January 31, 2008Sheena Easton Cancelled Show But…【シーナ・イーストン、ショーをキャンセル…が、】 キャンセル。 1月29日(火曜)に、ビルボード・ライヴに松尾潔さんとイギリスの歌姫シーナ・イーストンのライヴを見に行く予定だった。バックコーラスのメンバーに、フィリップ・イングラムという名前があり、これはちょっと興味あり、という感じだったのだ。セカンド(9時30分スタート)に行く予定で、フィリップ・イングラムが以前在籍していたモータウンのヴォーカル・グループ、スウィッチのアルバムなんぞを引っ張りだし、ビルボードに持っていこうと思っていた矢先に電話が鳴った。 ビルボードの担当の方からで、なんとシーナ・イーストン、ファーストの途中で声が出なくなり、ファーストは3-40分でステージを降りてしまった、という。そしてもう声が出ないので、セカンド・ショーはキャンセルになったとのこと。キャンセルは確定です、ときっぱりと言われた。じゃあ、バンドは今日は解散ですか、フィリップに会えますか、と尋ねると、彼は出先で現場にいってないので、詳細はわからない、しかし、ショーがキャンセルになったことは確実だ、これからひたすらお詫びの電話と、対応をしなければならないという。もし、フィリップに会えるなら、ビルボードまで行ってもいいかな、くらいには思った。 松尾さんと電話で話すと、じゃあ今日はお互い家でおとなしくしてますか、ということで、ビルボード行きはなくなった。そこで久しぶりに雑談をしている中で、ピーボ・ブライソンの話に。彼が僕のブログを読んで、久々に行こうかなという気になったとのことなので、じゃあ、ラスト(水曜セカンド)に行きましょうとあいなった。 その後、キャンセルを聞いたもののビルボードの入口まで行った友人Sちゃんからは、中から音が聴こえてきた、という報告がきて、どういうことだろう、とは思った。CDでも流して、食事でも食べさせているのかと想像した。 そして、翌日いろいろ調べてみると、どうやら、シーナは出てこなかったが、バックのバンドだけで、チャージ無料でライヴをやってみせたというではないか。えええっ、ていうことは、フィリップがほとんど歌ったってこと? ガ~~ン、超ショック~~。見たかった~~。こんなことって、天地がひっくり返っても、もうないだろう。これを知って、いやあ、ほんと愕然とした。やっぱり、現場には一度は足を運ばないと…。(苦笑) 実はこれには伏線があり、僕の車がちょうどこの日車検で、車がなかった。そして、冷たい雨も降っていたので、電車かあるいはタクシーで行くのもめんどうかな、と思ってしまったのだ。ふだんはかなりフットワーク軽いのだが。(笑)車検じゃなければ、とりあえず、行くだけは行っていたような気がするから、まあ、悔しいというか、ちぐはぐというか。(笑) ま、これも運命か。 そんなこととはつゆ知らず、同日深夜、Kちゃんからメール。ブルーノートにピーボ・ブライソンを見に行ったという。そうしたら、セカンドが50分押しで始まり(ということは10時20分頃のスタート)、アンコールで平原綾香さんが登場し、『ビューティー・アンド・ザ・ビースト(美女と野獣)』をデュエット。ライヴ終了は12時近くになり、そのアンコールが終わるなり、レジに長蛇の列ができた、という報告が飛び込んだ。 キャンセルあり、飛び入りあり、東京ミュージック・タウンなり~。 シーナ・イーストンは東京の前に福岡で25日、26日と歌った。27日1日休み、28日は無事こなし、29日のファーストから調子悪くなった。翌30日の大阪公演もキャンセル、31日に関しては様子を見ることになっている。 ■ メンバー フィリップ・イングラム/Phillip Ingram(Background Vocals) ■ セットリスト (フィリップ・イングラム・ショーか???) 01. Stop To Love [Luther Vandross] (2008年1月29日火曜、ビルボード東京=シーナ・イーストン・バンド・ライヴ) January 30, 2008Jay & Jino & Jay & Penny Live: Groove! Groove! Groove!【ジーノズ・グルーヴ炸裂】 JJ。 3人のJに1人のP、3JPsか、これは。(笑) あるいは、JJ.JP(ジェイ・ジェイ・ドット・ジェイピー)なんていうのもありかも。人気ベース奏者、ジーノ(日野賢二)主導のファンク系バンドのライヴ。メンバーは、ヴォーカルのジェイ、ジーノ、ドラムのジェイ・スティックス、そして、キーボードのペニーKの4人。インストゥルメンタル(演奏曲)以外のヴォーカルはジェイとジーノが取る。ジェイをかなりフィーチャーしたショーと言ってもいい。ヴォーカルのジェイはフィリピンのセブ島出身だそうで、そのちょっと変わった日本語のイントネーションを聞いたとき、九州か沖縄あたりの出身の日本人かと思った。それを彼に言ったら、「もっと、南ね(笑)」。 なにより、ドラムスとベース、そしてそれにからむキーボードの3人が作りだすサウンドが最高だ。ジーノは、ベースをときにギターのように弾くので、ベースとギター奏者がいるかのごとく錯覚してしまう。 ジーノのベースを聞いていると、いつも、彼が影響を受けた先輩たちの魂が感じられる。たとえば、いつか彼が影響を受けたベース奏者特集というのもどうだろう。ジャコ・パストリアス、ラリー・グラハム、ルイス・ジョンソン、スタンリー・クラーク、マーカス・ミラーなどなど。 最初ジェイのヴォーカルを聴いていて、どんなパターンの曲調があうのか、まったくつかめなかったが、最後の曲「カラー・マイ・ハート」とアンコールの「アイ・ウォント」を聴いていて、この路線があうかもしれないと思った。ちょうど彼の声が元シャラマーのハワード・ヒューイット系なので、たとえば、ダイナスティーの「ヒア・アイ・アム」とか、そのほかのリオン・シルヴァーズがプロデュースしそうな作品や、ブラザース・ジョンソンの「ストンプ」などの、いかにもウェスト・コースとの明るい曲がいいような気がした。 この3人のバンドは超強力だけにどんなバラードでもグルーヴ感たっぷりに演奏できるが、ヴォーカリストはいろいろ試行錯誤して、自分にあう楽曲を選んだほうがいいと思う。たぶん彼はソロでやるよりも、バンドの何人かいるヴォーカルの1人という位置づけがぴったりくるのではないだろうか。ただジーノとジェイの日本語のやりとりが、妙におもしろい。 ■ ジーノ過去関連記事 October 26, 2007 May 30, 2007 September 23, 2006 October 27, 2005 ■メンバー First Set Second set (2008年1月27日日曜、横浜モーション・ブルー=ジーノ・ジェイ・ジェイ・ペニーK・ライヴ) January 29, 2008Gatz Live At Blues Alley: Tons Of Sparkling New Songs【新曲に輝き増すガッツ・ライヴ】 輝増。 ガッツの新年第1弾ライヴは、ブルース・アレー。ガッツはここ半年だと、2007年8月モーション・ブルー、同年10月ブルース・アレー、同年12月モーション・ブルーとやってきていて、今回は前回から1ヶ月ぶりにブルース・アレー。彼は昨年8月のライヴから、毎回新曲を何曲か書いては歌うということをやっていて、それを続けて今回のライヴでは全16曲中彼の定番となっている2曲を除いて、すべてここ半年以内に初公開された作品ばかりとなった。1年前のライヴとはがらりと演奏曲が変わったということになる。すばらしいチャレンジだ。 ここ1年はガッツも、ミュージシャンとしてもシンガーとしても大きく成長したということになるだろう。まずなんと言っても、新曲の楽曲のクオリティーの高さだ。どんどん曲作りがうまくなっている。 僕は前述台風のときの2007年10月のライヴを見られなかったが、例えば、「グッド・タイム」はアース、エモーションズ風でいいグルーヴ、ファーストでちょっと僕に刺さったのが「真夏の海」。サザン・オールスターズ風というイメージもしたが、ヒット性ありのきらきらソング。さらに、セカンドの「心配ないよ」(2007年10月初演)は、初めて聴いたが「心配ない・・・まちがいない・・・」などのキャッチーな言葉とメロディーが覚えやすく、例えばヒロミ・ゴーあたりが歌うとおもしろいのではないかと思った。 ぴかぴかの新曲、セカンドの1曲目「ウェイク・アップ」は、ガッツのマーヴィン・ゲイ「セクシュアル・ヒーリング」へのオマージュか。ギターの弾き語りで、「ひとりタック&パティー」という感じがした。 ガッツのとろとろの「メロディー」(セカンド4曲目)の歌詞、「不器用だから歌うしかできない」といったラインは、ガッツは自分自身のことだという。彼によれば、この曲は別に誰かと喧嘩してできたわけでなく、「ミュージシャン、音楽をする人を主人公に1曲書いてみたいと思った。でも、リスナーにはできるだけ(曲が描く)状況は浮かばせたくないと思っているんです。むしろ、聴いた人の心情をそこに入れて欲しいと思って作りました」と語る。 バックのバンドも、前回までとほぼ同じ布陣で、強力。西脇トゥーツ・ワンダーさんと2人でやったアンコールの「メッセージ」を歌う前にガッツは言った。「自分が書いている音楽で、いつかみんなの背中を音楽でちょっとでも押せればいいなあと思ってます」 まっとうなミュージシャンだ。すばらしい。もっと輝ける。 客席には、ガッツの作品「ありがとう」の歌詞を、書道家の博子さんが書いたかっこいい作品が飾られていた。また、この日はドリームス・カム・トゥルーの中村さんらご一行が来ていた。 ちなみに「輝増。」は、ガッツは「輝きます」と読んでください。そして、今年はガッツの時代が「輝増(きます)」と読みます。 今日のセットリストには、曲名の横に初演を書き記した。どれだけ新曲かたっぷりごらんください。その前に、ガッツの過去記事を集めたらこんなになってしまいました。 ■ ガッツ・ブログ ■ ガッツ・過去記事 December 29, 2007 August 25, 2007 July 10, 2007 May 10, 2007 October 20, 2006 July 03, 2006 March 16, 2006 July 12, 2005 2005/03/04 (Fri) 2004/11/24 (Wed) 2004/11/18 (Thu) 2003/06/27 (Fri) ■メンバー GATZ(vo,g)、西脇辰弥(key,arr)、渕上祥人(g)、下野人司(b)、高田 真(ds)、木村“キムチ”誠(per)、本間将人(sax)、中村恵介(tp)、五十嵐誠(tb)、音音(ねね)(cho)、 Setlist : Gatz Live @ Blues Alley, January 28,2008 First set Second set (2008年1月28日月曜、目黒ブルース・アレー=ガッツ・ライヴ)
January 28, 2008Fukamachi Jun #85: 8th Year Has Just Startedまったり。 いよいよ今回から8年目。グランド・ピアノから変わってヤマハCP80での演奏もかなり聴きなれてきた。この日は、深町さん旧知の村上ポンタ氏が遊びに来て、ちょっと練習をしたいと申し出たが、深町さんに却下された。(笑) ここFJズには、ドラム・セットがない。う~む、どのような練習風景になったのだろうか。それはそれで興味深い。深町さんとポンタ氏は、1970年代初期に五輪真弓のレコーディングで一緒になって以来だという。30年以上の仲間だ。 ファーストの2曲目の途中で、ピアノの一弦が切れてしまったと深町さんは告白した。その曲が終わった後、切れた鍵盤を叩いて、音がでないところを客に見せた。この日は比較的長尺の曲が4曲。そして、お題拝借もいつもより少し長めの作品になった。とはいうものの、最近は観客が少なめでお題拝借もなかなか応募がない。 このお題拝借は、観客から4-5音のメロディーをもらい、その場でその音を元に深町さんが即興で1曲作るというもの。過去のセットリストを眺めるとわかるが、大体お題拝借は2分程度。この日は2分56秒と3分超で長かった。 長い間見ている僕の独断で感想を言わせてもらえれば、長いほうが、80パーセントの確率でいい作品が多い。なぜかはわからない。その曲に集中して、どんどんいいメロディーなりフレーズが思いついてくるので、長くなるのではないだろうか。曲として完成度が高くなるイメージだ。もっとも、同じ長くても、本人がいいメロディーが浮かばずに、悶々とそれを探し続けて長くなることもある。おそらく残り2割はそうして、冗長な作品になったときなのだろう。深町さん本人もしばしば言う。「即興演奏なんて、即興でやってるんだから、(出来が)いいときもあれば、悪いときもあって、当たり前。出来がよくないときには、拍手なんかしちゃあだめです」。 この日はなぜか犬連れのお客さんが何人かいて、途中でワンちゃんがほえたりしていた。 全体的にはいつになく、まったりとした感じで進んだ会であった。 ところで、次回第86回は通常だと2月最終土曜日で、23日になる予定だったが、その日、深町さんが北九州でスリー・ディグリーズのライヴのバックを務めるため、定例会は特別に翌24日の日曜になる。 (そのスリー・ディグリーズ関連の話を深町さんから聞いたので、明日以降にご紹介します) ■スリー・ディグリーズ・ライヴ 日時:2008年2月23日(土)18:15開場/19:00開演会場:福岡県福岡市・北九州芸術劇場・中劇場 出演:スリー・ディグリーズ 東京は2008年2月13日~19日ケントス・グループにて。ケントスでのライヴのバックは、ケントスのハウスバンドが担当します。 ■セットリスト 1st set 2nd set ■過去の音楽比率(ライヴ全体の中での音楽の割合を表します)(単位は%) 2005年11月 第一部 41.70 第二部 51.82 (2008年1月26日土曜、祐天寺FJズ=深町純ライヴ) January 27, 2008Peabo Bryson (Part 2): He Will Sing More Songs From New Album【ピーボ・ブライソン~新作からもっと歌う】 共通点。 金曜(2008年1月25日)のライヴは、東京では初日。そういうこともあってか、いくつか課題はあったが、全体的にはいいライヴだった。例えば、何度もハウリングがあって、PAの状態なども万全ではなかった。また、セットリストも事前のものと若干その場で変えて、ピーボが歌いたい曲を歌ったようだ。ブルーノートのサイトでセットリストが紹介されているが、僕が見たセカンドの実際の曲目と若干違っている。ブルーノートのサイトで紹介されているのが、おそらく当初の予定の曲目だったのだろう。実際にやった曲(オープニングの「イフ・ユー・ラヴ・サムバディー」と比較的その場でやったように見えた6曲目のアル・ジャロウの「ノット・ライク・ディス」)の2曲が、現場で変更されたようだ。ピーボはさかんに音楽ディレクターのドワイトに話していた。 ところで、とてもおもしろかったのが、ロードマネージャーが絶妙のタイミングでピーボのところに、紅茶を持っていくシーン。マネージャーが中腰になって、ステージの中央まで行き、ティーカップからこぼれないように慎重にピーボに渡す。 初日は2回ほど、紅茶が差し出された。ピーボはそれを後ろ向きになってすする。そのマネージャー氏とライヴ後少し話す機会があった。「あのタイミングはどうやってわかるのですか。彼(ピーボ)から指示でもあるの?」 「いや、彼の声を聴いてれば(タイミングは)わかるんだ。僕はもう何年も彼についているので、彼の声の調子の変化がすぐわかる。ちょっと喉があれてきたなと思ったら、すぐに紅茶を持っていく」 なるほど、そういうことだったんだ。 「ところでバラは何本用意しているの?」 「毎回、それぞれのショーで一ダース、12本だよ」 ピーボの帰り際に通路で少しだけ話ができた。「新作、とても気に入りました」「ありがとう。これから、新作からの曲、もっと歌うよ」 「『アイ・トライ』もやりますか?」 「もちろん」 「ところで、『フィール・ザ・ファイアー』は歌わないのですか」 「うーん、日本ではこれ、そんなに人気がないんじゃないか?」 「いやあ、そんなことはないですよ。コアなファンの間ではとても人気が高いですよ」 「そうかあ、じゃあ、考えるよ」 「フィール・ザ・ファイアー」は2006年2月に来日したギタリストのノーマン・ブラウンとのライヴの時に歌った。もっとも、アルバムを20枚も出しているピーボからすると、自分のレコーディングしたレパートリーだけでも、200曲にはなる。 「フィール・ザ・ファイアー」、最近われらがブレンダ・ヴォーンがカヴァーしていた。(2007年10月11日、目黒ブルース・アレー) ふと思ったのだが、ピーボとブレンダのデュエットなんて、実にスリリングでぜひ聞いてみたいと思った。ブレンダ&ピーボで「ホール・ニュー・ワールド」とか「ビューティー・アンド・ザ・ビースト」とか、「フィール・ザ・ファイアー」とか、なんとか実現できないかなあ。 ところで、以前ピーボにインタヴューしたとき、「イフ・エヴァー・ユーアー・イン・マイ・アームス・アゲイン」を作ったプロデューサー、ソングライターであるマイケル・マッサーの話になった。すると、「いやあ、レコーディングは何度も何度もやり直されてまいったよ。また将来一緒にやるかって? やらない、やらない」と笑いながら答えてくれた。 そのときだったか、彼のバング・レコードからのデビュー・アルバム(1976年)を持っていったとき、開口一番ピーボが言った一言が強烈に印象に残っている。「おおっ、僕のファースト、ルーサー(・ヴァンドロス)がバックをやってるんだよ、これ」 そうそう、ルーサーは1951年4月20日生まれ、ピーボは1951年の4月13日生まれ、たった1週間しか違わない。本当に同期、同僚、仲間という感じなのだろう。ピーボのほうがデビューは早かったが。 そして、もう一点、ピーボとルーサーの共通点。ピーボをキャピトル・レコードに引っ張ってきた敏腕ディレクターが、ラーキン・アーノルド。そして、そのラーキンがCBSに移籍して、そこで1981年に引き抜いたのがルーサー・ヴァンドロスである。ピーボもルーサー同様、カヴァー曲の多いシンガーで、しかもそのカヴァーの解釈が抜群にうまい。 今度はピーボにルーサーの作品でもカヴァーしてもらいたい。 ■ピーボ・ブライソン今回のライヴ評 ENT>MUSIC>ARTIST>Bryson, Peabo January 26, 2008Peabo Bryson Sung “Missing You” For His Mother And His Sister【ピーボ、母と姉のために捧げる】 鏡。 このところ毎年のようにやってくるソウル界の貴公子、ピーボ・ブライソン。タイミングよく8年ぶりの最新作『ミッシング・ユー』をひっさげての約1年ぶりの来日。新作がなかなかいい出来だったので、そこからの曲も期待して会場に足を運んだ。 バンドは、キーボード3(うち1人はベース兼任)、ドラムス、ギター、パーカッション(サックスも)、コーラス2の計8人。客層は比較的年齢層高しという感じだが、20代から30代の若い女性の姿も。 オープニング、いつもの通り、観客全員(この日は200人弱か)と握手してからステージにあがる。本当にピーボの「お客様は神様です」的姿勢には頭が下がる。そして、歌のうまさは折り紙付き。100万の言葉を持ってしても、彼の歌のうまさは表現しきれない。 この日まず驚いたのは、3曲目に最初の新曲「カウント・オン・ミー」を歌ったところ。もちろん僕も生では初めて聴くが、その前に、日本でもレグノのタイヤのCMで使われおなじみの「愛のセレブレーション」を歌ってから、これにつないだ。 おそらく100万回は歌ってきたであろう「愛のセレブレーション」とまだせいぜい100回程度しか歌ってきていないであろう「カウント・オン・ミー」の歌唱クオリティーがまったく変わらないのだ。どんな新曲でも人前で歌うときには、完璧に完成させている。時に歌いこんだ曲とそうでない曲の差がわかってしまうシンガーもいる。僕はこの新曲とスタンダードの完成度の違いのなさに感銘した。リアル・プロだ。「カウント・オン・ミー」は彼がタイトル曲に選ぶだけあって、実にすばらしい楽曲。ピーボの代表曲のひとつにもなりそうな気配がする。 おもしろい選曲だと思ったのが、6曲目で歌われた「ノット・ライク・ディス」。ほとんどア・カペラ状態で、客席に下りて、近くの女性の肩を抱きながら歌い上げた。浪々と歌うこれも胸に響く曲だった。最初わからなかったが、タイトルから調べたら、アル・ジャロウの1983年のアルバム『ジャロウ』に収録されている1曲だった。 そして、もっとも感動的な瞬間が訪れたのは、ピーボが最新作のアルバム・タイトル曲「ミッシング・ユー」を歌ったとき。彼はイントロにのせて、こんなことを言った。 「これはあらゆる意味で、スペシャルな歌。誰もが誰かや何かを懐かしむ、恋しいと思う(ミッシングする)ものです。あなたも僕のことを恋しいと思って欲しい、そして僕もあなたたちを恋しいと思う。東京のみなさん、愛してます!(ここは日本語) 僕はこの曲を、母と姉に捧げます(for my mother, and my sister)」 「暖かい日々も寒い冬も過ぎ去っていった。君を最後に抱きしめたのはそんな寒い季節だった。今でも君が恋しい。君が恋しい。僕の思い出の中で、君は神聖なるもの。君の微笑が、君の笑い声が、いまだに僕の胸を締め付ける。今でも君を思い出す。君が恋しいんだ」(「ミッシング・ユー」一部) 後半、涙の粒こそ頬を伝わらなかったが、ピーボの目は赤くなっていた。きっと、天国の母と姉を思い浮かべてしまったのだろう。曲調とピーボの歌とその赤くなった目に胸が熱くなった。 母マーティー・ブライソンは4人の子供をもうけ、子育てのためにすべてをなげうった。2歳年上の姉アグネス・ブライソン・ウィリアムスは2004年に55歳で亡くなった。アルバム『ミッシング・ユー』はこの2人に捧げられている。 だが、もっと感銘を受けたのが、きっと心では号泣しているにもかかわらず、歌、歌唱そのものはまったくぶれることなく、完全にしっかりと歌っていたことだ。普通、ここまで感情移入したら、声が震えたり、音程をはずしたり、最悪歌えなくなってしまうだろう。日本のアイドルが泣きながら、歌えなくなってしまうのが思い出される。しかし、ピーボは決してぶれない。目をつぶって彼を見ずに聴いていたら、ちゃんとしっかり歌っていると思うにちがいない。ここでもプロフェッショナルを感じた。 次の曲「ホール・ニュー・ワールド」でデュエットの相手をするキム・ケイジも、ステージに上がったとき、もらい泣きをしたのか顔がくしゃくしゃになっていたように見えた。この曲も、ピーボの代表曲になるに違いない。 ピーボは、曲の後半になって、ロードマネージャーから手渡された12本のバラを観客(女性のみ)に配り始める。もらった幸運な12人は大喜びだ。MCのあちこちで日本語をはさみ、90度のお辞儀を深々とし、バラを配り、そして、最高級にうまい歌を聴かせ感動させるピーボ・ブライソン。シンガーの鏡である。 ■ ライヴは1月30日(水曜)まで毎日。午後7時と9時半。日曜は6時半と9時。ブルーノート東京。 ■ 過去関連記事 February 11, 2006 September 14, 2005 2003/10/01 (Wed) January 21, 2008 ■ 最新盤 『ミッシング・ユー』 ■ アル・ジャロウ 『ジャロウ』 アル・ジャロウ ジェイ・グレイトン デビッド・フォスター ポリドール (1998/09/02) 売り上げランキング: 172414 ■ メンバー Peabo Bryson (vo) ピーボ・ブライソン(ヴォーカル) ■Setlist : Peabo Bryson Live At Blue Note Tokyo, January 25, 2008 Show started 21:42 (2008年1月25日金曜、ブルーノート東京=ピーボ・ブライソン・ライヴ)
January 25, 2008Sugar Shack’s Mr. Ishikawa Talks【シュガー・シャック秘話】 お宝話。 カーステレオにいれたのは、マーヴィン・ゲイのアルバム『アイ・ウォント・ユー』。久々にこれを聴きながら、車を横浜に走らせた。目的地は1月14日に閉店した横浜のソウル・バー「シュガー・シャック」。昨日このブログで書いた通り、『ソウル★魂』の第二回の収録だ。予想はしたが、オウナー石川さん、ソウル・バー評論家・高畠さんとのトークは、あちこちに飛び火、いや、脱線しながら大変おもしろいものになった。 最初のコーナーで、おそらく5分くらい用に石川さんと話した部分は、なんと25分近くになってしまった。僕は気づかず、後からスタッフに言われてびっくり。僕はインタヴュー役でただ話を訊くだけだったが、質問とその答えに熱中してしまい、時が経つのを忘れ、さらに、台本の進行も忘れてしまうほどだった。(苦笑) 詳しい話は、2月末のオンエア(あるいは、その後のインターネットでの配信など)をごらんいただくとして、編集が終わったあたりで、没になっている部分の話はこのブログなどでもご紹介したいと思う。 「シュガー・シャック」は、横浜の店だけに、横浜ベイスターズの選手たちがよく来た。マホームス、ブラッグス、ローズなどの話、ブラッグスの婚約者でのちに結婚するアン・ヴォーグのメンバー、シンディの話など。ベイスターズがセリーグで優勝、さらに日本一になった1998年などは、シュガー・シャックは「ソウル・バー」ではなく、「ベイ・スターズ・バー」になっていたほどだという。(笑) またミュージシャンではビリー・ポール(お店でチキン・シャックのインスト・ヴァージョンにあわせて「ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ」を歌ったという)、オハイオ・プレイヤーズ(一ヶ月、毎日来た)、キャメオ(最初店が混んでいて、端の席に座っていたが、頭がとびでてて目立ったのでラリー・ブラックモンだとわかった)、クール・アンド・ザ・ギャングなどたくさんの話を聞かせていただいた。 石川さんは、来店したアーティストのサイン、ベイスターズの選手のサイン入りバット、写真、グッズなど多くのものを揃えていてくれた。そのあたりの写真などもご紹介できると思う。 また、本編では使われないと思うが、やってくるブラザーの客層も、横須賀に入ってくる空母によって違い、ちゃんとした連中と、若くて問題ばかりおこす連中とくっきり差がでたという。そうした連中が来ていたころは毎週末、店で喧嘩が起こっていたそうだ。 日本全国津々浦々ソウル・バーを渡り歩いている高畠さんも、シュガー・シャックでの思い出もたくさんあり、さらに、全国のソウル・バーの話などもふんだんにしていただいた。 当初収録は2時から5時までの予定だったが、大幅に伸びて終了したのが7時を過ぎていた。スタッフのみなさん、おつかれさまでした。 ■『ソウル★魂』第二回は2008年2月23日午後10時~ スカパー795チャンネル グラフィティー・チャンネル 第一回はいよいよ今週末、2008年1月26日午後10時半~11時。\n January 24, 2008Sugar Shack Is Forever【シュガー・シャックよ、永遠に】 ざくざく。 今年1月14日に惜しまれながら18年弱の歴史に幕を閉じた横浜のソウル・バー「シュガー・シャック」。現在、日々片付け撤収作業が行われているが、そのうちの一日におうかがいして、『ソウル★魂』のために、時間を割いていただくことになった。 これは、『ソウル★魂』(スカイパーフェクトTV795チャンネル・グラフィティー・チャンネル 毎月第4土曜日午後10時、第1回だけ10時半からスタート)の第二回で「ソウル・バー」にスポットをあてて、シュガー・シャックを舞台に、ここでオウナーの石川さん、さらにゲストに「日本一ソウル・バーを訪問している男」高畠さんを向かえ、ソウル・バー談義をしようというもの。 石川さんや高畠さんには、「ソウル・バーとは」「理想のソウル・バーとは」「ソウル・バーのこだわり」などを軸に、シュガー・シャックの18年をじっくりと振り返っていただこうと思う。 すでにクローズして1週間以上を経て、お店はかなり片付けが進んでいるが、その分ものが散らかっているそうだ。僕は石川さんにどんどん片付けていただいてかまいません、仮にがらんどうになった場所でもかまいません、シュガー・シャックその後、みたいな感じでもいいので、と伝えた。 高畠さんは、横浜ベイスターが優勝した1998年には、なんとほとんど毎日のように横浜球場とシュガー・シャックに入り浸っていたらしい。(笑) その思い出を書いた高畠さんのブログ↓ 実はこれを読んで、ぜひ高畠さんにもご登場願いたいと思い、出演を依頼したら「シュガーのためなら、なんでもやります」とご快諾いただいた。ありがとうございます。 さきほど、高畠さんと軽い打ち合わせのために電話で話したら、日本全国のソウル・バーで自分なりに思い出の曲はあります、と言われた。う~む、さすがだ。 石川さんのブログ↓ 石川さんと電話で話したら、「思い出の曲ねえ、ビリー・ポールとか、うちで『ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ』歌ってきましたよ、あ、それからアン・ヴォーグのシンディとかよく来たんでアン・ヴォーグの曲とか…」なんて話がポンポンでてくる。一体どんなソウル談義になるんだろう。秘蔵話も、ざくざく、間違いなし。楽しみだ。 +++++ 『ソウル★魂』 ■『SOUL★魂』 第1回 ■『SOUL★魂』 第2回 ENT>SOUL BARS>Sugar Shack January 23, 2008Bobby McFerrin Said I Have Imperfect Pitch【指揮者ボビー・マクファーリン~音の魔術師は健在】 500兆回。 前回僕が彼のライヴを見たのが2004年2月なので、ほぼ4年ぶり。初来日が1990年だったからもう18年も前のこと。毎回、彼のステージには度肝を抜かされる。今回はフルオーケストラの指揮者だ。おそれいった。 彼の指揮ぶりが、おもしろい。第一楽章が終わって客が拍手をしそうになると、振り向いて、手で「まだ拍手はしないで」と押さえる。時に、指揮棒を振らずに、あごに手をやりながら、演奏者たちを見ている。 モーツァルトをやった後、彼がひとりになり、いわゆるヴォイス・パフォーマンス。ほとんど即興で、彼の口と手だけで音を生みだす。毎度のことながら、圧倒的だ。4曲目にスタンダードの「スマイル」をやった。複数の音が出ているように聴こえる。口はひとつなのに。まさに音の魔術師ぶりは健在だ。 観客の取り込み方も実にうまい。3-4の音を教え、その音を観客に歌わせる。観客が出した音にあわせて、スキャットでメロディーを作って歌う。観客がいつのまにかヴォイセストラ、伴奏をつけているのだ。 圧巻は「アヴェ・マリア」。彼がリズムのぱぱぱぱぱぱ~というところを繰り返し、観客が「アヴェ・マリア」の主旋律を歌う。観客がちゃんとそれを歌詞付きで歌ったから驚いた。最初の一・二行ならなんとかわかるかもしれないが、けっこう最後までみんな歌った。クラシックを聴く人は「アヴェ・マリア」のメロディーなど、歌えて当然なのだろうか。すごい。主旋律が観客で、ボビーはその装飾リズムを歌うのだ。会場がひとつになって「アヴェ・マリア」を紡ぐ。感動的で涙がでそうになった。歌を覚えていき、歌ったあなたがシンガーなら、バイオグラフィーに「ボビーと共演」と書ける。 本編が終わり、4回ほど拍手に迎えられて登場。最後は、通訳を伴って、観客に「僕に何か聞きたいことがあったら、何でもきいてくれ」と言って質疑応答になった。こんなこと、ありか。(笑) 帰り始めた観客が戻ってきた。ユーモアあふれる、ジョークを交えた質疑応答になった。 「あなたの声は何オクターヴ?」 ボビーが低い音から高い音まで歌ってみせ、「うん、4(オクターヴ)だな」(笑) 「ステージ前、声のウォームアップはどうしてるんですか」 「僕は一日中歌っているから、ウォームアップは必要ないんだ」(笑) 「楽団員には、どのように接しましたか」 「リラックスするように言ったよ」 「なぜ、あなたは今日『ドント・ウォーリー、ビー・ハッピー』を歌わなかったんですか」「いや、あの曲は1988年の11月以来やってないんだ。大ヒットするまでに、僕はその曲を500兆回やったからね、もうやらないんだ。それをやると、留まっている感じだろう。僕はもっと前に進みたいんだ」 500トリリオンと言ったのだ。そう彼が言った瞬間、僕は数字がわからなくなった。(笑) もっとも1988年11月以来やっていないというの彼特有のジョークだが…。 僕も質問した。「あなたは、絶対音感をお持ちですか」「僕は不完全音感だよ(I have imperfect pitch)」と彼は答えた。普通、絶対音感に対しては、それがない場合、反対語の「相対音感(リレイティヴ・ピッチ)」と答える。そこをインパーフェクト(不完全な)という言葉を選ぶあたりが、ボビーらしい。 ●ライヴは、今日1月23日(水)もすみだトリフォニー・ホールであります。座席は余裕であります。(苦笑) ■ 過去関連記事 2004/02/04 (Wed) ■ セットリスト ボビー・マクファーリン First set -break- Second set (2008年1月22日火曜、墨田トリフォニーホール=ボビー・マクファーリン・ライヴ、スーパー・オーケストラ・コンサート)
January 22, 2008Up Coming Live: Tokyo Is Soul Town【これからのライヴ】 目白押し。 それにしても、ものすごい量の来日アーティスト群。1月から3月末あたりまでをざっと、日本人アーティストも含めてピックアップしてみると~。 ボビー・マクファーリン 1月22日、23日@墨田トリフォニーホール 若干、抜けているのがあるかもしれませんが。松尾潔さんも言っているが、まさに「東京はソウルタウン」ですねえ。このほかに、アレキサンダー・オニール&シェレールが5月にビルボードで決まったらしいですね! 上記の中では、3月13日のブレンダ・ヴォーンはぜひご注目を。東京在住レディー・ソウル・ナンバー・ワンです。ブルース・アレイでの3回目のライヴ。 ENT>LIVE>ANNOUNCEMENT
January 21, 2008Peabo Bryson Will Be Coming To Japan With New Album【ピーボ・ブライソン8年ぶりの新作とともに来日】 貴公子。 彼にキャッチフレーズをつけるといくらでもできる。「ミスター・エンタテイナー」、「バラードの貴公子」、「ミスター・ジェントルマン」、「世界一腰の低いシンガー」、「世界一日本語をしゃべる外国人シンガー」、「理想的シンガー」「デュエット・キング」…。 正確な発音、正しい発声、まさにきちんとしたシンガーの王道を行くシンガー中のシンガー。歌のうまさでは群を抜いたシンガー、それがピーボ・ブライソンだ。日本にも何度もやってきて、すっかりおなじみの彼がスタジオ新録によるオリジナル・フル・アルバムとしては、1997年11月全米発売の『ピース・オン・アース』(クリスマスアルバム=日本発売は1999年11月)、1999年3月の『アンコンディショナル・ラヴ』以来8年10ヵ月ぶりの新作『ミッシング・ユー』を出し、しかも今週ブルーノートにタイミングよく来日する。(このほかに2002年企画物のデュエットアルバムがある) 昨日(1月20日、日曜)、『ソウル・ブレンズ』内「山野ミュージック・ジャム」でもこの新作を紹介したが、これがなかなかいいでき。番組でもご紹介した「ミッシング・ユー」は、なんとソングライターにグラミー賞ノミネート・アーティスト、レデシーの名前がある。また、アンジェラ・ボフィルの作品「アイ・トライ」のカヴァーもいい。 彼の初来日は1991年10月、その後1994年に2度来日して以降は、ほとんど毎年のようにやってきて、しかも日本人シンガーのゲストでやってきた回数もあるので、正確な来日回数はもう数え切れない。 彼に初めて会ったのはその初来日のとき。その後何度かインタヴューしているが、いつもフレンドリーで楽しい。今年のライヴではまたバラを配るのかな。そして、楽屋から出てステージに上がるとき、観客全員と握手するのだろうか。おそらく、ライヴではこの新作から何曲か歌うだろう。昨年のライヴは見ていないので、久々に見に行こうかな。 ■ ブルーノートで2008年1月25日から1月30日まで公演 2008年1月22日(火)、23日(水)「ドリーム・ライヴ2008」(大阪シアタードラマシティー)にも出演 ■ 過去関連記事 September 14, 2005 2003/10/01 (Wed) ■ 最新盤 『ミッシング・ユー』\n ピーボ・ブライソン ユニバーサル ミュージック クラシック (2008/01/16) 売り上げランキング: 18825 ENT>MUSIC>ARTIST>Bryson, Peabo January 20, 2008Washington DC’s Go Go Sound Is Back【ワシントンDCの「ゴー・ゴー・サウンド」が目黒に復活】 ゴー・ゴー。 1970年代にはすでにあったが、1980年代中期になって一躍世界中で注目されたアメリカ東部ワシントンDCで起こった「ゴー・ゴー・サウンド」。そのサウンドは、延々とリズムが続くダンス・ミュージックの決定版。ちょっとためのあるドラムスがサウンドの要で、チャック・ブラウン&ザ・ソウル・サーチャーズ、トラブル・ファンクなどのアーティストが人気となり、彼らは来日もしてその強靭(きょうじん)なライヴを見せていった。 そんな「ゴー・ゴー・サウンド」を日本でもやってみようと、ベース奏者丸本修さんの音頭で強烈なミュージシャンたちが集まった。丸本さん(通称マルさん)主催では昨年(2007年)6月にサンフランシスコのオークランド・ファンク・サウンドを特集したイヴェントがあったが、これはそれに続くもの。みなよくサウンドを研究しており、まさに「ゴー・ゴー・サウンド」。バンドがよくまとまっていた。もっとどんどん定期的にやってくれると嬉しい。 「ゴー・ゴー・サウンド」のライヴの最大の特徴は、リズムが延々と続くところ。なので、ファーストセットは一時間ぶっ通しかと思ったら、途中でMCが入って音が止まった。あらら。(笑) 前回も見たトミーさんが最初3曲歌ったが、なかなかのステージ裁きを見せ、お見事。MCAT、ジンさんらとベッチンのユニットで歌っている。外人なまりのMCが妙におもしろい。 来月、本家本元のチャック・ブラウン&ソウル・サーチャーズが久々にやってくるし、ゴー・ゴーがちょっとしたブームになればいいのだが。ファーストとセカンドの合間にはそのチャック・ブラウンのDVD映像が流れてた。 「ゴー・ゴー・サウンド」としては、シルキー藤野さんがやっているゴー・ゴー・バンドがいるが、やはり好き者はけっこういるわけだ。ゴー・ゴーで行け行け! (都合で1部しか見られなかったが、セットリストを入手したので、セカンドのものも掲載します) ■ チャック・ブラウン&ザ・ソウル・サーチャーズ2月に来日 2008年2月15日(金)、16日(土)ビルボード・ライヴ東京 ■ 過去関連記事 February 20, 2006 June 21, 2007 ■ メンバー ■セットリスト First set Second set (2008年1月19日土曜、目黒ブルース・アレイ=ファンケストラ・ライヴ)
January 19, 2008Matt Bianco Live At Blue Note【マット・ビアンコはポップなラウンジ・パーティー・バンド】 ハッピー。 イギリスのグループ、マット・ビアンコの約2年ぶりの来日。マット・ビアンコは一見個人の名前のように思えるが、実はグループ名だ。ほとんどの曲でセンターで歌を歌うリード・シンガー、マーク・ライリーが中心人物。 日本でもひじょうに人気が高く、けっこうな集客を見せる。グループの母体の結成が1982年、マット・ビアンコとしてのイギリスでのデビュー作リリースが1984年ということで、来年はデビュー25周年を迎える。歴史は長い。「サンシャイン・デイ」「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」などのカヴァーヒットが誕生。いくつかはCMでも使われたりして、かなり耳なじみのある曲が次々と短めに披露される。誰でもサビを口ずさめるかなりのポップ・ミュージック! ドラムス、ギター、ベース、キーボード、トランペット、サックス、コーラス2人にパーカッションの9人プラス、リード・シンガー、ライリーの計10人がオンステージ。ラテン調、ポップ調でダンサブルな作品のオンパレード。ごきげんなラテン・フレーヴァーもあるラウンジのパーティー・バンドといったところだ。例えば、クール&ザ・ギャングが典型的なストリートのファンク系パーティー・バンドとしたら、このマット・ビアンコはそれを白く薄めたラテン系ポップ・パーティー・バンド。誰でも踊れるパーティー・ミュージック! この前のブルース・アレーのライヴ、スピリット・オブ・ザ・ブギーをブルーノート・ヴァージョンにした感じか。眉間にしわ寄せではなく、常ににこにこ笑顔で誰でも楽しむハッピー・ミュージック! これを見たソウル・メイト、Mリンは一言。「クレイジー・ケン・バンドとMフローを足して2で割ったような感じね」。う~~む、なるほど。言えてる。 ■ マット・ビアンコCD ワップ・バム・ブギー posted with amazlet on 08.01.19 マット・ビアンコ ビクターエンタテインメント (2006/02/22) 売り上げランキング: 44983 ■関連記事 マット・ビアンコ・オフィシャル・ウェッブ(英語) ブルーノート・ウェッブ ■ メンバー Mark Reilly(vo) マーク・ライリー(ヴォーカル) ■セットリスト show started 21:32 (2008年1月18日金曜、ブルーノート東京=マット・ビアンコ・ライヴ) January 18, 2008Naoh At Blues Alley【ナオ・ライヴ@ブルース・アレー】 ファンキー。 サックスのナオがブルース・アレーでキーボードの学史くんらを従えライヴ。最近は半分くらいをカヴァー曲にしているそうだ。セカンドから見たが、グローヴァー・ワシントンの「ジャスト・ザ・トゥ・オブ・アス(クリスタルの恋人たち)」、ニーヨの「ソー・シック」、アリシア・キーズの「アイ・アイ・エイント・ガット・ユー」など今風選曲で盛り上げる。ニーヨの曲などインストになっても、実にいい雰囲気がでる。サックス向きの1曲か。この中で学史くんがロジャーばりにヴォコーダーもどきを使う。 セットリストの3曲目と5曲目がオリジナルだが、どちらも、ファンキーなベースを伴ったのりのいい作品。後者はドラム・ソロから始まり、ベース・ソロ、キーボード・ソロなども組み込んだ。学史くんのファンキーなソロは圧巻だ。そうそう、MCも一箇所だけで短く、また1曲の長さも比較的短く、それもよかった。 バンド編成はサックスのナオのほか、ドラム、ベース、ギター、キーボードの計5人。ヴォーカルはなし。バンドがしっかりしていて、ナオが目指すファンク・バンドの方向性に向いているようでいい感じ。観客には、ふだん青山のボディー&ソウルあたりに来そうなスーツを着たダンディーな男性などがけっこういて、ナオちゃん人気者。(笑) 彼女のサックスを聴いていて、元はサックス曲ではないが、ハーブ・アルパート(トランペット)の「ライズ(Rise)」なんかやってみたらどうかな、と思った。トランペットで有名な曲をファンキー・サックスでやったらどうなるのだろう。 たまたま西山ハンコ屋さんが、リハの後にふらっと立ち寄ったというので、一緒に観戦した。 ■ メンバー Setlist : Naoh At Blues Alley, January 17, 2008 First set Second set (2008年1月17日木曜、目黒ブルースアレー=ナオ・ライヴ)
January 17, 2008“Earth” The Movie: I Will Survive【映画『アース』は小さなドラマの連続】 圧巻。 2006年NHKで放送された映像ドキュメント『プラネット・アース』の劇場映画ヴァージョン『アース』が2008年1月12日から公開されている。 お客さんの入りはまあまあといったところか。年齢層も幅広く、親子連れもいる。映画としては約98分。それにしても、何度見てもこの映像は美しく素晴らしい。大画面で見るとさらに迫力、圧巻だ。 見たことがある映像がいくつもでてきて、感激も新た。ライオンが象を襲うシーン、ホッキョクオオカミがトナカイを捕獲するシーン、同じようにチータが獲物を捕らえるシーン、象が延々と水を求めて旅をしていて、疲れ果て横たわる子供の象を親象がひょいと叩いて、起こすシーンなどなど。かと思えばマントヒヒのダンス、鳥の求愛ダンスなどのコミカルな映像も楽しい。 カメラは次々と自然の過酷さ、厳しさ、そうした中で必死に生き延びていく強さを映し出す。弱肉強食とはよく言ったものだ。水があれば植物が生え、生物が集まる。生物が集まればそれを狙う別の生物が集まる。広大な地上を映す空からのパノラマ映像が、水中深くに潜むカメラが、必死に生きるさまざまな動物の姿を物静かに捕らえる。言葉なき映像が、多くのことを雄弁に語る。映像カメラマンという仕事をする人にとって、こんな仕事はまさに世界最高峰の仕事だと思う。 テレビ版の案内役は緒形拳、この映画のナレーションは渡辺謙。この作品のもっとも興味深いところが、ストーリーらしきストーリーはないこと。そして、人間がひとりも映らないこと。しかし、ひとつひとつのシーンにドラマがある。ストーリーはなくとも、さらに俯瞰してみれば、文字通り「地球」という生き物の今現在のストーリーの一部が描かれているともいえるかもしれない。 製作者はナレーションを通して、地球温暖化の危機を唱える。だが僕はこの映像に、そんな啓蒙的なメッセージよりも、多くの生き物が、地球という生き物の上で必死に明日のために生きようとしているというメッセージを感じた。 ■映画公式ウェッブ http://www.loveearth.com/film/trailers/unitedkingdom
August 10, 2006 September 27, 2006 ENT>MOVIE>Earth January 16, 2008Finishing Touches On “Soul Damashii”【『ソウル★魂』最終仕上げ】 仕上げ。 衛星テレビ放送、スカイパーフェクト・テレビ(略称・スカパー)で2008年1月26日初回放送されるソウル番組『ソウル★魂』の第一編集ヴァージョンができた。編集の作業はかなり大変だったと思うが、とりあえず、直しをチェックしている。テレビはラジオと違って、当たり前だが、映像がある分、見るところが多い。インタヴューの声と、訳がいいタイミングででてくるか、そのときのBGMの曲名のスペルはあってるか、ナレーションと絵はあってるかなど、チェックポイントは無数だ。 自分的には、思ったほどしゃべれてないこと、テレビ映りがいまひとつよくないことなど、思うところは多々あるが、幸い相方の司会者ミカコちゃんがかわいく、上手に進行してくれたので僕の不足分を補ってくれた。 テンプテーションズの素材は、『エド・サリヴァン・ショー』『テンプテーションズ物語』など時間制限などはあったが、一部を使わせていただいたので、さらっと見て「テンプスとはこんなグループ」みたいなものにはなったかとも思う。オンエア後、忌憚のないご意見をうかがいたい。 『ソウル★魂』 ◎放送チャンネル・スカイパーフェクトTV・グラフィティー・チャンネル795チャンネル ■『SOUL★魂』 第1回 初回放送 2008年1月26日(土)22:30~23:00 ■『SOUL★魂』 第2回 初回放送 2008年2月23日(土)22:00~ ◎ スカパーの放送受信の仕方 ENT>TV>Soul Damashii January 15, 2008Yokohama’s Number One Soul Bar, Sugar Shack Closed After 18 Years【横浜のソウル・バー「シュガー・シャック」閉店】 精神安定剤。 2007年11月17日付けブログで紹介したように、横浜のソウル・バー、「シュガー・シャック」が2008年1月14日深夜をもって閉店する。ここ数週間は、大変なお客さんの入りだそうで、最後にお別れに多くの人が訪れたようだ。1990年8月のオープンから17年5ヶ月の歴史に幕が下りる。 このところ、六本木「ジョージ」の閉店(2005年4月)、青山「OA」の閉店(2006年5月)とあいつぐ名店のクローズが続く。「ジョージ」は1964年から2005年(現在は、西麻布で営業)、「OA」が1971年から2006年。このほかに長くがんばっているソウル・バーとしては、方南町「エクセロ」は1974年から、1981年下北沢へ移り現在も営業中、六本木「ラヴィング・パワー」(川畑さんの最初の店)が1979年開店、その後「テンプス」を経て現在「ミラクル」といったところがある。 November 17, 2007 一ヶ月以上前になってしまうが、松尾潔さん、黒沢薫さんらと「シュガー・シャック」に行った。その日もほぼ満席に近かったが、オウナーの石川さんがいろいろと相手をしてくれた。「このいろいろな備品、いすとか、写真とか、サイン入りのジャケットとか、どうされるんですか」と松尾さんが尋ねた。「とりあえず、うちにもって帰りますよ」と石川さん。冗談半分に「まとめて引き取っていただけますか?(笑)」 すると、松尾氏お酒の勢いもあってか「いいなあ、考えようかなあ…(笑)」 この日初めてだった黒沢さんも、「いいですねえ、ここ。しかし、もったいない」とかなり気に入った様子。松尾さんも何曲もリクエストをして、なかなか帰れない。 黒を基調とした落ち着いた雰囲気。うるさくなく、しかしBGMとして聞き流されない適度な音量。ソウルフルなグッズの数々。そして何よりオウナー石川さんのソウル魂が一番輝いている店だ。お店は閉店翌日の15日から徐々に中を片付けるそうだ。いっそのこと、オークションでもしたらどうだろう。(笑) いい店というのは、不思議なもので、そんなにしょっちゅう行かなくても、あそこにいつも店がある、ということだけで妙に安心してしまうものだ。横浜のモーション・ブルーにライヴがあって、その帰りに何度も寄ろうと思うが、翌朝が早いので断念して後ろ髪を引かれつつ首都高に乗る。しかし、そんな首都高に乗る瞬間でさえも、あそこでシュガー・シャックが今日もやっているという、それはあたかも精神安定剤のように感じられる存在なのだ。 それにしても、時の流れとは時に残酷である。しかたがないといえば、しかたがないのだろうが。だが、今日「シュガー・シャック」が閉店しても、18年にわたってここで営業していた事実によって、「横浜に『シュガー・シャック』っていういいソウル・バーがあったぞ」という伝説と思い出とソウルは永遠に残る。閉店は、新たな伝説の始まり。シャンパーンで乾杯しよう。 ■石川さんのブログ↓ ENT>SOUL BAR>Sugar Shack
January 14, 2008Tonki’s 11: Number One This Year So Far【とんきで、かつ初め】 かつ初め(かつぞめ)。 超老舗、創業50年余のとんかつの名店目黒「とんき」をおよそ数ヶ月ぶりに訪問。年初めのかつ。題して、「書き初め」ならぬ「かつ初め」。どこにするか悩んだ末、結局安易に一番自宅から近い目黒の「とんき」に。今年食べたとんかつのなかで一番、まだ一店しか来てませんが。(笑) ヒレもキャベツも、トン汁もおしんこもすごくよくまとまっていて、正月からいいものを食べさせてもらった。お客さんが1月の寒い時期にもかかわらずいっぱい。客が多くて忙しくても、少なくてやる気が盛り上がらなくても、そこはプロフェッショナル、手を抜かずかつをあげてくれた。 編成は、客順を覚えオーダーを取る人1、小麦粉と卵を付ける人1、パン粉を付ける人1(この2つ同じ人がやる場合もあり)、油で揚げる人1、揚がったものをカットする人1、キャベツを盛ったり、辛子をつけたりする人1、そうして出来上がったとんかつのお皿を客席まで運ぶ人1~2、ゴハン・味噌汁を持ってくる人1、お茶・ビール・そのつまみを運ぶ人1、もろもろを片付けたり、おしぼりを出す人2の計11人がオンステージ。彼らをして、私は名づけた。トンキーズ・イレヴン。このうち後半5人がいわゆるホール系で、彼らはキャベツのお代わりをいつでも皿に置いてくれる愛すべきサーヴィス・パースン。ホール系はもちろんホールの仕事をいくつか兼任する。 一人客には新聞を出し、キャベツがなくなると見れば無言のうちにキャベツ(もちろんお代わり自由)をいれ、ゴハンが少なくなれば、「お代わりおもちしましょうか」とさりげなく聞き、食事がほぼ終わろうとするころあいを見計らい、新しいおしぼりがでてきて、同時にガラスのコップで蓋(ふた)がされていた楊枝のそのコップがあけられる。動きにまったく無駄がない。そして、床のすのこ、白木のカウンターはいつも清潔さを決して忘れない。 みな白い制服を着ているが、その胸元には数字札が。その意味は謎だ。野球選手の背番号のようなものか。ここでは胸番号。そして「とんき」の濃い青文字(黒かな?)がひらがなで刺繍がされているが、ひとりだけ赤い文字で「とんき」と書かれていた。その子にお茶を注がれた隙に一言だけ聞いた。「なんで、あなただけ、文字が赤いのですか」 「女の子は赤いんです」笑顔で答える。な~るほど。 ここでいつも不思議なのは、客が来た順番。客は店に入るなり、メモをもったおじさんがご注文は、と尋ねてくる。ひれか、ロースか、串揚げかを答えオーダーをいれる。そして、店内のカウンター後ろ側の待合席ならどこでも座って待っててよい。彼は決して順番を間違えることなく、来た順にきちんとカウンターに案内する。自分がカウンター席に座る瞬間でも、待合席はほぼ満席になっているのだが、そのときには、よく考えてみると、その待合席に座っている人たちはすべて自分より後に来たお客さんということになる。これがまた不思議。いつのまにか全部入れ替わってるわけだ。 1階はカウンターが約35席ほど。とんきマニアによれば、2階もあるが、絶対1階だという。調理場を囲むようにカウンター。さらにその後ろを囲むように待合席が30席弱ある。その上には電車の荷物置きのような棚。満員の場合約20分から30分ほど待つが、カウンターに座るとまもなくとんかつがでてくる。すべての動きに無駄がなく、客も無駄口を叩かずに、ひたすらもくもくと食べる。一体一晩で何回転するのだろう。謎だ。 ここは外人客が多いのだが、彼ら用にちゃんと英語のメニューが用意されていることはあまり知られていない。壁にかかっているメニューに英語表記をしてもよさそうだが、まだされていない。ところで外人は食事中実によくしゃべるのだが、このもくもくとひたすらとんかつを食べている日本人を見て、どう思うのだろうか。謎だ。 衣が厚いが意外とさくっとしていて、脂っこくない。日本人向けにもっとも王道を行く大衆的とんかつだ。 以前は背の低いおばさんが順番の仕切りをやっていたが、最近あまり見かけない。その彼女が最近どうしているのか聞き忘れたのが心残りだ。 確か記憶によればここの創業は昭和29年か30年だったはず。(正確な創業年は要確認)ということで創業半世紀である。今宵もトンキーズ・イレヴンは、ひたすらとんかつを客に供し続ける。 ひれかつ、ロースかつ定食、それぞれ1650円。 (2008年1月8日付け、ローズ・ロイス・ライヴ・レヴューをベースに書いてみました) ■ 過去関連記事\n ■ メンバー 客順を覚えオーダーを取る人1、 ■ タイム・リスト@とんき目黒店 2008年1月 came into restaurant (とんき入店)19:55 ■とんき
January 13, 2008The Book For The Night Feel Down【『夜の凹み本』366のココロの風船】 一日イチゴ。 コピーライターとして大活躍している藤原ようこさんが初の本を上梓された。一冊送っていただいたのでさっそくご紹介したい。 タイトルは『夜の凹み本~366のココロの風船』(藤原ようこ著=大和書房=2008年1月15日初版発行=571円+税)。 コピーライターだけに、書下ろしの一言からいろいろ示唆に富んだものを366選んで、一冊にまとめた。藤原さんによると、「凹んだ夜に、開いたページを読んで、おやすみなさい。凹んだココロに風船をつけて、遠くの空に飛ばしちゃいましょう」とのこと。 どんな風船かというと~ たとえば、129(以下数字は、それを表す)、君の心の中に住んでみたい。 あるいは、253、想像力から創造力。 さらに、261、人生は、ときどき、矛盾百貨店。 キャッチコピーは、読むのはた易いが、作り出すのは容易ではない。 そして、367~深夜、『夜の凹み本』を読む。(©The Soul Searcher) ここから教えられることは、文章は短ければ短いほどよい、ということ。ブログも短くしよっと。(笑)ところで、カヴァー帯の推薦文にピーコさんと、なんとベニーKだ。一体どんな接点が。もちろん、カヴァーの猫の絵は真鍋太郎さんだ。 最後にお気に入りを。101~孤独より、ショートケーキ。変化より、大福。 ブログより、青柳のイチゴ大福。(西麻布でついに先週から販売開始)(©The Soul Searcher) 夜の凹み本―366のココロの風船 (だいわ文庫 D 91-1) posted with amazlet on 08.01.13 藤原 ようこ 大和書房 (2008/01/10) 売り上げランキング: 8150 ENT>BOOK> January 12, 2008The Soul Searcher Goes To Pantera【外苑前・パンテーラに出向く】 パンテーラ。 DJオッシーがDJをする新しいディスコ、クラブが外苑前にオープン。今週金曜(1月11日)から大々的に週末をプロモーションしていくということで、その第一回目にソウルメイト・ハセヤン、おなじくソウルメイトMらと出向いた。お店自体は数ヶ月前にオープンしたようだが、この1月からオペレーション・スタッフを総入れ替えし、再出発。2月から本格的に集客をしていくようだ。そのスタートとして、1月の毎週金曜日、DJオッシーらがDJを担当することになった。 店の名前はパンテーラ。中は50坪くらいだろうか。けっこう鏡をうまく使っているせいか広く見える。ちょっとばかり、その昔のキャステルを小さくしたような感じで、少しバブリー色もある感じ。DJの選曲は日替わり。金曜は1970年代、1980年代のソウル・ディスコ中心。 この日は『ソウル・ブレンズ』でおなじみマーヴィン・デンジャーフィールド、チサトも登場。一瞬、挨拶のマイクを握った。『ソウル・ブレンズ』のリスナーも何人かすでに踊っていた。 ダンス・フロアーの先の壁のところが一段高くなっていて、そこでプロのダンサーが踊ってもよし。イヴェントのときにはステージにしてもよし。またその奥の壁がダンスフロアに対して並行ではなく、三角に斜めになっていて、そこにLEDと思われる巨大電光掲示板のようなものが壁一面に張られていて奥行きを出していた。その壁面はさまざまな色のライトが点滅、デザイン、文字なども映し出す。 ハセヤンは意外と気に入ったみたいで、来週また来ようと宣言した。 パンテーラ ENT>DISCO, CLUB>Pantera
January 11, 2008“Chocolate Buttermilk” (Kool & The Gang) Story: Music Comes And Goes【『チョコレート・バターミルク』ストーリー】 ご縁。 27歳OLのK子は、39歳外資系サラリーマンT男に連れられてそのライヴハウスにやってきた。その日のアーティストについては何も聴かされていなかった。ライヴハウスは超満員だった。 「ものすごい人気アーティストなのね」 「ほんとだ。2年前に一度見たんだけど、そのときもこんなだったかなあ。こんなに立ち見がいるとは、席予約しておいてよかったよ」 出演者の中にK子が知っている名前はなかった。飲み物が運ばれてくると、すぐに店内は暗転し、ミュージシャンたちがステージに進んでいった。そして演奏が始まった。知らない曲だった。ステージにはところ狭しとばかりに12人がのっている。 アメリカのファンク・グループ、クール&ザ・ギャングの曲ばかりを日本人アーティストがカヴァーするという企画のライヴだった。のりのいい曲から始まり2曲目になった。 「あれ、この曲、知ってる! これ、なんていう曲だっけ?」 「え? なんで知ってるの、こんなマニアックな曲。これはたしか『チョコレート…なんとか』だよ」 セカンドセットの最後のほうになってやっと何曲か聴いたことがある曲があった。アンコールの最後の「セレブレーション」では、客は総立ちになり、踊り、腕を上げ、振りかざしていた。 「いやあ、盛り上がったねえ」 ライヴが終わって、二人は恵比寿のワインバーに赴いた。 「思い出した。『チョコレート・バターミルク』だ!」 T男は、赤ワインに口をつけた瞬間叫んだ。「ほら、2曲目でT子が、『これ、なに』って訊いた曲名さ」 「ああ、そうなんだ。それって茶色のケーキみたいなジャケットのアルバムでしょ」 「実はね、私が昔つきあってた人がDJやっててね、その曲のアナログ盤をずっと探してたのよ。彼はCDは、何かのコンピに入ってて持ってたのよ。でも、イヴェントでDJをやるんでどうしてもこの曲の入ったアルバムが欲しかったのね。で、この曲、覚えろ、って、CDで耳にたこができるくらい聴かされて、タイトルを覚えさせられたわ。それで渋谷中のレコード屋に一緒に行って、この曲が入ったアルバムを探した。ジャケットは、なにかの本かなんかで見てたのかな。ジャケットのデザインと曲名を覚えて、ひたすら、レコード屋で、こうやってレコードを漁ってたの」 彼女はレコードの箱から、レコードを上へひっぱりあげるしぐさをした。 「いや、でも、あれ、クールのファーストでしょ。確か、すごい高いんじゃなかったかな。あんまりないし」 昼間は外資系金融関係でばりばりに働く彼もイヴェントや誰かの誕生パーティーなどでちょっとしたDJをするので、けっこう音楽に詳しい。 「そうなの、それで何軒も行ったあとに、ファイアー通りの近くにあるレコード屋でいつものように2人で手分けしてレコードを漁ってた。で、ほとんどのレコード箱を漁って、『今日もなかったわね』って言って帰ろうとレジの前を通ろうとしたら、レジ横にどーんとこのジャケットが陳列されてたのよ。『なんだ、ここにあるじゃん』って笑った。でも、値札見てね、彼は躊躇した。確か、8800円ってついてた。忘れもしないわ。彼はDJは、やっていたけど、どんなに高くてもアナログ1枚に5000円以上は出せないっていうポリシーだったのね。それで、レジ前で呆然としてたわ。結局、その日は買わずに1日悩むことにしたのよ」 「えええっ、もしその日に売れちゃったらどうすんの? 悔やんでも悔やめないよ~~。僕だったら買っちゃうな。そこまで欲しいレコードだったら」 「そうしたら、それは縁がなかったってあきらめる、っていうのね。(笑)で、一晩中彼、悩んでたわ。『どうしよう、8800円…。高いなあ…。でも、俺が買わないと、誰か他の奴の手に渡っちゃうしなあ…』って。あんまりグチグチ言ってるんで、ちょうど12月だったから、『わたしが、クリスマス・プレゼントで買ってあげるわよ』って言ったわ。ものすごく、彼、喜んでね。それで翌日、そのレコード・ショップに行ったのよ。一目散にレジ前に行った。そうしたら、昨日飾ってあったジャケットがなくて、別のレコードが飾ってあったの。二人とも、が~~んって、ひざが抜けた感じになった。お店の人に聴くと、昨日閉店間際に売れちゃったそうなの。それで、また『チョコレート・バターミルク』を探す旅が始まったわけ」 「縁がなかったって、あきらめるんじゃないの(笑)」 「逆に燃えたみたい。矛盾してるわよね。もう、絶対に何が何でも手に入れてやるみたいな(笑) それで、その日も前に行った店なんかも何軒も回った。何日かして、彼がDJをやるイヴェントの前日になっちゃったのね。で、またレコード屋めぐりしてて、そうしたら3軒目かな、もうかなりくたくたになってたんだけど、あったのよ、奇跡的に。でも、10500円! 痛かったけど、もう迷わずに買ってあげたわ(笑)」 「それはおめでとう、というべきか…」 「そうね、おめでたいわね~。で、翌日、喜び勇んで骨董通りのそのクラブに行った。確か10時すぎだったかな。まだお客はいなかった。私は翌日学校があったんで12時までしかいられなかったんだけど、彼は最初にかけてくれたわ。それで私は言った。『もっとお客さんがいるところで、かければいいじゃない』って。そうしたら、彼は『お前のためにかけたんだよ~』って言ってくれた。本当は、お客さんがたくさんいるところでかけたかったんだろうけどね。…もう7年も前の話よ」 「そうかあ、クールのファーストね、僕も持ってるよ。どこで買ったかなあ」 食事の後、2人でT男の家に行くと、彼はさっそくクールのファーストを探し始めた。「あったあ! これだ、これ。茶色の…」 そこには「8800円」という値段とその渋谷のレコード・ショップの名前が小さく刷り込まれたシールが貼られていた。 音楽は天下の回りもの…。 (この物語はフィクションです) ENT>ARTIST.>Kool & The Gang
January 10, 2008“Spirit Of The Boogie” Live At Blues Alley【スピリット・オブ・ザ・ブギー~クール&ザ・ギャングのスピリットを受け継いで】 スピリット。 1970年代から1980年代にかけて日本でも大きな人気を獲得した大型ファンク、パーティー・バンド、クール&ザ・ギャング。その彼らの作品ばかりをカヴァーしようというコンセプトで始まったスピリット・オブ・ザ・ブギー名義のライヴ。目黒のライヴハウス、ブルース・アレーで、ビッグ・ホーンズ・ビーのフラッシュ金子さんとベースの小松秀行さんらが中心となって2004年11月に初めて行われてから、2006年1月に引き続き通算3回目のライヴ。日本の音楽シーンで大活躍中の名だたるミュージシャンたちが集結してソウル・ヴァイヴあふれるパフォーマンスを繰り広げた。 なにしろ、超満員。ふだん置いてあるテーブルを抜いて立ち見席を多数作ったため、ものすごい人数。しかも2日間。酸欠で死ぬかと思った。(笑) さらに驚くのがお客さんの95パー |