December 31, 2007Frank McComb : The Last Day At Cotton【フランク・マッコム最終日】 満員。 木曜日からやっていたキーボード・ウイザード、フランク・マッコムの4デイズ最終日セカンドは、満員。ということで本人のパフォーマンスもかなりのりのり。ドラム、ベースとフランクのリズム隊はかなり強力で、ここにパーカッションが味付けされ、バンドとしてはよくまとまっている。「キューピッドズ・アロー」でのドラム、ベース、キーボード、パーカッションのからみは抜群だった。 ベースのトレスは、ヘアスタイルも奇抜だが、かなりいいベース。そして、ドラマーも相当力が入っている。基本的にはジャム・セッションを聴かせる、という感じなので、今度はひとつびしっと選曲を決め、一曲を短くして14曲くらいやってもらえるとうれしい。 最後ステージで、「グッド・ミュージックを聞き続けてくれ」とメッセージを語った。またライヴ後は、ファンにサインをし、写真を撮りと大サーヴィス。来年は二度日本に来たいとも言っていた。 Setlist: Frank McComb @ Cotton Club, December 30, 2007 show started 20:03 (2007年12月30日日曜、コットンクラブ=フランク・マッコム・ライヴ) December 30, 2007Fukamachi Jun #84: 7 Years Of Improvisation Music【即興し続けてまる7年~深町純ライヴ】 7年。 2001年1月に恵比寿のアートカフェで始まった「深町純ピアノ即興ライヴの会」は、2007年12月でまる7年、これで84回が終わった。常々「僕は100回まではやろうと思っています。友人の朝日新聞の記者の人に『深町さん、なにか100回続けていれば、記事にできます。だから最低100回はやってください』と言われたんでね」と言う。このまま順調に行けば、2009年(再来年)4月が記念すべき100回になる。きっと、その記念すべき100回なんてのも、もうすぐにやってくるんだろうな、と思う。 深町さんは「僕がやっている音楽は、何だと思う?」と観客に問うた。そして、僕は「深町さんの人生そのものだと思います」と答えた。すると、「それは違うと思う。僕は僕が見たもの、感じたものだと思います。僕の人生そのものを出しているわけじゃない」と答えた。 来月からは8年目に突入だ。 深町純、ミニ情報。深町さん、2008年2月23日北九州で行われるスリー・ディグリーズのライヴでバックバンドの一員としてピアノを弾きます。深町さんとスリー・ディグリーズといえば、その昔彼がアレンジした「にがい涙」をスリー・ディグリーズが歌ってヒットさせました。約30年ぶりの共演だそうで。なお、東京はおそらくケントスでのライヴで、そこではハウス・バンドがバックをつけることになりそうだ。 Setlist : Fukamachi Jun #84, @FJ’s, December 29,2007 1st set 2nd set ■過去の音楽比率(ライヴ全体の中での音楽の割合を表します)(単位は%) 2005年11月 第一部 41.70 第二部 51.82 (2007年12月29日土曜、祐天寺FJズ=深町純ライヴ)
December 29, 2007Frank McComb & Gatz Live: Back To Back【「もっと歌って」のフランク・マッコム・ライヴ】 歌声。 年末見たいライヴ目白押しで、ついにダブルヘッダー。所詮好きでやってること。(笑) まずフランクの昨年の東京ジャズ、12月のコットンクラブ以来のライヴ。ちょうど一年ぶり。すっかり日本びいきというか。ライヴを見ての感想は、やはり、演奏はしっかりしているので、もっと歌ってほしいということ。この4人バンドは、フランクによれば、それぞれとは何度かやっているが、このユニットでやるのは初めてとのこと。ベースのトレスは前回の来日にも帯同。 まだ2日目ということで、慣らし運転という感じだが、オープニングのビリー・プレストンの曲はなかなかおもしろい選曲。「今まで僕がやったことがない曲をやってみよう」と言って、スティーヴィーの「リボン・イン・ザ・スカイ」を歌い始めた。やはり、スティーヴィー楽曲はよく、またフランクにあっている。3曲目の途中でドラマーが、電子ドラムのデモンストレーションを行った。指と足で全部の音をだすのだが、見ていてもおもしろかった。 Sing more, Frank! ところで、オダギリジョーさん(31)と女優の香椎由宇(かしい・ゆう)さん(20)が結婚だそうで。別にそれ自体は珍しくないんですが、なんとお二人とも誕生日が一緒だそうで。し、し、しかも、その誕生日というのは、金正日と同じだそうで。と、と、いうことは、ソウル・サーチャーとも同じ。ということは、ジェームス・イングラム、レオン・ウエア、高倉健、逸見正孝、ジョン・マッケンロー、エルヴィスそっくりのジェイミー・アーロンとも同じではありませんか。そんなことを考えつつ、横浜へ直行。 ■ フランク・マッコム過去記事 2004/02/16 (Mon) 2004/04/16 (Fri) 2004/04/17 (Sat) 2004/04/18 (Sun) 2004/04/19 (Mon) 2004/05/11 (Tue) 2004/05/14 (Fri) 2004/12/20 (Mon) 2004/12/22 (Wed) June 23, 2005 September 04, 2006 September 18, 2006 December 07, 2006 ■メンバー フランク・マッコム Setlist : Frank McComb & Friends @ Cotton Club, December 28, 2007 Show started 19:05 (2007年12月28日金曜、丸の内コットンクラブ=フランク・マッコム・ライヴ) +++++ Gatz Live ; A Lots Of Ups And Downs, But It Was A Very Good Year For Him 【いろいろありましたが充実の一年締めくくりのガッツ・ライヴ】 締めくくり。 コットンを8時半くらいにでて、小雨降る中、横浜モーションへ直行。首都高はそれほど混雑しておらず、9時20分ころ到着。 こちらは、ガッツを含めて総勢11人。ホーン・セクションを含めた大型バンドは、昨年ここモーションで2日行ったが、スケジュールの都合で今年は1日だけ。ガッツによれば、基本的に、今回のライヴは今年書いた新曲中心に選曲したとのこと。ガッツ関連では、彼の前回のブルース・アレーとスクープのライヴに行かれず、ちょっと久々に会った感じ。 こうした大所帯のバンドは、やはりサウンドもぐっと厚みがでるので、楽しい。メンバーもすっかりおなじみの面子で、バンドとしてもタイト。ガッツは今年、「ディーヴァ・グレイ・ショウ」のライヴから始まったとのことだが、その後、火事、カンジャニ楽曲提供、gatsをgatzに表記変更、ドリカム・バック・コーラス参加、スクープ・コーラス&ギター参加と、非常に充実した一年となったようだ。来年も更なる飛躍を期待したい。『ソウル・サーチン』もよろしくお願いします。 しかし、今回はコットン→モーションと移動したが、モーション→コットンと移動するのと、どっちがいいんだろう。謎だ。 ■ ガッツ・過去記事 May 10, 2007 July 10, 2007 August 25, 2007 ■メンバー GATZ(vo,g)、西脇辰弥(key,arr)、田中義人(g)、下野人司(b)、高田 真(ds)、大儀見 元(per)、本間将人(sax)、川上鉄平(tp)、石戸谷斉(tb)、有坂美香(cho)、YURI(cho) Setlist : Gatz @ Motion Blue, December 28,2007 Show started21:35 December 28, 2007Uehara Hiromi Wrote A Piece Tribute To Oscar Peterson【上原ひろみさん、オスカー・ピーターソンへの追悼文を書く】 追悼文。 ピアニスト上原ひろみさんが、オスカー・ピーターソンの死去にともない追悼文を書いていると、のりえもんさんのブログに書いてあって、さっそく読みに行った。すばらしい文章だった。以下にリンクをはります。 上原ひろみ・記「ありがとうオスカー」 やはり、これだけ親しいというか、近く、思い入れがあると、文章も重く読む者の胸を打つ。 彼女はオスカーのピアノについてこう書いた。「すごい人だった。ピアノがこんなに喜ぶものか、と思った。なんて、明るく楽しいピアノだろう。なんて、聞いてる人の心を躍らせるのだろう。」 この言葉は、そのまま上原ひろみのピアノについても言える。彼女のピアノも、「明るく楽しく、心を躍らせる」。それはとりもなおさず、彼女自身、見事にオスカー・ピーターソンのピアノのソウルを受け継いでいることの証だ。 僕が上原ひろみさんを知ったのが2003年だからもう4年も経つ。直近のブルーノートは見られなかった。最後に見たのは昨年の東京ジャズ。もうひとりのあこがれの人、チック・コーリアとのデュエットだ。全曲、即興のような作品群でその緊張感と楽しさは十分に観客に伝わった。 彼女が同じところに書いた文章がアーカイブとして、残されていたので、思わず他の過去記事も読んでしまった。文章がとても上手なので、これまた驚かされた。これをさくっとまとめるだけでいつでもエッセー集なんか出せそうだ。 【関連リンク】 ソウルサーチン日記・上原ひろみ 2003年11月6日付け ソウルサーチン日記・アーマッド・ジャマル (上原ひろみのデビューのきっかけを作った伝説のピアニスト) ソウルサーチン日記・続 アーマッド・ジャマル 2003/12/01 (Mon) 2003/12/02 (Tue) September 04, 2006 上原ひろみオフィシャル・ホームページ ENT>MUSIC>Peterson, Oscar / Uehara, Hiromi December 27, 2007Matt Dusk Live With Sara Gazarek【マット・ダスク、サラ・ガザレック・ライヴ】 洗練。 2007年10月に日本盤もリリースされたカナダ出身のポップなジャズ・シンガー、マット・ダスクが5月のコットンクラブに引き続き来日、ブルーノートでライヴを行った。今回はシアトル出身の女性シンガー、サラ・ガザレックをゲストに迎えた。 その昔で言えばフランク・シナトラ、トニー・ベネット、少し前だとハリー・コニックといったシンガーと同系の新人。ブルーノートのステージはドラムス、ギター、ベース、ピアノのほかに13人のホーンセクションを従えて、人口密度高し。 一方、観客はなぜか外国人顧客が多く、外国人密度高し。 一曲インスト(バカラックの「ディス・ガイ」だった)で暖めて、マットが小走りに登場。なんと顔が小さい。そして、アルバム・トップの「バック・イン・タウン」から。イケメン・シンガーで、ステージ裁きもちゃんとしてる。 途中、サラが紹介されて5曲。なぜかデュエットはなかった。ビッグバンドでヴォーカルというのは、やはり、贅沢で年末にはいい感じだ。 バックバンドは、全員黒いスーツにネクタイ。ビッグバンドのトランペットの中に、テンプテーションズ・レヴューでもトランペットを吹いていた日本在住のマイクさん発見。ほかに日本人ホーンセクションも。 いやあ、しかし、アンコールが「カナダ出身のアーティスト、ポール・アンカの書いた作品を歌います」と言って「マイ・ウェイ」とは。これは日本人ファンにも大いに受ける。昔からのジャズ・ヴォーカル、ビッグバンドが好きな方にはいいのではないでしょうか。ライヴ後のサイン会に登場したのは、なぜかサラだけ。マットのCDもっていったんだけど、ま、いいか。 ■ メンバー MATT DUSK BIG BAND and very special guest SARA GAZAREK Adrean Farrugia(p) エイドリアン・ファルジア(ピアノ) Ray Podhornik(tp) レイ・ポッドホーニック(トランペット) Show started 21:31 (video) (2007年12月26日水曜、東京ブルーノート=マット・ダスク・ライヴ、サラ・ガザレック・ライヴ) December 26, 2007Oscar Peterson Dies At 82【ジャズの巨匠、オスカー・ピーターソン82歳で死去】 ジャズ・ピアニストとして世界的人気を誇ったオスカー・ピーターソンが2007年12月23日、カナダ・モントリオール郊外のミシサウーガの自宅で死去した。82歳だった。 オスカー・ピーターソンは1925年8月15日カナダ・モントリオール生まれ。父親が仕事は列車のポーターだったが音楽好きで、早くからオスカーの才能を認めた。1949年マネージャーのノーマン・グランツの尽力で、アメリカ・ニューヨークのカーネギー・ホールでコンサートを行い、注目され、その後世界的ピアニストになっていく。生涯で200枚以上のアルバムを制作、人気を集めた。エラ・フィッツジェラルド、ルイ・アームストロングなど多くのジャズ・ジャイアンツたちともプレイしてきた。アート・テイタムなどに影響を受け、アートと同様の評価を獲得してきた。 1993年、ニューヨークのブルーノートでのライヴ中に脳溢血で倒れ、以後、右手に障害が残り、晩年はほとんど左手だけで演奏していた。 グラミー賞7回、受賞。その他多くの名誉ある賞を受賞している。 筆者が見た最近のライヴ評。↓ アルバムは、ベストを div class="amazlet-box" style="margin-bottom:0px;"> 酒とバラの日々~ベスト・オブ・オスカー・ピーターソン posted with amazlet on 07.12.26 オスカー・ピーターソン ポリドール (1997/06/18) 売り上げランキング: 495 ENT>OBITUARY>Peterson, Oscar (August 15, 1925 – December 23, 2007, 82 years old) December 25, 2007Photographers & Musicians: What Will Photographer Capture Of Musician?【写真家はミュージシャンの何を撮影するのか】 瞬間。 先日、デイヴィッド・T・ウォーカーの記事でいろいろ書いたが、それに対して写真家の坂下さんからBBSに『私もDavidの持つ全ての感情をキャプチャーしたいと思っていました』と書き込みをいただいた。 December 23, 2007 BBS(2007年12月23日付け) ミュージシャンを撮影する写真家というと、僕はいつもある一文を思い出す。 それはロバート・ジェームス・ウォラーの書いたベストセラー『マディソン郡の橋』(1992年)だ。ただし、その本編の小説ではない、最後の「あとがき~タコマのナイトホーク」という文章だ。 マディソン郡の橋 (文春文庫) posted with amazlet on 07.12.25 ロバート・ジェームズ ウォラー Robert James Waller 村松 潔 文藝春秋 (1997/09) 売り上げランキング: 71929 著者のウォラーが本編の主人公、ロバート・キンケードという写真家をリサーチし、キンケードを知るミュージシャン、ナイトホークを探し出し、彼についての話を聞いたものだ。 それによると、キンケードという写真家は、いつも「音楽を目に見えるイメージに変えようとしていた」という。あるとき、キンケードはナイトホークにこう言った。「あんたがいつも『ソフィスティケーテッド・レディ』の四小節目でやるリフがあるだろう? じつはこないだの朝、あのイメージを撮影できたような気がするんだ。海の向こうからうってつけの光が差してきて、ちょうどそのとき、アオサギがファインダーのなかで輪を描いた。その泣き声を聞きながらシャッターを切ったとき、実際、あんたのリフが見えたような気がしたんだ」(ロバート・ジェームス・ウォラー著、村松潔訳=文芸春秋刊) 拙著『ソウル・サーチン』ナタリー・コールの章で写真家と音楽家についてこう書いた。 「ミュージシャンと写真家には、ある種の共通の言語が存在する。ミュージシャンは、音符に生命を与え、生き生きとさせる。動きがなかったもの、凍っていたものを解凍するのだ。そして、写真家は、生きているものを、一瞬のフレームの中に凍結する。解凍と凍結。まったく逆の作業をするが、その本質はきわめて近い。そして、優れたミュージシャンは、音符でイメージや映像を作ろうとする。優れた写真家は、写真でメロディーを奏でようとするのだ。そして、優れた写真からは、音楽が沸き上がり、優れた音楽からは、映像が広がるのである。 デイヴィッド・T・ウォーカーは、彼のリフを見るが如く撮影したいと願う写真家にとって、最高の被写体だ。 ソウルサーチン R&Bの心を求めて posted with amazlet on 07.12.25 吉岡 正晴 音楽之友社 (2000/07/13) 売り上げランキング: 737298
December 24, 2007Stylistics : They Love Japan, Japan Love Stylistics【スタイリスティックス、日本を愛す、日本人、スタイリスティックスを愛す】 ホーム。 スタイリスティックスは、1968年に結成されたいわゆる「フィラデルフィア・ソウル」の人気グループのひとつ。1970年代初期からたくさんのヒットを全米、全世界、そして日本で放った。例えば、「ユーアー・エヴリシング」「ベッチャ・バイ・ゴーリー・ワウ」「誓い」「サンキュー・ベイビー」など、そして、日本で一番知られているのが最近キムタクのギャッツビーCMで使われた「キャント・ギヴ・ユー・エニシング(邦題、愛がすべて)」だ。1970年代、日本で一番人気があるソウル・コーラス・グループといえば、文句なくこのスタイリスティックスだった。そして、どうやらその人気は21世紀となった今日まで続いているようだ。(ヒット曲、多すぎ) ライヴのお客さんの多くはそうした1970年代のヒット曲の数々を、おそらく当時20歳代くらいで聴いて楽しんでいたのだろう。スタイリスティックスのスローバラードで、チークを踊っていた観客もいた。みな楽しそうに彼らの歌に聴き入っている。けっこうな年齢の人が昔を懐かしみ楽しんでいるのと同様に、若いファンもその振り付けをみようみまねで真似している。(振り付け、楽しすぎ) この日は会場に、彼らの1979年1月来日時のパンフレットと1997年12月来日時のパンフレットを持っていった。どちらにも、彼らのヒストリーやディスコグラフィーなどの原稿を筆者が書いている。(物持ち、よすぎ) ライヴ後、楽屋に行きエアリオン・ラヴとハーブ・マレル(2人ともオリジナル・メンバー)にこれを見せると、えらく懐かしがっていた。「おおっ、今より、たくさん髪の毛があるな(笑)」とエアリオン、「俺もだ」とハーブ。そして、若いメンバー、イービー・ブラウンとヴァン・フィールズの二人が彼らをからかう。 1997年のパンフにはジャケット写真付きでディスコグラフィーがでている。ハーブがそれをじっくり見ながら、『ライヴ・イン・ジャパン』のアルバムを指差して、「これをずっと探してるんだ。どこにもないんだよ」と言う。たしか、これは日本のみのリリースだった。当時彼らはアメリカでマーキュリー・レコード所属だったが、その日本での発売元・日本フォノグラム社が録音したものだ。「なるほど、じゃあ、僕がアナログ・アルバムを持っているからCDに焼いてあげます」と勢いで言ってしまった。(笑) (軽く請け負いすぎ)
このパンフレットの間にそのときのセットリストのコピーが挟まっていた。ハーブがそれもじっと見つめている。そのときも、「ロッキン・ロール・ベイビー」から始まり、「愛がすべて」で終わるのだが、その間の曲が今とはずいぶんと違っていた。途中に「フィラデルフィア・メドレー」があった。「おお、そうだ、フィラデルフィア・メドレー、やったなあ。…これはクリスマス・ソングだな…」と言って「ホワット・アー・ユー・ドゥーイング・ニューイヤーズ・イヴ」を指差した。 そういえば、この日、この「ホワット・アー・ユー…」はアンコールのクリスマス・ソングの3曲目として歌われる予定だった。ところが、2曲目の「ハヴ・ユアセルフ…」が終わったあと、突然客席にいた女性が持参していたトランペットで「愛がすべて」のイントロを吹き始めたのだ。バンドメンバーも突然のことでえらく驚いたが、そのまま「愛がすべて」になだれ込んだ。そういうわけで、この日は3曲目のクリスマス・ソングは幻となってしまった。ちょっとしたハプニングだった。 ハーブにちらっと聞いた。「(初代リード・シンガーの)ラッセル・トンプキンスとは最近、話したりしますか?」 「いや、彼とはもう7年くらい話してないな」 「じゃあ、将来一緒にやることは?」 「オー、ノー。ないな」 ちょっと残念だった。 「準備はいいかい? 下に降りるよ」 スタッフが彼らを呼びにきた。もういちど、彼らはタオルで汗を拭き、楽屋を後にした。階下ではサインをもらうために大勢のファンがものすごい行列を作っていた。スタイリスティックスの人気、依然衰えず。日本は第二のホーム(故郷)だ。(人気、すごすぎ) ■ Setlist: Stylistics @ Billboard Live, Tokyo, December 23,2007 Show started 21:05 (2007年12月23日日曜、六本木ビルボード・ライヴ=スタイリスティックス・ライヴ) December 23, 2007David “God’s Hand” T. Walker: There’s Movement In Stillness【デイヴィッド・T・ウォーカー、港横浜に足跡を印す】 静嵐。 まさに「静かな嵐」だ。デイヴィッド・T・ウォーカーのパフォーマンスは、静かにもかかわらず、激しく熱くなる。「クワイエット・ストーム」は、詩人スモーキー・ロビンソンの代表曲のひとつでもあるが、スモーキーはまったく対照的なふたつの単語を組み合わせて、独特な状況を描きだす天才だ。彼が書いた歌詞~「曇りの日に太陽を見つけた」と歌いだすのは、テンプテーションズの「マイ・ガール」。曇りと太陽というまったく相容れない単語を組み合わせて予期せぬストーリーを作る。 なんてことを思いながら彼のギターの音色に耳を傾けていたら、デイヴィッドに「クワイエット・ストーム」をやってもらいたくなった。これは、彼にぴったりの曲だ。 まさに「神の手」だ。デイヴィッドの手、指から醸し出される音色は、スモーキーに勝るとも劣らず景色を描き出す。彼の優しい指先が弦に触れて出てくる音は神の音かもしれない。 まさに「愛の音」だ。4人のミュージシャンとともに積み重ねられるデイヴィッドのサウンドは愛とやさしさと、ソウルと時に強さが込められている。彼のライヴを見終わると、ほっとしたり、心が温かくなったり、安らいだ気持ちになるのは、ひとえに彼の人間性に負うところが大きい。それらすべてをひっくるめて言えばデイヴィッドの愛の大きさだ。それはスティーヴィー・ワンダーとも共通する。 ムーヴメント(動き)の中に静がある。そして、静寂の中に動きがある。 情熱の中にクールがある。そして、クールの中に情熱がある。 やさしさの中に頑固な芯がある。そして、芯の中にやさしさがある。 笑顔の中に一粒の涙が見える。そして、一粒の涙の中に微笑みが見える。 円熟の中にフレッシュな若さが飛び散る。そして、若さの中に円熟味がにじみ出る。 デイヴィッド・Tのギターにはそんな相反する表情がある。だからそれが彼のギターに奥行きを与えている。 +++++ 職人。 セットリストは、東京と同じだった。これは日が進むにつれてどんどんバンドサウンドは固まっていくに決まっている。しかし曲によって微妙にのりが違う。それよりも、ときにデイヴィッドのギターを、たとえば、リッキー・ロウソンのドラムで聴いてみたいと思った。いえ、別にンドゥグに文句があるわけではありません。(笑) でも、ちょっと出すぎのところがある。デイヴィッドのように、一歩控えめでもいいかもと思う。ジェリー・ピーターズのキーボードの弾き方、超マニアックというか、オタクっぽくてよかった。音ももちろん。この日、デイヴィッドは7回演奏中に立ち上がった。この中には、彼がジャケットを脱ぐために曲間に立ち上がった回数は含めていない。ジェリーも演奏中3回立ち上がった。そして、みな、音の、楽器の職人であった。デイヴィッドは1941年6月25日カリフォルニア州生まれ、現在66歳。 ■ デイヴィッド・T 関連記事 December 19, 2007 ■ メンバー David T. Walker (g) デイヴィッド・T・ウォーカー(ギター) ■Setlist: David T. Walker @Motion Blue, December 20, 2007 Second Set; show started 21:31 【2007年12月20日木曜、横浜モーション・ブルー=デイヴィッド・T・ウォーカー・ライヴ】 David T. Walker の表記はデビッド・T、デイビッド・T、デヴィッド・T、デイヴィッド・Tなどいろいろあります。ソウル・サーチンでは、「デイヴィッド・T・ウォーカー」を使用します。 December 22, 2007Stylistics : Take Me Back To The 70s【スタイリスティックス・ライヴ~70年代のあのころへフラッシュバック~】 フラッシュバック。 次々と歌われる大ヒット曲の数々。イントロが流れ出しただけで巻き起こる歓声。びしっときまった振り付け。ラヴ・ソングで回るミラー・ボール。一人のリード・シンガーが歌うとき、両手をクロスさせ直立不動のバックの3人。微動だにせず、石像のように固まっているかと思った次の瞬間、激しく踊りだす白いスーツ。動と静、高音と低音がバランスよく紡ぎだされる83分。結成39年と語るスタイリスティックスの12月時期のライヴ、今年は六本木ミッドタウン、ビルボード・ライヴだ。 たまに入る少な目のMC(語り)をするのがオリジナル・メンバーのひとりハーブ・マレル、低音だ。ここまでヴェテランになりヒット曲が多い音楽ショーのMCは短いほうがいい。彼の声は「クワイエット・ストーム」のDJさえできそうなほど魅力的だ。僕は個人的には、もっとハーブがリードを取る作品があってもいいような気がする。 ガラス越しに見える赤坂方面のビルの夜景にカーテンが引かれると、いよいよショータイムの始まりだ。1974年以来何十回と来日しているスタイリスティックスの今回のセットリスト(演奏曲目)は、しいて言えば、「クリスマス・ロマンティック・ヴァージョン」か。バラード、ラヴ・ソングを軸にスイートにとろけるように、ロマンティックに演出する。 2年前のライヴ評でも書いたが、初来日から30年以上も月日が流れて、それでもまた彼らのライヴに足を運ばされている、というところが、彼らの恐るべき吸引力だろう。初代ファルセット・リード・ヴォーカル、ラッセル・トンプキンスに代わる二代目ファルセット・リード・ヴォーカル、イーバン・ブラウンは、若いということもありそのファルセット(裏声)が実に力強く、こうしたスイート・ソウル・ヴォーカル・グループを牽引する上で、ひじょうにいい。 なによりも、これだけのヒット曲が次々と歌われると、否が応でも当時のことを思い出させられる。ところが、40代、50代も多かったが意外ともっと若い層のファンもいたので興味深かった。ギャツビー効果か。 日本慣れしていて、ところどころ、「ハクシュ」「モウイチド」「ドウモッ」などといった言葉が挟み込まれる。そして、初期のヒットに付けられた振り付けが、王道のそれで楽しい。 「ファンキー・ウイークエンド」で本編を終え、アンコールで3曲ものクリスマス・ソング。12月ならではの余裕の大サーヴィスぶりだ。そして、最後のアンコールがギャツビーでおなじみ「愛がすべて(キャント・ギヴ・ユー・エニシング・バット・マイ・ラヴ)」。そして、ライヴ後、4人揃ってしっかりサイン会。最後の最後まで盛り上げてくれた。 ■ スタイリスティックス関連記事 April 14, 2005 April 15, 2005 スタイリスティックス 『スタイリスティックス登場』ライナーノーツ November 08, 2006 November 09, 2006 November 10, 2006 ■ スタイリスティックス・ファースト スタイリスティックス登場 posted with amazlet on 07.12.22 ザ・スタイリスティックス ビクターエンタテインメント (2001/10/24) 売り上げランキング: 60794 やっぱり、スタイリスティックスはファースト! ■ メンバー ◎スタイリスティックス エアリオン・ラヴ/Airrion Love(Vocals) ◎バンド ジェノ・メイヤー/Jeno Meyer(Keyboards) ■ Setlist: Stylistics @ Billboard Live, Tokyo, December 21,2007 Show started 21:34 (2007年12月21日金曜、六本木ビルボード・ライヴ=スタイリスティックス・ライヴ) December 21, 2007Brenda Vaughn & Kanagawa Philharmonic Pops Orchestra【ブレンダ・ヴォーンら神奈川フィル・ポップス・オーケストラで歌う】 格別。 ステージ上のオーケストラの人数を数えるのも大変。なほどの、フル・オーケストラ。50人近い大所帯に、ブレンダ・ヴォーンをはじめとするソウル・シンガーたちがクリスマス・ソングを歌う。 定時にスタートした演奏会。オープニングはオーケストラとブレンダ・ソロによる「アメージング・グレイス」。珍しくブレンダが冒頭、あがっていたように思えた。あのブレンダでもあがるのか。(笑) いや、それでも、このフル・オーケストラをバックに堂々と歌う姿は晴れ晴れしい。途中から歌で、グリニス・マーティン、アージー・ファイン、ロビー・ダンジーらが加わる。まさにソウルフル・クリスマスだ。しかし、バックのオーケストラはきれいで華麗な音をかなでる。 一部での聴き物はブレンダが歌う「スターダスト」。ブレンダと雑談をしていて、「クリスマス(神奈川県民で)『スターダスト』歌うわよ」と言ったので、「おおっ、それは僕の大好きな曲だ」と言ったら、ぎくっとして、「じゃあハードに練習しないと」と返ってきた。(笑) このフル・オーケストラをバックにこうしたスタンダードをブレンダが歌うというのも格別のものがある。 休憩をはさんで第二部での聴き物はブレンダにロビー、アージー、グリニスも加わる「ホット・ア・マイティ・ゴッド・ウィ・サーヴ」。ゴスペル臭ぷんぷんのヴォーカル陣に、きれいきれいな粉雪のようなオーケストラのアンバランスがおもしろい。 演奏会が終わって楽屋に行きブレンダらに会う。グリニス、アージーは10月のフィリー・ソウル以来、ロビーはいつだ、ディーヴァ・グレイ以来か。「ブレンダ、『アメージング・グレイス』あがってたでしょ」「そうなの、実は、あれ歌いながら、私、次の曲のこと(スターダスト)、考えてたのよ。ははは。でも、途中からOKって感じになったわ。こういうゴスペルとクラシカルのミックスってあんまりないけど、私にとってもチャレンジだし、とてもおもしろい試みだと思うわ」 アンコールでの「ジングル・ベル」で、ブレンダ、アージー、ロビーの女性3人がドリームガールズよろしく赤いドレスのそれもミニで登場。キラキラでかわいかった。 しかし、フル・オーケストラの生音はいいものだ。 Setlist : Kanagawa Phil Pops Orchestra, December 20, 2007 Show started 19:00 Intermission Show started 19:56 (2007年12月20日木曜、神奈川県民ホール(大)=神奈川フィル・ポップス・オーケストラ、指揮・藤野浩一 ブレンダ・ヴォーン、ロビー・ダンジー、アージー・ファイン、グリニス・マーティン・コンサート・ライヴ) December 20, 2007Ali Oli & Kaleb & Brenda【もろもろ】 サイン。 アリ・オリ・ウッドソンが来て、サインを残していった恵比寿のソウルバー「アリ・オリ」にそのサインを見に行ってきた。バーカウンター真後ろの、客側から見ると真正面にそのサインは堂々と鎮座していた。 Welcome to my club~ 僕のクラブへようこそ。店主小野田さんによると、このサイン、最初はマジックが細かったため、重ねて二度書いたという。たしかに近づいて見てみると、若干二重になっているのがわかる。ほかにもレコードジャケットや店の看板にもサインがある。きっと次回来日したときには、ほんと、毎日来るのではないだろうか。(笑) 12月のせいか、訪れた時間が早かったせいか、アリ・オリは満員だった。 +++++ 年末にかけてのソウル・サーチャーズ関連ライヴをまとめて。 【ケイリブ・ジェームス、ゲイリー・スコットのライヴ、金曜にマルターノで】 8月にケイリブ、ゲイリー、シャンティのアコースティック・ソウル・サーチャーズのライヴを行った田園都市線藤が丘駅前のピッツェリア、マルターノで12月21日金曜、ケイリブがゲイリー・スコットらと3人でライヴを行う。お近くの方でお時間あるかたはぜひどうぞ。 【ブレンダ・ヴォーン、グリニス、ロビーらは今日、神奈川県民ホール】 ブレンダ・ヴォーンを中心にグリニス・マーティン、アージー・ファイン、ロビー・ダンジーらの強力ソウル・シンガー群に、神奈川フィルハーモニーというフルオーケストラがバックをつけ壮大なスケールでライヴを行う。この時期だけにクリスマス・ソングを中心に、さらにソウル作品、有名なスタンダードを歌う。ブレンダは「スターダスト」を歌うと言っていたような記憶がある。12月20日木曜、午後7時、神奈川県民ホール。開演。 【ガッツ~モーション・ブルーで12月28日】 ガッツの今年最後のバンド・ライヴが12月28日モーション・ブルーで行われる。今回は、ドリームズ・カム・トゥルーのツアー、さらに、スクープのツアーを終えて、じっくりオリジナル曲を作りこのライヴに臨むという。フルバンドでのライヴだけに、迫力たっぷりのものになるだろう。 【トミー・スナイダー、シャンティ、チャーらのセッション、12月30日と31日~モーション・ブルー】 元ゴダイゴのドラマーとしても名高いドラマー、トミー・スナイダーとそのフレンズのセッションが12月30日と31日大晦日に行われる。人気ギタリスト、チャーや、シャンティなども参加。31日は毎年恒例のカウントダウンも行われる。 ENT>ANNOUNCEMENT> December 19, 2007Distinctive Fingers, David T. Walker Says “Guitar Is My Voice”【デイヴィッド・T・ウォーカー、ギターは私の声だ】 声。 人気ギタリスト、デイヴィッド・T・ウォーカーが今年(2007年)5月自己名義で来日し、コットン・クラブでライヴを行い、その模様が映像収録され、DVDが発売されている。 LIVE IN TOKYO AT COTTON CLUB posted with amazlet on 07.12.19 インディーズ・メーカー (2007/08/08) 売り上げランキング: 8301 5月のライヴの模様を見ながら、先日のライヴを思い出す。やはり、今回はひとりジェリー・ピーターズが加わっているだけで、サウンドの幅がぐっと広がっていることがわかる。しかし、デイヴィッドのギターのすばらしさは変わらない。 特典映像で、彼のインタヴューが入っている。これがなかなかいい内容だ。この中で「自分が前面にでて、自身のバンドでやることにずっと興味がなかった。ま、でも、そろそろやってもいいかなと思ってやった」というようなことを言っているが、このあたりに彼の謙虚さがでている。常に誰かを支えてくるという人生で半世紀過ごしてきた彼ならではだ。超一流のバイプレイヤー、名脇役といったところだろう。 ライナーノーツの中で、ドリームズ・カム・トゥルーの中村正人さんが、「デイヴィッドとやると、自分のベースがうまくなったような気になる」と言っているが、これも言いえて妙だ。例えば、テニスなどの相手のあるスポーツだと、対戦相手が上手だと、こちら側も上手になったような気になってしまう。それと同じだ。だからミュージシャンもものすごく上級のミュージシャンとやると、周囲のミュージシャンもそれにひきづられてうまくなるのだ。そうしたこそが、ミュージシャン同士を切磋琢磨(せっさたくま)し、ミュージシャンシップを厚くさせ、ケミストリー(化学反応)を起こさせる要因だ。デイヴィッドの場合、まさにそうしたケミストリーを起こさせるハブ(中心軸)になるようなアーティストということになる。そこがまたすばらしい。もし仮にどんなにいい腕をもっていても、ひじょうに自己中心的であったり、わがままだったりすると、そうしたケミストリーは起こらないものだ。 同じようにインタヴューの中でデイヴィッドは「ずっと長い間、さまざまなアーティストのバックをつけてきて、そうしたアーティストたちに自然にあわせるようになってきた」とも言っていた。バイプレイヤーとして長い間やってきて、さて自分自身が表に立ったときどうやっていいのかわからない、といった照れもあったのかもしれない。だから何年も自身のソロ名義でやらないかという誘いにもOKをださなかったのかもしれない。そして、ふだん無口な彼にとって、ギターは彼の声(ヴォイス)だと言う。ベイビーフェイスが「シャイな自分にとって歌(ソング)が、僕の声(ヴォイス)だった」という言葉と同じだ。 インタヴューの中で、ギターの弾きかたをいくつかちょっとだけ披露するシーンがある。そのほんの1~2秒だけ、彼の指がギターの弦を爪弾く(つまびく)だけで、デイヴィッドの音になるのには感激した。あれは収録していたインタヴューワー、スタッフも鳥肌ものだったのではないだろうか。 クラプトンのときにも言ったが、結論は簡単だ。あの感動を生み出す秘密はこれに尽きる。 「指が違う」のである。 ■過去関連記事(前回のデイヴィッド来日ライヴ評) May 11, 2007 May 12, 2007 May 13, 2007 May 14, 2007 December 17, 2007 ENT>ARTIST>Walker, David T. December 18, 2007Marcus Miller Live : His New Album Is “Free”, But It’s Not Free【マーカス・ミラー・ライヴ】 「初めて日本に来たのは、1979年。サダオ・ワタナベと。それからブレッカー・ブラザース、カズミ・ワタナベ、マイルス・デイヴィス、デイヴィッド・サンボーン、ジャマイカ・ボーイズ、ライヴ・アンダー・ザ・スカイで来た。それ以降はもう覚えていない(笑)」 来日歴28年を数えるヴェテラン・ベース奏者マーカス・ミラーはライヴ前にそう語った。日本は彼にとっての第二のホーム。ほんの30分弱だったが、何人かのソウル・ジャイアンツについて語ってくれた。この内容はいずれご紹介する予定。 僕自身が彼のライヴを見るのは前回(2006年)の『東京ジャズ』以来。そのときは、フランク・マッコムを迎えてのものだった。 ベースはリズム楽器だ。ドラムとともに音の底辺を支える。しかし、彼の手にかかると、リズム楽器としてボトム(底辺)を支えるのと同じくらい、トップ(上部)でメロディーを作り出す。そんな一見不可能に思えることをいとも簡単に自由自在に自然体でやってしまうところが、超一流のミュージシャンのなせる業なのだ。 ライヴが始まる前は、いつも同じようなサウンドになるだろう、と予測してしまうのだが、音が始まると毎回何かしら新しいインスピレーションを得る。彼自身がさまざまなものからインスピレーションを受け、それを指先から音楽として発信し、それを聴き手がアンテナでレシーヴするからだ。 メンバーは前回見たときとバンドは同じ。これにゲストシンガーとして、「ヘイ・ミスターDJ」の大ヒットを持つグループ、ジャネイの片割れ、ジーン・ベイラー(その昔は、ジーン・ノリスという名前)が参加した。 それにしても、重くファンキーで、そして歯切れがいいベースはかっこいい。全体的に、ドラムスのプージーとマーカスが大車輪になり、そこにキーボードのボビーや他のメンバーがいい感じでからむ。キーボードは3方キーボードで囲まれ前後ろ、左右、忙しい。しかし、あれだとどこから入ったんだ? 下からでもくぐっていったか。(笑)かなり自由度の高いジャム・セッション的ライヴで、アドリブも、その場の指示でキーボードになったり、トランペットになったりするようだ。 「70年代から80年代にかけてはミュージシャンにとっていい時代だった。音楽を作りたくなったら、本物のミュージシャンを呼んでこなければ作れなかったからね」とマーカスは言う。ここに集まったミュージシャンはいずれもリアル・ミュージシャンたち。ゆえに、一曲を何分でも演奏できる。まさにフリーなミュージシャンならではだ。 マーカスのベースを見たら、自分もベースを弾きたくなると感じるミュージシャンも多いのではないだろうか。 最後に宣伝。「マーカス・ミラーだ。最新作『フリー』、すごくいいできだから、チェックしてくれ! ほんとにいいできだよ」「でも、フリー(ただ=無料)じゃないよ。ちゃんとお金は払ってね!」 オチも忘れない。 ■ マーカス・ミラー最新作『フリー』 フリー(初回限定盤)(DVD付) posted with amazlet on 07.12.18 マーカス・ミラー レイラ・ハザウェイ ケブ・モー コリーヌ・ベイリー・レイ キース・アンダーソン チェスター・トンプソン アンドレア・ブレイド グレゴア・マレ デイヴィッド・サンボーン ジュリアン・ミラー Viictor Entertainment,Inc.(V)(M) (2007/07/25) 売り上げランキング: 1541 ■マーカス・ミラー関連記事 2005/03/15 (Tue) 2003/08/19 (Tue) November 29, 2005 September 04, 2006 Members マーカス・ミラー/Marcus Miller(Bass/Vocals) Setlist : Marcus Miller @ Billboard Live, December 17, 2007 Show started 18:33 (2007年12月17日月曜、六本木ビルボード・ライヴ=マーカス・ミラー・ライヴ) December 17, 2007David T Walker Stood Up 8 Times While His Performance【デイヴィッドは、ライヴ中8回立ち上がった】 まさにミュージシャンズ・ミュージシャン。ギタリスト中のギタリスト、デイヴィッド・T・ウォーカーが、今年の5月に続いて一年のうちに2度も来日。しかも、前回のコットン・クラブより少し大きいブルーノートでのライヴだ。 聞けば初日のファースト・セットでは弦が切れるというアクシデントがあって若干中断したそうだが、セカンドはその分を取り返すかのごとく後半とくに良くなっていった。 今回は前回のメンバーに加え、さらに強力なキーボード、ジェリー・ピーターズが参加。さらにサウンドに厚みを持たせた。クラレンス(ピアノ、キーボード)、バイロン(ベース)、ンドゥグ(ドラムス)、ジェリー(ピアノ、キーボード)といずれもロスアンジェルスでのもっとも売れっ子の超一流ミュージシャンたちばかり。息のあったお互いのミュージシャンシップがすばらしいの一語に尽きる。 デイヴィッドは、最近は基本的には座ってプレイするが、ときどきのり始めると立ち上がる。ということで、いったい彼がライヴの間、何回立ち上がるか数えた。(こんなことをしたのは、プリンスのライヴで、プリンスが何回『メイシオ!』と叫ぶかをカウントして以来のことだ=(笑))一応、最初の立ったまま演奏した「立ち」とアンコールの演奏始めの「立ち」はカウントしていない。 さて何回立ち上がったか。本編で8回である。そして、アンコールで1回。彼が立ち上がるときは、見ていればわかるが、どんどん乗ってきた瞬間だ。 日曜セカンドで、僕が大きく流れが変わったと思ったのは「ラヴィン・ユー」あたりから。もちろんこの曲が日本人の間で人気が高いこともあるが、その反応の良さにデイヴィッドが敏感に反応し、パフォーマンスがどんどんあがっていった。ここで彼は4回目の立ち上がりを見せる。しかも、エンディングは完璧な一人アドリブに突入。バックのミュージシャンたちは、デイヴィッドが弾くがなすままを見ていた。こういう自由なプレイは本当にリアル・ミュージシャンならではのもの。僕は「一体、最後どうやって終えるのだろう」と思ったら、意外とあっさり、デイヴィッドが曲をさらっと止めたので拍子抜けしたほど。(笑) だが、これでデイヴィッドにも観客にも火が付いた。きっと、「ラヴィン・ユー」を聴いていて、あるいは見ていて、涙した人も多いのではないか。 「サイド・ウォーク・トゥデイ」からメドレーで「ホワッツ・ゴーイング・オン」になだれ込むところなども、いっせいに歓声と拍手が巻き起こった。 彼のギターの音色を聴いていると、本当に彼の人柄がそのままギターの音色に反映している。いつも言うことだが、音楽はそのミュージシャンの人生そのものを如実に反映するのだ。彼の音色からは、デイヴィッドの真摯で紳士な、そしてまじめで控え目な姿が浮き彫りにされる。アメリカのミュージシャンは「俺が、俺が」でどんどん前にでてくる人が多いが、デイヴィッドは常に一歩後ろに引いて弾いている。そのあたりの謙虚さも実に美しく、それも日本人好みの要因かもしれない。 ライヴ後、着替えた彼らは全員が揃ってサイン会にのぞんだ。5人がこうやって全員仲良くそろってサインや写真撮影に応じている姿もひじょうに気持ちがいいものだ。大人で紳士だ。 ◎ 水曜(19日)までブルーノート、木曜と金曜に横浜モーション・ブルー。 ■過去関連記事(前回のデイヴィッド来日ライヴ評) May 11, 2007 May 12, 2007 May 13, 2007 May 14, 2007 ■ メンバー David T. Walker (g) デイヴィッド・T・ウォーカー(ギター) ■Setlist: David T. Walker @ Blue Note Tokyo, December 16, 2007 Second Set; show started 21:15 【2007年12月16日日曜、東京ブルーノート=デイヴィッド・T・ウォーカー・ライヴ】 David T. Walker の表記はデビッド・T、デイビッド・T、デヴィッド・T、デイヴィッド・Tなどいろいろあります。ソウル・サーチンでは、「デイヴィッド・T・ウォーカー」を使用します。 December 16, 2007Munch Exhibition At Ueno【上野の森でムンク展~ムンチと書いてムンク】 前衛。 この前、フェルメール展を見たかと思ったら、今度はムンク展だ。例のフィラデルフィア美術館展を二度ほど見てから、すっかり美術づいているソウル・サーチャーとその仲間たち。「ソウル・サーチン美術部・第3回」は上野の西洋美術館でやっている「ムンク展」。いつも通りソウル・サーチャー岡伸昭先生のお話を聞きながら、各作品を見て回るというもの。第1回はフィラデルフィア美術館展、第2回はフェルメールの「牛乳を注ぐ女」ほか、そして第3回は初の一人のアーティストにスポットをあててじっくり見るムンク展だ。 生徒8人、先生1人で冬にしてはちょっと暖かい上野の森午後2時。岡先生、前回の予告から「あんまりしゃべること、ないんですけどねえ」とか「いやあ、どうしてムンクがこんなに日本で人気があるのかわからないんですよねえ」と比較的ネガ系(ネガティヴ系)コメントをくちずさむ西洋美術館。前回かなり歩き疲れたM氏、この日は満を持して「万歩計」持参!
岡先生曰く。「彼の最大の特徴は『フリーズ(Frieze)』という手法です。絵画だけでなく、その部屋の例えば、柱、背より高い2メートルくらいの高さのところに帯状に作品を作ったりして、全体で装飾的に作品を作るというやり方です」 フリーズ(Freeze)というので、「止まれ」とか、「動くな」「凍る」っていう意味かと思ったら、スペルが違った。へえ。ムンクのアトリエも上部の方にも絵が飾られて、部屋全体が装飾的になっている。 先生が月とそれが水面に映る描き方がいつも同じだということを説明する。そのときに、実際の絵のその部分を指差した。するとすかさず、係りの人がやってきて、「あまり近づかないようにお願いします」。イエローカード1。 岡先生曰く。「大体、暗いんですよね。ちょうど、ムンクというのは、1960年代後半に起こったフラワー・ムーヴメントなどの動きと近いものがあるかもしれません。管理社会へのアンチテーゼ的なものです」 へえ。ということは、メインストリームに対してのオルタナティヴ的な人なんですね。 岡先生曰く。「(美術の都、中心地)パリにはほんの少ししかいませんでした。あとは(出身地の)ノルウェイにいます。それから彼はいつも不倫して、アルコール依存症で…」 ノルウェイ、反体制、不倫で女好き、アルコール依存症。ということは、マーヴィン・ゲイ? 「いやあ、ちょっと違いますね」 あるいはオルタナティヴっていうことで、プリンス? 横から「吉岡さん、なんでも昔の画家をプリンスとかマーヴィンでたとえようとするのやめてくださいよ(苦笑)。毎回、同じなんだから。今日は、みんな吉岡さんが言うことにからみますよ。全部、落穂拾いしてきますから(笑)」とM氏。「しいていえば、パンクってことで、セックス・ピストルズですかねえ。前衛も前衛です」と岡先生。ひとしきり解説も熱が入ってきたところで、一般のお客さんから「ちょっと静かにしていただけますか」。イエローカード2。 岡先生曰く。「ムンクは、彼女のほかにいつも何人かの女性の影がありました。そうしたものが、彼の作品にも登場しています。『嫉妬』という作品などそれを象徴した作品かもしれません。それから、たとえば、ムンクは何人も人魚の絵を描いていますが、彼が描く人魚は絶対に処女ではない、と言えますよ」へえ。な~るほど。 岡先生曰く。「ゴーギャンは、(物を)見なくても描けますよ、という立場で、一方、ゴッホは見ないと描けませんという風に対立してたんですね。で、ムンクはゴーギャンの影響を受けてました。扱っている題材を象徴的に見せようということになっていきました。例えば、テーマが不安とか愛とか死と言った暗いものになっていったんですね」 「先生、これは絵は上手なんですか」 「いやあ、上手とは言えないでしょうねえ。特に技術的には」 「じゃあ、ヘタウマ?」 「そうかもしれませんね」 ムンチと書いてムンク。いやあ、しかし、こんな講釈をいれながら、何人かで絵を「あーだこーだ」言いながら見るのは楽しいなあ。やはり、絵画もそれを描いた人のバイオグラフィーなどを徹底して知ってから見るとおもしろい。それはミュージシャンと音楽も同じだ。これ、きっとおもしろい1時間番組にできるんじゃないかな。しかも、これまでの美術愛好家からは酷評されるかもしれないようなかなり破天荒な美術番組だ。 次回はここにフライヤーがあったウルビーノの『ヴィーナス』。2008年3月4日から5月18日まで西洋美術館で開催される同展を解説してくれるそうだ。 3時間弱、M氏の万歩計は1200歩くらいしか進んでいなかった。3時間普通に歩き続けたら12キロ1万歩にはなるはずだが。「結局、歩いてないんだよなあ…」とM氏、その数字に愕然と絶望。岡先生も、しゃべるネタないと言いつつ、3時間しゃべり続けた。万歩計はほとんど回らなかったが、岡さんの口はなめらかに、回り続けていた。おつかれさま~~。 ■オフィシャル・ウェッブ ENT>ART>EXIHIBITION>Munch, Edvard December 15, 2007Irie Shinya’s Party Manual Book【カラテカ入江のコンパライフ 女子もう帰っちゃうの?】 調査。 前々から頼まれていた本のご紹介。先日一冊本をプロデュースした売れっ子放送作家、金森匠氏がてがけた新しい一冊。タイトルは『カラテカ・入江のコンパライフ 女子もう帰っちゃうの?』(日本文芸社、1260円)。 どんな本かというと、この著者が死ぬほど合コンが好きで、合コン百戦錬磨の人物。その長年の経験からこうすれば、合コンのエキスパートになれる、合コンでもてるようになる、そして、うまく一対一のデートにもっていける、というノウハウを徹底的に書き記したものだ。 小見出しはたとえば、「幹事マックスの法則」「コンパと終電」「コンパとナンパ」「彼氏がいる女子の見分け方」などなど。思わず、な~~るほど、などと思ってしまう。さすが合コン評論家。そこまでやれば、プロだ。 そして、恐れ入ったのが「居酒屋リサーチ」。都内30軒程度の居酒屋を徹底リサーチした。何を調べたかというと、中生の種類、値段、その温度、分量(300CCなど)、泡と液体の比率、値段などなどだ。この温度と分量、泡比率の数字はすごい。生の温度はだいたい3-4度が多いが、中には0.7度というかなりキンキンのものがある。これをどうやって調べたかというと、ビールが運ばれるとまず、温度計で温度を測り、泡以外のビールを軽量カップに注ぎ込んで何CCかを測ったそうだ。同じ一杯でも250CCから400CC まであるのだ。 しかし、こんなこと調べて、どうするんだ。(笑) けっこう笑える。さあ、これから合コン目指す人は、ご一読あれ。いろんなノウハウがでている。 ■カラテカ入江のコンパライフ 女子もう帰っちゃうの? カラテカ・入江のコンパライフ女子もう帰っちゃうの? posted with amazlet on 07.12.15 入江 慎也 日本文芸社 (2007/10) 売り上げランキング: 4778 ENT>BOOK>Irie, Shinya December 14, 2007Ike Turner Dies At 76【アイク・ターナー死去】 暴君。 1950年代からR&Bシーンで活躍、「アイク・アンド・ティナ・ターナー」として世界的人気を集めたアイク・ターナーが2007年12月12日、カリフォルニア州サンディエゴ郊外の自宅で死去した。76歳だった。死因は明らかにされていない。アイク・ターナーのマネージメントをてがけているスリル・エンターテインメントのスコット・ハノーヴァーが語った。 アイク・ターナーは、1931年11月5日ミシシッピー州クラークスデール生まれ。子供の頃から音楽に親しみ、1940年代後期にはキングス・オブ・リズムというグループを結成。その後1950年代後期にアンナ・メイ・バロックというシンガーと知り合い、彼女はバンドの一員に。アンナと結婚し、彼女は芸名ティナ・ターナーに。2人でアイク・アンド・ティナ・ターナーとなる。1960年「ア・フール・イン・ラヴ」の初ヒットを皮切りに、「イッツ・ゴナ・ウォーク・アウト・ファイン」(1961年)、「リヴァー・ディープ・マウンテン・ハイ」(1966年)など1960年代から1970年代にかけて多数のヒットを放つ。1971年、「プラウド・メアリー」は、グラミー賞R&Bグループを獲得。また1970年12月には赤坂ムゲンに初来日。音楽的には、激しいR&Bとゴスペル、ロックの要素も加えたサウンド、さらに、ティナとバックを固める女性コーラス・グループ、アイケッツのダンスが大きなインパクトを与え、大人気となった。 だが、アイクは妻ティナに対し、暴力をふるったりしたことで次第に夫婦仲は険悪に。ティナは1976年遂に夫の元から逃げるようにして別れる。 その後ティナ・ターナーはソロ・シンガーとして「ホワッツ・ラヴ・ガット・トゥ・ドゥ・ウィズ・イット」(1984年)などの大ヒットを放ち、グラミー賞も獲得。 アイクとティナの暴力沙汰については、ティナ・ターナーが発表した自伝『アイ・ティナ』(1986年)に詳しい。この自伝は1993年『ホワッツ・ラヴ・ガット・トゥ・ドゥ・ウィズ・イット』のタイトルで映画化された。映画ではティナ役をアンジェラ・バセットが、アイク役をローレンス・フィッシュバーンが演じた。 1991年、アイク・アンド・ティナ・ターナーとして「ロックンロール殿堂」入り。晩年はドラッグ中毒などが問題となっていた。アイク・ターナーは1994年再度来日、また、2003年には彼のグループ、キングス・オブ・リズムが来日公演を行った。このときは、アイクは入国できなかった。2001年には、アイク・ターナーが書いた自伝『テイキン・バック・マイ・ネーム』がリリースされた。 2007年のグラミー賞でアイク・ターナーは、ブルーズ・アルバム『ライジング・ウィズ・ザ・ブルーズ』で「ベスト・トラディショナル・ブルーズ・アルバム」賞を獲得している。 +++++ 遭遇。 アイク&ティナの1970年の伝説のムゲン・ライヴは残念ながら僕は体験していない。一度1990年代にロスのBBキングの「ハウス・オブ・ブルース」でライヴを見た帰りに駐車場で彼に遭遇した。そのときは友人で自伝作家のデイヴィッド・リッツとライヴを見た帰りで、彼がアイクに気が付き声をかけ、紹介してくれた。アイクは後ろに黒人の女性を従えていたように記憶する。いかにも昔ながらのミュージックマンという印象だった。 映画『ティナ、ホワッツ・ラヴ・ガット・トゥ・ドゥ・ウィズ・イット』では、ローレンス・フィッシュバーンが見事な演技で、暴君を演じているが、どうしてもあの印象が強くなってしまい、ティナ・ターナーに同情しがちである。しかし、彼のアルバムが. 今年のグラミーを獲得していたことで、最後に花道を飾った感じがする。 ご冥福をお祈りしたい。 ENT>OBITUARY>Turner, Ike (November 5, 1931 – December 12, 2007 – 76) December 13, 2007Peter Barakan Attacked On December 8th, John Lennon Day【ピーター・バラカンさん襲撃される】 衝撃。 音楽評論家であり、ブロードキャスターと名乗るピーター・バラカン氏が2007年12月8日午後1時過ぎトークイヴェントに出演するために来ていた東京都港区の教会の控え室で、何者かに催涙スプレーらしきものを噴射され襲撃された。同室にはバラカン氏のほか4名ほどがおり、被害にあい、しばらく痛みなどがあったが軽症ですんだ。イヴェントは1時間遅れながら行われた。 新聞報道はこちら↓ このニュース、僕はずいぶんと遅く知った。水曜(12日)の深夜だ。未読の新聞をひっくり返してみたら、9日(日曜)付けの朝刊にでていた。驚いた。そして、ネットでさっそくバラカン氏のコメントも発表されていた。 ピーター・バラカン氏のコメント↓ 犯人はまだ捕まっていないらしい。襲撃した理由も不明だ。しかし、よりによってジョン・レノンの命日12月8日である。バラカンさんは明らかに自分を狙ったものだったと感じているらしい。ということは、彼のラジオやテレビにおける発言に反発してのものだろうか。 ピーターさんは、とりあえず、月曜には無事に健康体に戻ったらしい。何よりも、無事でよかった。これからもよい音楽を紹介し続けてください。・・・と書いていたら、TBSの『CBSドキュメント』にバラカン氏が何もなかったように映っている。 +++++ ベーゼンドルファー、代理店倒産 ピーターさんのニュースをいろいろ探していたら、なんと世界三大ピアノのひとつベーゼンドルファーの代理店が倒産したというニュースを発見。 http://mainichi.jp/enta/art/news/20071212dde041040052000c.html いろいろ大変だ・・・。 NEWS> December 12, 2007The Experience At “Dialog In The Dark”: Feel It, Smell It, Touch It & Listen(「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の体験レポートです。ある種のネタばれになります。これから体験される方であまり事前の情報を知りたくないかたはご注意ください。これから体験される方で少し知っておきたい方、体験するかしないか迷われている方は、ご覧ください。↓から↑までの間の文章がネタばれになります) 【ダイアログ・イン・ザ・ダーク~暗黒への挑戦】 挑戦。 昨年(2006年)、一度そのうわさを聞き、体験しようと思ったものの、満員で参加できなかったワークショップ・イヴェント「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」についに参加した。1989年からドイツで始まり、日本では1999年から不定期に開催、年々人気を集めている他に類を見ないイヴェントだ。 昨年の話を聞いたときのブログ↓ タイトルを直訳すると「暗闇での会話・対話」「暗黒での会話・対話」。ある場所を光をすべて遮断し真っ暗闇にし、そこに何人かのグループで入り、本当の真っ暗闇(ダブルで強調)を体験、冒険しようというイヴェントだ。その舞台は、今回は廃校となった赤坂の小学校。ここを、視覚障害者のアテンド(暗闇案内人)に引率され冒険の旅にでる。小学校の中には、いくつかのシーンが用意され、そのシーンごとにさまざまな体験をする。一体人間は真っ暗闇の中で何を知り、何を感じ、何を思うのか。 始まる前にいくつかの注意事項がある。かかとの高い靴、歩きにくい靴は避ける。携帯電話、光るものなどはすべてロッカーに。めがねは必要ないので事前に預ける、しゃがむときは、「だれそれ、しゃがみます」「だれそれ、立ちます」などとはっきり宣言してください、などなどだ。準備室で暗闇に慣れてから、本当の暗闇に「行ってきま~す」と宣言して出発だ。 暗闇に入り、当たり前だが、まず感じることは、どこに何があるかわからない、どこに誰がいるかわからない、ということ。また壁が、天井がどこにあるか皆目見当がつかない。しかし、徐々に人の気配、声などでどこら辺に人がいるかがわかってくる。床を触る、壁に触れる。人の声の反響を聴く。そうすることによって、その部屋の広さ、奥行き、人との距離感などが少しずつわかるようになってくる。
↓↓↓(以下、ここから下記↑↑↑までの文章はネタばれになります) 最初に案内された部屋は、なんと体育館だった。そこにはマットがあり、鈴のついたボールがあり、跳び箱台などがあった。鈴のついたボールを床で転がすとちゃんと相手に届き、相手もそれを受け取る。人間の声がする方向に転がし、受け取る側はその物体が出す音でキャッチするのだ。 今回の暗闇案内人は、自称「隊長」さん。その隊長の声のする方向についていく。途中で杖(つえ)を渡され、それで前方をすりすりしたり、左右をまさぐりながら進む。階段があったり、狭い通路があったり、螺旋階段だったり。それにしても杖がこんなに便利なものとは生まれて初めて知った。段差も杖があれば、認識でき、前へ進める。木の床がいつしか土になっていて、枯葉が落ちている。耳をすますと鳥のさえずりや、川のせせらぎのようなものも聴こえる。腰を落として手を伸ばすとひんやりとした水が手に触れてくる。 キャベツが置いてある。かぼちゃが置いてある。大根があるようだ。それらはすべて触った感触でわかる。僕たちは見たこと、そして触れた経験で、そのイメージを暗黒の中の頭の中で想像しているのだ。 また別の部屋に入ってきた。暗闇の中でいろいろ触っていると音が出るものがあった。エレクトーンだ。鍵盤を叩くと、すぐに「ドレミファソラシド」の音がわかった。「ジングル・ベル」を弾いてみたら、弾けた。誰かにウクレレを手渡された。うまく弾けない。音がでるものが、暗闇の中では実に楽しい。もっとこの音楽室にいたいと感じた。 冒険がかなり進み、用務員室にやってきた。靴を脱いで畳の上のちゃぶ台を囲む。隊長さんがそれぞれの飲み物の注文をとる。僕は暖かいコーヒーを頼む。隊長さんはインスタント・コーヒーのカップに、ポットからお湯をいれる。人づてにそのコーヒーカップが手渡される。コーヒーの香りが実にいい。リンゴジュースを飲む人もいる。缶入りのもので、プルトップを引き上げてジュースを飲んでいるようだ。こうした行動はすべて真っ暗闇の中で行われていることなのだ。 ↑↑↑(ネタばれここまで) 約1時間の暗闇の挑戦を経て、ほんの少しだけ光がある部屋で目を慣らす。その時間、参加者8人とアテンドの隊長さんとその一時間を振り返って自由に感想を述べ合う。 僕は時間の感覚がなくなった。それから広いか狭いかはなんとなく音の反響で少しわかるようになったが、限界はある。僕は暗闇自体が怖いとは思わなかった。それはおそらく8人で「わいわいがやがや」進んでいるからかもしれない。音が常にしているので、なにかしら孤独ではないと感じられたためかもしれない。 隊長さんによると、このアテンドの仕事は視覚障害者でなければならない、という。そうした中の希望者をある程度訓練をして、合格した人がアテンドになるそうだ。彼は、僕たちが使ったような杖は使わない。だいたいこの会場の中は把握しているそうだ。 本当に音だけで「見えてくる」ものがあった。だが、それは我々が「見たもの」の膨大な記憶があるからだ。中には静かに「自分の中の記憶と静かに対話したい」という人もいるそうだ。言ってみれば、「暗闇の中での対話・会話」ではなく、「過去の記憶との対話・会話」だ。では最初から見えていない、あるいは見たものの記憶がない人にはどのように映るのだろうか。 入ってから会場を出るまでの一時間半を超える暗黒への挑戦は、実にスリリングで好奇心を大いにそそられた。その間、目以外の五感をフルに使ったのだろう。耳、鼻、手、足、皮膚…。しかし、今、僕は目を使ってこうして文章を書いているが、目から入ってくる情報量というのはほんとうに膨大だということを改めて感じてしまう。またぜひ挑戦してみたい。実は次回挑戦するときには、自分なりにテーマを考えた。この体験会場(もちろん真っ暗)の、地図というか、図面を体験後に描いてみたいというものだ。え、何? 簡単? 画用紙を真っ黒に塗ればいいって? いやいやいや・・・。そうじゃなくて・・・。(笑) ■ ダイアログ・イン・ザ・ダーク公式ウェッブ (今回の分はすでに予約で終わっており、当日のキャンセル待ちのみ。また将来的に常設展を計画しています。またほかに「まっくら音楽会」などの企画もあります) http://www.dialoginthedark.com/ ENT>EVENT>Dialog In The Dark December 11, 200750th Grammy Nomination【第50回グラミー賞ノミネート発表】 候補。 今回の大きな目玉は、カニエ・ウェストの8部門、エイミー・ワインハウスの6部門(しかも、彼女は主要4部門にノミネート)、フー・ファイターズ、ジェイZ、ティンバランド、ジャスティン・ティンバレイク、Tペインが5部門にノミネートされているあたり。イギリス人でしかもかなり破天荒なエイミーが主要4部門にノミネートされたのは、かなりおもしろい傾向だ。果たして何部門獲得できるか。 今回のグラミーは2006年10月1日から2007年9月30日までに全米でリリースされた作品が対象。全部で110部門のノミネートが発表された。発表は2008年2月10日、アメリカ午後8時(日本時間2月11日月曜朝10時)。また本ブログでは例年通り1月に入って主要4部門とR&B部門など総計30部門ほどを予想する。 主要4部門のノミネートは次のとおり。 Album Of The Year: Echoes, Silence, Patience & Grace (Foo Fighters) Record Of The Year: "Irreplaceable" (Beyoncé) Song Of The Year: "Before He Cheats," John Kear & Chris Tompkins, songwriters (Carrie Underwood, artist) Best New Artist: Feist またR&B部門のノミネートは次のとおり。 Field 6 — R&B Category 23 Best Female R&B Vocal Performance Just Fine Mary J. Blige [Geffen] Category 24 Best Male R&B Vocal Performance (For a solo vocal performance. Singles or Tracks only.) Woman Raheem DeVaughn [Jive Records] Category 25 Best R&B Performance By A Duo Or Group With Vocals (For duo, group or collaborative performances, with vocals. Singles or Tracks only.) Same Girl R. Kelly Featuring Usher Track from: Double Up [Jive] Category 26 Best Traditional R&B Vocal Performance (For solo, duo, group or collaborative performances, with vocals. Singles or Tracks only.) Walk A Mile In My Shoes Otis Clay Track from: Walk A Mile In My Shoes [Echo Records] Category 27 Best Urban/Alternative Performance (For solo, duo, group or collaborative performances, with vocals. Singles or Tracks only.) Make A Baby Vikter Duplaix Track from: Bold And Beautiful[BBE] Category 28 Best R&B Song (A Songwriter(s) Award. For Song Eligibility Guidelines see Category #3. (Artist names appear in parentheses.) Singles or Tracks only.) Beautiful Flower India.Arie & Joyce Simpson, songwriters (India.Arie) [Universal Republic Records; Publishers: Gold & Iron Music Publishing, WB Music Corp.] Category 29 Best R&B Album (For albums containing 51% or more playing time of VOCAL tracks.) Funk This Chaka Khan [Burgundy Records] Category 30 Best Contemporary R&B Album (For albums containing 51% or more playing time of VOCAL tracks.) Konvicted Akon [SRC/Universal Motown] ENT>AWARDS>Grammy 2007
December 10, 2007“Philly Soul Christmas Night In Ginza” (Part 3) : After The Party…【フィリー・ソウル・サーチャーズ・ライヴ後】 黒山。 なんとかそれでも8時前には終わったセカンド・セット。アナウンサーが終了の挨拶を始める頃にはみな席を立ち、CD即売会の方に移動。そちら側が瞬く間に黒山のひとだかりとなった。 ケイリブ、ゲイリー・アドキンス、ゲイリー・スコット、ブレンダのCD、Tシャツに群がる人々。そして、各人のフライヤーなど、次々となくなっていく。CDを買って、すぐに封を切り、マジックペンでサインをもらう。前回この封を切るのに苦労したので、今回はちゃんとカッターを準備してある。それでも、多くの人がわれこそはとばかりにCDを買い求めようとするので、なかなか収拾がつかない。すごい熱気である。 やはりいいパフォーマンスを見せれば、お客さんは立ち止まり、それに耳を傾け、それをいいと思えば、そのCDを求めたくなる。シンプルにそういうことなのだ。おそらく普段、定期的にライヴハウスなどに足を運ばない人たちにとって、こうした場所でのライヴはそうしたものを知りうるいいきっかけになることだろう。 みな、CDにサインをしているが、CDを買わずにポスターやフライヤーにサインをもらう者もいる。12月だというのに、みんな汗だく。 今回はCDを売るのにSちゃん、別のSさん、Kちゃん、Oさんに手伝ってもらった。こんなやりとりがあったそうだ。(僕はその現場にはいなかった) お客さんがやってきて、こう聞いた。「この人たちは有名なの?」 ちょうどその応対をしたSさん、ちょっとむっとしてきっぱり言った。「有名ですっ」 しばらく間をおいて「音楽業界では、みんなとても有名で実績あります」と付け加えた。でも、買っていかなかったそうだ。かと思えば、やはり「2枚買うからまけてくれ」というお客さんがいた。通常のCDショップでは考えられないやりとりだ。(笑) 不特定多数というのは、本当にいろんな人がいる、ということだ。 今回試しにコーヒー・タンブラーを作ってみた。売り物ではなかったが、ちょっと並べてみたところ、何人かの人が手にとって興味をしめしてくれた。ケイリブはこれを気にいったようだった。実は岡さんと何度もやりとりをしていたのだが、時間切れになってしまい、今回はあきらめることにしたのだが、ためしにプリントアウトしてみると、なかなかの雰囲気だったので、4つほどお試しで作って展示した。 そうこうしているうちに、舞台のほうの撤収作業は瞬く間に進んでいく。実に手際がいい。こちらは、まったく撤収にさえならない感じだ。それにしても、舞台などがなくなると、今までここであの熱狂的なライヴが行われていたのが嘘のように思えてくる。そこには静かな人の流れが戻っていた。 +++++ 今後のフィリー・ソウル・サーチャーズのメンバーの動きだが、主なところはこんな感じだ。 ◎ ブレンダ・ヴォーン ◎ ゲイリー・アドキンス ◎ ケイリブ・ジェームス ◎ ゲイリー・スコット +++++ (2007年12月7日金曜、メトロ銀座駅コンコース=ケイリブ・ジェームス&フィリー・ソウル・サーチャーズ・ライヴ) December 09, 2007“Philly Soul Christmas Night In Ginza” (Part 2) The Night Ginza Became Apollo Theater(昨日のブログからの続き) 感想。 結局ファーストが終わったのが、18時08分。17時45分に終わり45分の休憩をとってセカンドの予定だったが、都合23分押し。彼らはファーストが終わり、CD即売会とサイン会をちょっとやる。となると、楽屋に戻って休み機会さえない。定刻開始に命をかけるメトロS氏が、困惑した表情で「じゃあ、5分押しで始めましょうか…」という。ライヴ後は、ソウル・サーチャーズたちが観客に囲まれ、写真だ、サインだとせがまれる。なかなか即売コーナーへ移動できない。 移動したら移動したで、今度はCDを買った人がサインをねだる。きっと、彼らは文字通り一夜にして、いや、ワンステージにしてスターだ。いろいろな感想などが寄せられている。「無料だから、まあ、それほどたいしたことはないだろうと思ったがすごかった」とか、「『ケイリブ&ソウル・サーチャーズ』というので、ケイリブだけが歌うのかと思ったら、みんなリードを取れる実力だったのでびっくりした」とか、「あのブレンダは何者」「ブレンダ、すごい」とか、「ギャツビー歌ってた彼、かっこいい」とか、「最後踊りたかったけど、立見席は牛詰で踊れなかった」とか、「お金払いますからちゃんと座ってライヴハウスでゆっくりみたい」などなど。 CDはやはりゲイリー・アドキンスの「愛がすべて」が入っているCDがよく売れる。みな、ギャッツビーの曲が入ったCDください、と指名してくる。 さて、5分押しで始まったセカンド・セット。メトロS氏に「一応7時15分までのイヴェントと関係各方面に言ってあるんで、なんとか7時45分までにはすべて、アンコールまで終わらせてください」とクギを指された。そこで、それをケイリブに伝えると最初けげんそうな顔をした。そりゃそうだ。もともと45分のセット予定が遅くとも70分以内に終われ、と言っているわけだから。(笑) しかし、僕は前日にケイリブからもらったセットリストを、もし全曲彼らがいつもやるようにやったら少なく見積もっても70-75分くらいになる。しかも、間のトークが伸びたらもっと、90分くらいにはなるだろう、と読んでいた。だってメドレー4曲を含めて、10曲も用意してるんだもの。(笑) もちろん、嬉しいですよ。なので、アンコールを7時40分までには始めて、と言っておいた。まあ、それまではあなたたちの自由です、お好きにどうぞ、と。 セカンドでは、ファーストでスキップされたゲイリー・スコットのサックスが響く「サイレント・ナイト」が演奏された。ゲイリーのこのケニーG風のサックスは、だんだん聴きなれてくるといい感じになってくる。 フィリー・ソウル・メドレーでのゲイリー・アドキンスのファルセットはなかなかいい感じだ。そして、アル・マーティンのギターの響きがけっこうファンキーで印象に残った。また、「ラ・ラ・ミーンズ・アイ・ラヴ・ユー」では、ケイリブ→ゲイリー・アドキンス→全員コーラスという形で進み、ヴォーカル・グループ的な雰囲気がでていた。 ブレンダの「ベッチャ・バイ・ゴーリー・ワウ」は、フィリス・ハイマン・ヴァージョンを下敷きにしたようだが、フィリスのからっとした雰囲気とは違い、ゴスペルをベースにしたソウルフルな歌声が圧巻だ。ブレンダはときに、パティー・ラベールのようになったり、アレサ・フランクリンになったり、ステファニー・ミルズ風になったり、レディー・ソウルの中でもひじょうにヴァーサタイルな(多様性のある)声色を見せる。それでいて、どこを切ってもブレンダ節があってすごい。ブレンダの「ハヴ・ユアセルフ・ア・メリー・リトル・クリスマス」も、ほとんど「ひとり歌い」で見事だ。これだけ目をつぶってきいていると、まさにニューヨークのアポロ・シアターだ。ここまですごいと、ただ聴き流すなんてことができない。クリスマス・ソングであることを忘れて、自然に耳が、体が、彼女の歌声に集中して、彼女の歌声が聴く側の体中に入り込んでくる。このヴァージョン、6分超だったが、そんな長さなどまるで感じさせなかった。この日、これが観客からの拍手が一番長かった。 MCではケイリブとゲイリー・スコットのやりとりがけっこうデコボコ・コンビでおもしろい。またケイリブの進行も、うまくやる。 クリスマス・ソングが終わり、19時42分。タイムキーパーとしては、アンコールにいかないとまずい。(笑) そして、アンコールはアップテンポの「エイント・ノー・ストッピン・アス・ナウ」だ。「みんな立ち上がって」の掛け声とともに、着席していた観客がみな立ち上がった。総立ちになったのは、この「メトロ・ミュージック・オアシス」16回やっているが、初めてだそうだ。結局、アンコールが終了したのは19時55分。「やっぱり…」と苦笑しつつも、観客のみなさんがものすごく喜んでいただいたようで、ひじょうに嬉しかった。 怒涛のライヴが終わってから、「次のソウル・サーチンは、フィリー・ソウルでどうでしょう」などとも言われた。確かに、十分、ありだ。 (この項、続く) Philly Soul Christmas Night: At Concourse, Ginza Station, December 7,2007. Second Set METRO MUSIC OASIS VOL. 16 PHILLY SOUL CHRISTMAS NIGHT IN GINZA: PRODUCED BY “SOUL SEARCHIN” December 08, 2007Big Thanks For Joining “Philly Soul Christmas Night In Ginza” (Part 1) : It Was So Hot…【フィリー・ソウル・クリスマス・ナイト満員御礼】 感謝。 12月7日(金)、メトロ銀座駅コンコースで行われた「フィリー・ソウル・クリスマス・ナイトイン・ギンザ」にいらっしゃった方、ありがとうございました。おかげさまで前回を越す来場者を記録。感謝感謝です。2部最後は、このイヴェント「メトロ・ミュージック・オアシス」始まって以来初めて、座っていた観客が全員総立ちになって関係者を驚かせた。 5時定刻に始まったイヴェントは、一部は前回とほぼ同じくらいの観客が集まってきた。観客層は、本当に千差万別、老若男女。ふだんライヴハウスなどで見かける客層とはかなり違う。もちろんそういう人たちもかなり見かけたが。おそらく、ポスターで知ったり、新聞で知ったり、それこそ通りすがりで立ち止まっていったという方が多数のように思えた。このシーンだけを見ていると、本当にケイリブ&フィリー・ソウル・サーチャーズがものすごい人気者のように思えてくる。(実際、人気でした、みんな) スピナーズのヒット「マイティー・ラヴ」で始まったショーは徐々に雰囲気を作り上げ、フィリー・ソウルの数々を続ける。今回は比較的スロー・バラードが多くなった。 聴き所はたくさんあったが、まずサックス奏者ゲイリー・スコットの「ジャスト・ザ・トゥー・オブ・アス」。イントロのサックス、どこまで続くかというあの連続奏法から歌へ入り、これはゲイリーの十八番になっている。さらに、アル・マーティンがギターを弾きながら渋い声を聴かせる「エンド・オブ・ザ・ロード」は、最後に全員でアカペラになって終了。そして前回でも話題を集めたフィリー・メドレーへ。今回はブルー・マジックの「サイドショー」をブレンダの迫力あるゴスペル・フレーヴァーの歌で開始、最後の「ゴーリー・ワウ」もブレンダとコーラスでしめた。 そして、ケイリブのMCでゲイリー・アドキンスが紹介され、彼こそが「ギャッツビーのCMで「愛のすべて」を歌っているシンガーだと言われるといっせいに歓声があがった。さすがにこれは一番人気の曲だ。ファーストはこれが終わったところで予定の17時45分をとっくにオーヴァー、急遽、これをラストソングにして、アンコールを待つ。まだこの時点でクリスマスソングをやっていなかったので、クリスマスソングとフィラデルフィア美術館展のテーマ曲「ユー・レイズ・ミー・アップ」で終了。ブレンダが歌う「ハヴ・ユアセルフ・ア・メリー・クリスマス」は、キーボードとブレンダの歌だけで観客を圧倒した。観客のみなさんはかなり興奮して喜んでいただいた様子。ファーストが終わり一旦会場を空にすると、すでにセカンドに入場するために列ができていた。 サウンド的にはここは会場の環境から、アコースティック系の音が向いているようで、ドラムス、エレキベースなどは使いにくいが、ここまで彼らが観客をのせられるなら、いっそドラムス、ベースもいれて通常ののりのいいソウルバンドもできそうだ。逆にスローがこれだけ多くても、立ち見の方たちがほとんど帰らずに最後まで見続けるというのも驚いた。 ライヴが終わりメンバーはすぐに少し離れたところにあるCDを売るコーナーに移動、瞬く間に黒山のひとだかりができた。今回はゲイリー・アドキンスが3種、ゲイリー・スコットが2種、そしてケイリブ・ジェームスが1種、ブレンダ・ヴォーンもCDシングルとTシャツということでかなり物販員泣かせなのだ。そして、みんなにサインと写真を撮ってということになる。4人プラス僕もお手伝いしたが、これがしっちゃかめっちゃか。物販とはかくも大変であった。しかし、会場、少しは寒いかとおもったが、暑かった。(このあたりの苦労話、明日以降ご紹介します。ありえないようなやりとりが飛び出してくるものだ(笑)) (このフィリー・ソウル・ナイトについての項、続く) Members ■ セットリスト [ ] indicates original artist: ( ) indicates first lead vocalist First Set Second Set METRO MUSIC OASIS VOL. 16 PHILLY SOUL CHRISTMAS NIGHT IN GINZA: PRODUCED BY “SOUL SEARCHIN” December 07, 2007Philly Soul Christmas Night In Ginza: Today at 5pm【フィリー・ソウル・クリスマス・ナイト今日5時】 定時。 2007年10月、東京メトロのイヴェントの一環である「メトロ・ミュージック・オアシス第13回」で大好評を博した「フィリー・ソウル・ナイト」が今回は「フィリー・ソウル・クリスマス・ナイト」となって帰ってくる。今夕5時、メトロ銀座駅のコンコースでケイリブ・ジェームス&フィリー・ソウル・サーチャーズの歌と演奏でお送りする。駅内ではなく一般の通路にステージを作り、無料のイヴェントなので、誰でもご覧になれる。 今回も前回同様上野の東京都立美術館で行われている『フィラデルフィア美術館展』とメトロのコラボレーションで実現したもの。フィラデルフィアと言えばフィリー・ソウルというつながりでフィリー・ソウル特集になっている。またメンバーは、ケイリブ、ゲイリー・スコット(サックス、パーカッション、ヴォーカル)のほか、アル・マーティン(ギターとヴォーカル)、ゲイリー・アドキンス(ギャッツビーのCMで「愛がすべて」を歌っているシンガー。もちろん、今回彼の歌で歌われる)、そして、ブレンダ・ヴォーンが参加。 今回は前回と違い12月開催ということで、クリスマス・ソングがセットリストに入っている。リハーサルで見たブレンダ・ヴォーンが歌うクリスマス・ソングは圧巻だった。どうぞお楽しみに。 なお、前回も超満員にふくれあがったが、今回もかなりの人出が予定されている。ファーストとセカンドは、基本的には同じセットリストになり、入れ替えだが、そもそも無料イヴェントなので、ファーストを見て気に入られれば、もう一度並べばご覧になれる。ただ座席数は約60弱なので、あっという間にうまってしまう。前回はファーストが終わる頃にはセカンドに入るために並んでいた方がけっこういたという。もちろん、その周囲は立ち見でいくらでも見られるので、お時間あるかた、立ち見でもいいという方はぜひどうぞ。 また、今回はゲイリー・スコット、ゲイリー・アドキンス、ケイリブ・ジェームスのCDの即売がある。ブレンダ・ヴォーンはTシャツを販売する。また、試しに「フィリー・ソウル・サーチャーズ」記念コーヒータンブラーを作った。様子見の販売をする。それぞれ時間が許す限りサインなどに応じる予定なので、お楽しみに。 前回だが、メトロの担当者から言われた言葉でひとつ印象に残ったものがある。「ショーの開始は、鉄道のイヴェントなので、きっちり遅れずに定時スタートでよろしくお願いします」 ということで、普通のライヴみたいに、何分押して始まるなどいうこともなく、5時ちょうどにイヴェントは出発進行! (の予定) しかし、ケイリブが送ってきたセットリストだと絶対に45分じゃ終わらないんだけどなあ。後ろはいいかあ。(笑) 記 Metro Music Oasis Vol.16(メトロ・ミュージック・オアシス16) 1. 実施日及び時間 平成19年(2007年)12月7日(金) 5. お客様のお問い合わせ先 < 参 考 > 開催場所 : 東京都美術館(東京・上野)
December 06, 2007Rahsaan Patterson Japan Live【ラサーン・パターソン・ライヴ@ビルボード・ライヴ】 自由度。 東京1日だけのライヴ。1997年にネオ・ソウルの旗手として華々しくデビューしたラサーン・パターソン。すでに10年選手となり、アルバムも4枚目となった。その4枚目の新作『ワインズ・アンド・スピリッツ』がリリースされて、来日。ドラムス(ネオ・ソウル系ドラマー)、ギター(スケルトンのギターがかっこいい)、ベース(いつも確実なグルーヴのレイモンド。まちがいない)、キーボード(ハモンド・オルガンかっこいい)に女性コーラス2人の編成。 ラサーンはけっこう声が高い。マイクスタンドを軸に、腕を前後に上げ下げし、体をくねらせ、曲を歌っていく。1作目から4作目までの作品を適度にちらして歌うが、1曲のパフォーマンスがミュージシャンの自由度も優先させているせいか、けっこう長い。83分ほどで実質8曲なので1曲が平均10分近い。よく言えば、1曲をじっくり歌いこむために「ラサーン・パターソンの世界」が作られる。ちょっと厳しく言うと、みんなタイプが同じなために単調になる。 しかしラサーンという「声を楽器のように使う歌い手」としての魅力はよくでている。その点ではなかなかよかった。シンガーとして、アル・ジャロウ的な雰囲気を少し感じた。アルをもっと若くして、少しR&B色をつけた感じだ。手の動かしかたなどもちょっとアルを思わせた。 ところで、8曲目の最新作からの「ストップ・ブレイキング・マイ・ハート」では曲にあわせてメンバーをじっくり20分以上かけて紹介した。この中でベースのレイモンド・マッキンレーのときに、レイモンドがけっこうファンキーなベースを叩き始めた。僕は、すぐにスライ・ストーンのサウンド・イメージを持った。「サンキュー」でもいくのかなと思った。そうしたら、ラサーンがそれにあわせてスライの「サンキュー」ではなく「イフ・ユー・ウォント・ミー・トゥ・ステイ」を歌いだした。同じように感じたのだろう。この突然のアドリブが実にいい感じでスリリングだった。ラサーンはジャム・セッションができる自由度の高いシンガーだ。こういうのはライヴを見ないとわからない。 最初、ステージのベース奏者を見て「またレイが来てる」と驚いたのだが、彼と知り合ったのはフランク・マッコムのとき。そこでライヴ後レイと話をした。「あのメンバー紹介のところは、いつもアドリブなの。それとも、事前に決まってるの?」と聞くと、「いや。全部アドリブだ」 「ということは、あなたのソロでスライの曲を歌いだしたのは、まったくのハプニング?」 「そうだよ。何にも決まってない。毎回、あそこは違う」 どうやら、レイのベース・ソロでスライをイメージして適当に歌いだしたということらしい。レイは、12月のフランク・マッコムには来る予定ではないそうだ。ラサーンとはここ3-4年一緒にやっている、という。そういえば、このメンバー紹介と各自ソロのパートでは、キーボードのケネスとヴォーカルの向かって右側の女性シンガーが「上を向いて歩こう(スキヤキ)」をやった。土曜日にもサウンズ・オブ・ブラックネスがそのフレーズをやっていた。 ところでコーラスの女性2人がかなり大きいのでびっくりした。しかし、声がかわいい。『フィラデルフィア美術館展』で飾られているルノワールの「大きな浴女」(1905年)を思わせた。体形ね。 ■メンバー ラサーン・パターソン/Rahsaan Patterson(Vocals) ■セットリスト ラサーン・パターソン ビルボード・ライヴ Show started 21:33 (2007年12月5日水曜、ビルボード・ライヴ=ラサーン・パターソン・ライヴ) December 05, 2007Up Coming Blog Story At Random【これからのネタ】 これから。 なんだかこのところ本当にめまぐるしい。ブログはライヴを見たらその日に書いてその日にアップ、というのを基本にしているのだが、若干その他に告知などもあって徐々にネタが渋滞中。なので自分でも頭を整理する意味で、これからブログネタで書こうと思っていることを渡辺祐さん風に箇条書きしてみたい。 テンプス・ネタ(テンプテーションズ・インタヴューしました~しかも超サプライズの5人お揃い)、ゲイリー・スコットのグループのライヴ(もう忘れそう)、クリセット・ミッシェル・ライヴ@ビルボード(ライヴ後のことはもう書いた)、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」ついに体験(超おもしろかった=これはパート1、2かな)、「ソウル・サーチン美術部でフェルメールを見る」の巻(その前後のKダブシャインさんらとの音楽談義もまた楽し)、金森匠先生の新刊本紹介(『カラテカ・入江のコンパライフ 女子もう帰っちゃうの?』=入江慎也・著=かなり笑える)、シャンティのライヴ、シャンティのライヴで初めてお会いできたジャズ評論家小川隆夫さんとのお話(短時間だが盛り上がった)、ついに再々オープン西麻布「ジョージ」、「フィリー・ソウル・クリスマス・ナイト」のリハーサル模様、バーナード・パーディー・インタヴュー(感動=じっくり紹介予定)、ケイリブ&ソウル・サーチャーズ・ライヴ1件、ケイリブ&ゲイリー楽屋でソウル・サーチン白熱議論の巻、スカパーで始まるソウル番組の件(まもなく正式発表)、「横浜シュガーシャック」その後など。 この他、今後のネタになる予定もの。ラサーン・パターソン・ライヴ、フィリー・ソウル・クリスマス・ナイト(12月7日金曜)関連(これは膨大な量になりそう。前回はレポート3回)、アル・クーパー・ライヴ、「ダイアログ・・・」続編、「ダイアログ」関連暗闇コンサート、友人梶くんの草野球チームの試合、「アリ・オリ」その後、ライヴ各種(含む・ブレンダ・ヴォーン@神奈川県民)などだ。 この他に少しじっくりとまとめたいのが、江守さん案件(テンプス・ネタ、デイヴィッド・シー・ネタから、新宿の踊り場の話など無尽蔵)、「ブログ・メディア論」(タイトルは大げさですが-(笑)、最近ブログ周辺で感じるメディアとしてのブログのことなどを)。そうこうしてるうちに、もうグラミーのノミネート時期かな。それから「ベスト・オブ・ソウル・サーチン・ダイアリー」の選考もぼちぼちですか。果たしてどこまで書けるか。 ネタではないが、忘年会幹事2件(店と候補日から日程を決める~ふ~~)、各種事務作業(メンドー)、各種頼まれごと案件整理、プロジェクトFほか新企画など。以上、自分への備忘録ってことで。(笑) こんなこと書くくらいなら本編、ひとつ書いたらどうだって? そうですねえ。 というわけでブラックミュージックの大ファンでもある渡辺祐さんの人気ブログはこちら↓ チェキ。 ESSAY> December 04, 2007Bernard Pretty Purdie & Chuck Rainey Live【プリティー・パーディー】 プリティー。 「プリティー」といったら、可愛いってこと。日本では「プリティー」というキャッチをつけていた芸能人がいたような気もするが、ソウル界で「プリティー」といえば、御年68歳の超ヴェテラン・ドラマー、バーナード・パーディーである。 それこそ、アレサ・フランクリン、レイ・チャールズ、マイルス・デイヴィス、スティーヴィー・ワンダー、クインシー・ジョーンズなど多くのジャイアンツたちのバックをつけてきた、彼自身ジャイアントなドラマー。まさにソウルの歴史の生き字引でもあるパーディーのライヴ。ドラムス、ギター、ベース、ハーモニカ&ヴォーカルにキーボードという5人編成。ぽっちゃりとしたパーディーを中心に昔のソウルヒットが次々と披露される。曲によってはベースのチャックも歌を担当、主としてハーモニカをやるロブは盛り上げ上手なエンタテイナー。彼は新ブルース・ブラザースの片割れだ。いきなりトップはスティーリー・ダンの「ペグ」であった。 途中でちょっと見せるドラム・ソロなんかは、もう「いぶし銀」だ。若手のドラマーたちとはもはや違って勢いなどはないが、その分、枯れた、しかし独特のグルーヴ感が会場を覆い尽くす。 LTDの大ヒット「バック・イン・ラヴ・アゲイン」なんか、やってくれた。嬉しくて、そのベースリフにあわせて「全国100万人のインターFMお聞きのみなさん、こんにちは・・・」と言ってしまいそうになった。そう、「山野ミュージック・ジャム」のテーマ曲の元歌なのだ。アレサのヒット「ロック・ステディー」の疾走感など最高だ。そういえば、アレサの未発表音源でのパーディーのドラムスの評価も高い。 途中、ドラムスのところからステージ前にでてきてメンバーを紹介したが、そのしぐさがひょうきんというか、おちゃめというか、可愛い。ま、「プリティー」そのものであった。 ■メンバー Setlist : Bernard Pretty Purdie & Chuck Rainey @Billboard Live, December 3rd, 2007 Show started 21:29 (2007年12月3日月曜=ビルボード・ライヴ=バーナード・パーディー&チャック・レイニー・ライヴ) December 03, 2007It’s The Temptations Week (Part 5) : Temps Bring A Guy Who Loved Temps Back In The Days To Cotton Club【テンプス好きの人が初めてコットン・クラブにやってきた理由】 一期一会。 (以下の話はノンフィクションです) 日曜日(2007年11月25日)、僕はテンプテーションズ・レヴューのステージ右横の席に座っていた。ちょうどステージを真横から見るカウンター席だ。大きなキーボード奏者コートランドの真後ろだ。タオル手渡し役の真後ろでもある。正面からではないので、全体像は見られないが、たとえばデニスがステージで後ろを向いたとき、よく見える席ではあった。アリ・オリが「カワバタ、カワバタ」と叫ぶと、しっかり一般席の川畑さんの顔が正面に見える位置だ。 興奮の熱狂的ライヴが終わって左横に座っている紳士の方に「マスコミの方ですか」と声をかけられた。僕がライヴを見ながらメモを取っていたのでそう声をかけてきたらしい。「いえ、マスコミではありませんが・・・。ソウル好きというか・・・。ソウル・ファンで・・・」 「あの~、アンコールは1曲だけでしたか」 「はい、1曲だけでしたよ。なんでまた?」 「いや、このお店に来るの初めてで、ライヴが始まる前にトイレに行っておかなければならなかった、というのがわからなくって。(苦笑) アンコール前にトイレに立ってしまって、ちょっと心残りだったもので」 確かビールとつまみをテーブルにおいていた彼はアンコール曲をどれか聞き逃してしまったのではないかと心配していたのだ。その心配は無用だった。ちゃんと間に合っていた。 僕は尋ねた。「テンプテーションズはお好きなんですね」 「はい、もう20年か30年以上前にどこかで見ました。渋谷だったかな。場所は覚えてないんですが。昔は本当によく自分が好きなライヴには行っていたんですが、結婚して以来、最近はまったく来なくなってしまいました。昔はテンプス、サム&デイヴ、シュープリームスなんかも行きました。今は情報も(僕には)あまり入らないですしね」 「では、これはどこで?」 「ラジオで聞きました。テンプスが来るというので、お店に電話して」 「どのラジオ番組ですか」 「『ソウル・ブレンズ』です。毎週日曜聴いてるんです。家で聴いたり、外出するときには車で聴いたり。インターFMは、出来た頃、10年以上前でしょうか、からずっと聴いています。確か、今日テンプスのメンバーがゲストで出るってことだったんですが、その時間に用事で聞けないので家の者に留守録を頼んであったんですけど、どうやら失敗したみたいで、ものすごく残念なんですよ」 僕は名刺を渡した。相手はそれを見て、大いに驚いた。「ああ、なるほど、だからですか。横で熱心にメモを取られていたので、マスコミの方かと思いましたが、そういうことだったんですね」 話を聴けば、この方は昭和24年生まれ、まさに団塊の世代。今はお父様の会社を継いで一生懸命仕事に精を出しているという。学生時代から洋楽を中心に聞いていて、「別に踊ったりはしないんですが、中でもソウル・ミュージックが好きだったんですよ」という。学生時代からしばらくの間は、好きなアーティストのライヴがあれば片っ端から行っていたという。さすがに最近は、仕事に専念していて、めったにライヴには来られないという。今でもレコードを、数は多くないが持っていてたまに聴くという。ただし時間がないのでほとんどCDなどは買いには行かないそうだ。それでも、『ソウル・ブレンズ』でテンプテーションズがやってくると聴いて、「たまには、久しぶりにライヴにでも行ってみようか」と思って足を運んだ。 「マイ・ガール」が大ヒットした1965年(昭和40年)は今から42年前だ。仮に当時16歳で聴いた人は、今では58歳になっている。当時20歳なら今62歳。そういえば、マコーレ・カルキン主演の映画『マイ・ガール』(1991年)もあった。これでテンプスを知った若いファンも多いという。それさえも、16年も前のことだ。 たった一曲のヒットが(テンプスの場合、もちろんたくさんのヒットがあるが)、10年、いや、20年、30年の歳月を経て、当時を懐かしむためにそのアーティストのライヴに人々を呼び寄せる。まさに長く一線でいるアーティストならではの出来事だ。ただしテンプスは決して「オールディーズのグループ」ではない。現役のグループだ。 僕とその彼もテンプスがつないでくれた一期一会。たぶん、もう十数年ライヴ、コンサートに足を運んでない人でも、なにかちょっとしたきっかけがあれば、昔よく聴いたアーティストなら聴いてみたいと思っている人は潜在的にいるにちがいないと確信した。なんとなく、この夜、僕よりも上の世代にもっともっと、こうしてコットン・クラブなどのライヴハウスに足を運んで欲しいなと思った。 ENT>MUSIC>ARTIST>Temptations Review December 02, 2007Sounds Of Blackness Live At Billboard Live【サウンズ・オブ・ブラックネス・ライヴ】 集合体。 日本に何度もやってきているミネアポリス出身の大型ゴスペル・ソウル・ファンク・グループ、サウンズ・オブ・ブラックネスが今回は六本木ミッドタウン、ビルボード・ライヴへ登場。1991年のジャム&ルイス・プロデュースのデビュー作『エヴォリューション・オブ・ゴスペル』の後、1994年に初来日して以来ほぼ毎年のように来日している。正確な来日回数はもはやわからなくなった。さすがに毎年見ているわけではないが、前回見たのは新宿の厚生年金だったか。やはり、こうした小箱で見ると格別だ。本国では最大40人以上の大所帯にもなるゴスペル・クワイアーでもある。 グループ名はそのまんま、「黒さのサウンド」、「黒っぽいサウンド」を意味する。黒人音楽のルーツを大切にし、そうしたルーツにつながる音楽をすべて包括して自分たちの音楽として披露する。かつて、レコード会社がこのグループ名を「サウンズ・オブ・ミュージック」に変えてくれたら契約してもいい、といった話をもってきたが、リーダーのゲイリー・ハインズは、きっぱりと断った。もちろん大正解である。 今回の来日は7人のバックバンド(ドラムス、ベース、パーカッション、キーボード2、トランペット、トロンボーン)に7人のコーラス隊、計14人の小規模編成。小規模といっても、十分迫力があり、その声のパワーに圧倒される。彼らの場合、ゴスペルといってもかなりコンテンポラリーなR&B、ジャズの要素も含めるのでひじょうに親しみ易い。また、まったく説教ぽいところがないのも純粋にただ音楽を楽しめてひじょうにいい。 7人のヴォーカリスト、それぞれすごい迫力なのだが、おもしろいことにこの中に一人のスターも作らずに、全体のユニットでひとつのサウンドを作るというところが興味深い。そのシステムにちょっと劇団四季を思い浮かべた。きけば、四季はひとりもスターはいらない、逆にみんながスター、そういう方針でやっているらしい。ひとりが目立つ必要はない、ということだ。その代わりトータルなパッケージ、集合体で圧倒する。 それにしても、声の物量作戦で聴く者を圧倒するところは、実に見事。これなら彼らのことを知らない人が初めてライヴを見に来ても、仮に曲を知らなくても、みな楽しめる。 ワシントンDCの「ゴー・ゴー・サウンド」調の曲まであって、のりのりになった。また最後の「オプティミスティック」では、スライの「ダンス・トゥ・ザ・ミュージック」に続けてなんと「上を向いて歩こう」を日本語で歌いきった。さらにここから「キープ・ユア・ヘッド・トゥ・ザ・スカイ」(頭を空に向けつづけよう)へ。メッセージは前曲と同じだ。 ■メンバー Setlist : Sounds Of Blackness @ Billboard Live, December 1, 2007 show started (2007年12月01日土曜、六本木・ビルボード・ライヴ=サウンズ・オブ・ブラックネス・ライヴ) December 01, 2007Alicia Keys @ Maru Building【アリシア・キーズ@丸ビル】 無料。 11月29日(木)、この日はなんと朝11時集合で、六本木・国立新美術館で「フェルメール展」(通称=正式には「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展)を見る「ソウル・サーチン美術部・第二回」。そのことはまたゆっくり書くとして、終わった後、みんなでお茶をしていると、そのうちのひとりKちゃんが、6時から丸ビルでアリシア・キーズの無料ライヴがあるんで行きます、と言い出す。一同全然知らなかったのだが、じゃあせっかくだから行ってみよか、ということになり、人数が多かったので車組、電車組の二手(ふたて)に別れて一路丸ビルへ。 丸ビルに着いたら、ものすごい人。吹き抜けが4階くらいまであるが、そこの通路すべてに人が埋まっている。2時間も前から人が集まっていたらしい。大きなクリスマス・ツリーの前に小さなステージが組まれ、キーボード、ギター、ベースの3人がバックバンド。舞台向かって左にグランドピアノ。 聞けばアリシアの新作アルバム内の「スーパーウーマン」に関連して、今がんばっている女性=スーパーウーマンに観覧チャンスが与えられた。しかし抽選で60名強(女性限定)しか入れない。残りは周囲の廊下、通路などで見る。 18時23分、まず司会の南美布さんがでてきて前説。そして、18時28分2階からエスカレーターに乗って周りのファン(一説には2000人=本当か、でもあながち嘘でもないくらい、人、人、人だった)に手を振りながら、1階へ降りて来てステージに。グレーのワンピースのアリシアにいっせいにファンが声援を送る。写真撮影の後、一問一答で今回のアルバムなどについてのトーク。そして、ライヴ。 18時40分ライヴ開始。新作から「ノーワン」「スーパーウーマン」、そして、「フォーリン」の3曲が歌われた。ライヴ終了18時55分。それにしても、アリシアの声が、この4階吹き抜けにぐわんぐわん響く。確か前回のライヴでは、バンドの音が悪かったことを記憶しているが、これくらいの小編成だったらなんとかなる。ライヴは実質15分程度だったが、思い切り存在感を見せた。バックのクリスマス・ツリーを見て、「今日から私名前、変えるわ。アリシア・トゥリーズって」 それにしても、アリシア間近で見ると、本当にかわいい。で、声は低くソウルフル。いやあ、アリシアが無料で見られるなら、それは人は集まるよなあ。(笑) アリシアは翌日(11月30日=金)朝のフジテレビ系列『とくダネ』に生出演、ライヴで2曲歌った。司会の小倉さんは、大感激して涙目になっていたようだ。 3曲のライヴが終わり、お客さんいっせいにステージとそのバックのクリスマス・ツリーを撮りだす。Kちゃんは、渋谷に別ライヴに、Sちゃんは新宿に友達と食事会、NさんMさん夫妻、O先生たちは帰宅、僕は御茶ノ水へ別件ライヴと解散。 Setlist : Alicia Keys @ Maru Building, 11/29/2007 Performance started 18:40 ENT>MUSIC>ARTIST>Keys, Alicia
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