケイリブとサックスのゲイリーは同じだが、3人のシンガーがスケジュールの都合などで変わる。なんと、東京レディー・ソウル・ナンバー1、ブレンダ・ヴォーンの参加が実現。さらにキムタクのギャッツビーを歌うゲイリー・アドキンスが参加し「愛がすべて」を歌う。もちろん、サビのところは「ギャッツビー」になりそうだ。そして、もうひとりはギターと歌のアル・マーティン。前回参加のグリニスの兄である。ギターが加わりサウンドにも幅がでそう。無料イヴェントなので、前回以上の人が集まってしまいそうな気配だ。。 告知ばかりになってしまうが、ソウル・サーチャー関連では、一人芝居の高山広のライヴが11月6日(火曜)藤が丘マルターノで、ソングバード、シャンティのライヴが急遽11月30日(金曜)に決定。今回はなんと丸の内コットンクラブ。デビューアルバムのパリ盤がそれまでには到着しているので、店頭販売もできそう。さらに、ソウル・サーチャー、ゲイリー・スコットのグループ、ザ・サード・ウェイヴのライヴが同じく藤が丘マルターノで11月22日(木曜=休日前日)に行われる。これは木下航志くんのバックを勤めたソウル・サーチャーズのひとりでパーカッションのアンディマツカミらとのグループ。 その前に11月7日(水曜)にはブルースアレーでマルのライヴ。マルはブルースアレーでは『ソウル・サーチン』で歌っているが、単独ライヴは初。『ソウル・サーチン』でのライヴなどが認められて単独ライヴへ進んだ。気心しれたバンドなので、かなりタイトなサウンドになるだろう。さらにブルースアレーでは翌日はフィリップ・ウーのライヴ。この日の最大の目玉は、マクサン・ルイスがフィーチャード・シンガーで登場する点。これも見ものだ。。 今からみなさん、カレンダーにマークをよろしくです。(笑)。 ENT>MUSIC>LIVE>ANNOUNCEMENT October 26, 2007Jino Is Always Funky: He Always Give Space For The Musicians【日本一のファンキー・ベースマン】 スペース。 それにしても、いつ見ても、聴いてもジーノのベースはファンキー。日野賢二のライヴ。この日はちょっと遅れてしまい、セカンドの途中から。ジーノのライヴは、いつも参加するミュージシャンに「スペース」を与えるのが大きなポイント。常にミュージシャンたちにやりたいようにやらせて、そのミュージシャンたちの個性を出させようとする。これって、素晴らしい。この日は、ギターにジューン・ウスバ、さらにベースにちょうどベイビーフェイスのライヴでやってきていたイーサン・ファーマー、サックス奏者(ジョー・・・=名前聞き取れず)が飛び入りという豪華ラインアップ。イーサンはちょうどこの日がベイビーフェイスのギグがオフということで、遊びに来ていた。 最後はいつもの「チキン」、その前の「ティーンタウン」もジャコの曲。「チキン」ではその踊り方を教えてくれる。この日は歌のゲストがいなかったので、ヴォーカル曲は「カム・トゥゲザー」だけになったが、ベースでメロディーも弾くと、ファンクとメローが重なり合って独特の世界が浮かび上がる。 最近、ジーノは他のアーティストへの作品提供や、プロデュースなどで忙しく、自作アルバムを作るまでの時間がないという。ま、ひとつがんばってもらいましょう。 ところで、ベイビーフェイスのベース奏者、イーサンが隣に座っていたので、声をかけてちょっと話をした。彼は前回来日時にも来ているという。「なぜ、今回のドラマーはリッキー・ロウソンじゃないの?」「いやあ、彼はものすごく忙しいだろう。今回のツアーは東京、大阪、福岡って行くからかなり長期になる。それだけ長い間リッキーのスケジュールを押さえられなかったんだろう」 なるほどねえ。 ちょうど2年前のジーノのライヴ評を読み返していたら、彼に「愛のコリーダ」かブラザース・ジョンソンの「ストンプ」をやって欲しいと書いていた。う~む、もう一度、リクエストしておこう。絶対、ジーノにあうと思うな。ケイリブあたりの歌で、ギターはチャーで、ベースがジーノ。よろしく。 May 30, 2007 September 23, 2006 October 27, 2005 ■メンバー (B)日野“JINO”賢二 (Ds)J-Stixx (Key)Penny-K、Nobu-K (G)Masa Kohama (Guest) 臼庭潤(Guitar), Ethan Farmer(Bass) セットリストは、ファーストの分もジーノがくれました。 Setlist : Hino Kenji Live @ Blues Alley, October 17, 2007 First set Second set (2007年10月17日水曜、目黒ブルースアレー=日野賢二ライヴ) October 25, 2007Roy Ayers & Bilal Live At Billboard【ロイ・エヤーズ・ライヴ、ビラルがオープニング】 七変化。 ひとつ間違えば、下手なディスコバンドにさえなってしまいそうなバンドだが、これが思いのほか強力なメンバーだった。ドラムス、ベース、キーボードの3人をバックにまずビラルが3曲歌い、その後、ロイ・エヤーズ御大が登場。ロイ・エヤーズとしてのライヴは2006年10月コットンクラブ以来約1年ぶり。 ロイ・エヤーズのライヴは今までも何回か見ていたが、今回は予想以上にすばらしいライヴだった。各ミュージシャンの力量がソロを取ったときにすばらしく、実力が如何なく発揮されたためだろう。特に圧巻だったのは、ディージー・ガレスピーの「ナイト・イン・チュニジア」。18分余にわたって繰り広げられたこの曲ではベース、ドラムス、キーボード、サックス、もちろんロイなど全員がソロを担当、思い切りミュージシャンたちが力を出していた。 ベース奏者がものすごい早弾きでベースを弾いているかと思えば、それが一瞬休んだ隙に、残りのミュージシャンがやってきて彼の汗をおもしろおかしく拭いたりする。あるいは、サックス奏者が一音ずつ下げるのと同時にミュージシャンも全員一段ずつ立ち位置を下げていったりして、思い切りエンタテインメントになっていた。このあたりの動きは、実に楽しい。そうした面白系の動きも、彼らにしっかりと演奏できる技術があるから映えるというもの。キーボード、サックスの両方を担当するレイはヴォーカルも少しやるが、驚いたのはサックスを片手で持って吹きながら、もう一方の手でキーボードを弾いたシーン。いやあ、器用器用。 ロイ・エヤーズは電子ヴァイヴラフォンを使用。これが、まさに音の七変化。キーボードみたいな音さえ出る。ロイはとても67歳とは思えぬほど、元気。他のミュージシャンがソロを取っているときには、なにか別の楽器で遊んでいたりする。ステージの上での人生を十分に楽しんでいる。これだけの年齢になっても、若いミュージシャンを適材適所に配置することによって、若々しく生き続けるまさにソウル・サヴァイヴァーだ。 ■ ロイ・エヤーズ過去関連記事・ライヴ評 October 08, 2006 November 06, 2006 November 07, 2006 2003/08/21 (Thu) 2004/03/11 (Thu) ■ メンバー ロイ・エアーズ/Roy Ayers(Vibraphone,Vocals) Setlist : Bilal, Roy Ayers @ Billboard Live, October 24, 2007 Bilal Roy Ayers (2007年10月24日水曜、ビルボード・ライヴ=ロイ・エヤーズ、ビラル・ライヴ) October 24, 2007Yoshioka Kohji Exhibition: “My Journey Of Color”【吉岡耕二・個展】 衝撃色。 銀座ソニービルの近くで打ち合わせが終わり、ソウル・サーチャー岡さんに電話をすると、なんとすぐ近くの画廊でお知りあいの先生の個展のレセプションに来ているので、いらっしゃいませんか、というお誘い。言われるがままに行くと、徒歩2分のところにあった「ギャラリー桜の木」での画家吉岡耕二さんの個展だった。先生と岡さんは家が近いことで親しくさせていただいている、という。そういえば、以前にその話をきいたことがあった。 ■吉岡耕二展 http://www.ginzastreet.com/yoshioka_koujiten.html さすが、銀座の画廊でやる個展はちがう。初日ということで、ケータリングなども入り、ゆったりと作品を見つつ、お得意様たちが絵を囲みながら談笑している。基本は油絵で、いくつかリトグラフもあるが、次々と「売却済み」の札がかかっていく。ブルー、イエローなど鮮やかな色彩が目に飛び込んでくる作品群だ。帰ってきて調べてみると、「色彩の魔術師」と呼ばれているそうだ。まさに色の衝撃という感じだ。1967年から14年間ほどフランスに住んでおられたそうだ。 岡さんに紹介されて名刺を交換すると「僕も吉岡です」と、吉岡・吉岡のあいさつになった。 僕なんか絵について素人なので、すぐに「これは、ジャンルでいうと何になるんでしょう」なんていうバカの質問をしてしまった。「まあ、ジャンルなんて売る側(見る側)が決めることだからねえ。でもしいて言えば、心象、具象(絵画)と言えるかな。抽象画に対しての具象絵画なんだが、僕は自分ではその中間あたりの『半具象』って言ったりするね」とやさしく解説していただいた。 吉岡さんは、世界中を旅してそこで印象に残った風景などを絵に描く。「どこかでものすごく綺麗な夕焼けを見るでしょう。それを絵にしたいと思う。でも、帰ってきてアトリエでそれを描こうと思っても、もうそのときの瞬間というのは変わっている。時間が経てば変わるのはあたりまえのこと。心象とは変わるものなんだ」 外で写生をするようには描かないという。その風景を頭に焼き付けて、ゆっくりアトリエで描く。「ということは、写真はかなり撮られる?」と尋ねると「たくさん、撮りますね。それも、モノクロで」とのお答え。な~~るほど。描くときに描く本人もイマジネーションを広げられる。 一作品を書き上げるのに大変な時間がかかるという。特に、絵の具を何回も重ね合わせて描くためには、毎回最初の絵の具を乾かさないとならない。いろいろな絵の具を乾かし、次の色を塗り、また乾かしという作業をしているとものすごく時間がかかってしまう。そこで、同時に何点も並行して描くという。 ところで、吉岡さん作品の何点かに、四角の窓枠のようなものが描かれていることに気付いて、これは何ですか、と尋ねた。すると、「まあ、僕のクセみたいなもんですかねえ」と簡単なお答え。「カメラのファインダーを覗くと映る枠とか、窓から外を眺めて、そのときの窓枠とか、そういうものかなと思ったんですが」と言うと、「それは見る人の自由ですよ、それでいいんですよ」と言われた。最初に下書きのときに、書いて、それが残っていたりすることもあるそうだ。消えてしまうものもあるが、また後から書き足したりすることも。 「日本人の絵の見方っていうのは、その絵を見たらまずタイトルを見る。これはどこで、いつ頃で、夕方なのか朝なのか、そういうことを気にするんですよ。でも、フランス人はちがう。フランス人のおうちに行ったことありますか。古い家なんか行ったら家の壁という壁すべてに何らかの絵が飾ってあります。本当に子供の頃からそういう風に絵に囲まれて育ってるんですね。それに比べると日本は、ふすまと障子で、掛け軸が床の間に一点かけられているくらいです。(日本の家には)絵がないんですよ。特に油絵みたいなものは、(日本には)歴史がない。フランスの家にあれだけ絵が飾られているというのは、ひとつには地震がないからということもあるんですけどね。だから、本当に築何百年という家が普通にあって、古い絵がいくらでも飾られている。オーチャードとかで個展をやると、男の人は順路に従って絵を見ていく、でも、女性はぱっと見て(たとえば)黄色が目立つような絵とか、ぱっと気に入った絵の前に直行する。(日本人男性は)色彩に関する目というのがないんだね。ネクタイをいまだに奥さんに選んでもらったりしてるくらいだからね(笑)」 なるほど。確かに僕も、文字情報というか周辺情報、求める嫌いありますねえ。音楽もですが。(苦笑) いろいろ調べてみると、2005年に行われた展覧会では「魂の詩」というタイトルがついていた。またまたソウルつながりですね。岡さんが、「吉岡さん・・・」と、話始めると二人が同時に「はい」とばかりにうなずく。そして吉岡さんが、岡さんに「今、うちの庭に柿がたくさんなってるから、一度早いうちに来て、とってって」と言っていたのが印象的だった。 ■ 関連ウェッブ ■ギャラリー桜の木 銀座 東京都中央区銀座5-3-12 壹番館ビルディング3階 ENT>ART>EXIHIBITION>Yoshioka, Kohji
October 23, 2007Ebony Faye Live: Friendly And Cozy Night【エボニー・フェイ・ライヴ~歌とトークでコージーな夜】 フレンドリー。 「えぼちゃん」こと日本在住アメリカンR&Bシンガー、エボニー・フェイがトリオを従えて比較的ジャズっぽい作品を小さなジャズバーで歌うというので出向いた。場所は六本木ハリントン・ガーデンの地下一階。2005年12月にできた「クール・トレイン」という30人も入ればいっぱいになる店が30人も入って超満員だった。グランドピアノ、ドラムセット、そしてアコースティック・ベースがあり、このトリオをバックにエボニーがスタンダードを中心に歌った。 エボニーをじっくり見るのは昨年10月以来ちょうど1年ぶり。前回はフィリップ・ウーとのメビウス・セッションだった。その後、チューチュー・パピコのCMが彼女だったことが判明したりしていた。そのことを尋ねたら「たくさん、CMやってるの、だから全部は覚えてない・・(苦笑) ○社、△社、□社、いろいろやったわ」。(会社名を立て続けに言われたが、忘れてしまった) ジャズを中心に歌うエボニーはなかなか大人っぽい。MCも絶好調。「今日はまだ月曜なので、静かにクールにすごしたいでしょ。今日のテーマはジャズ・ナイト。だから、R&B、ソウルを聴きたいという人もいるかもしれないけれど、なにか問題ある、ヨシオカさ~ん」 いきなり振るな。(笑) 「ノー・プロブレム!」と言ったさ。 観客の中に、仲良し2人組みディーヴァ・グレイとマクサン・ルイスがいた。エボニーがセカンドでロバータ・フラックの「キリング・ミー・ソフトリー」を歌う。すると後半、「ララララララ~」というコーラスを客席のディーヴァとマクサンがコーラスを歌いはじめた。小さい店なのでマイクなしでも十分コーラスが聴き取れる。「レディース・アンド・ジェントルマン、ミス・ディーヴァ・グレイ、ミス・マクサン・ルイス!!」 エボニーが彼女たちを紹介した。おなじみソウル・サーチャー、ジェイ・スティックスが叩くジャズ曲を初めて聴いたが、やっぱりセンスある。なんかはたから見ているとまるで簡単にプレイしているのだが・・・。 会場の雰囲気は、エボニーのファン、友人たちが訪れていたせいかひじょうにアットホームでフレンドリーになっていた。帰り道に、なんとタトゥー・東京がなくなっていたのを発見した。今や更地。次には何ができるのかな。 □過去関連記事 October 26, 2006 □ メンバー □セットリスト First set Second set (2007年10月22日月曜、六本木・クールトレイン=エボニー・フェイ・ライヴ October 22, 2007Philippe Saisse Trio With Itoh Takeshi【フィリップ・セス・トリオに伊東たけし】 多国籍。 ステージの上の3人はユニークだ。一人は、マルセイユ出身パリ育ちのフランス人、一人はデンマーク人、そしてもう一人はアフリカン・アメリカン。国籍も人種も違うが、音楽のもとにひとつのユニットになる。そして、このトリオにゲストが登場、それが日本人伊東たけしだ。全員国籍が違うというところがおもしろい。 ニューヨークの音楽シーンで大活躍を続けるキーボード奏者、フィリップ・セスのトリオによるライヴ。基本は昨年(2006年)にリリースされた最新作『ボディー・アンド・ソウル・セッションズ』を中心にプレイ。この日のセット冒頭3曲は、同アルバムの冒頭3曲をそのまま演じた。 感じたのは、フィリップのピアノタッチの強さだ。この人はこんなに強く弾くとは思わなかった。もうひとりのフィリップ、フィリップ・ウーのタッチも異様に強いのだが、同じように強力だ。そして、アコースティック・ベースのクリスミン・ドーキーのベースプレイも相変わらず見事。僕はアコースティック系のベースでは近年彼が一番好きだ。本来であれば、レコーディングに参加したデイヴィッド・フィンクが来日のはずだったが、それがかなわずクリスになった、という。ドラマーはアルバムでも叩いているスクーター・ワーナー。最初、ちょっと叩きすぎという感じがしたが、だんだん慣れた。特に後半、スティックがもう折れそうになり、木の破片が薄く飛び散り始めたときには、驚いた。 そして20年以上前に、フィリップ・セスを迎えてレコーディングした日本のサックス奏者伊東たけしがスペシャル・ゲストとして登場。伊東たけしはソロアルバム2作目『L7』(1985年)で、フィリップたちとニューヨークでレコーディングしていた。(その後ももう一枚作っている) 彼がこの強力トリオをバックにサックスを吹いた。それまで3人だったステージにひとりサックス奏者が入るだけで、ぐっと音楽的にも幅が広くなる印象だ。まさにこの4人は多国籍バンドだ。 実は、伊東たけしさんの次の新作『メロウ・マッドネス』は、ソウル・ヒットのカヴァー集。スタイリスティックスやスティーヴィー・ワンダーなどの曲をカヴァーしていて、12月5日にリリースされる。それに関連して一足先にインタヴューをしたのだが、近いうちにここでも紹介しようと思っている。 ライヴを見ていたら、後ろから肩を叩かれた。振り向くとサックス奏者アンドレ・ピエールだった。なんとドラムのスクーターと昔からのなじみで、ルームメートだったという。わお。アンドレは数ヶ月前ニューヨークからこっちに引越し、やっと家が決まったそうだ。これを機に本格的にミュージシャン活動をするという。彼はここコットンでジーノ(日野賢二)バンドでプレイしていた。 □ 過去関連記事 □ Setlist: Philippe Saisse Trio @ Cotton Club, October 21,2007 Show started 20.01 (2007年10月21日日曜、丸の内コットン・クラブ=フィリップ・セス・トリオ・ライヴ) October 21, 2007Fukamachi Jun Keyboard Party #82: He Will Play At Suntory Hall,Next Saturday【深町純、10月27日にサントリー・ホール出演へ】 濃密。 孤高の即興ピアニスト、深町純が今度の土曜日10月27日、サントリー・ホール・ブルー・ローズ(旧・小ホール)に登場、同ホールのスタインウェイを弾く。ここはサントリー・ホールの正面入口から入ってすぐ左側にあるホール。ホール入口の上に、つい最近開発され話題になったブルー・ローズ(青い薔薇)が一輪飾られている。天井も高く、木目の高級感あふれる格調高い会場で、そこに世界三大ピアノのひとつスタインウェイをいれ、即興演奏を行う。元々クラシック系の音を響かせるようにできているホールで、もちろんPA(アンプなど)なしで、十分「生音」が会場全体に響く。彼がサントリー・ホールに登場するのは今回が初めて。クラシックでもない、ジャズでもない、ポップでもない、イージーリスニングでもない。深町純独自の深町ミュージックというジャンル。果たしてあの豪華なホール、立派なピアノでどのような音が紡ぎだされるのか興味はつきない。 『深町純ピアノソロ即興演奏』 (深町さん本人のメッセージ) (チケットはローソンチケットで取り扱っていましたが、公演1週間を切ったためにすでに取り扱い終了になりました。ただしFJsで販売しています。また、当日券が6時ごろからサントリー・ホールで発売されます) 今週木曜付け(10月25日付け)毎日新聞・夕刊の「楽庫」で深町さんインタヴュー、語録を中心にした記事を書いた。お時間ある方はごらんください。とはいっても、毎月深町さんが定例会で言っていることを、コンパクトにまとめただけなので、このソウル・サーチンの読者にはすでにおなじみの語録かもしれない。 さて、定例会第82回は、毎月最終月曜のものが翌週サントリー・ホールがあるために一週前倒しになった。それゆえか、若干淋しい感じの客入り。みんな来週に余力を溜め込んでいるのかな。(笑) CP80というヤマハの電子ピアノの音は、さまざまな表情を見せる。 恒例・御題拝借のときに、お客さんからもらったほんのちょっとしたメロディーから一曲を仕上げる遊びは、俳句を即興で作っていた時代とあい通じるものがある、といういつもの説を披露。そのときの例としてだしたのがこれ。俳人・加賀千代女が、○△□(まる・さんかく・しかく)をテーマに一句詠めと言われ作った俳句。 蚊帳のすみ 一つはづして 月見かな な~るほど。蚊帳は四つ角、一つはずすと、三角に、そして、そこから月見をすれば月はマルだ。お見事。 また最近深町さんが読んで面白かったという本が『音楽と生活』(兼常清佐・著=かねつね・きよすけ=1885年~1957年=音楽学者・批評家、杉本秀太郎・編、岩波文庫=1992年発売)というもの。この本の中で兼常は「ピアニスト不要論」という説を展開している。 そこの話から発展してこう宣言した。「僕は、クラシックも弾かないし、ジャズ(という形態の音楽)もやらない。ブルースもやらない。僕は自分の音楽しかやらない。だから、お客さんが少ない。しょうがない! こういう図式なんだよ(笑)」 さて、いよいよ今度の土曜日はファースト・クラスのグランド・ピアノで「自分の音楽だけ」の濃密な2時間だ。どんな奇跡が起こるのか、起こらないのか、それは演奏者本人にさえもわからない。シナリオのないドラマの幕が切って落とされる。純白のキャンヴァスには何色の絵が描かれるだろうか。サントリー・ホールで目撃者になってください。 ■深町純オフィシャル・ウェッブ ■Setlist: Fukamachi Jun #82 @ FJ's, Yutenji, October 20, 2007 (Saturday) First Set Second Set ■過去の音楽比率(ライヴ全体の中での音楽の割合を表します)(単位は%) 2005年11月 第一部 41.70 第二部 51.82 (2007年10月20日土曜、祐天寺FJ'ズ=深町純ライヴ) October 20, 2007Kacky’s Is The Name Of “Retro Music Bar”【学芸大学に「レトロ・ミュージック・バー」カッキーズ・オープン】 活気。 昨日(18日)中等部の同級生だった友人柿沼くんが突然、それこそ10年ぶりくらいに電話をくれた。なんと学芸大学でバーを始めたから、こんど遊びに来てくれ、という。そこでさっそく、住所をもとに今日訪ねた。学芸大学駅・東口から線路沿いに自由が丘方向へ242メートル、徒歩約3分という抜群の立地にできた店の名前は「Kacky’s(カッキーズ)」。 僕はいつも彼のことを普通に「柿沼」と呼んでいたので、カッキーという愛称に違和感を覚えた。「え、なに、柿沼、最近、カッキーって呼ばれるの?」「そうだよ」「へえ、誰がカッキーって呼ぶの?」「世界中のみんながさ」(横に座っていたお客さんに受ける) 以前ワンショットバーだったところを、「居抜き」で入って10月3日にプレオープン。13日に正式オープンしたという。なんと同じく同級生ハセヤンが火曜(16日)に一人で来たそうで、「前の日、吉岡に会った、って言ってたから電話番号聞いたんだ」とのこと。ぐあ~~ん、ハセヤンに先を越されたではないか! う~む。 7坪10席ほどの、カウンターだけの「レトロ・ミュージック・バー」。初めて聴くキャッチだが、そう銘打つだけあって、1960年代から1970年代にかけての「ロック、ソウル、ディスコ、日本の歌謡曲、ニューミュージック、グループ・サウンズ、ラヴ・サウンズ、スクリーン・ミュージック、さらには演歌まで」、オールジャンルをかける。カウンター向かいの壁には、17センチ・シングル盤のジャケットが全面に張られ、音楽好きならいやがおうでも、ここに目が行く。ただ、まだターンテーブルは1台だけ、ミキサーがないので、一枚一枚シングルの場合、かけなおす。また、アンプとスピーカーが前の店のもので、若干音がしょぼいので、これはおいおいオーディオをグレイドアップする予定だ。 シングル盤がカウンターに雑然と置かれていたが、いくつか見ている中に僕がライナーノーツを書いたものがでてきた。グロリア・ゲイナーの「恋はサヴァイヴァル」や、シーラB&デヴォーションの「シンギング・イン・ザ・レイン」だ。お~~、ハズカシ。前者は1979年1月。自分でも覚えてません。(笑) カッキーも気付いていなかったという。 彼は中学時代から音楽が大好きで、しかも、そのカヴァーする領域が僕のように狭く特化していないので、いろいろと知っている。フライアーには、「浅く広くがポリシーです」と書かれているが、まさにその通り。 1978年にベータの録画機を入手、その頃からたくさん音楽や映画をビデオテープに録画していた。そんなベータのテープを業者に頼んでDVDに落としてもらい、貴重な映像もテレビモニターで流していたりする。ちょうど、この時は1978年のNHK「紅白歌合戦」を流していた。 柿沼は、昔から絵が上手で、今回のフライアーにも8人のミュージシャンが彼の絵で描かれている。本物をそのまま描くと肖像権がうるさいので、わざと似せないで描いているというが、じっくりその絵を見ていると、これは誰かなあ、などと思いが巡る。 ソウルバーではないのだが、1970年代から1980年代にかけての音楽談義(邦楽・洋楽問わず)をしたい方にはお勧めだ。 せっかくなので、「吉岡のソウル・サーチン・ブログを読んで来た」と言えば、2007年11月いっぱい、ビール1杯(もしくはソフトドリンク)サーヴィスしてもらっちゃいましょう。まだまだ知り合いしか来てないようなので、たくさん人が来て、活気がでるといいね、カッキー。 ■Kacky’s (Retro Music Bar) ENT>MUSIC>SOULBARS>Kacky’s October 19, 2007Mimi Uranai: One & Only Ear-Mancy【耳占い登場】 耳占い。 友人の売れっ子放送作家、いや、ちがう、「超」売れっ子放送作家、金森匠氏から「ラーメンをおごるよ」と深夜呼び出された。ちょうど小腹もすいていたのでほいほい彼の家まで迎えに行く。彼のところは車で5分なので、町内会はちがうが、ま、ご近所さん。 で、道すがらこう言われる。「ねえ、ねえ、去年、耳占いの話したの覚えてる?ほら、耳の形って人それぞれで、千差万別なんだけど、その形を見るだけで、その人の性格やら、くせとかがわかっちゃうっていう話」 おお、おお、確かにそんな話もあったな。「その耳占いの先生が、本を出したのよ。これこれ」と言っておもむろに赤い表紙のかわいらしい本を出すではないか。彼プロデュースで、その耳の占いの先生の本を出した、というのだ。 タイトルは、『6つの耳タイプでわかるほんとうのあなた~耳占い』(中谷ミミ・著=日本文芸社=1050円)。耳の外形を『満月耳』、『三日月耳』、『真四角耳』、『長方形耳』、『三角耳』、『逆三角耳』に分け、さらに耳のパーツを上下左右で4つに分けて占う。34歳までの人は左耳を見て、35歳以上の人は右耳で見るという。 著者の中谷ミミさんは、すでにウェッブを出している。 金森氏曰く、「ほら、手相って見せてもらわないとだめでしょ。でも、この耳なら、初めて会った人でも何気に見ることができるでしょう。それで、性格とか当てたら、よくない?」。そういいながら、「おお、君の耳はいい耳だねえ。小金が貯まる耳だよ」。当たってないよ。(笑) 確かに、音楽を聴く部分では、「かなりいい耳」だとは思うけど。(笑) 彼曰く、「これ、絶対、これから来るから。ブログで紹介して! 10万部売れたら、またおごるよ」。みなさんも、ぜひ、一度お試しあれ。 耳占い―6つの耳タイプでわかるほんとうのあなた posted with amazlet on 07.10.19 中谷 ミミ ふじわら かずえ 日本文芸社 (2007/09) 売り上げランキング: 71039
October 18, 2007Carl Thomas's New Album And His Coming Japan Tour...【カール・トーマス最新作『ソー・マッチ・ベター』と来日・・・】 偶然。 11月に来日するカール・トーマスについての打ち合わせをするために恵比寿ウェスティンのコーヒーハウスで、レコード会社の方と待ち合わせ。カールは、以前バッドボーイ・レーベルから2枚のアルバムを出し、3作目が日本で5月に出た『ソー・マッチ・ベター』(フォーミュラ・レコーディングス)。最初のアルバム『エモーショナル』がリリースされたのが2000年だから、もう7年も前のこと。ここに入っていた「アイ・ウィッシュ」は個人的にひじょうに好きだった。 横浜に、この「アイ・ウィッシュ」をうまくカヴァーするブラックのシンガーがいて、よくピアノバーで彼にリクエストした。というより、彼自身がその曲が大好きで歌っていて、それが僕も気に入っていたのだ。あの彼は今、どこに? (笑) この新作は、元MCAレコードのエグゼクティヴであり、元モータウン社長でもあったジェリル・バズビーがアメリカで興したアンブレラ・レコードからの作品。アメリカではユニバーサルが配給しているが、日本はフォーミュラ・レコーディングスがライセンス契約しリリースしている。このフォーミュラからは昨年一足先にケイシー&ジョジョのケイシーのソロアルバムが出た。 来日前に電話インタヴューして、新聞に掲載という話もあったのだが、紙面の都合がつかず、結局ライヴ評を書くということで落ち着いたところだった。来日時にインタヴューでもしましょうか、あるいは、レコード会社ではラジオ・プロモーションを考え中といった話だった。個人的には、キース・スゥエットに続いての来日男性ソウル・シンガーで期待もしていた。 彼のファースト・アルバム『エモーショナル』は、プラチナム・ディスクに輝いた。しかし、まったく予期せぬ悲劇が襲う。2004年10月31日、彼の2歳年上の兄が急死するのだ。兄は、地元イリノイ州で、十代の若者たちによる車からの無差別銃撃の銃弾に倒れ、亡くなったのである。 この兄の死で彼は決定的に落ち込み、そして人生について深く考えたという。このときバッドボーイは、そのニュースをカールのファンに知らせることもなかった。さらに2作目の制作課程で、作品への介入が前作に比べ著しく大きくなり、カールはレーベルと対立。2作目は完成させ、結局ヒットになるが、その後、バッドボーイと袂を分かつことになった。 兄の非業の死を知ってアルバムを見ると、兄の墓石に手をかけるカールの写真が胸を打つ。アルバムは彼へのトリビュートになっており、各曲を見ていくと、その亡き兄を思う作品がいくつも収録されている。インタールードの「アイ・ミス・ユー」など、まさに兄へのメッセージだ。アルバムの内容はなかなかいい。 さて、その担当者Sさんが実は1980年代に僕がアドリブという雑誌で連載していた「プリンス物語」を熱心に読んでいて、それでプリンスとか、ジャム&ルイスとか、ミネアポリスもの、ひいては当時のブラック・コンテンポラリー系のレコードにのめりこんだ、という話になった。あれを読まれていた方、けっこういるんですねえ。ツナさん。(笑) カール・トーマスの最新作にもジャム&ルイスのてがけた曲が入っている。 で、ミネアポリス雑談などをしているとSさんの携帯にメールが入った。みるみるうちに表情が激変。「カール・トーマス、来日中止のメールが転送されてきました・・・」 おおおっ。じゃあ、この打ち合わせは、水泡に帰す? (笑) ところで、カール・トーマスの日本盤発売レーベルは先ほどから書いているが「フォーミュラ・レコーディングス」という。カールの歴史を紐解くと、彼はバッドボーイと契約する前に、エピックレコード所属のグループに参加していたという。そのグループの名前が、なんと「フォーミュラ」というものだった。偶然! ■カール・トーマス 最新作『ソー・マッチ・ベター』 ソー・マッチ・ベター posted with amazlet on 07.10.18 カール・トーマス ベビー・シャム デイブ・ホリスター ララ・ハザウェイ ブランディ フォーミュラレコーディングス (2007/05/30) 売り上げランキング: 54616 『エモーショナル』 カール・トーマス アリスタジャパン (2000/05/24) 売り上げランキング: 28965 やっぱり、「アイ・ウィッシュ」は傑作。 ENT>MUSIC>ARTIST>Thomas, Carl October 17, 2007Herbie Hancock, Wayne Shorter, Ron Carter, Jack De Johnette : The Quartet: Very Special One Time Performance【ハービー・ハンコックそして、ザ・カルテット、VSOP蘇る】 熟練唯一。 かつてマイルス・デイヴィスという巨星の元に若き血を滾(たぎ)らせたミュージシャンたちが、それから40年を経て、集う。1960年代にマイルス門下生だったハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ロン・カーターらは、1977年に同窓会的にライヴを行った。それが、VSOP(すなわち、ヴェリー・スペシャル・ワンタイム・パフォーマンス、ただ1回だけのパフォーマンス)と題されたライヴだった。そのときは5人が集まったが、その後ドラムスのトニー・ウィリアムスは死去、トランペットのフレディ・ハバードは健康問題で現役を退いている。 そこで、ドラムスにジャック・デジョネットを加え、4人でこのVSOPを再結成、グループ名をシンプルに「ザ・カルテット」として、そのライヴが国際フォーラムで10月15日(月曜)に行われた。確かに会場が大きすぎるきらいはあるが、これだけの人たちが集まってしまうとなると、こういう会場でやらざるを得ないということになる。 一言で言えば、グレイトなパフォーマーたちのプレイがこのユニークなバンドを生かし続けているという感じだ。それぞれの楽曲の中で、それぞれが思い切り十分なソロを演じる。熟練たちの円熟のソロ。ジャックのドラムは若い感じがしたが、一番若いといっても65歳。ウェイン・ショーターのサックスがかなり枯れた感じがしたが、これも最長老という実年齢からすると当然か。 ハービー(1940年4月12日生まれ=67歳)のピアノはさえずり、ウェイン(1933年8月25日生まれ=74歳)のサックスは泣き、ロン(1937年5月4日生まれ=70歳)のベースは歌い、そして、ジャック(1942年8月9日=65歳)のドラムスははしゃいだ。平均年齢69歳の今宵のカルテット(4人編成)には、定冠詞の「ザ」が付く。「ザ・カルテット」。熟練にして唯一の4人組だ。 ■メンバー Herbie Hancock (Keyboards) ■セットリスト show started 19:12 (2007年10月15日月曜、東京国際フォーラム・ホールA=ザ・カルテット~ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ロン・カーター、ジャック・デジョネット・ライヴ) October 16, 2007Babyface Sings Tons Of Hits At Billboard Live: Another Human Jukebox【ベイビーフェイス、90分余でヒット曲30曲を歌う】 ジュークボックス。 ベイビーフェイスの1994年12月(初来日)、2001年8月(プロモーション)、2001年10月、2004年11月、2005年9月(プロモーション)以来通算6回目の来日、4回目の一般公演。 今回はビルボード・ライヴという小さな会場だけに、アーティストに圧倒的に近くひじょうに盛り上がる。97分にわたって、ベイビーフェイスはメドレーにして短い曲もあったが、30曲を歌った。そして、どれもがヒット曲。ヒット曲製造マシンだけのことはある。どこをとってもベイビーフェイス節が聴かれ、次々ヒットを歌う様は、人間ジュークボックスさながらだった。 「僕は女の子を好きになるたびに曲を書いてきた。僕は幼稚園の頃から恋してきたんだ。小学校1年のときに、曲を書いた。そのときの相手はデビーだった。ギターを弾きながら、どうやったらラヴソングがかけるのか研究したんだ。コード進行を覚えたり、どんな風にメロディーができているのか、とか。6年生のときにもラヴソングを書いた。そのときの子の名前は・・・」 ベイビーフェイスは、雄弁だった。 ドラムス、キーボード、ギター、ベースの4人編成のバンド。ベイビーフェイスの魅力たっぷり。下記セットリスト7~9は最新作『プレイリスト』から。ジム・クローチの「タイム・イン・ア・ボトル」など、ベイビーフェイスにあった1曲だ。 メドレーは前半がガイズ(男性シンガー)のヒットメドレー、後半がガールズのヒットメドレー。ここらあたりは圧巻。 ただひじょうに残念なのは、ベイビーフェイスを支えるバンドが弱く、聴きづらいということ。特にドラムスはプレイがひどく、音がうるさいために、ときにベイビーフェイスの声さえかき消してしまう。こうしたB級バンドではなく、やはりリッキー・ロウソンのドラムス、ウェイン・リンゼイのキーボード、ちゃんとしたコーラス隊などのA級バンドで聴きたい。ジェイ・スティックス(ドラムス)&ソウル・サーチャーズにバックをつけてもらったほうがよほどいい。ドラムスが最悪なために、それがあまり出てこないアコースティックな曲は逆に引き立った。 「僕は自分が書いた曲がラジオから流れてきても、すぐにスイッチを消してしまうんだ。だって、それを聴いていたら、粗を見つけてもう一度プロデュースしたくなってしまうから。でも、僕が作った曲があなたたちにいい影響を与えるのであれば、それは嬉しいことです」 下記セットリスト22「スーパーウーマン」から、ベイビーフェイスがプロデュースするという新人女性シンガー、サッシャが登場。彼女はなかなか歌もうまく、いい感じだった。 ベイビーフェイスは1958年インディアナ州生まれ。インディアナを通るインターステート(州道)65の一部は現在「ケニー・ベイビーフェイス・エドモンズ・ハイウェイ」と名づけられているそうだ。 ■ベイビーフェイス最新作『プレイリスト』 プレイリスト(期間限定特別価格) posted with amazlet on 07.10.16 ベイビーフェイス UNIVERSAL INTERNATIONAL(P)(M) (2007/09/19) 売り上げランキング: 2402 ■ベイビーフェイス・ライヴは今週いっぱいビルボード・ライヴで。 ■過去ベイビーフェイス関連記事 ベイビーフェイスのインタヴュー記事(2001年8月) 2004/11/11 (Thu) September 16, 2005 August 08, 2007 ■メンバー ■セットリスト show started 21:35 19-26. Girls Hit Medley: Baby, Baby, Baby [TLC] 27. Take A Bow [Madonna] (2007年10月15日月曜、六本木ミッドタウン・ビルボード・ライヴ=ベイビーフェイス・ライヴ) October 15, 2007Nakata Hidetoshi Talks【中田英寿インタヴュー】 選別。 もう一週間前の話で恐縮なのだが、原稿を書いたものの、アップするタイミングを逸していた中田選手のインタヴューの感想をちょっとだけ。 元サッカー選手の中田英寿がフジテレビの情報番組『新報道プレミアA』(毎週日曜22:00-23:15)に10月7日衛星生中継で出演していた。テレビ番組のキャッチフレーズによれば、なんと彼は昨年引退した後、約1年、世界を見ながら自分探しの旅に出ている、という。びっくり、じゃあ、ソウル・サーチンでもしているのだろうか。 僕はたまたまチャンネルを回していたら、ヒデがでていたので、なんだろう、と思ってみたのだが。テレビ画面に映った中田を見た瞬間、表情がやわらかくなっているなと思った。この1年、何があったんだろう。 中田は中東ドバイにいて、その砂漠から生中継だった。(ホテルからの中継ともでていたが。ホテル内の砂漠かな) この絵がよかった。砂漠にじゅうたんのようなものを敷いて、そこにソファを置き、滝川クリステルの質問に答えている。ときどき、コブのついたらくだが後ろを歩いていく。あれは演出なのだろうか。演出としたら、なかなかいい演出だ。夕陽が大きく地平線に落ちていくあたりの絵もいい。 テレビなので、おもしろい質問はでてこなかったが、しいて言えば、「世界の30歳と日本の30歳の違いは」という質問(中田も30歳)に対して、「(世界で)人と会うとき、その人が何歳かということを聞いたりしないので、何歳かわからない。だから、この質問には答えられない」と答えた。「政治家には興味はないが、政治には興味がでてきた」 あるいは、「世界はパズルのようなものだと思う。あるところに足りないものも、別のところには余っていたりして、それをこううまくつなげば、いいものが生まれるかもしれない・・・」といった発言は、旅をして、世界を知ったからでこその言葉か。朝青龍問題についても、「巡業でサイン会などのファン・サーヴィスもできる」などといいアイデアを語っていた。 中田は基本的には一般メディアのインタヴューを受けないで、唯一受けるのがテレビの生放送だそうだ。対メディアに対して不信感があるそうで、それでこの日、生放送だから受けたのかもしれない。 このあたりのメディア選別の方向性は、古くはマイケル・ジャクソン、最近ではイチロー選手などと相通じる。スポーツ選手だと、やはりこの中田のインタヴュー、イチローのインタヴューはひじょうにおもしろい。 ESSAY>
October 14, 2007Jennifer Batten Showcase【ジェニファー・バトゥン・ショーケース】 ギター。 ジェニファー・バトゥンというギタリストがいる。女性ギタリストだが、ご存知の方は、ギターマニアかな。彼女が有名になったのは、1987年のマイケル・ジャクソンの世界ツアーに参加したことから。このツアーはご存知の通り、ここ日本から始まった。そのときに、光るギター、そして、逆立ったヘアで大いに注目されたのが、ジェニファー・バトゥンである。とは言ってももう20年も前のことだ。 僕はマイケル・ジャクソンの1987年の初のソロ・ツアーを取材したので、そのときに初めてジェニファーに会った。その彼女に、20年ぶりに会った。ジェニファーはその後も、マイケルの「バッド・ツアー」「ヒストリー・ツアー」などにも参加、さらに、同じくギタリストとして最高峰のジェフ・ベックのツアーに誘われてワールド・ツアーに帯同している。 ちょうど、彼女の新作で通算3作目のアルバム『ホワットエヴァー』がこの9月に日本先行で発売され、そのプロモーションの一環で来日、話を聞くことができた。インタヴューの内容はまた後日お送りするとして、彼女のショーケース・ライヴが9日(火曜)に渋谷の東京スクールオブミュージック専門学校で行われた。 この日登場したのは、ジェニファーひとりなのだが、コンピューターに事前にプログラムした音と映像とシンクロさせてギターをプレイした。その映像がけっこう凝ったものでおもしろく、しかも、ギタープレイと同調していて、なかなか興味深かった。基本的には、ロックの世界なのだが、こういうライヴ形式もあるのか、と思った。 ■ジェニファー・バトゥン 最新作『ホワットエヴァー』(ウッドベル) ホワットエヴァー(DVD付) posted with amazlet on 07.10.14 ジェニファー・バトゥン WOOD BELL RECORDS (2007/09/10) 売り上げランキング: 13195 ENT>ARTIST>Batten, Jennifer October 13, 2007"Big Band Beat" With Matsushita Nao【東京ディズニー・シー「ビッグ・バンド・ビート(BBB)」に松下奈緒】 スペシャル。 東京ディズニー・シーの中にあるブロードウェイ・シアターで毎日数回行われている出し物に「ビッグ・バンド・ビート(略してBBB)」というものがある。ホーン・セクション9名、ピアノ、ドラム、ベース、後半でもう一匹ドラム、シンガー8人、ダンサー12人、総勢約33名のエンタテイナーたちが1940年代から1950年代にかけてのスタンダードをビッグバンドで奏でるというもの。これが約30分のショーなのだが、実によく出来ている。13-4曲を次々と歌い、演奏し、踊り、観客を楽しませる。最後にはミッキー・マウスやミニーも登場(この日はミニーは不参加)、ミッキーはドラムを叩いたり、タップ・ダンスまで見せる。ホーンセクションなども、ちゃんと右左、前後左右に振ったり、軽く踊ったり、見せる。 そして、そのBBBに、新進気鋭の女優兼ピアニスト松下奈緒がこの日一日だけ特別参加、スペシャルなプログラムを見せた。なにより楽しんだのは、松下さん本人だろう。なんといったって、ミッキー・マウスとドラムとピアノで共演し、しかも、バックにはビッグバンド、ダンサーなどがステージ狭しと動いていたのだから。 ま、松下さんにキスをせがみ、見事ほっぺたにチュッとされたミッキー・マウス君は、大張り切りしてドラムプレイもものすごくはしゃいでいたので、一番喜んだのはミッキー君かもしれない。 ライヴ後、ご本人とちらっとだけ会うことができたが、背が高く、スラリとしていたので驚いた。しかも綺麗でかわいい。海外に行ってモデルでもできるのではないだろうか。 Setlist : Broadway Music Theater, Tokyo Disney Sea, October 12, 2007 show started 20.48 (2007年10月12日金曜、東京ディズニー・シー・ブロードウェイ・ミュージック・シアター=ビッグ・バンド・ビート(BBB)&松下奈緒ライヴ) October 12, 2007Brenda Vaughn: Living On Purpose【ブレンダ・ヴォーン・ライヴ】 目的意識。 われらが東京レディー・ソウル・ナンバー・ワン、ソウル・サーチャーでもあるブレンダ・ヴォーンの約1年ぶりの単独ライヴ。結論から言うと、前回よりもさらにグレイドアップ、充実の2時間半余だ。見所たくさん、あったなあ。観客は男女比5:5くらいか。年齢層もばらばらでいい感じ。 40年以上ソウル・ミュージックを聴いてなかなか普通のソウル・シンガーは誉めないソウル愛好家安井さんも、「ブレンダは最高にいいね。日本でこういうのが聴けるというのがすごいね。みんな(ソウル・ファン)、これは聴くべきだよ」と高い評価。安井さんの「お褒め」は、僕が誉めるより、はるかにレベルが高いのだ。(笑) ファーストこそ54分だったが、セカンドは1時間42分。ものすごい充実ライヴだ。特にセカンドのトップには木下航志くんがゲストで登場。『ソウル・サーチン:ザ・セッション~アレサ・フランクリン』で歌った「グルーヴィン」をほぼ単独で、そして、ブレンダとともに「ワイルド・ホーセス」を堂々歌唱。それまでの中で最大級の拍手を得た。航志くんに関して、3人の観客から「航志くん、前回(ソウル・サーチン)より、また歌がうまくなってるね」と声をかけられた。そして「若いって、いいね」とも。成長著しいとはこのことだろう。そういえば月曜の「ゴールド・コンサート」でも、同じことを誰かから言われた。 バックは、フィリップ・ウー、クリフ・アーチャー、ケイリブ・ジェームスとまさにソウル・サーチャーズそのままの再現。ここに僕は初めて見るドラムス、ローリーとギターのジェロームが参加。彼ら2人は、現在名古屋を本拠に活躍するミュージシャンだ。名古屋のゲイリーズというライヴ・ハウスでハコバンドとして活躍していた後、日本に残った、という。ライヴ冒頭に流れたブレンダが歌うCMは、実は名古屋のパチンコ店のもの。とてもかっこいい。 ブレンダの冒頭3曲はアレンジも斬新でスターターとしては完璧だった。特にサム・クックの「ユー・センド・ミー」のアレサ・ヴァージョンは聴きもの。また、第2部ではステファニー・ミルズでおなじみの「フィール・ザ・ファイアー」が圧巻だった。この曲を聴くと、ブレンダにものすごくあっている感じがした。しかも、声質もステファニー的なものを感じた。アレサの作品はどれも圧巻だが、「ナチュラル・ウーマン」もかなり魂がこもっていた。 また、セカンドで「オールライト」という曲を歌ったが、途中にケイリブ、飛び入りのメロディー・セクストンらとアドリブをいれて歌った。これは、ブレンダの親友でもあるレデシーの最新作からのヒット。いわゆるオールド・スクールのアレサ・フランクリンも歌えば、こうしたニュー・オーガニック・ソウルのレデシー楽曲などもいかにも今風に歌えるというあたりが、芸幅の広さを見せる。 ブレンダの生きるモットーは、「living on purpose」。しっかりと目的意識を持って生きる、ということ。2時間半余のステージからは、その意識が十分に感じられた。彼女自身のライヴは、また来年かな。これだけのソウル・ショーが見られるなら、たとえば、年3-4回ともう少し多くてもいいかもしれない。オーガナイズするのはとても大変ですが・・・。(笑) ■過去関連記事 September 04, 2007 September 20, 2006 ■メンバー (Vo)Brenda Vaughn (HAMMOND B-3/Key)Philip Woo (Key/Vo)Kaleb James ■Setlist : Brenda Vaughn @ Meguro Blues Alley, October 11, 2007 First set second set (2007年10月11日木曜、目黒ブルース・アレー=ブレンダ・ヴォーン・ライヴ) October 11, 2007Movie "La Vie En Rose"(映画のねたばれがあります。これからご覧になる方はご注意ください) 【映画『エディット・ピアフ~愛の賛歌』を見て】 余地。 次の「山野ミュージック・ジャム」(10月14日放送分)でエディット・ピアフの映画『エディット・ピアフ~愛の賛歌』を紹介することになり、現在公開中のその映画を見てきた。これは1950年代から1960年代にかけて世界中で人気を集めたシャンソン・シンガー、エディット・ピアフの生涯を描いたもの。ピアフは日本でも大変人気の高いシンガーだ。 ピアフは、1915年(大正4年)12月19日パリ生まれ。3歳の頃から祖母の娼婦の館で過ごすという劣悪な環境に育った。20歳の頃、クラブオーナーに認められ、その店で歌いだしたところ人気が出始めた。その後、さまざまな人生の紆余曲折があり、スターの座にのぼりつめる。麻薬中毒、激しい性格、恋、周囲で起こる不幸などなど、多くの出来事がピアフを悩ます。 さすが、ピアフの映画だけあって、映画館に来ている人たちはかなり年齢層が高かった。以降は見ての感想なので、これからご覧になる方は、ご注意ください。 主演ピアフ役のマリオン・コティヤールの演技が見事だ。麻薬中毒患者でわがままで周囲を困らせるピアフの性格をうまく演じている。特にマリオンが演じる晩年は、46歳、47歳とは思えぬ、もう60-70歳の老婆かと思わせられるほど。そして、それを31歳ほどのマリオンが演じているというのもすごい。(マリオンは1975年9月30日生まれ。撮影時は31歳) ピアフ役は5歳までの子役と、10歳までの子役、そして、マリオンと3人が演じるが、子役たちもかわいい。 しかし、映画全編の編集が、あまりに時系列が交錯するので、僕にはわかりづらかった。なんで、こんなにごちゃごちゃにするのだろう。僕はピアフの人生そのものが劇的なので、それを正確に時系列に沿っていけば、それだけで感動できるものができると思うが、どうも映画人というのは、さらにそれだけでは物足りなくなり、なにかひとひねりしてみたくなってしまうのだろう。重要なポイントは、素材がよければよいほど、小細工するな、ということだ。単純に「かわいそう」とか「幸せそう」といった見てる側の感情起伏が、あちこちで寸断される。 たとえば、冒頭で死の淵を出し、そこからフラッシュバックで3歳の頃に戻し、徐々に時系列に沿って物語を展開し、ところどころに、その時点よりも前のことをフラッシュバックでいれる、というシンプルな構成にしたら、もっと最後盛り上がると思う。なので、DVDが出たら、すべてきっちり時系列を正したヴァージョンでも自分で編集して見てみたいとさえ思った。 映像に関して言うと、全編パリの、そして、ピアフのどんよりとした陰鬱なイメージをうまく撮影していると思う。一方、一部でカリフォルニアに行ったときのシーンがでてくるが、ここでの映像が太陽と空があまりに対照的に明るくなっていて、その映像のコントラストに、ピアフの光と影が重なった気がする。撮影監督は永田鉄男さんというパリ在住の日本人だそうだ。 ピアフの人生は、まさにソウル・サーチンの連続だった。そうした苦悩と成功の喜び、光と影を、これでもそこそこは描けているとは思うが、もっと脚本に書き込めるような気がした。なぜ自分は麻薬に溺れるのか、なぜ自分の周りには不幸が起こるのか、なぜ彼女は孤独を嫌うのか・・・。僕はこの映画でしかピアフのことは知らないが、ある意味凝縮されたこの映画の中からでもそれだけのテーマが拾える。おそらく2時間余で47年間は難しいのだろう。それでも、たぶんクリエイティヴに更なる高みに上げられる「余地」があるような気がした映画だった。やはり、消化不良感はぬぐえない。 エディット・ピアフは、1963年10月11日、リヴィエラで死去。47歳だった。つまり今日が命日である。 ■エディット・ピアフ『愛の賛歌』(サウンドトラック) エディット・ピアフ~愛の讃歌 サウンドトラック posted with amazlet on 07.10.11 エディット・ピアフ EMIミュージック・ジャパン (2007/09/05) 売り上げランキング: 350 ■「山野ミュージック・ジャム」(毎週日曜・16時30分~16時50分、インターFM76.1mhz『ソウル・ブレンズ』内) ENT>MOVIE>La Vie En Rose October 10, 2007Philadelphia Museum of Art Exhibition Begins Today【フィラデルフィア展・今日から】 解説。 『フィラデルフィア美術館展』東京展が10月10日から始まる。その内覧会が9日、上野の東京都美術館で行われ、今回は「フィリー・ソウル・サーチャーズ」の関係もあって、足を運んだ。 上野の森は、いくつか博物館があって、徳川展をやっている国立博物館に行ってしまった。少し遅れて入るとものすごい人だかり。司会者と美術館関係者がいくつかのやりとりをした後、今回のイメージキャラクター、檀れいがマティスの「青いドレスの女」を彷彿とさせるドレスで登場。 その後、「ソウル・サーチン」でコメンテーターも務める岡伸昭さんとともに作品を見る。音声ガイドも借りて、それを聴きながら行こうということになった。岡さんは、自分が絵を書いたり、デザインをしたりするアーティストでもあるが、とあるカルチャー・センターで美術史などを教えている先生でもある。 そこで、順路にしたがって、作品を見始めると岡さんがいろいろと説明してくれる。それがけっこうおもしろい。 たとえば、ある時期から絵の具がハンディになって、外に持って出られるようになった。それによって画家はそれまで室内でしか描けなかったが、外に出て描けるようになった。「つまりウォークマンが登場して音楽が戸外に出たのと同じことが起こったんですね」とか、画家の誰と誰が仲がいい、とか、仲が悪い、とか。この画家は金持ちからの支持が厚くけっこう裕福な生活ができた、とか、逆にこの画家は画家仲間からはものすごく評価されていたが、一般からは全然評価されていなかったので貧しかった、とか。これはその後のキュービズムに影響を与える原点になった、とか。彼はオリジナルだが、そのフォロワーの彼のほうが人気がでてしまった、とか。彼らは、当時の絵の世界ではかなり異端で、けっこうプリンスみたいな存在だったんですよ、とか言われると、急に親しみがわく。 そんな解説を受けながら、見ていると「フィリー・ソウル・ナイト」でお世話になったメトロS氏登場。これこれしかじかと説明すると、「じゃあパワーポイントとか使って、一点に一口キャッチかなんか言ってもらって、紹介するなんて、イヴェントの合間にいいかもしれませんね。『これは、だれそれの最高傑作、必見!』とか」。う~~ん、いいアイデアかも。 近代絵画史みたいなものが、ひじょうにおもしろく解説された。こういう話を聴きながら、絵画を見ると興味も広がる。あるいは、「岡先生と見る『フィラデルフィア美術館展』」なんていうのもおもしろいかもしれない。(笑) 歩き始めて閉館の6時すぎまでに、2時間弱、作品点数の半分くらいまでしか進まなかった。この続きは、また後日、ということになった。 ■「フィラデルフィア美術館展」オフィシャルサイト ENT>ART>Philadelphia Museum of Art Exhibition
October 09, 20074th Gold Concert @ Kokusai Forum Hall C【チャレンジド(障がい者)ミュージシャンの競演】 チャレンジド。 「音楽を通じてバリアフリーを」というテーマで全国から集まった障がい者ミュージシャンの年一度行われる全国大会の第4回が2007年10月8日(月曜・体育の日祝日)、東京有楽町の国際フォーラム・ホールCで行われた。ライヴ・タイトルは『ゴールド・コンサート』で、これはデンマークの同様の『グリーン・コンサート』をヒントに制作されている。 縁あって今年は、木下航志くんがゲストで出場することになり、それに伴い僕も審査員という役を仰せつかり、会場に足を運んだ。ここに登場するためには、いずれも何らかの障がいがある人が、1ユニット内に半分以上(4人組みの場合2人以上、障がい者が入る)参加していることが条件で、テープ審査などで選ばれた11組がフォーラムのステージにあがった。 この中から、和太鼓の4人組「The J.B.'f(ザ・ジェー・ビー・エフ)」が「グランプリ」を獲得した。 11組のアーティストのライヴを見て、審査員が審査をしている間、特別ゲストの木下航志くんのライヴが行われた。最初は昨年のこのコンサートの優勝者とのデュエットで、「リボン・イン・ザ・スカイ」を歌い、その後オリジナル曲を4曲歌った。 圧巻は最後の「竹田の子守唄」だった。特に同曲の最後の部分、それまでピアノの弾き語りでマイクで歌っていた航志くんは、マイクから離れ、オフマイクでつまり「素の声」で、約1500人の会場に熱唱した。いや、これは驚いた。こんな子守唄を聴かされたら、みんなしゃきっと目が覚めるにちがいない。(笑) そして、寝られなくなる。 この日は審査員の中に湯川れい子さんがいらっしゃって、久々にお会いできた。「この前、8月にメンフィスに行ったのよ。命日(8月16日)のお墓参り。そこで向こうでいろいろコーディネートしてくれた人がいたんだけど、その人が誰をつれてきたと思う?」 「さあ、見当つきません」 「デイヴィッド・ポーターよ!」 「へええええっ、すごい。なんでまた」 「さあ、それはわからないんだけど、彼は自分はまだ一度も日本に行ったことがないから、行きたいって言ってたわ(笑)」 デイヴィッドは、もちろんメンフィス・ソウル界の重鎮である。アイザック・ヘイズとともに、「ソウル・マン」「アイ・サンキュー」など多数のヒットを書いているソングライター、ミュージシャンだ。そうか、確かに来ていないかもしれない。 控え室で、いろいろな審査員の方とお話をさせていただいたのだが、大変興味深く勉強になるお話が多かったので、いずれご紹介するかもしれない。 Setlist: Kishita Kohshi @ Kokusai Forum Hall C, October 8, 2007 1. Ribbon In The Sky ENT>MUSIC>LIVE>Gold Concert Vol.4
October 08, 2007After The Philly Soul Night (Part 3): Old Lady Asked "For 3?"【『フィリー・ソウル・ナイト』ショーが終わって】 3枚。 メトロ・ミュージック・オアシス第13回『フィリー・ソウル・ナイト』が終わって、その現場では、「フィラデルフィア美術館展」の前売り券の販売と、アーティスト3人のCD販売がなされた。お客さんが一番聞いてくるのが、「彼らのもので、今、歌った曲が入っているCDをください」というもの。しかし、フィリー・ソウル・サーチャーズのCDはない。しばらく前に主催者メトロから、打ち合わせで、ここでいいライヴを見せるとアーティストのCDが飛ぶように売れますよ、と言われていたので、これはなんとかしないとと思っていた。 そこで、妙案を思いついた。前日に7時間ほど全員でリハーサルをするが、その中からいい出来のものを8曲くらい録音して、一晩でCDを焼いて現場で売る、というアイデアだ。100枚限定盤。もちろん、5人全員の合意がなければやらないが、それぞれに聞くと、「いい出来なものをやるなら、それも悪くないか・・・」くらいの反応が戻ってきた。 そのためには、事前にジャケットデザイン、CD盤面印刷をしておかなければならない。それは一週間前に終わらせておくとして、リハからいいテイクだけのマスターが出来るのは前日の夜10時だとすると、帰ってから、1時間に10枚CDを手作業で焼いたとしても100枚焼くのに10時間かかるではないか。その計算をしたところで、これは絶対無理だということになって、あえなく没になった。1週間くらい前に、マスターができていれば、業者に頼むこともできたのだが・・・。ま、リハをCDにしてしまうというのがそもそも無理な話だが・・・。(笑) というわけで、フィリー・ソウル・サーチャーズの即席CDは幻に終わったのだが、ケイリブ、ゲイリー、グリニスがそれぞれ自分のCDを出しているので、それらを即売することになった。グリニスのは8月にできた『ブラック・アイス』、ゲイリーのはほんの数日前にプレス工場から来たできたてホヤホヤの最新作『ゴッド・イズ・エヴリホエア』。(いずれ、どちらも改めて紹介します) ケイリブは2-3年前に作ったものが再び登場。各2500円。グリニスはちゃんと、CDをいれるケースもあり、自分の写真も盾にいれてディスプレイも完璧。う~~ん、これはアピールする。 買った人には、3人がサインをするのだが、すぐに人だかりができた。おそらく普段はCDショップに行かないような人も多かったのだろう。 そして、こんなやりとりは、普段は絶対に聞かれない。最高におもしろかった。気のいいおばちゃん風が尋ねた。「このCDはおいくら?」 係りの者が答える。「2500円です」 おばちゃん。「3枚で?」 スーパーの安売りじゃないぞ。(笑) しかし、今度即売会をするときには、3枚全部買ったら7500円のところを6000円にします、とかしたりしたほうがいいのだろうか。(笑) 一説によると、おばちゃん向けには1980円とか、2480円とかがいいらしい。売るほうは小銭の清算がめんどうになるのだが・・・。 即売会が続く中、会場は撤収作業が続いている。お客さんからは、彼らは定期的にライヴをやっていないのか、次はどこで見られる、といったことを何度も聴かれた。ミュージシャンたちはサインなどが終わると控え室に戻る。そして、一息ついて軽い打ち上げをしようということで、近くに移動。 その移動途中、構内のポスターに沢尻エリカが映っているものがあった。それを見たケイリブが声をあげた。「彼女、彼女の記者会見のコメント、最高だよ。あんなにすばらしいコメントは聞いたことがない。『特にありません』(nothing special)『別に(nothing)』 僕は大いに気に入ったよ」 「あ、でも、あれその後、彼女は謝罪したんだよ」 「ほんとか、嘘だろ。あれでいいじゃないか」 僕はあのやりとりを見て、プリンスのディック・クラークとのやり取りを思い出した。プリンスは、そのときは、司会者クラークの「よりによって(of all places)」ミネアポリス出身という一言にカチンときて、受け答えもぶっきらぼうになり、一言返事になった。そういえば、あのとき、プリンスも21歳か22歳くらいだったはず。ちょうどつっぱりたくなるお年頃なのかもしれない。それとも、ひょっとして、エリカも司会者の何かが気に入らなかったのかな。(笑) 僕も、この一連の騒動は別に謝らないほうがおもしろいと思ったクチだ。プリンス好きのケイリブらしいなと思った。 (2007年10月5日金曜、東京メトロ・ミュージック・オアシス、銀座駅コンコース内オアシス=ケイリブ・ジェームス&フィリー・ソウル・サーチャーズ・ライヴ)
October 07, 2007Philly Soul Night Live At Ginza (Part 2): Behind The Scene【『フィリー・ソウル・ナイト』舞台裏にて】 仲間。 フィリー・ソウル・サーチャーズは前日にじっくりリハーサルをしたが、確認の意味も含めて、当日のリハーサル後、彼らは楽屋控え室に入るや、携帯用のくるくる巻けるシート様になっているキーボード(カシオ製)を広げ、軽くそれを弾きながらハーモニーの練習をし始めた。小さなテーブルに下敷きのような、まるでおもちゃのキーボード(鍵盤)を置いて、そこに小さなスピーカーが接続され、一応ちゃんと、しょぼい音(笑)だが、音がでる。僕は初めて見たが、これは笑えた。楽しい。これで練習か。さすが。 大きなケイリブがこのおもちゃのキーボードを操り、コードを弾きながら「誓い」(You Make Me Feel Brand New)を5人が歌う。コーラスをつけながら、ゲイリーは膝やテーブルを叩いて、パーカッションを演奏。歌が好きな仲間たちが、5人集まって好きな曲を歌っているその様はまさに、これぞ「ストリート・コーナー・シンフォニー」。僕はこの様子にミニ感激した。 ガッツビーでおなじみの「愛がすべて」も全員コーラスで練習。ちょうど、軽いスナック、チキンなどが到着し、それらをもぐもぐしながら、しっかり歌う。これを聴きながら、1曲くらい、全員ステージ・センターに立ってマイクスタンドを囲みアカペラの曲をやってもらってもよかったかもと思った。まあ、「エンド・オブ・ザ・ロード」の最後の部分は、手拍子だけでアカペラになって、受けたが。もっと出来ただろう。 「誓い」は本番になると、彼らはちゃんと振りをつけ、ゲイリーは最近流行りのカフーンというドラムのような音が出るパーカッションを叩いてリズムを作る。さすが。 「次の曲はハロルド・メルヴィン&ブルーノーツというグループがヒットさせた曲だ。だが、おもしろいことに、ハロルド・メルヴィンはリード・ヴォーカルを歌っていない。リードを歌っているのはテディ・ペンダーグラスというシンガーです」 こう説明されてグリニスが「二人の絆(If You Don't Know Me By Now)」を歌う。グリニスは、「never, never, never」の部分を思い切りアドリブを効かせ熱唱。観客からもやんやの喝采が集まった。こんなのは、リハではまったく見せなかった。さすが。 ケイリブのMCはなかなか冴えていた。いくつか曲の解説をしながら、曲に進む。「この曲は、夫Aと妻Bの話。でも、夫Aと妻Bには、別にそれぞれ妻Aと夫Bがいる。曲の主人公の男の名前はわからないが、女性の名前はジョーンズです・・・」。そして、「ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ」が始まる。途中で、ミー・ア~~ンド・・・ミセス、ミセス・・・カワサキ・・・なんてアドリブをいれて受ける。いじりかた最高だ。さすが。 今回のメドレーを含めて12曲のセットリストに最初は、ガッツビーの「愛がすべて」と「ユー・レイズ・ミー・アップ」は入っていなかった。「愛がすべて」は、日本で人気があることを説得していれてもらった。(笑) ケイリブにとっては、「これは(フィリー・)ソウルではない」という感覚らしい。それはそれでわかる。彼はこれを「ポップ・ソング」と呼ぶ。 しかし、そんなことを言っていたケイリブのMCはガッツビーをネタに大いに笑いを取るものにしていて、客席からも超受けていた。さすが。 「ユー・レイズ・ミー・アップ」は、もちろんフィリー・ソウルではないのだが、この「フィラデルフィア美術館展」のイメージ・テーマ・ソングになっていたので、主催者から「どうしても、これだけは」というリクエストをもらっていた。最初ケイリブに言うと「ジョッシュ・グローヴァン? 知ってるけど、フィリー・ソウルじゃないぞ。マジか?(笑)」との返事。紆余曲折あり、いろいろ話して説得。最終的にセットリストのどこに置くかかなり悩んだが、アンコールにすることにした。 彼らはレコード(ジョッシュ・グローヴァンのもの)にあわせながら、何度か歌ううちに、どのラインを誰が歌うか決め、結局5人でリードをまわすことにした。この5人リード回しは、「サイドショー」でも行われたが、これが実にヴォーカル・グループとしての魅力の幅を出すことになった。そして、彼ら自身は若干不満はあったようだが、セカンドのアンコールでこれが歌われると、多くの観客を感動させてしまったのだ。恐るべしフィリー・ソウル・サーチャーズ。(笑) さすが。 通りすがりの人が、最初は興味本位でコンコースに立ち止まる。しかし、耳慣れた曲が歌われていると、通路に張られたロープの内側に入ってライヴを楽しんでいく。無料ライヴならではだ。 なお、フィリー・ソウル・サーチャーズのメンバーの立ち位置は、舞台向かって左キーボード担当がケイリブ・ジェームス、その右がアージー・パイン、歌・センター・男性がグリニス・マーティン、左がポーラ・ジョンソン、そして、一番右パーカッションがゲイリー・スコットだ。 (フィリー・ソウルについて、もう少し続くかも) ■Setlist : Metro Music Oasis Vol.13 ~ Philly Soul Night In Ginza @Ginza Station, Metro, Concourse, Oasis : October 5, 2007 セットリスト : フィリー・ソウル・ナイト ~ ケイリブ・ジェームス&フィリー・ソウル・サーチャーズ second set show started 18:33 (2007年10月5日金曜、東京メトロ・ミュージック・オアシス、銀座駅コンコース内オアシス=ケイリブ・ジェームス&フィリー・ソウル・サーチャーズ・ライヴ) October 06, 2007Philly Soul Night: So Many, So Many People Came【フィリー・ソウル・ナイト~超満員御礼感謝】 超超満員。 5日、メトロ銀座駅コンコースで行われた『メトロ・ミュージック・オアシス第13回~フィリー・ソウル・ナイト』は、2回でおよそ1000人の観客を集め大盛況のうちに終わった。ソニービル地下一階のコンコースに作られたステージと客席。ふだん何気なく、通路として使われている場所が、ライヴハウスになった。ステージ前に約60席を作り、その回りを立ち見の人々が囲む。かなりの後部では音は聞こえど、姿は見えずみたいな状況だったが、通りすがりの人も流れずにその場に留まっていく人がひじょうに多かった。 ケイリブ&フィリー・ソウル・サーチャーズは、フィリー・ソウルのヒットを次々と演奏・歌っていく。リードを取るのは全員。グリニス、ポーラ、アージー、ケイリブ、ゲイリーも曲によってリードを取るので、ちょっとしたヴォーカル・グループなみ。一番受けていたのは、スタイリスティックスのヒット「誓い」や、なんといっても「愛がすべて(キャント・ギヴ・ユー・エニシング」だ。 ケイリブがMCでこう言った。「いやあ、暑い! これぐらい暑いと僕のヘアに何か必要だ!」 ゲイリーが相槌を打つ。「何が必要なんだ?」 僕が個人的におもしろいと思ったのは、下記セットリストでのフィリー・メドレーの1曲「サイドショウ」。ブルー・マジックの1974年のヒット・ヴァージョンではファルセットのテッド・ミルズが歌う。これをこのフィリー・ソウル・サーチャーズは、5人のリードが一行ずつ歌い回す。ヴォーカル・グループの妙みたいなものが、計らずも生まれた。 階段には、通路を行き交う人のために、ロープが張られ、ロープ内は立ち見で牛詰。おそらく後ろの人たちはほとんど見えなかったと思う。座れた方々はかなりラッキーだ。 前日のリハで、ケイリブといろいろ話ているうちに、おそらく予定した曲数では当初の演奏時間45分を大幅に越えるだろうということで、2曲をカットして本番に臨んだ。ところが、実際に歌い、MCをいれるとやはりそれでも足りなくなり、1部は2部の始まりを遅く出来ないために急遽1曲カットになった。 『メトロ・ミュージック・オアシス』のイヴェントでは基本的にこれまで入れ替えをしていなかったが、今回から入れ替えることにした。1部本編が終わり、大歓声のうちにアンコールをもらい、終了後、一度清掃をいれ観客出しをしたのだが、すぐに第2部に入るためものすごい行列が出来てしまった。どうもファーストを立って見た人がセカンドに残ろうとしたようだ。 第1部はなんとか60分(それでも15分押し)で押さえたが、第2部は1時間15分超となった。この長さは同イヴェントで最長になった。また、このイヴェントに関する問い合わせがメトロに多数来て、問い合わせの電話は昨日一日中ひっきりなしになり続けたという。さらに、人だかりをみて会場近辺からの問い合わせもあったらしい。 ライヴ後のCD即売会もけっこう売れた。一番聞かれたのは、「彼らの演奏のCDで、今日やった曲のものをください」というもの。残念ながらそれは用意できなかったのだが・・・。CD即売など手伝ってくれたAちゃん、Sちゃん、Oさん、オフィシャルカメラマン、長渡さん、木下さん、ありがとうございます。そしてもろもろ取り仕切っていただいたメトロ杉山さん、読売・中島さん、スタマック・永田さん、そして、ケイリブ&フィリー・ソウル・サーチャーズの全員に最大の感謝を。 ほんと、どこからこんな人が集まるんだ、という大観衆になりびっくりした。コンコース内は、若干エアコンがあるが、大変な暑さとなり、僕もすっかり汗だくになった。 (この項・続く) ■メンバー Kaleb James (keyboards, vocal) ■Setlist : Metro Music Oasis Vol.13 ~ Philly Soul Night @Ginza Station, Metro, Concourse, October 5, 2007 セットリスト : フィリー・ソウル・ナイト ~ ケイリブ・ジェームス&フィリー・ソウル・サーチャーズ first set show started 17:00 (2007年10月5日金曜、東京メトロ・ミュージック・オアシス、銀座駅コンコース内=ケイリブ・ジェームス&フィリー・ソウル・サーチャーズ・ライヴ)
October 05, 2007Philly Soul Night: Today At 5 Pm, Ginza【フィリー・ソウル・ナイト、今日5時、銀座ソニービル前地下一階】 ヴォーカル・グループ。 ケイリブ・ジェームス&フィリー・ソウル・サーチャーズが出演する『フィリー・ソウル・ナイト・イン・ギンザ』が今日午後5時、銀座・ソニービル前、地下一階メトロのコンコース内に作られた特別ステージで行われる。ちょうど、ソニービルの前には、平山画伯の絵が展示されているが、その前にステージと客席を作ってライヴを行う。席は50程度なので、座れなかった場合は、通路に立ってみることになる。無料のイヴェントなので多いときには2-300人の人が集まることもあるという。 そのリハーサルが昨日あったが、フィリー・ソウルのヒットの数々が歌われた。興味深かったのは、今回のメンバー全員(ケイリブ、ゲイリー、グリニス、アージー、ポーラの5人)がヴォーカルを担当できるということ。 たとえば、フィラデルフィアのあるヴォーカル・グループの1974年のヒットでは、1行ずつ、5人がリード・ヴォーカルをまわすということもやってのける。これは、オリジナルではテッド・ミルズという素晴らしいファルセット・シンガーが全編歌うが、5人のリードまわしというのは、ひじょうに新鮮で面白かった。グリニスは甘い高い声、ゲイリーは洗練されるもちょっとハスキーな声、ケイリブはルーサーのような声、アージーはポップ・コンテンポラリーな声、ポーラはゴスペル系のソウル声ということで、五者五様。女性2人、男性3人という編成のソウル・ヴォーカル・グループで有名どころって誰だろう、などと考えてしまった。 どの曲も、『ソウル・サーチン・ダイアリー』をご覧になっている方にはおなじみの曲ばかりだと思うが、カヴァーも、いつも一ひねりあるケイリブのアレンジということで、たとえば、スタイリスティックスのある有名曲は、フィリス・ハイマン・ヴァージョンでやってみようということになっている。 なお、当日はライヴ終了後、グリニスの新作、ゲイリーの新作、ケイリブのCDなども即売する予定。ライヴリポート、セットリストなどは、明日・ご紹介します。 +++++ 『Metro Music Oasis Vol.13(メトロ・ミュージック・オアシス13)』 日時 2007年(平成19年)10月5日(金) ENT>MUSIC>LIVE>ANNOUNCEMENT>Philly Soul Night October 04, 2007Oggi The 15th Anniversary Music On TV "The Basics"【AIがホストを務め伊藤由奈らが登場】 企画。 ミュージック・オン・TVと小学館の女性誌オッジ(Oggi)が手を組んだ『ザ・ベイシックス』というイヴェントが3日、国際フォーラムで行われた。誰もが聴いたことがあるメロディーや名曲のカヴァーを基本にした音楽イヴェントということで、今回は出演者がそれぞれ思い出の映画音楽を歌った。客層は、オッジ読者を中心にした20代から30代のOL系女性。男女比は2:8くらいか。 ホスト役はAI。これに伊藤由奈、JUJU、ボニー・ピンク、一青窈が参加。AIがいろいろなシンガーをゲストに迎えるという形だ。音楽ディレクターは、ケイリブ・ジェームス。10日以上のリハーサルをしてのぞんだバンドは、ケイリブ率いるだけに強力なリズム隊、サウンド。 下記セットリストでの楽曲は、それぞれのシンガーが何らかの思い入れのある映画曲を選んで歌った。そんな曲が歌われる前には、その映画の映像が1-2分程度スクリーンに映し出された。なかなかいいアイデアだ。 AIは、司会進行とともに歌も歌うという大活躍ぶり。AIは歌のパフォーマンスも安定、安心してみていられる。10月からのドラマ『医龍・ティーム・メディカル・ドラゴン2』のテーマ曲となった新曲「One(ワン)」もなかなかいいメロディーのバラードで話題になりそう。 伊藤由奈の「スタンド・バイ・ミー」はいかにもケイリブがやりそうなアレンジだった。一方「タイタニック」が意外と彼女にあっていて、聴かせた。 JUJUは4曲歌い30分近くになった。オリジナル楽曲2曲もむずかしく、もう少しやさしい曲から始めれば彼女の個性が出るかもしれない。 ボニー・ピンクのオリジナル曲は、蛯原友里(えびちゃん)が出たCMに使われヒットした曲。 一青窈はかなりトークも歌もステージに「場慣れ」した印象で、うまくパフォーマンスをまとめる。彼女の歌からは日本語を大切にしているなという感じがした。 洋楽曲を歌うとなると、AIと伊藤由奈が英語ネイティヴというのは、やはり強い。 一番驚いたのは、「ドリーム・ガールズ」が歌われる前に、なんとビヨンセのビデオメッセージが紹介されたところ。会場では、映画『ドリーム・ガールズ』で実際に使われた衣装が展示されていた。どうせなら、3人とも衣替えして、ドリーム・ガールズみたいなドレスで歌って欲しかった。 全体的には、映画音楽を軸にした歌を女性シンガーだけでやるというのはおもしろい企画だ。また、5組のアーティストがでてくるが、バンドがハウスバンド的にひとつなので、セットチェンジの空き時間がないところがいい。 ■メンバー ケイリブ・ジェームス (音楽ディレクター、キーボード) ■ セットリスト show started 19:14 (2007年10月3日水曜、東京・国際フォーラムA=AI、伊藤由奈、Bonnie Pink、JUJU、一青窈・ライヴ) October 03, 2007"Rehab" Again: Amy Wants To Learn From Mr. Hathaway【『リハブ』~エイミー・ワインハウス・もう一度】 訂正。 9月9日付け、本ブログで新進気鋭のシンガー、エイミー・ワインハウスについて書いた。そのタイトルは【エイミー・ワインハウスはダニー・ハザウェイから学ぶことはないと言う】だった。この件に関して、「ちょっとニュアンスが違うのではないか」というご指摘をいただいた。 「ミスター・ダニー・ハザウェイからだって学べないんだから(That I can't learn from Mr. Hathaway)」という歌詞のラインから、タイトルを取ったのだが、彼女はダニーから学べない、とは言っていないという指摘だ。そこでもう一度、歌詞をじっくり読んでみた。 う~む、なるほど。その前後を訳すとこういうことだった。 「私はレイ・チャールズを聴きながら、うちにいるほうが、マシ。70日(のリハビリ)なんか、やってられない。だって、リハビリ・センターでは、ミスター・ハザウェイが教えてくれないことなんて、何も教えてくれないんだから」 (I'd rather be at home with Ray つまり、歌の主人公は、リハビリに行くよりも家で、レイ・チャールズやダニー・ハザウェイのレコードを聴いて、そこから学んでいたほうがマシだと言っているのだ。その次の2行もおもしろい。 「とはいっても、学校のクラスでも別に大したことは学ばない。でも、グラスの酒をあびたところで、何にも学ぶことはないんだけどね」 そうだ、だって、ハザウェイに「ミスター」が付いてるわけだし。リスペクトがあるわけだ。ちょっと早とちりしてしまいました。 ということで、タイトルは【エイミー・ワインハウスは、リハブに入ったらダニー・ハザウェイやレイ・チャールズから学べなくなるから、入りたくないと言う】 に訂正します。 解釈まちがい、お詫びして訂正いたします。(9月9日付けのブログは、一部を手直ししました) でも、このエイミーのキャラって、ひょっとして先日記者会見で3つしかコメントを言わなかった沢尻エリカとカブルかもしれない。 記者「エイミーさん、スタッフからリハビリに入れといわれたそうですが、どんな感想をお持ちになりましたか?」 エイミー「特にないです」 記者「エイミーさん、そのリハビリ入りを勧めたマネージャーをクビにしたそうですが、なぜですか」 エイミー「別に・・・」 ■エイミー・ワインハウス過去記事 September 09, 2007 ■エイミー・ワインハウス『バック・トゥ・ブラック』 Back to Black posted with amazlet on 07.09.09 Amy Winehouse Island (2006/10/30) 売り上げランキング: 3271 +++++ ENT>ARTIST>Winehouse, Amy
October 02, 2007Philip Woo Live At Blues Alley【フィリップ・ウー・ライヴ】 セッション。 いやあ、久々にちょっとオールドスクールなソウルフル・ライヴだった。フィリップ・ウーのお友達セッション。フィリップのライヴは4月のブルース・アレイ以来。ゲスト・ヴォーカルには、『ソウル・サーチン:ザ・セッション~アレサ・フランクリン』、最後の「フリーウェイ・オブ・ラヴ」でものすごい喉を聴かせたマクサン。さらに、ふだん教会などでゴスペル・オルガンを弾いているというグレッグ・ハーテッジ、そして、最近特にファンキーなサックスを聴かせる新進気鋭の小林香織まではいったバンド。香織ちゃんの参加は当日まで知らず、行ってみてびっくり。最近は彼女はストレートなジャズはライヴでもやらず、もっぱらファンキーなバンドでプレイしているという。 さて、今回のメイン・ヴォーカル、マクサンは古いブルース、ソウル、最近の作品などをいろいろと歌ったが特に素晴らしかったのは、オーティス・レディングの「アイヴ・ビーン・ラヴィン・ユー・トゥ・ロング」。こうしたサザン・ソウル、シャウト系の歌はマクサンにどんぴしゃ。ここまで盛り上がるとは思わなかった。さらにサプライズは、ステイプル・シンガーズの大ヒット「アイル・テイク・ユー・ゼア」で、今年1月に単独ライヴを行ったディーヴァ・グレイがステージに上がったこと。これも実に聴き応えがあった。 ハモンド・オルガンを2台ステージに置いたのは、ブルース・アレーでは初めてのことだという。2人の強力なオルガン・プレイヤーの、バトルなどもひじょうに楽しかった。マクサンは、シャーデーやアンコールのルーサー曲などより、圧倒的にブルース、南部ソウル系があっている。一方ディーヴァはルーサー曲などがあっている。それぞれ違う個性ということだろう。こうしたメンバーによるこれだけソウルフルなライヴが気軽に東京で見られるというのは、やはり嬉しい。 +++++ フィリップはまた10月からかなりの数のライヴを行う。詳しくは、フィリップのウェッブに。 ♪10/5 DJ Recloose Japan Tour @Rockets in Osaka ■Members: Philip Woo Special Organ Session Philip Woo (Keyboards) (HAMMOND B-3, Leslie122, Rhodes) Guest Vocal: Maxyan First set Second set (2007年10月01日月曜、目黒ブルース・アレー=フィリップ・ウー・ライヴ) October 01, 2007Takayama Hiroshi Will Be At Martano November 6th【高山広~マルターノに登場】 これまでに『ソウル・サーチン:ザ・セッション』イヴェントで、ルーサー・ヴァンドロスの回(2006年7月)、アレサ・フランクリンの回(2007年3月)でそれぞれのストーリーを一人芝居で演じたエンタテイナー、シンガー ソング ライター のような「アクター ディレクト ライター」と自称する高山広さんが、11月6日(火曜)に藤が丘マルターノに登場する。 『ソウル・サーチン』や彼個人のソロ・ライヴ・パフォーマンスをご覧になられた方はおわかりになると思うが、高山さんはさまざまなキャラクターを一人で演じる。それは単にひとりの人間のキャラクターだけではない。物にもなってしまうのだ。たとえば、そこにパソコンがあり、モニターがあれば、それだけで一ネタ作ってしまうだろう。それは、彼の観察力のすばらしさに負うところが大だ。 高山さんはいろいろな出し物を持っており、ネタも数百を超えるが、大きく分けて二種類のタイトルがある。比較的小さな会場(30人~)のところで演じる場合『高山広の一人芝居おキモチ∞HANJOH(だいはんじょう)』(PA、マイクなどを基本的には使わない)、大きな劇場などで行う場合『高山広のおキモチ大図鑑』(PA、マイクなどを使用)となる。 先日マルターノで打ち合わせをした時、現場に来た高山さん「いやあ、おしゃれなレストランですねえ。はい、ここでは『おキモチ大図鑑』ですね」。おそらく客席数は50強といったところだが、彼としてはマイクを使うので「劇場並」の『大図鑑』をやる腹積もりらしい。もちろん、彼のパフォーマンスにかける意気込みは観客数には関係ない。 この『おキモチ大図鑑』は、彼のプロフィールによるとこうだ。「92年からスタートした数本立てショートストーリーの一人芝居シリーズ『高山広のおキモチ大図鑑』は、人間や動物、昆虫といった生物はもとより、ありとあらゆるモノ(花火、パチンコ玉、歯ブラシと雑巾、傘、爪切り、たばこ、信号、消化器、星…)や概念(昨日さんと今日さん、ウソ君とマコトちゃん…)まで演じながらその「キモチ」や機微を描いていくという作風で「一人芝居の概念を変えた」と評されています」 まさにこの説明の通り。 11月6日のライヴの出し物・ネタについては未定だ。しかし、何が飛び出るにせよ、面白いものが演じられることはまちがいない。藤が丘近辺にはこうしたものを見せるライヴハウスはない。果たして、かの地でどのような反響を巻き起こすか興味深い。 ■高山広オフィシャル・ウエッブ 高山広の一人芝居「おキモチ大図鑑」@マルターノ ENT>LIVE>ANNOUNCEMENT>Takayama Hiroshi |