April 13, 2009

Soul Nuts' 4th Anniversary Event Will Be On May

[ ENT>SOULBARS>]

【三宿のソウル・バー、ソウル・ナッツ4周年イヴェント】

4周年。

三宿のソウル・バー、ソウル・ナッツが2005年4月のオープンしてはや4年。4周年を記念して2009年5月10日(日曜)に二子玉川のイヴェント会場「ピンク・ノイズ」でイヴェントを行う。ソウル・ナッツのマイケル鶴岡氏、恵子さんが主宰して行うイヴェント「スーパー・フライ」の第4弾。

イヴェント名 「スーパー・フライ第4弾」
場所 二子玉川 ピンク・ノイズ 世田谷区玉川3-20-11 マノア高川第一B1
電話 03-3707-9911
日時 2009年5月10日(日曜)18時~23時
料金 前売り3500円、当日券4000円
ライヴ出演 レディー・キューブ、シュガー・ピンプス、ワンダラーズ・レヴュー
DJ ケイコ、ガーリック ゲストDJ、マッキー
ダンス ユキ&マイケル
問い合わせ先 ソウル・ナッツ 世田谷区池尻3-28-6-2A 電話03-3487-3493

■ ソウル・ナッツのオープンを伝える記事、関連記事

April 20, 2005
The Soul Nuts Open: Watch Out For Your Head
http://blog.soulsearchin.com/archives/000050.html

January 25, 2006
Soul Nuts Will Have Winter Vacation Between Feb.1 Through Feb.12: And Why?
http://blog.soulsearchin.com/archives/000794.html

March 09, 2006
Soul General Dropped By Soul Nuts
http://blog.soulsearchin.com/archives/000879.html

ENT>ANNOUNCEMENT>Soul Nuts
SOUL BARS>Soul Nuts

投稿者 吉岡正晴 : 02:13 AM | コメント (0)

April 12, 2009

Osaka's Soul Bar "Soul Fucktory" Will Be Closing May

[ ENT>SOULBARS>]

閉店。

大阪の老舗ソウル・バー、ディスコ「ソウル・ファクトリー」が来る2009年5月6日にクローズすることがわかった。ただし今回のクローズは、次の移転先を見つけるまでの一時的なものとのこと。また、5月6日は一応暫定的な閉店日で若干ずれる可能性もある、という。

「ソウル・ファクトリー」は1992年オープン。17年大阪にソウルの灯をともしつづけてきた。海外のソウル系アーティストなども多数来店してきた。しばらくは、イヴェント「ソウル・ファクトリー・ナイト」などを行い、新しい場所を見つけ次第、心機一転再オープンする予定だ。

最近クローズしたソウル・バーには、2008年1月、横浜シュガーシャック、2009年1月、渋谷バー・ルームなどがある。

■ソウル・ファクトリー・ウェッブ

http://www.soulfucktry.com/home.shtml

SOUL FUCKTRY
大阪市西区南堀江1-9-14 フィメールアベニューB1F
電話06-6539-1032

・携帯版HP↓
http://www.soulfucktry.com/mobile.shtml
・PC版HP↓
http://www.soulfucktry.com
通販ショップ↓
http://soulfucktry.jp/

◎近日中のイヴェント:小学生限定の1オン1(ワン・オン・ワン)フリー・バトル・コンテスト「キッズフルサンデーVOL.9」

タイトル キッズ・ワン・オン・ワン・フリー・バトル・コンテスト「キッズフルサンデーVOL.9」
日時 2009年4月26日(日)開場13時、開始14時、終了19時
会場 ソウル・ファクトリー 
住所 大阪府大阪市西区南堀江1-9-14 フィメールアベニューB1F
入場料 2000円
ショーケース出演 夏みかん、マシン・ゴーン・ファンク、Jスムース&キッド・ブギー、リキッド・ソウル
※参加者、来場者全員にキッズフルサンデーステッカーをプレゼント!
優勝賞品 トロフィーと2万円のギフト券
準優勝賞品 1万円のギフト券
3位賞品  5000円のギフト券 
そのほか賞品多数
コンテストルール 32名限定のトーナメント制で行い、時間内で2ムーブずつ踊って頂きます。
問い合わせ kids_full_sunday@sdpro.co.jp または、ファクス番号 06-4800-0208
バトル・ジャッジ マユネイ(リキッド・ソウル)、ナオミ (N2O)、サッシェ(ボトム・バウンス)
特別審査員 テディー・ダン(ドクター・ソウル)
司会 沢田 DJ バツ、ナカタ

◎ 同様のイヴェントが2009年6月7日(日曜)にも行われる。

ENT>ANNOUNCEMENT>Soul Fucktory
SOUL BARS>Soul Fucktory


投稿者 吉岡正晴 : 03:06 AM | コメント (0)

February 23, 2009

Street Cafe Closed Its Door

[ ENT>SOULBARS>]

【三茶ストリート・カフェ・クローズ】

閉店。

三軒茶屋のソウル・バー、ストリート・カフェが店主の事情のために一時休店する。2月22日、閉店イヴェントとしてワンダラーズのメンバーらがライヴを行った。店主長野さんは、この日もワンダラーズのメンバーとして、のりのいいベースを聞かせた。「ミッキーズ・モンキー」「アイ・リアリー・ガット・ア・ホールド・オン・ミー」「ハウ・スゥイート・イット・イズ」「トライ・ア・リトル・テンダーネス」「ユール・ネヴァー・ファインド・アナザー・ラヴ・ライク・マイン」「ブルーズ・アドリブ曲」「ホワット・ダズ・イット・テイク」「シャウト」「夜汽車よジョージアへ」などを思う存分歌った。

バンドは、ドラムス、ギター、ベース、キーボード、サックスに4人のヴォーカル。大所帯だ。途中、長野さんの一人娘ミーが3ヶ月前に生まれたばかりの赤ちゃんを抱いて、挨拶。やんやの喝采を浴びた。ミーにベイビーが生まれたということは、長野さん夫妻は、そうだ、もうおじいちゃん、おばあちゃん、なのだ。こんなに若くて。ミーとだんなさんのかずやさんがステージにひっぱりだされ、MCから「かずやクンはミーになんてプロポーズしたの?」と聞かれると、ミーが「されてないよ」と答え、大爆笑。すると、彼がおどおどしつつ「いや、したと思いますけど…」。ミーは20になったばかりだが、生まれたときは、19歳。いやあ、アムロちゃんより早く子供生まれたらしい。

長野さんは、「また、しばらくしたら、このあたりでやりますんで、そのときはよろしく」と挨拶した。しかし、ワンダラーズ、MC、おもしろすぎ。(笑)みんなファミリーって感じでいいですねえ。僕も途中でいじられ、一言挨拶。わけわからず、思わず「おめでとうございます」と言ってしまったが、よく考えると、これは閉店パーティーだった。(笑) するとどこからともなく、「翻訳、終わったんですかあ?」 振り返ると毎度おなじみ、ツナさんであった。

■ 過去記事

February 13, 2009
Soul Bar "Street Cafe" Will Be Closing On Feb 22nd For Temporary
http://blog.soulsearchin.com/archives/002828.html

April 11, 2008
Soul Bar “Street Cafe” Will Be Open April 14
【ソウル・バー『ストリート・カフェ』三茶へ移転しオープン】
http://blog.soulsearchin.com/archives/2008_04_11.html

April 12, 2008
James Fujiki & Friends @ Street Café
http://blog.soulsearchin.com/archives/2008_04_12.html

ストリート・カフェに訪れたマーチンこと鈴木雅之さん
http://www.soulsearchin.com/entertainment/soulbars/streetcafe20020327.html

■ストリート・カフェ・オフィシャル・ウェッブ
http://stcafe.soul-star.net/

SOUL BARS>Street Cafe


投稿者 吉岡正晴 : 12:29 AM | コメント (0)

February 13, 2009

Soul Bar "Street Cafe" Will Be Closing On Feb 22nd For Temporary

[ ENT>SOULBARS>]

【三軒茶屋「ストリート・カフェ」2月22日で一時クローズへ】

休業。

昨年(2008年)4月、現在の三軒茶屋で再スタートをはかったソウル・バー「ストリート・カフェ」が来る2009年2月22日(日曜)で、一時休業することになった。2月22日は最終日ということで、ストリート・カフェ・オールスター・ライヴと題してワンダラーズ、イクミ・リーサウェイ&ザ・フィーヴァーズなどのライヴを行う。DJに自由が丘のソウル・バー「オハイオ」のキンヤさんが入ることになった。

「ストリート・カフェ」は1997年11月に世田谷通り沿いにオープン。2007年4月、水道管の事故で閉店を余儀なくされ、2008年4月、心機一転三軒茶屋に物件を見つけ、再オープンした。今回はマスター長野さんの個人的事情で一時休業することになった。また長野さん夫婦の一人娘ミーこと未聖(みさと)さんは昨年結婚し、2008年11月29日に女の子が誕生。現在子育てのため、マスターの後をすぐには引き継げないという。

長野さんによれば、「ストリート・カフェ」は一度クローズし、事情が一段落したら再び、オープンしたいという。

「ストリート・カフェ」は、シャネルズをきっかけにドゥー・ワップ好きになったマスターの長野さんがほとんど手作りで作り上げたソウル・バー。この三軒茶屋の店もほとんど全部の工事を自分でてがけた。この店のクローズ後は、別のオーナーに譲って、形態・名前も変わるという。

+++++

「ストリート・カフェさよならライヴ」
Street Cafe All Starts Live
2009年2月22日(日)開場19時~
チャージ3000円(1ドリンク付き、以後すべて500円)
出演 ワンダラーズ、イクミ・リーサウェイ&ザ・フィーヴァーズ他
DJ キンヤ(自由が丘ソウル・バー「オハイオ」)
ストリート・カフェ
東京都世田谷区太子堂2-23-5 B1
電話 03-3487-4886

■ 過去記事

April 11, 2008
Soul Bar “Street Cafe” Will Be Open April 14
【ソウル・バー『ストリート・カフェ』三茶へ移転しオープン】
http://blog.soulsearchin.com/archives/2008_04_11.html

April 12, 2008
James Fujiki & Friends @ Street Café
http://blog.soulsearchin.com/archives/2008_04_12.html

http://www.soulsearchin.com/entertainment/soulbars/streetcafe20020327.htmlストリート・カフェに訪れたマーチンこと鈴木雅之さん

■ストリート・カフェ・オフィシャル・ウェッブ

http://stcafe.soul-star.net/

SOUL BARS>Street Cafe

投稿者 吉岡正晴 : 02:45 AM | コメント (0)

January 24, 2009

Bar Room Closed Its Door With "Always & Forever"

[ ENT>SOULBARS>]

【バー・ルーム「オールウェイズ&フォーエヴァー」で閉店】

閉店。

約9年の歴史を誇った渋谷の「バー・ルーム」が2009年1月23日の営業を持って閉店した。最終日は、大勢の人が詰めかけ、椅子なども取り払い、ほぼスタンディング・バー状態。

ちょうど1時すぎに松尾さん、久保田さんと3人でおじゃましたが、わいわいがやがやかなりの盛り上がりだった。レコード会社の人なども多数参加。15リットル入っているというモエの超ビッグなシャンパーンがあけられ、次々とコップにつがれていた。あれは、持つだけでも重そう。

9時から10時くらいが一番混んでいたそうで、ちょっと一段落というところだった。

この日は樫井さん、奥さん、お子さん2人と家族総出。息子の勇弥(かずや)くん(長男=1995年生まれ、13歳)が久保田さんに「聞きたいことがあります。詞と曲はどっちを先に書くのですか」と質問。さすがに久保田さん、「うおお、むずかしいなあ。それはこっちのお兄さんに聞いてください」と松尾さんに振った。「僕が答えられなかったんで、久保田さんに振ったんですよ」と苦笑。彼は以前もお父さんに「曲には、なぜサビがあるの?」という質問をし、お父さんを困らせ、お父さんは来る音楽関係のお客さんみんなに質問したこともあった。

2時少し前、ヒートウェイヴの「オールウェイズ&フォーエヴァー」がかかり、樫井さんがマイクを持って挨拶。「これで終わりなんですが、終わりたくなくて…。(しばし間) 本当にありがとごうざいました。こんなにみなさんに来ていただいて…」 ところどころ声が詰まって涙声に。そして「ずっと続けられればよかったんですが、続けられなくなってしまってすいません」と言うと、お客さんから「いいよ、いいよ」の掛け声。

樫井さんがマイクで言う。「この『オールウェイズ&フォーエヴァー』は、実は自分たちが結婚したときに、式に来ていただいた方にカセットテープを作ったんですが、そのテープのタイトルにした思い出の曲なんです。今回も今日来ていただいた方にCDを作ろうかと思ったんですが、できませんでした。すいません」 そして、長い拍手。

ちなみに、このお店の跡は、次の店子さんがいわゆる居抜きではいるそう。ただしソウルバーではないとのこと。樫井さんは、1月一杯で店を片付け、2月からしばし入院し、体調を戻すそうだ。しかし、普通に話をしていると、元気そのもので、どこが悪いのかわからないほどだ。

ヒートウェイヴの「オールウェイズ&フォーエヴァー」が終わると、すぐにルーサー・ヴァンドロスの同曲がかかった。そして、次はホイッスルだったかな。

樫井さん、長い間おつかれさまでした。まずは体調を戻していただき、今度は、カウンターを挟んでそちらとこちらではなく、こちら側で一緒に飲みましょう。

■過去記事
December 18, 2008
Bar Room Will Be Closed By February
http://blog.soulsearchin.com/archives/002769.html

■バー・ルーム・ブログ
Bar Room Blog
http://ameblo.jp/bar-room/

SOUL BAR>Bar Room


投稿者 吉岡正晴 : 05:04 AM | コメント (0)

January 08, 2009

Bar Room Will Be Closing January 23rd, Friday: 11 Business Days To Go

[ ENT>SOULBARS>]

【渋谷バー・ルーム、1月23日(金)で閉店】


閉店。

渋谷のバー・ルームが、近く閉店するとお伝えしたが、その閉店日が正式に決まった。来る2009年1月23日(金)が最終営業日となる。また以後毎週土曜日も、日曜・祝日の定休と同様に休みとなる。営業時間は、月曜から金曜の午後8時から午前2時まで。8日から23日まで、営業はわずか11日間を残すのみとなった。まさにカウントダウンが始まった。

2000年2月に現在の場所にバー・ルームをオープンして約9年。バー・マスター樫井さんの体調不良のため、泣く泣くクローズとなる。当初は2月14日ごろ(開店日=ちょうど9周年)を最終営業日にしようという話もあったが、年初の検査の結果、若干早まった。

また、閉店が繰り上がったため、酒類の在庫調整をするために、種類が減っていることをご了承いただきたい、とのこと。最終日1月23日の営業形態をどうするかは、未定。たぶん多数の人が訪れるものと思われるので、かなりごったがえすだろう。クロージングのエンディング・テーマは、ヒートウェイヴの「オールウェイズ&フォーエヴァー」になる気配だ。

また、閉店に伴い、バー・ルームのホームページは閉鎖するが、ブログは今後も続けていく予定。

■ Always & Forever
(recorded by Heatwave, Luther Vandross)
(written by Rod Temperton)

Always and forever
Each moment with you is just like a dream to me
That somehow came true
And I know tomorrow will still be the same
Cos' we've got a life of love that won't ever change

And ev'ry day love me your own special way
Melt all my heart away with a smile
Take time to tell me you really care
And feel sad tomorrow together
I'll always love you, forever, forever

There'll always be sunshine when I look at you
Something I can't explain, just the things that you do
And if you get lonely, phone me
And take a second to give to me the magic you make

And ev'ry day love me your own special way
Melt all my heart away with a smile
Take time to tell me you really care
And feel sad tomorrow together
I'll always love you, forever, forever

■ 過去関連ブログ

バー・ルーム・オフィシャル ・ブログ
http://ameblo.jp/bar-room/

閉店を発表した日のバー・ルームのブログ (2008年11月8日付け)
http://ameblo.jp/bar-room/entry-10161925908.html

バー・ルーム閉店を伝えるソウル・サーチン記事
December 18, 2008
Bar Room Will Be Closed By February
http://blog.soulsearchin.com/archives/002769.html

ソウル・サーチンがバー・ルーム閉店のことを取り上げた記事を取り上げていただいた日のブログ(2008年12月19日付け)
http://ameblo.jp/bar-room/entry-10180011815.html

バー・ルームに12月15日に訪れたときの記事(2008年12月16日付け)
http://ameblo.jp/bar-room/entry-10178681377.html

■ バー・ルーム
東京都渋谷区円山町1-3 SKビル4F ・
電話 03-5489-3633 ・
ホームページ= http://www.hi-five.co.jp/
営業時間=20:00~2:00(月~金)・定休日=土曜・日曜・祝日
チャージ 735円、ドリンク630円から~
開店 2000年2月14日、閉店予定日 2009年1月23日

SOUL BAR>Bar Room


投稿者 吉岡正晴 : 12:12 AM | コメント (0)

December 18, 2008

Bar Room Will Be Closed By February

[ ENT>SOULBARS>]

【渋谷のバー・ルーム、2月頃までに閉店】

閉店。

2000年2月14日に渋谷に開店したソウル・バー(とは打ち出してはいないが)「バー・ルーム」が店主樫井さんの体調不良のため、近く閉店することになった。樫井さんは10月末に検査をして、持病があることが発覚。命に別状はないが、その病気も治療すれば治るということ、また、夜の仕事は体に負担が大きいため、悩んだ末に閉店を決心し、11月8日に自身のブログで発表していた。しばらく治療に専念後、昼間の仕事に戻る予定。

現状では、2009年2月14日を閉店日にしようと考えているが、年明けに再度検査入院があり、その結果で閉店日が早まったり遅くなったりする可能性もある。樫井さんはその持病のためになかなか昼間寝ることができず、疲れが取れないという。ただ、疲れているにもかかわらず、店に出てお客さんと話をしていると、普通に元気になってしまうそうだ。ある意味、だからやっかいだとも言える。

今後の「バー・ルーム」だが、次の引継ぎ手がいない場合、取り壊し現状復帰し「スケルトン(サラの状態)」にして返す。また、いわゆる「居抜き」で引き受け手があっても、「バー・ルーム」の看板は下ろすそうだ。

樫井さんは、1967年3月17日生まれ。未年(ひつじどし)。20代は外資系IT企業のサラリーマンを経験し、その後32歳で念願のバーを開店した。30代はまさにこの「バー・ルーム」にすべてを賭けた。コンセプトとしては、がちがちの「ソウル・バー」ではなく、いい音楽といいお酒を提供する大人の空間、良質の音楽が流れるオーセンティックなバーというもので、しかし、結果的にソウルがかかる比率が高いということころに落ち着いた。音量もそれほど大きくはない。インテリアも一見ソウル・バー風ではない洗練されたところがユニークだ。

2004年3月にリリースされた、雑誌ブリオと提携したソウルのコンピレーション・アルバム『ブリオ・ソウル・バー』のジャケットも飾った。

ブリオ・プレゼンツ・ソウル・バー~ミッドナイト・パッション
オムニバス ワン・ウェイ アトランティック・スター リック・ジェームス シリータ フローターズ スイッチ リオン・ウェア ダズ・バンド バーケイズ グエン・ガスリー
ユニバーサル インターナショナル (2004-03-24)
売り上げランキング: 28443

また樫井さんはサッカーに精通しており、子供たちのサッカー・コーチを長くヴォランティアで行っているが、これは続ける予定。

以前、樫井さんが、カウンターの床位置とカウンターの高さの微妙なこだわりについて、話してくれたことがある。「バー・ルーム」はドアを開けて中に入るとすぐ正面に5人程度が座れるソファ席、そして、入って右手に長いカウンターがあるが、そのカウンターが入り口から一段ほんの数センチだけ高くなっているのだ。これを高くすることによって、自分(バーテンダー)側が普通より低くなり、客が座ったときの高さとちょうどよくなるという。そこを何センチにするか、かなり考えた、という。

閉店を発表してから多くのメッセージが寄せられているそうだ。先日、松尾さん、久保田さんらとひと時を過ごしたが、その時、久保田さんが「オールウェイズ&フォーエヴァー」(ヒート・ウェイヴ)をリクエスト。それを聴いていて、「お店の閉店の最後にこの曲をかけたらどうですか」と言うと、樫井さんも気に入ってくれたようだ。

樫井さん曰く、「今、自分の思い出作りをいろいろやっています」とのこと。「バー・ルーム」、閉店前に一度と言わず何度でもお運びください。

バー・ルーム・オフィシャル
http://ameblo.jp/bar-room/

閉店を発表した日のブログ
http://ameblo.jp/bar-room/entry-10161925908.html

■ 年末年始は12月31日~2009年1月6日まで休業。1月7日から。

■ バー・ルーム
東京都渋谷区円山町1-3 SKビル4F ・
電話 03-5489-3633 ・
ホームページ= http://www.hi-five.co.jp/
営業時間=20:00~2:00(月~金)・20:00~0:00(土) 定休日=日曜日・祝日
チャージ 735円、ドリンク630円から

SOUL BAR>Bar Room


投稿者 吉岡正晴 : 07:07 AM | コメント (0)

July 04, 2008

More Soul Bars & “Kawaii Hitoyo”

[ ENT>SOULBARS>]

【ソウルバー高速はしご】

10軒。

昨日のソウルバーめぐりは、なんと計10軒にいった。訪れた各店のみなさん、お相手したいただきありがとうございます。

コースはこうだ。出発点は、ダンステリア(白金)→ティアーズ(六本木)→アライバー→ヴィルトス→キング・ハーヴェスト(赤坂)→ミラクル(赤坂)→しずおかや(下北沢)→ストリート・カフェ(三軒茶屋)→海老重(西小山)→ソウル・ナッツ(三宿)。なんでこういう順番になったのかは、いまとなってはもうわからないが、一筆書き風に行きたいと思ったことは確か。でも、これは行き過ぎかも。(笑)

まだまだ恵比寿、渋谷、銀座、新宿、中野、池袋、江東区方面その他の地域で都内だけでもたくさんのソウルバーがある。訪問できなかったバーのみなさん、すいません。改めておうかがいするかもしれませんので、そのときはよろしくお願いいたします。

キング・ハーヴェストはソウルバーというより、レストランでソウルやジャズがかかっている店。以前ソニー・レコードでマーチンの作品を担当していた平野さんが始めたお店。長丁場マラソンの給水所みたいな感じ(笑)で、ちょっと軽く食料補給に寄った。このあとミラクルへは徒歩で移動。六本木のティアーズ、アライバー、ヴィルトスもやはり徒歩圏内。六本木は、向こう側のワッツ・アップなどに時間の関係で行けなかった。すいません。

下北沢からは茶沢通りを抜けるが、その道すがらのアルゴンキンはなぜかお休み。そして、ストリート・カフェに行ったが、この近辺もラヴィング・パワーなどいくつかある。三茶・三宿エリアはソウルバー密度濃し。

最後マイケル&ケイコのソウル・ナッツで、キング・オブ・ソウルの「可愛いいひとよ」のライヴ映像を見せてもらった。今回はブラザー・コーンが、この踊りをかなり覚えていたので、それを元にコック・マック&ノッキーは踊っているのだが、けっこう近かった。

ま、本当にソウルバー高速はしごだ。しかし、都内全部はなかなか回りきれない。

ENT>SOULBARS


投稿者 吉岡正晴 : 05:56 AM | コメント (0)

July 03, 2008

More “Kawaii Hito Yo” For Soul Bars

[ ENT>SOULBARS>]

【「可愛いいひとよ」は定番】

ソウルバー。

マーチンさんオフィースから頼まれ、マーチンの新譜『マティーニ・デュエット』をニックさんゆかりのソウルバーにプロモーションしたいというので、おつきあいした。いやあ、久々に回ったソウルバー。(笑)

まずは、白金ダンステリア。ちょうどユキちゃんが、ダンスのレッスンをしているところにおじゃまして、ご挨拶。やはり、かつてここにニックさんと勝本さんがいたことを思い出すと感慨深い。なんか、江守さんのイラストの壁画の前に、いまにも2人がでてきそうな気配さえする。ダンステリアは、1984年オープン。来年なんと25周年になる。「なんかいろいろ考えますよ、そのときは吉岡君も協力してください」とユキちゃん。もちろん。

DSC00021.JPG


そして、六本木ティアーズ。事前に1本電話をいれると、「はい、そのCDはもう買いました」と。ティアーズは1996年7月8日オープンで、今年12周年。えええっ、もうそんなに経ちますか。時の流れは速い。またまた光陰矢のごとし。(こればっかしだ) エマ・ママ、なんとその昔、シャネルズのおっかけだったことが発覚。昔のアルバムをひっぱりだし、しかも、そこには若きマーチンとエマさんのツーショットが!! エマさんはルイード時代からシャネルズを見ていた、という。そして、化粧品、スタイリストなどを経てソウルの道に入り、12年前に念願の店をオープン。ママは「可愛いいひとよ」も「ライダー・ブルース」も、のれば、ショータイムをやるほど大好きだ。もちろんニックもここでDJをしていた。

DSC00020.JPG

全国ソウルバー総本山、ミラクル。川畑さん、キッチンの中でお仕事。「店は8時からなんで、8時には(僕は)いますよ。ただ、コットンクラブでライヴ見たりしてくると、8時半とか9時になっちゃいますが(笑)」。同行秋場さんに「ここはね、全国のソウルバーの総本山なんですよ。だから全国のソウルバーからのみかじめ料が毎月上がってくるんですよ」と説明すると、「ホントですかあ」と驚嘆された。「もちろん、ウソですよ、ウソ!」 「ホントかと思いました(笑)」ミラクルも2003年オープンですでに5年。はや。川畑さんのソウルバー一号店は1979年だから、すでに29年余だ。

2003/05/09 (Fri)
Miracle: Don't show up with old name
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200305/diary20030509.html

そして、マーチンが師と仰ぐ富田さんのいる下北沢エクセロ、現・しずおかや。途中から電話すると、11時まわっているのに満員とのこと。とりあえず、向かい、店に入るとカウンター席がちょっとだけあいていた。若者でいっぱいだ。下北沢ならではか。エクセロ自体は1974年スタートで、何度か引越しなどして、2005年4月からこの場所に。

January 26, 2006
Excello/Shizuoka Ya @ Shimokitazawa: Soul Oden Restaurant
http://blog.soulsearchin.com/archives/000795.html

途中で別仕事をしていたマーチンから、励ましの電話入る。「いやあ、もうジンジャーエールでおなか、ガボガボです(笑)」というと、笑いながら、「じゃあ、たまにはアイス・ティーでも飲んでください」とのアドヴァイス。

ステップと言えば、ダンテリ、ティアーズと並んで御三家と言われる西小山の海老重。週末以外はしっとりとソウルを中心にいい音楽をかける。これからおうかがいします、と電話をいれると、またも「あ、もう買いましたよ」とのお返事。しかも、重厚な扉を開けるとマーチンの『ソウル・レジェンド』のアナログ・アルバムがわれわれを待ち受けていた。ちょうど「ミー&ミセス・ジョンーズ」がかかっていた。ここで海老沢さんから、「可愛いいひとよ」のヒップ・アップの7インチシングル、さらにローズマリーの7インチシングルを聴かせてもらう。これはどっちも知らなかった。

「可愛いいひとよ」は、オリジナルがクック・ニック&チャッキー。山瀬まみ、レイジー 、時東ぁみ、ホワッツ・ラヴ(What’s Love?)、「小夏・ひとみ・レイナ」などもカヴァーしている。そして、ニックを含むキング・オブ・ソウル(ほかにドン勝本、マイケル鶴岡との3人組)もカヴァーした。なんと、カラオケには、クック・ニックたちのヴァージョンはなく、山瀬まみのヴァージョンがあるそうだ。そして、それらに加えて、今回コック・マック&ノッキー・ヴァージョンが世に出た。海老重では、週末すでにヘヴィー・ローテーションで、オリジナルと一緒にかけたりしている、という。

海老重は、現在の建物になったのが2000年だが、その前、1996年からオープンしているので、今年で12年になる、そうだ。

そして、シメは三宿ソウルナッツ。「可愛いいひとよ」をキング・オブ・ソウルの一員として歌い踊っていたマイケル鶴岡さんの店。キング・オブ・ソウルの古い映像なども見せてもらい、またまた感無量。外に出たら、明るかったあ。あちゃ~~。

ENT>SOUL BARS>


投稿者 吉岡正晴 : 06:56 AM | コメント (0)

July 02, 2008

“Sugar Shack” Will Be Back On The Radio, KC Back On The Column

[ ENT>SOULBARS>]

【横浜シュガー・シャック、FMで復活~松尾KC氏コラム復活】

復活。

2008年1月、惜しまれながら17年の歴史にピリオドを打った横浜の名ソウルバー、シュガー・シャック。現在、店の跡地は更地になった後、100円パーキングになった。一・二度閉店後、その前を通ったときには、まだ建物自体はあった。駐車場になってからまだ現場に足を運んでいないが、やはり、一抹の寂しさを覚える。

そんな「シュガー・シャック」がFM横浜のラジオ番組で復活する。今週金曜(初回放送は2008年7月4日金曜深夜24時30分~25時)から。シュガー・シャック・オウナー、石川さんとDJ鈴木さんがソウル・バー寄りな選曲で、ラジオのあるその部屋を瞬時にソウル・バーにしてしまう、という。また、石川さんは店舗の復活もひそかに計画中だとか。これも楽しみだ。

番組公式ウェッブ
http://www.fmyokohama.co.jp/onair/program/SugarShack/index.html番組ブログもスタート
http://blog.fmyokohama.co.jp/sugar/

■シュガー・シャック過去関連記事

January 24, 2008
Sugar Shack Is Forever
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200801/2008_01_24.html

January 25, 2008
Sugar Shack’s Mr. Ishikawa Talks
http://blog.soulsearchin.com/archives/2008_01_25.html

January 15, 2008
Yokohama’s Number One Soul Bar, Sugar Shack Closed After 18 Years
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200801/2008_01_15.html

November 17, 2007
Yokohama’s Number 1 Soul Bar “Sugar Shack” Will Be Closed After 17 Years
【横浜のソウルバー「シュガー・シャック」、2008年1月に閉店へ】
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200711/2007_11_17.html
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復活。

そして、もうひとつ、復活のニュース。いや、復活っていうのもなんですが。(笑)久々の更新、というのが正しい表記か。2008年1月に自身のホームページでのコラムを書いたきり、コラムがごぶさただった盟友、松尾KC潔氏が、6月30日付けでおよそ半年振りにコラムを執筆、アップした。いやあ、待ってました。(笑) 毎週水曜日更新、という看板を掲げたコラム。それを人は「幻のコラム」と呼ぶ。「マイ・レディオ・デイズ」という原稿はおよそ1700字におよぶ。3月に終了したJウェイヴの『ユニヴァース』の話に言及しているが、それももう3ヶ月も前のことか…。ファンイヴェント呼んでいただきありがとうございました。光陰矢のごとし(Time Waits For None)。次回更新は12月のクリスマスか?(笑) KCコラムが次にいつアップされるか、トトカルチョでもやりましょうか。

■松尾潔氏公式ウェッブ
http://www.nevertoomuch.jp/column/f_f_column.html

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ルーサー命日。

松尾さんといえば、ルーサー。昨日7月1日は2005年に亡くなったルーサー・ヴァンドロスの命日だった。2006年7月1日は、目黒・ブルース・アレーで『ソウル・サーチン:ザ・セッション~トリビュート・トゥ・ルーサー・ヴァンドロス』を行い、松尾さんにもゲスト・コメンテーターとしてご登場いただいた。えええっ、ルーサー亡くなってもう3年かあ。光陰矢のごとし。

『ソウル・サーチン』、昨年3月のアレサ以来、とまっていますが、年内にはやりますよ、やりたいです。あちこちから、まだかあ、まだかあ、などとせっつかれております。すいません。

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Raymond Lefevre Dies At 78, Another “My Radio Days”

訃報。

あんまり「ソウル・サーチン」的ではないかと思われますが、イージー・リスニングのレイモン・ルフェーヴル・オーケストラのレイモン・ルフェーヴルさんが2008年6月27日、フランスで死去。78歳。1968年から69年にかけて「シバの女王La Reine de Saba (Queen of Sheba)」が大ヒット。日本でも折からのイージー・リスニング・ブームに乗ってポール・モーリア楽団などと並んで人気となった。またこの曲は1960年代後期に始まったTBSラジオの深夜番組『パック・イン・ミュージック』(1967年7月から1982年7月まで放送)の木曜深夜(放送は金曜午前0時半から。DJ野沢那智・白石冬美コンビ)の番組・後テーマになっていた。う~~ん、懐かしい。野沢白石コンビは、この「パック」15年の歴史の中で唯一、15年通しでDJを担当した人たち。まさに「パック」の顔だ。それでも、番組終了してから26年ですか。光陰矢のごとし。ま、ある意味当時の深夜放送は、「オールナイト・ニッポン」も含め、マイ・レディオ・デイズだった。

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Whispers Canceled The Show

キャンセル。

R&Bヴォーカル・グループ、ウィスパーズの日本ツアーがキャンセルになった。2008年7月3日から6日まで東京ブルーノート、8日と9日が丸の内コットンクラブで行われることになっていた。詳細は各店舗へ。ブルーノートは、そのキャンセルとなった日程のうち4日と5日に、すでに来日中のラムゼイ・ルイス・トリオのライヴを急遽いれた。

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ENT>MUSIC>OBITUARY> Lefevre, Raymond (November 20, 1929 – June 27, 2008, 78)
ENT>SOULBARS>Sugar Shack

投稿者 吉岡正晴 : 06:27 AM | コメント (0)

April 11, 2008

Soul Bar “Street Cafe” Will Be Open April 14

[ ENT>SOULBARS>]

【ソウル・バー『ストリート・カフェ』三茶へ移転しオープン】

心機一転。

世田谷通りにあったソウル・バー「音楽酒場 ストリート・カフェ」が水の事故のために2007年4月に急遽閉店したが、それから1年、三軒茶屋に引越し、2008年4月14日新規オープンする。10日、関係者を集めた簡単なお披露目を行った。

世田谷通りのお店で配水管が破裂し、店が水浸しになったのが2007年4月13日のこと。一時期は、同地での再開も模索したが、諸条件で不可能となり、新たな場所を探し、今回無事三軒茶屋でのオープンにこぎつけた。

street cafe2 DSC00358.JPG


新店は前店のほぼ2倍、約18坪30席。地下1階のためか、天井も高く解放感がある。そして、新店は簡易PAなどを設置し、3-4人のバンド・ライヴは常にできるようになった。店主長野さんは、ご存知、ジェームス藤木さんとともに東京モウタウン・ショウ、ワンダラーズなどのグループでベースを弾くが、そんな音楽仲間もちょくちょく顔を出しそうだ。

長野さんによると、当分、年中無休、ライヴは月に3回程度いれていくつもりだという。その3回もソウル・バンドのライヴと、一人娘ミーのダンサー仲間を中心としたダンス系ライヴも行う。

場所は、三軒茶屋から茶沢通りを下北沢の方に行き、約200メートルの右側。100円パーキングのすぐとなり。カフェ・ド・クリエの斜め向かいにある。1階はメキシカン・レストラン「メチャリブレ」。

最初の「ストリート・カフェ」は、世田谷通りに1997年11月11日オープンした。長野さんがドゥワップからソウルの世界に入ったこともあり、ドゥワップ、ヴォーカル・グループものに強いが、新しいものもかけてきた。旧店もカウンター、レコード棚、椅子などをほぼ長野さんが日曜大工的に作ったが、今度の新店も、長野さんとその仲間で、まったく何もないところから8割がたを作ったという。壁を塗ったり、カウンター下のガラスブロック、水道の配管なども自分たちでやったと言われ、ここまでできてしまうなら「ワンダラーズ工務店」が営業できるのでは、と話をした。(笑) ストリート・カフェのウェッブの日記のところに、スケルトン(まっさら)の状態で工事をしているところの写真などがある。

新規オープンは、事故からちょうど1年と1日、2008年4月14日(月曜)。三軒茶屋、三宿近辺は、まさにソウル・バー激戦区になってきている。

この日は、ジェームス藤木さんご一行がお祝いに駆けつけ、のってきたところで、バンド演奏が始まった。

(その模様は明日以降の本ブログで)

■    音楽酒場 ストリート・カフェ Street Cafe
住所 154-0004 東京都世田谷区太子堂2-23-5
プルミエ太子堂 地下1階
電話 03-3487-4886
開店 2008年4月14日(月)
営業 19時~午前4時 年中無休
テーブルチャージ 500円 ドリンク 600円~

■ストリート・カフェ・オフィシャル・ウェッブ
http://stcafe.soul-star.net/

■過去関連記事
http://www.soulsearchin.com/entertainment/soulbars/streetcafe20020327.html
ストリート・カフェに訪れたマーチンこと鈴木雅之さん

ENT>SOUL BARS>Street Cafe

投稿者 吉岡正晴 : 12:00 PM | コメント (0)

March 16, 2008

Ebisu Brown Sugar’s Moving Is Canceled

[ ENT>SOULBARS>]

【恵比寿・ブラウン・シュガー移転、白紙に】

白紙。

昨年11月ごろ、恵比寿のソウル・バー「ブラウン・シュガー」が近隣の地上げとともに立ち退きになり、2008年6月いっぱいでどこかへ引っ越すという話が持ち上がっていた。

このほど、その話がまったくの白紙に戻り、「ブラウン・シュガー」は今まで通り、ずっと同じ場所で営業できることになった。

「ブラウン・シュガー」オウナー、白河さんによると、この界隈の地上げをしていた会社へ融資する金融機関が、昨年のアメリカでのサブプライム・ローンの被害を直接受け大幅な赤字をかかえ、その地上げ会社への融資資金が調達できなくなったため、と説明されたという。となりのゼストも、ブラウンが入っていたビルも地上げはいったん白紙に。よって、ブラウンもこれからも何も変わることなく営業を続けることになった。

1-2日前に、白河さんのところにその旨の連絡があり、僕は彼から昨日電話を受けた。「いやあ、地上げの話がなくなってね、(お店)続けられることになりました。そりゃあ、引っ越すより、引っ越さないで、同じところで営業できたほうがいいに決まってますよ」と白河さんは言う。「いやあ、移転の話は、来るお客さんみんなにしていたんで、今、必死にその後始末してるんですよ(笑)」

最近は、ソウル・バーの閉店(シュガーシャック)、移転(六本木・ジョージ)、あるいは新店開店など、この業界、動きが激しい。そんな中、移転話が持ち上がり、それがキャンセルになったというのは珍しい。しかも、それがアメリカのサブプライム・ローンの焦げ付きが遠因というから、そんな事件が一軒のソウル・バーを救った、ということにもなるわけだ。世の中、何がどう転んでどうなるかわからないものである。

実は、その地上げ、移転話は2007年11月20日付けの本ブログでも一度書いた。ところがそれを読んだ方たちから「お店、地上げされて引っ越すんだって」と何度も言われて、まだ決まっていないことなので、ちょっと書き直してください、と白河さんからじきじきに連絡が来た。結局、その部分は削除したという経緯があっただけに、この結末は想定外であった。(笑)

いずれにせよ、ハッピー・エンドです。(笑)

【ソウル・バー 恵比寿・ブラウン・シュガー】
東京都渋谷区恵比寿1-22-17 オーワビル3階
電話03-3441-6266

チャージ \500
SOFT DRINK \500~
DRINK \600~ 
FOOD \500~
月曜定休日
営業時間 20:00~04:00

ENT>SOUL BARS>Brown Sugar

投稿者 吉岡正晴 : 04:42 AM | コメント (0)

January 25, 2008

Sugar Shack’s Mr. Ishikawa Talks

[ ENT>SOULBARS>]

【シュガー・シャック秘話】

お宝話。

カーステレオにいれたのは、マーヴィン・ゲイのアルバム『アイ・ウォント・ユー』。久々にこれを聴きながら、車を横浜に走らせた。目的地は1月14日に閉店した横浜のソウル・バー「シュガー・シャック」。昨日このブログで書いた通り、『ソウル★魂』の第二回の収録だ。予想はしたが、オウナー石川さん、ソウル・バー評論家・高畠さんとのトークは、あちこちに飛び火、いや、脱線しながら大変おもしろいものになった。

最初のコーナーで、おそらく5分くらい用に石川さんと話した部分は、なんと25分近くになってしまった。僕は気づかず、後からスタッフに言われてびっくり。僕はインタヴュー役でただ話を訊くだけだったが、質問とその答えに熱中してしまい、時が経つのを忘れ、さらに、台本の進行も忘れてしまうほどだった。(苦笑)

詳しい話は、2月末のオンエア(あるいは、その後のインターネットでの配信など)をごらんいただくとして、編集が終わったあたりで、没になっている部分の話はこのブログなどでもご紹介したいと思う。

「シュガー・シャック」は、横浜の店だけに、横浜ベイスターズの選手たちがよく来た。マホームス、ブラッグス、ローズなどの話、ブラッグスの婚約者でのちに結婚するアン・ヴォーグのメンバー、シンディの話など。ベイスターズがセリーグで優勝、さらに日本一になった1998年などは、シュガー・シャックは「ソウル・バー」ではなく、「ベイ・スターズ・バー」になっていたほどだという。(笑) 

またミュージシャンではビリー・ポール(お店でチキン・シャックのインスト・ヴァージョンにあわせて「ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ」を歌ったという)、オハイオ・プレイヤーズ(一ヶ月、毎日来た)、キャメオ(最初店が混んでいて、端の席に座っていたが、頭がとびでてて目立ったのでラリー・ブラックモンだとわかった)、クール・アンド・ザ・ギャングなどたくさんの話を聞かせていただいた。

石川さんは、来店したアーティストのサイン、ベイスターズの選手のサイン入りバット、写真、グッズなど多くのものを揃えていてくれた。そのあたりの写真などもご紹介できると思う。

また、本編では使われないと思うが、やってくるブラザーの客層も、横須賀に入ってくる空母によって違い、ちゃんとした連中と、若くて問題ばかりおこす連中とくっきり差がでたという。そうした連中が来ていたころは毎週末、店で喧嘩が起こっていたそうだ。

日本全国津々浦々ソウル・バーを渡り歩いている高畠さんも、シュガー・シャックでの思い出もたくさんあり、さらに、全国のソウル・バーの話などもふんだんにしていただいた。

当初収録は2時から5時までの予定だったが、大幅に伸びて終了したのが7時を過ぎていた。スタッフのみなさん、おつかれさまでした。

■『ソウル★魂』第二回は2008年2月23日午後10時~ スカパー795チャンネル グラフィティー・チャンネル

第一回はいよいよ今週末、2008年1月26日午後10時半~11時。

ENT>SOUL BARS>Sugar Shack
ENT>TV>Soul Damashii

投稿者 吉岡正晴 : 01:10 AM | コメント (0)

January 24, 2008

Sugar Shack Is Forever

[ ENT>SOULBARS>]

【シュガー・シャックよ、永遠に】

ざくざく。

今年1月14日に惜しまれながら18年弱の歴史に幕を閉じた横浜のソウル・バー「シュガー・シャック」。現在、日々片付け撤収作業が行われているが、そのうちの一日におうかがいして、『ソウル★魂』のために、時間を割いていただくことになった。

これは、『ソウル★魂』(スカイパーフェクトTV795チャンネル・グラフィティー・チャンネル 毎月第4土曜日午後10時、第1回だけ10時半からスタート)の第二回で「ソウル・バー」にスポットをあてて、シュガー・シャックを舞台に、ここでオウナーの石川さん、さらにゲストに「日本一ソウル・バーを訪問している男」高畠さんを向かえ、ソウル・バー談義をしようというもの。

石川さんや高畠さんには、「ソウル・バーとは」「理想のソウル・バーとは」「ソウル・バーのこだわり」などを軸に、シュガー・シャックの18年をじっくりと振り返っていただこうと思う。

すでにクローズして1週間以上を経て、お店はかなり片付けが進んでいるが、その分ものが散らかっているそうだ。僕は石川さんにどんどん片付けていただいてかまいません、仮にがらんどうになった場所でもかまいません、シュガー・シャックその後、みたいな感じでもいいので、と伝えた。

高畠さんは、横浜ベイスターが優勝した1998年には、なんとほとんど毎日のように横浜球場とシュガー・シャックに入り浸っていたらしい。(笑)

その思い出を書いた高畠さんのブログ↓
http://d.hatena.ne.jp/hatake-1961/20080114/1200318480

実はこれを読んで、ぜひ高畠さんにもご登場願いたいと思い、出演を依頼したら「シュガーのためなら、なんでもやります」とご快諾いただいた。ありがとうございます。

さきほど、高畠さんと軽い打ち合わせのために電話で話したら、日本全国のソウル・バーで自分なりに思い出の曲はあります、と言われた。う~む、さすがだ。

石川さんのブログ↓
http://ameblo.jp/konnichiwahiroya/
最近は、古い秘蔵写真が続々掲載されてます

石川さんと電話で話したら、「思い出の曲ねえ、ビリー・ポールとか、うちで『ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ』歌ってきましたよ、あ、それからアン・ヴォーグのシンディとかよく来たんでアン・ヴォーグの曲とか…」なんて話がポンポンでてくる。一体どんなソウル談義になるんだろう。秘蔵話も、ざくざく、間違いなし。楽しみだ。

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『ソウル★魂』 

■『SOUL★魂』 第1回
◎放送チャンネル・スカイパーフェクトTV・グラフィティー・チャンネル795チャンネル
初回放送 2008年1月26日(土)22:30~23:00
再放送 1月27日(日)24:00~、1月31日(木)26:30~、2月13日(水)24:30~、2月22日(金)24:30~、3月2日(日)21:30~

■『SOUL★魂』 第2回
◎放送チャンネル・スカイパーフェクトTV・グラフィティー・チャンネル795チャンネル
初回放送 2008年2月23日(土)22:00~
再放送2月27日(水)24:30~、3月1日(土)22:00~、
(第2回の再放送日時はさらに増えます)

ENT>SOUL BARS>Sugar Shack

投稿者 吉岡正晴 : 02:35 AM | コメント (0)

January 15, 2008

Yokohama’s Number One Soul Bar, Sugar Shack Closed After 18 Years

[ ENT>SOULBARS>]

【横浜のソウル・バー「シュガー・シャック」閉店】

精神安定剤。

2007年11月17日付けブログで紹介したように、横浜のソウル・バー、「シュガー・シャック」が2008年1月14日深夜をもって閉店する。ここ数週間は、大変なお客さんの入りだそうで、最後にお別れに多くの人が訪れたようだ。1990年8月のオープンから17年5ヶ月の歴史に幕が下りる。

このところ、六本木「ジョージ」の閉店(2005年4月)、青山「OA」の閉店(2006年5月)とあいつぐ名店のクローズが続く。「ジョージ」は1964年から2005年(現在は、西麻布で営業)、「OA」が1971年から2006年。このほかに長くがんばっているソウル・バーとしては、方南町「エクセロ」は1974年から、1981年下北沢へ移り現在も営業中、六本木「ラヴィング・パワー」(川畑さんの最初の店)が1979年開店、その後「テンプス」を経て現在「ミラクル」といったところがある。

November 17, 2007
Yokohama’s Number 1 Soul Bar “Sugar Shack” Will Be Closed After 17 Years
【横浜のソウルバー「シュガー・シャック」、2008年1月に閉店へ】
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200711/2007_11_17.html

一ヶ月以上前になってしまうが、松尾潔さん、黒沢薫さんらと「シュガー・シャック」に行った。その日もほぼ満席に近かったが、オウナーの石川さんがいろいろと相手をしてくれた。「このいろいろな備品、いすとか、写真とか、サイン入りのジャケットとか、どうされるんですか」と松尾さんが尋ねた。「とりあえず、うちにもって帰りますよ」と石川さん。冗談半分に「まとめて引き取っていただけますか?(笑)」 すると、松尾氏お酒の勢いもあってか「いいなあ、考えようかなあ…(笑)」 この日初めてだった黒沢さんも、「いいですねえ、ここ。しかし、もったいない」とかなり気に入った様子。松尾さんも何曲もリクエストをして、なかなか帰れない。

黒を基調とした落ち着いた雰囲気。うるさくなく、しかしBGMとして聞き流されない適度な音量。ソウルフルなグッズの数々。そして何よりオウナー石川さんのソウル魂が一番輝いている店だ。お店は閉店翌日の15日から徐々に中を片付けるそうだ。いっそのこと、オークションでもしたらどうだろう。(笑) 

いい店というのは、不思議なもので、そんなにしょっちゅう行かなくても、あそこにいつも店がある、ということだけで妙に安心してしまうものだ。横浜のモーション・ブルーにライヴがあって、その帰りに何度も寄ろうと思うが、翌朝が早いので断念して後ろ髪を引かれつつ首都高に乗る。しかし、そんな首都高に乗る瞬間でさえも、あそこでシュガー・シャックが今日もやっているという、それはあたかも精神安定剤のように感じられる存在なのだ。

それにしても、時の流れとは時に残酷である。しかたがないといえば、しかたがないのだろうが。だが、今日「シュガー・シャック」が閉店しても、18年にわたってここで営業していた事実によって、「横浜に『シュガー・シャック』っていういいソウル・バーがあったぞ」という伝説と思い出とソウルは永遠に残る。閉店は、新たな伝説の始まり。シャンパーンで乾杯しよう。

■石川さんのブログ↓
http://ameblo.jp/konnichiwahiroya/

ENT>SOUL BAR>Sugar Shack


投稿者 吉岡正晴 : 03:39 AM | コメント (0)

November 17, 2007

Yokohama’s Number 1 Soul Bar “Sugar Shack” Will Be Closed After 17 Years

[ ENT>SOULBARS>]

【横浜のソウルバー「シュガー・シャック」、2008年1月に閉店へ】

18年。

横浜のナンバーワン・ソウルバー「シュガー・シャック」が2008年1月14日をもって閉店することになった。11月4日、オウナーの石川さんがシュガー・シャックのホームページで発表、またメールで一斉配信した。

シュガー・シャックは、1990年8月、横浜元町・石川町の先にある麦田(山手)トンネルを越えたすぐ右側にオープンした老舗のソウルバー。横浜のソウルバーと言えば、シュガー・シャックと言われた名店。今年8月に17周年を迎えていた。オウナー石川さんによると、「次のステージに進むことにした」ということで、詳細はホームページのあいさつ文に書かれている。

http://www.sugarshack.co.jp/diary/index.html

石川さんのブログ↓
http://ameblo.jp/konnichiwahiroya/

石川さんに電話してみた。すると、石川さんが閉店の決意を書いたメールを送ったり、ホームページに発表すると連日何十通というメールがやってきて、返事もままならぬようになってしまった、という。「それだけ反響がすごいなら、その熱意に負けて、閉店を止めることはできないんですか」と尋ねると、「もうスタッフたちの次の就職先も決めちゃったんで、一人ではねえ・・・。ま、とりあえず、一旦閉めますよ」と淋しそうに言った。やはり、夜の仕事は本当に想像以上に体力的にきついらしい。

シュガー・シャックは、オープン以来、横浜ベイスターズの選手や、横浜にやってくるブラック系アーティストがライヴ後に立ち寄る店として有名だった。レコード・コレクション、また、映像コレクションは他の追従を許さず、特に映像はアメリカのテレビで放送されたもののエアチェック作品などが、多数コレクションされていた。

店名「シュガー・シャック」は、マーヴィン・ゲイのアルバム『アイ・ウォント・ユー』にも使われたブラックの画家アーニー・バーンズの絵画から取ったもの。


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シュガー・シャックは個人的にも何度も足を運んだソウル・バー。マーチンさんと一緒に行って、マーチンさんの番組で紹介したこともあった。いやあ、あれだけ長い間安定して営業されているので、まさかクローズするとは。ひじょうに残念だが、これもしかたないのかもしれない。時代なのかな。とりあえず、閉店までに一度おじゃましたいと思う。石川さんの新たなる門出に祝福あれ!

■ソウル・ブラザース・バー 「シュガー・シャック」
住所 神奈川県横浜市中区麦田町1-4
電話 045-651-6060
Eメール info@sugarshack.co.jp
Open 19:00 ~ 4:00 (年中無休)
Access JR 京浜東北線 JR 石川町駅より徒歩 10 分
1990年8月開店、2008年1月14日閉店予定


ENT>SOULBARS>Sugar Shack

投稿者 吉岡正晴 : 03:26 AM | コメント (0)

October 20, 2007

Kacky’s Is The Name Of “Retro Music Bar”

[ ENT>SOULBARS>]

【学芸大学に「レトロ・ミュージック・バー」カッキーズ・オープン】

活気。

昨日(18日)中等部の同級生だった友人柿沼くんが突然、それこそ10年ぶりくらいに電話をくれた。なんと学芸大学でバーを始めたから、こんど遊びに来てくれ、という。そこでさっそく、住所をもとに今日訪ねた。学芸大学駅・東口から線路沿いに自由が丘方向へ242メートル、徒歩約3分という抜群の立地にできた店の名前は「Kacky’s(カッキーズ)」。

僕はいつも彼のことを普通に「柿沼」と呼んでいたので、カッキーという愛称に違和感を覚えた。「え、なに、柿沼、最近、カッキーって呼ばれるの?」「そうだよ」「へえ、誰がカッキーって呼ぶの?」「世界中のみんながさ」(横に座っていたお客さんに受ける)

以前ワンショットバーだったところを、「居抜き」で入って10月3日にプレオープン。13日に正式オープンしたという。なんと同じく同級生ハセヤンが火曜(16日)に一人で来たそうで、「前の日、吉岡に会った、って言ってたから電話番号聞いたんだ」とのこと。ぐあ~~ん、ハセヤンに先を越されたではないか! う~む。

7坪10席ほどの、カウンターだけの「レトロ・ミュージック・バー」。初めて聴くキャッチだが、そう銘打つだけあって、1960年代から1970年代にかけての「ロック、ソウル、ディスコ、日本の歌謡曲、ニューミュージック、グループ・サウンズ、ラヴ・サウンズ、スクリーン・ミュージック、さらには演歌まで」、オールジャンルをかける。カウンター向かいの壁には、17センチ・シングル盤のジャケットが全面に張られ、音楽好きならいやがおうでも、ここに目が行く。ただ、まだターンテーブルは1台だけ、ミキサーがないので、一枚一枚シングルの場合、かけなおす。また、アンプとスピーカーが前の店のもので、若干音がしょぼいので、これはおいおいオーディオをグレイドアップする予定だ。

シングル盤がカウンターに雑然と置かれていたが、いくつか見ている中に僕がライナーノーツを書いたものがでてきた。グロリア・ゲイナーの「恋はサヴァイヴァル」や、シーラB&デヴォーションの「シンギング・イン・ザ・レイン」だ。お~~、ハズカシ。前者は1979年1月。自分でも覚えてません。(笑) カッキーも気付いていなかったという。

彼は中学時代から音楽が大好きで、しかも、そのカヴァーする領域が僕のように狭く特化していないので、いろいろと知っている。フライアーには、「浅く広くがポリシーです」と書かれているが、まさにその通り。

1978年にベータの録画機を入手、その頃からたくさん音楽や映画をビデオテープに録画していた。そんなベータのテープを業者に頼んでDVDに落としてもらい、貴重な映像もテレビモニターで流していたりする。ちょうど、この時は1978年のNHK「紅白歌合戦」を流していた。

柿沼は、昔から絵が上手で、今回のフライアーにも8人のミュージシャンが彼の絵で描かれている。本物をそのまま描くと肖像権がうるさいので、わざと似せないで描いているというが、じっくりその絵を見ていると、これは誰かなあ、などと思いが巡る。

ソウルバーではないのだが、1970年代から1980年代にかけての音楽談義(邦楽・洋楽問わず)をしたい方にはお勧めだ。

せっかくなので、「吉岡のソウル・サーチン・ブログを読んで来た」と言えば、2007年11月いっぱい、ビール1杯(もしくはソフトドリンク)サーヴィスしてもらっちゃいましょう。まだまだ知り合いしか来てないようなので、たくさん人が来て、活気がでるといいね、カッキー。

■Kacky’s (Retro Music Bar)
東京都目黒区鷹番3-4-13笹崎ビル1階 
電話 090-9960-2759
営業 19時から24時30分まで(月曜~土曜)
休業 日曜・祝日
チャージ300円。ドリンク500円から
(2007年12月からチャージ300円となりました)
(地図)

http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=35.624105&lon=139.68788583&p=%CC%DC%B9%F5%B6%E8%C2%EB%C8%D63-4-13
東急・東横線・学芸大学駅東口から線路沿いを自由が丘に向かって左側を歩き3つ目の角を左折してすぐ左側。徒歩3分。

ENT>MUSIC>SOULBARS>Kacky’s

投稿者 吉岡正晴 : 03:33 AM | コメント (0)

September 21, 2007

George's Will Close Its Door Again On September 29th

[ ENT>SOULBARS>]

【ジョージ、再びクローズへ】

再閉店。

昭和39年(1964年)日本初のソウル・バーとして開店、2005年、六本木ミッドタウンの地域開発のために、41年の歴史に幕を下ろした「ジョージ」が、その後西麻布で再出発したが、再び今月末で一時期閉店することになった。

ジョージが六本木から西麻布に引っ越して再オープンしたのが2005年8月のこと。約2年ということになる。正式なクローズは、9月29日(土)の予定。

今回の突然の閉店は、現在入居しているビルの再開発のためだという。オウナーは、新しい物件を探しているが、細長いうなぎの寝床のような物件がなかなかなくて苦労しているそうだ。

ちょうど、このジョージの隣には、しばらく前に、やはり1950年にオープンし、1970年代からつい最近まで六本木で人気のあった「ハンバーガー・イン」も引越してきていた。


■ジョージ・過去関連記事

August 21, 2005
George's Re-Opened In Nishi-Azabu
http://blog.soulsearchin.com/archives/000458.html

■ジョージ最後の日~日本最古のソウルバーの閉店の模様

http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_04_24.html
The Last Day Of George's: Part 1

http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_04_25.html
The Last Day Of George's: Part 2

■ソウルバー・ジョージス
Soul Bar George's
港区西麻布1-11-6メンテルス六本木1F
電話 03-3401-8335 

2005年8月24日オープン
日曜・祝日定休 
営業 20時から2時、週末は朝まで
チャージなし 一杯1000円から

SOUL BARS>George's


投稿者 吉岡正晴 : 01:20 AM | コメント (0)

June 20, 2006

A Letter From A Reader: OA Bring Him To Soul Searchin

[ ENT>SOULBARS>]

【ソウルスナック「OA」の記事を読んで】

30年。

2006年5月10日、35年の歴史に幕を下ろした東京青山のソウルスナック「OA」。その最後の日についてこのブログで書いた。

May 10, 2006
The Last Day For Soul Snack OA, Aoyama
http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_05_10.html

May 11, 2006
OA Finally Closed Its Door
http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_05_11.html

そして、学生時代にOAに通っていたある方が、つい最近OAの近くに行き、OAの前まで行ったところ閉店していたことを知った。その後のOAがどうなっているのか、インターネットで調べてみると、このブログがヒットした。その方からご丁寧なEメールをいただいた。大変感銘を受けたので、ご本人に許諾を得て、そのまま掲載することにした。ゆっくりお読みください。

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吉岡正晴様

突然のメールで失礼します。

昨日、青山の「OA」に行くと閉店になっていました。

家に戻って、ふとネットで調べてみようと思い、吉岡様のブログを拝見することが出来ました。

私は、1970年代中頃に青学大に在学していました。学生運動全体が後退期を迎えていた時代で、青学でも活動家が大量に処分されていきました。どんどん処分されて、少数派になっても、思えば懲りずに何度でも向かっていって、結局みな討ち死にのように大学から追われていきました。わたしも、そうやって除籍になりました。

そんな、七十年代の中頃、OAは私達のたまり場でした。メンバーの女の子たちがローテーションでバイトにも入っていたこともあったのでしょう。ここに顔を出せば、いつでも誰かがいて、シオリちゃん(註、お店のママ藤村さんの娘さん)は小学校に入ったころだったかな、僕等の中で子猫のようにじゃれていました。

そんな時間が、まるで日溜まりのように思い出されます。

私は、いつも0Aにいたメンバーの一人と一緒になりました(そのとき仲間が開いてくれた結婚パーティーもOAでした)。もう四半世紀も前のことです。

大学を追われた後。それぞれのメンバーにもそれぞれの人生がありました。OAは誰にとっても懐かしい場所ですが、でも、大学への言い難い敗北感なのか、悔しみなのか、あの辺にはなかなか行けないでいました。実際、五十を過ぎた今でもそれは拭いされないでいます。

私は一九八〇年に郊外で小さな古本屋を始めました。いつのまにか二十五年が過ぎて、そんな時間が過ぎても、あの頃のことはついこの前のことのように思えます。

今日、たまたま近くまで行く用事ができて、ふとOAどうしただろうと足を伸ばしてみました。小さな店が並んでいたあの通りも、ビルばかりになっていて、もうないだろうと思いながら、でも小さなOAを見つけたときには、胸がいっぱいになりました。ニスの剥げたドアを触ってみて、ここにも同じだけの時間が過ぎていたことを、私は初めて知ったように思います。

どこかで,OAは今でもあの頃のまま、ママがいて小さなシオリがいて、と、思っていたのかもしれません。

窓にベニヤ板が打ち付けられた店の前で、OAはどんなふうに閉じていったのかなと、寂しい終わりだったのだろうかと、ちょっと悲しい気持ちでいました。

吉岡様のブログで、たくさんの人たちに囲まれた賑やかな最後だったことを知って、本当に見事なものだと思いました。

もう三十年近くも前のことですから、ママは覚えていないかもしれません。でも、七十年代の一時期をOAと重なり合うように過ごしたことを、私は忘れていないし、これからも忘れないでおこうと思います。

一面識もない吉岡様に、突然こんなメールを差し上げて、ご迷惑だったと思います。申し訳ありません。

吉岡様のブログでOAの最後を様子を知ることができたのは、私には本当にありがたいことでした。

あの頃のままの店内の写真(涙が出るほど懐かしい!)、驚くほど変わってないママ(あの頃が老けていたということでしょうか)、シオリちゃんにもう十歳の子供がいるというお話し(あの頃のシオリより年上なんですから)・・・。まるでOAの最後に間に合って、そこでお別れができたような気持ちになれました。ありがとうございました。

ご迷惑を承知で身勝手なメールを差し上げてしまいました。どうぞお許し下さい。

内堀弘

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内堀さんは、1974年に青学に入学した。内堀さんは言う。「OAは開業してまだ三年目だったんですね。あの頃は、三年前なんてずっと昔に思えたし三年先なんて、途方もなく先のことに思えました。でも、一昨日、閉じたOAの前に立ったときには過ぎた三十年なんて、あっという間なんだと思いました」
 

大学生の頃、3年先など本当にわからなかった。しかし、今3年前などつい昨日のように思える。30年前だって、去年くらいのようだ。それが年を取るということなのだろうか。

30年以上の歴史を持つひとつのお店には、内堀さんだけでなく、さらに多くの思い出があるのだろう。内堀さんの文章には30年分の思いと内堀さん自身の人生がつまっている。だからこそ、感銘を受けた。OAをきっかけにソウル・サーチン・ダイアリーにいらした内堀さん、掲載をご快諾いただきありがとうございました。

ENT>SOULBARS>OA, Aoyama
ENT>ESSAY>


投稿者 吉岡正晴 : 12:08 AM | コメント (0)

June 07, 2006

Soul Bar Column On "Brio" Will End July

[ ENT>SOULBARS>]

【「ブリオ」のソウルバー紹介ページ、7月で終了】

最終回。

BRIO (ブリオ) 2006年 07月号 [雑誌]始まりは、終わりの始まり。何かが始まれば、いつかそれには終わりが来る。ソウルトレインも、始発駅を出発すれば、いつか終点に到着する。

男性雑誌「ブリオ」のソウルバーを紹介する名物コラム「ソウルトレインランニング~ソウル通のためのバー・ガイド」が、2006年7月24日発売の9月号で終了する。連載が始まったのが、1999年3月24日発売(5月号=創刊号)からで7年4ヶ月、89回の連載となった。単純計算で180軒近くの全国のソウルバーを紹介したことになる。

1999年は、いわゆる「ソウルトレイン」関連のものが始まった年だった。Jウェイヴの深夜番組『ソウル・トレイン』(1999年4月開始、2005年9月終了)、またお台場に「ソウル・トレイン・カフェ」(1999年8月~2001年3月)などが相次いでスタート。放送媒体、店舗などと並んで雑誌でソウルトレインを盛り上げようという機運もあり、ソウルバーを紹介するコラムが始まった。

コラムを執筆したのは、編集者、ライターの高畠保春さん。元々、ソウル、ジャズなどの音楽が好きで、あちこちのソウルバーや音楽をかけるバーに通い詰めていたので、まさに天職となった。北は北海道から南は九州、沖縄まで日本中のソウルバーを駆け巡った。

高畠さんは、今でこそ知らないソウルバーはないが、当初は知らない街に行くと、電話帳を片っ端から見て、「それっぽい名前の店」にめぼしをつけ電話をかけて、新店を掘り起していた。中にはソウルっぽい名前の店でも、普通のキャバレーや、カラオケスナックだったこともあったという。

ソウルバーの特集をしたことがあるので、実質180軒以上の店を紹介したが、20軒以上は現在営業をしていない店舗、あるいは、店舗形態をソウルバーから普通のバーにしたりしている例などもあるという。

高畠さんは日本初のソウルバーである六本木の「ジョージ」を、当初から連載の最終回に紹介しようと考えていた。だが、「ジョージ」のママは2001年10月他界。さらに2005年4月に閉店してしまった。しかし、その後「ジョージ」を守っていた新しいママ、ともこさんが2005年8月に西麻布に「ジョージ」を移転してオープン。「ジョージ」は最終回を飾る。もう一店最終回を飾るのは大阪の老舗ソウルバー「マーヴィン」だ。

また、高畠さんは新しい店を紹介する時は、大概一度足を運んで、ブリオの読者にあうかどうかを考え、改めて取材に出向く。彼が店に来ても紹介まで至らない店も何軒かあったようだ。また、彼個人は気に入っても、店の方針で取材拒否・取材を遠慮している店もあり、そういうバーは紹介できなかった。

ソウルトレイン・ランニング、まもなく終点へ到着いたします。

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僕は高畠さんを「日本で1番ソウルバーを知っている男」と崇めているので、自分自身は「日本で2番目にソウルバーを知ってる男」の座を狙うことにしている。(笑) 新しい店などは、彼から随分いろいろな店を教わった。あるいは、どこかに行く時は、その土地のソウルバー情報をよく仕入れたものだ。

僕も新店の開拓は好きなので、けっこう探すが、彼が知らなかった店で僕が彼に教えることができたのは、ほんの数軒だった。

何軒か紹介されずに終わった店があるが、青山の「オーエー」や、下北沢の「エクセロ」なども出て欲しかった。ぜひ、単行本化して、その際には若干漏れた店を網羅しましょう。

長い間、お疲れ様でした。これからは、気兼ねなく、あちこちのソウルバーで飲んだくれてください。ま、以前と変わらないですか。(笑) 

ENT>SOUL BARS>

投稿者 吉岡正晴 : 03:22 AM | コメント (0)

June 02, 2006

Club Cactus: The Sound System Will Shake You Down

[ ENT>SOULBARS>]

【レゲエのサウンドシステムが身体を直撃】

振動。

かつて西麻布にあった伝説のクラブ「トミーズ・ハウス」(79年~83年)、そして、新宿の「第三倉庫」(84年~86年)を運営、DJをしていたトミー(富久慧)氏が、久々に乃木坂に店を開いた。店名は「クラブ・カクタス」。2006年5月26日(金)に正式オープンした。基本はレゲエを大音響のサウンド・システムで聴かせ、踊らせるというもの。早速のぞいてみた。

ちょうど、乃木坂・桂由美ブライダルビルのすぐ裏あたり。その昔は1階におそばやさんがあったビルの地下。階段を降りていくと、2軒クラブ風な店、カラオケ店があり、残る一軒が「カクタス」なのだが、ロゴマークだけで、文字がない。カクタスはサボテンの英語名。ロゴは緑色のサボテンがデザインされている。

扉の取っ手が、よくレコーディング・スタジオにあるような、頑丈なものでちょっと驚く。ぐいっと引き下げて中に入ると、さらにもう一つの扉。無音。そこにも下に引くような取っ手。がっとあけると広い空間が現れる。爆音。二重扉で完全防音になっている、という。入って左側に約6メートルの檜の一枚板を使ったバーカウンター。そして、正面にDJブース。右に大きなスピーカーがど~~んと鎮座していた。それにしても二重ドアには恐れ入った。約30坪の広さ。天井が3メートル以上あって、気持ちいい。

「レゲエだよ、この店のコンセプト。サウンドシステム、っていうの。レゲエはみんなこういうサウンド・システム持ってて、爆音でやってる。この店も天井、壁、入口のドア、もちろん非常口のドアまで完璧に防音した。それでものすごくお金かかった」とトミーは言う。 

スピーカーがどんと立っているのだが、二本が並んでいて1本のように見える。「スピーカー、右と左に分けないの?」と聴くと、トミーは、「(レゲエのサウンドシステムは)左右関係ないんじゃない。だからこう」との説明。「毎週週末にレゲエのDJが入るんだ」と聞くと「DJって言わないで、サウンドっていうんだよ。(笑)」と。へえ~~、知りませんでした。

オープニングはランキン・タクシーが自分のサウンドシステムを持ってきて、大爆音でやっていったそうだ。レゲエはコアなファンがいるので、週末などけっこう一杯になるという。

少し大きな音になったら、スピーカーからものすごい空気の振動が伝わってきた。これはすごいわ。普通の小さなクラブだと大体300ワットくらいのアンプで鳴らすところを、ここでは1500ワットのアンプをつないでいるという。しかも、天井まで届きそうなスピーカーは自作だという。これまた恐れ入った。試しにスピーカーの前に立ってみると、頭の毛が逆立つような感じになる。ベースのウーハーの波動が直撃だ。

しかし、オープニングのレセプションでは完全防音なのに、上階からクレームが来たという。なんと空調の排気口から音ではなく振動が伝わったらしい。そのため、空調の位置を少し下げて、そこにクッションのようなものをいれたそうだ。

この爆音の中に何時間もいたら、気持ち悪くならないだろうか。(笑) 今後は平日にはイヴェントなどもいれていくという。そういう日は、R&Bも、ハウスもありになる、という。何もない時は比較的静かに飲めるような雰囲気。DJブースは、ターンテーブル縦置き2台とCDJ2台。「俺はオールドスクールだから、ターンテーブル縦置きだと、ボタンとか押し間違えちゃうんだよ。(笑)」 ブースのところには、なぜかRケリーのCDが置かれていた。

ところで、あの6メートルの一枚板。どうやってこの地下一階まで運びこんだのだろう。階段のところなんて、曲がり切れたのだろうか。とても無理そうだが。そんなこと考えると眠れなくなってしまった。まだメディアにでていないが、これから話題になる店だ。

■クラブ・カクタス

Club Cactus
電話03-3408-9577
〒107-0062 港区南青山1-15-18 リーラ乃木坂地下一階
千代田線乃木坂三番出口。
定休日・日曜日
営業 朝5時まで
平日はチャージなし。金土は3000円で2ドリンク。
開店 2006年5月26日金曜 

ENT>SOULBARS>Club Cactus

(ソウルバーではありませんが、とりあえず、バーということでここにいれておきます)

投稿者 吉岡正晴 : 03:51 AM | コメント (0)

June 01, 2006

Escape From The Reality: Hang Around At Soul Bar "Essence"

[ ENT>SOULBARS>]

(昨日からの続き)

【エッセンス・ソウルバー(パート2)】

幇助(ほうじょ)。

ご本人(和田さん)に挨拶した後、松尾さんに「エッセンス、行きましょうよ」というと、「いやあ、今年は行けないんですよ」との返事。あ、ニューオーリンズのほうの、エッセンスね。(笑) そうではなく、横浜の新しいソウルバー、「エッセンス」です。僕も初めてなので一応地図を用意。さらに、火曜日が定休日だったりすると痛いので、事前に電話で確認もしておいた。抜かりなし。昨年(2005年)10月にできたソウルバー、エッセンスは神奈川県庁前、モーションの駐車場からでて信号3つくらいほんの2-3分で着いた。えらい近い。石川町のソウルバー「モータウン」オウナーの芦田さんがやっている「ヒット・パレード」と同じビルだった。

扉からかなり重厚で、中に入ると、さらに天井が高く、ウッディーな作りで、落ち着いた大人の雰囲気のバーだった。ある意味、予想外。カウンター10席少々と4人から無理すればぎりぎり6人まで入れるボックス席が3つなど。ソウルバーらしからぬ重厚さ(笑)に驚いていると、やはり、それまで何年か続いていたバーに「居抜き」(前の店の内装、什器などをそのまま使って、オウナーだけが変わること)で入ったという。前店はイギリス風「ウェラーズ・ワーフ」というバーだったそうだ。

マスター、高橋さんは以前六本木の名店「テンプス」にいた方。先日の六本木ガーデンの『「ミラクル」川畑さん27周年記念イヴェント』でもご挨拶していた。同行ソウルメイトAは、「なんか、ここには昔来たことがある。日本一おいしいフローズン・マルガリータを出す店だというキャッチで連れて来られたような気がする」と発言。その旨オウナーに尋ねると、「それは知りませんでした。でも、フローズン・マルガリータはできます」とのお返事。松尾氏「じゃあ、そのFMと、こちらはGAで~~」。

何でも略すか。(笑) となると、ウ-ロン茶だったら、UT、カフェオレだったら、CAL(さらに略してカル)、クランベリージュースなら、CJ。クランベリージュースを飲む仲間たちは? CJ&カンパニー。(マニア向けですいません)

マスターも何度も「エッセンス・ミュージック・フェスティヴァル」には足を運んでおり、松尾氏に「どこかですれ違っているかもしれませんね」とのこと。

壁に作られている酒蔵の扉は、ちょうどレコードジャケットが何枚も飾られている。そんなアナログのジャケットには、何人かのアーティストたちのサインが書かれていた。

途中から和田さんのバックをつけたバンドメンバー数名が到着。なんとグルーヴラインのベース、ソウシさんは福岡出身ということで、松尾さんと出身学校が一緒ということが発覚。帰り際に立ち話で盛り上がった。

しばらくすると、なんとトクから電話。何かと思ったら、そのメンバーたちは、ここからすぐ近くのライヴハウス「カモメ」に移動。そこで、我々がここにいることを知って、電話してきたらしい。トクはこの日、カモメでライヴだったそうで、「なんで、こっちにも来てくれないんですかあ(怒)&(笑)」と。ジョインする話も一瞬浮上するが、松尾氏が「和田くんの作詞を昨日中にあげてないといけないんで・・・。今、現実逃避中なんです・・・」とのことで、断念・解散へ。そんなこんなの「現実逃避幇助(ほうじょ)」の横浜の夜でした。

バー エッセンス
Bar Essence
231-0003神奈川県横浜市中区北仲通1-6 1階
営業時間 19時から午前5時まで
年中無休
電話 045-201-8682

ENT>SOUL BARS>Essence

投稿者 吉岡正晴 : 04:25 AM | コメント (0)

May 23, 2006

Miracle 27th Anniversary Party At The Garden

[ ENT>SOULBARS>]

【ソウルバー「ミラクル」27周年記念パーティー】

27周年。

日本のソウルバーの総本山とも言える赤坂「ミラクル」のオウナー、川畑さんが初めてのソウルバーをオープンしたのが、1979年、六本木の地だった。店の名前は「ラヴィング・パワー」。ちょうど旧防衛庁前の地下にあった細長い店だった。その後、川畑さんは、六本木「テンプス」を長年営業してきた。「テンプス」は1度引越しし、六本木交差点近くの店はかなり広く、ライヴもやったことがあった。その後一時期下北にも「テンプス」を、さらにクラブ「ヒップホップ」を作ったこともあった。

そんな川畑さんが2002年12月に「テンプス」をクローズし、2003年4月に赤坂にオープンしたのが、現在の「ミラクル」。川畑さんのソウルバー人生、27周年ということで、それを祝うパーティーが、21日(日曜)六本木の「ガーデン」で盛大に行われた。

このパーティーには関東近郊のソウルバーのマスター、関係者なども多数かけつけ、朝まで大いに盛り上がった。


+++++

僕はその前、下北沢のしずおか屋にいたのだが、途中から「ガーデンに来ないとダメだ」というようなメールやら電話がひっきりなしに入るようになった。どうやら、オダイさん、岡さんらがいつのまにかつるんで、ガーデンで飲んでいるらしい。というわけで、下北から六本木へ直行。

しかし、それにしても、いるわいるわ、見た顔が。(笑) 川畑さんは、全国のソウルバーのマスター、スタッフなどとも仲がいいので、そういう人たちがみなかけつけている。ま、『日本全国ソウルバー・総本山』の名にふさわしい。

DJは、アトムさんやら、キヨミさんやら、ヴェテラン勢がこれでもかと煽る。

しかし、それにしても、大宮ディープの藤沢さん、なんでそんなに黒いのか。毎日行ってるんですか、日サロ。リアル・ブラッドのルーサー・ナンバー1市村さんと並んで比べて欲しい。どっちが濃いか。六本木「ホワッツ・アップ」かつみさん、100メートル先からでも視認できます。三宿「ソウルナッツ」のマイケル&ケイコ、あれ? お店は? 早仕舞いですかあ。「ソウルナッツ」は最近火曜が定休日になっている。皆さん、ご注意を。横浜「エッセンス」、ご紹介いただきました。今度近いうちにおうかがいします。この日お会いした方、全部は書ききれませんが、今後ともよろしく。

■ミラクルオープンの記事

2003/05/09 (Fri)
Miracle: Don't show up with old name
http://www.soulsearchin.com//soul-diary/archive/200305/diary20030509.html

ENT>SOUL BARS>Miracle
ENT>EVENT>

投稿者 吉岡正晴 : 05:51 AM | コメント (0)

May 10, 2006

The Last Day For Soul Snack OA, Aoyama

[ ENT>SOULBARS>]

【今日、青山ソウルスナック「OA」、35年の歴史に幕】

幕。

oa_2.jpg1971年5月10日、青山学院裏にひっそりとオープンした学生街の喫茶店「OA(オーエー)」は、「ソウル・スナック」という代名詞とともに、日本のソウル音楽業界に多大な影響を与えた。誕生から35年を経た今日(5月10日)、その歴史に幕を下ろす。その前日(9日)はOAファンにとって「クロージング・イヴ」。岡さんに誘われ、ちょっと覗いてみると、中は超満員だった。

35年は、さすがに長い歴史だ。何人ものソウル系のアーティストが、この店に立ち寄ったり、多くのソウルファンが、ここでかかるソウルのレコードに耳を傾けた。それまでソウル・ミュージックを知らなかった若い人がここでソウル・ミュージックの魅力にとりつかれ、ソウル好き、ソウル・マニアへ発展していった例も少なくない。

名物ママの藤村芳子さんが30歳でこの店を始めた時、娘さんはまだ2歳そこそこだった。その娘の父親であり、藤村さんの夫は、娘さんが生まれてまもなく交通事故で急死。藤村さんは、とにかく子供のためにがんばらなければならない、と必死にこの店を切り盛りした。「子供がいたからこそ、こんなに続けられたのよ」とママは簡単に35年を振り返る。「だんなが死んじゃって、とにかく稼がなければならなかった。子供が生まれることによって、女は初めて母性本能というものが、ものすごくでてくるのよ」 

ママはいつでも豪快に、物事をすぱっと言い切る。「これでやっと引退。やりたいことがいっぱいあるから、お店を片付けたら、いろいろやるのよ」と第2の人生に夢をかける。「いやあ、第3の人生よ、きっと」

ママは、若い人たちを時に叱咤激励(しったげきれい)したり、時に説教したり、怒ったり、誉めたり、ここに来る全員のママとなった。まさにワン・ビッグ・ファミリーのソウル・ママだ。

OAが始まった時2歳半だった娘さんは現在38歳になり、そのお子さん、つまりママのお孫さんは10歳になっているという。時の流れは早く、歴史の重みと継続のすばらしさを感じる。このOAのあるビルは、取り壊され再開発され新しいビルが建つ予定だ。ママ、長い間本当にお疲れ様でした。

■OAは、今日、営業最終日。

■過去関連記事

January 24, 2006
Soul Snack "OA" Will Be Closing March 15th
http://blog.soulsearchin.com/archives/000793.html

March 13, 2006
OA Farewell Party
http://blog.soulsearchin.com/archives/000883.html


ENT>SOULBARS>OA

投稿者 吉岡正晴 : 05:52 AM | コメント (0)

May 07, 2006

Soul Bar Tina Newly Opened

[ ENT>SOULBARS>]

【目黒ソウルバー、ティナ 新装オープン】

心機一転。

昨年11月4日に突然クローズした目黒のソウルバー、ティナが場所を近くに変えてこの4月1日堂々のリニューアル・オープン。新店は、以前よりもさらに目黒駅に近くなった。目黒通りを大鳥神社のほうに車の一通と同じ方向に下っていくと、すぐ右手にケンッタッキー・フライド・チキンがあり、その雑居ビルの地下1階。いくつもの飲食店が入っているビルの中の一軒。駅出口から1-2分という感じだ。すぐわかる。

カウンター席8席に、後は立ち飲みができるスタイル。音楽は以前同様、CDJ2台、これにテレビモニターでソウル系の映画や映像が流れている。

しばらくは、定休日がまだ決まっていないが、おそらく毎週月曜日を定休にしようか、という感じだという。8時から朝方まで。お客さんがいればやっている。

訪れた日は、席も満員、立ち飲み人もたくさんいて、けっこう盛り上がっていた。飲み物、DJなど全部、司くんがひとりでやっているので、かなり大変のようだ。

Bar Tina
〒141-0022
東京都品川区上大崎2-27-1
サンフェリスタ目黒 地下一階
電話03-3492-1088

チャージ300円
ドリンク500円~

定休日 月曜?
営業時間 夜8時から

ENT>SOULBARS>Tina

投稿者 吉岡正晴 : 04:18 AM | コメント (0)

March 18, 2006

Never Ending "Midnight Hour": Their Souls Are Forever

[ ENT>SOULBARS>]

【決して終わらない「ミッドナイト・アワー」】  


メッセージ。 

今年の1月19日、アメリカでR&Bシンガー、ウィルソン・ピケットが亡くなった。64歳だった。ピケットは、激しくシャウトする唱法が特徴で、「ダンス天国」「ファンキー・ブロードウェイ」などたくさんのヒット曲を放ったが、そのうちの1曲に「イン・ザ・ミッドナイト・アワー」という曲がある。1965年6月からヒットし、R&Bチャートで1位、ポップチャートで21位を記録したジャンプ・ナンバーだ。 

そんなピケットの大ファンであり、自分のソウルバーにピケットのヒット曲から「ミッドナイト・アワー」と名づけたのが、1953年1月生まれの吉田稔さんだ。この「ミッドナイト・アワー」は、吉田さんにとっての「ティナ」(現在引越しのため休業、4月に新たに目黒で再オープンする)、「レイジー・バード」に続いての3軒目のバーだった。「レイジー・・・」は横浜にあったため、ほどなくして手放し、吉田さんはもっぱらこの「ミッドナイト・アワー」でレコードをかけ、酒を供していた。(バー、「ミッドナイト・アワー」に関しては過去日記に何度も登場している)  

ここ1年くらいは、若手のナル君が店を仕切っていた。先月(2月)20日、突然ナル君から電話が入った。何事が起こったのかと思ったら「うちの吉田が昨日亡くなったんで、お知らせしておいたほうがいいかなと思って」という。 あまりの衝撃的なニュースに愕然とした。「うっそー、おいくつだった? まだ若かったですよね。なんでまた」 まだ53歳になったばかりで、ここ1年余り癌で療養中だったという。まったく知らなかったが、たしかにいつも最近はナル君だけだったことを思い出した。 

ピケットが1月19日に亡くなって、ちょうど一ヵ月後の2月19日が吉田さんの命日となった。 

その連絡をもらってから、何度か行こうかと思ったが、なかなか行けなくて先日やっと「ミッドナイト・アワー」に足を運んだ。ナル君が、その前後にとても不思議なことがいくつか起こったことを話してくれた。 

驚いたのは、友人の携帯に、亡くなるか亡くならないという時に吉田さんからの着信履歴が残っていたということ。さらに、弔辞を読むことになる吉田さんの親友の携帯に吉田さんの奥さんからの着歴が残っていたという。だが、奥さんはかけていない。奥さんの発信履歴にのこっていないのだ。着歴があり、かけ直したところ、吉田さんの死去を知り、弔辞を読むことになった。煙草が大好きだった吉田さんの死後、「ミッドナイト・アワー」でナル君が煙草をつけて灰皿にちょっと置いたところ、ものすごい勢いで火が進み、瞬く間に煙草が終わったこともあったという。まるで誰かが吸っているかのようだった。 

もっとも驚かされたのが、ウィルソン・ピケットのアナログ・レコード「イン・ザ・ミッドナイト・アワー」である。2月19日は日曜で店は休業日だったが、ナル君は深夜、店に戻り一人で吉田さんのためにピケットのレコードをかけていた。するとこの曲の一番最後の部分、「in the midnight hour,」という部分の「ミッドナイト・アワー」のところで針が飛んで、何度も何度も「ミッドナイト・アワー」と繰り返すのである。 

聴かせてもらった。ミッドナイト・アワー~プチッ~ミッドナイト・アワー~プチッ~ミッドナイト・アワー~プチッ~ミッドナイト・アワー~プチッ~ミッドナイト・アワー~プチッ~ミッドナイト・アワー~ 延々と続くのだ。こんなにパーフェクトに、サンプリングしたかのように、うまく傷がつくとは。ぞっとした。ナル君の記憶では「最後にかけたのがいつだったかは、正直、正確には覚えてないんですけど、前は針は飛ばなかったように思うんですよね」  

その針飛びによって、ピケットが「ミッドナイト・アワー」は永遠に終わらないと歌っているかのようだ。吉田さんのソウル(魂)が、きっと、大好きなピケットの「イン・ザ・ミッドナイト・アワー」にメッセージを残していったのだろう。「吉田さんは、ここ(ミッドナイト・アワー)が一番気に入ってましたからね」とナル君は言った。 

DVD今日3月18日は、ピケットが生きていれば、65歳になる誕生日。吉田さんは、映画『ソウル・サヴァイヴァー』でピケットの動く姿を見てとても喜んでいたという。しかし、ナル君はピケット死去のニュースを、かなり弱っていた吉田さんに伝えられなかった。ピケット、そして、吉田さんのご冥福をお祈りしたい。吉田さんは、天国で一足先に来ていたピケットと会ってきっと驚いているに違いない。そして、二人のソウルは「ミッドナイト・アワー」で永遠だ。 

■ウィルソン・ピケット、ミッドナイト・アワー関連記事 

January 21, 2006
Wilson Pickett Dies At 64
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200601/2006_01_21.html

2003/07/12 (Sat)
Big Bold Red Sign Called Me
http://www.soulsearchin.com/entertainment/soulbars/diary20030712.html

2003/11/29 (Sat)
Soul Searcher's Nature: Scramble To Midnite Hour
http://www.soulsearchin.com/entertainment/soulbars/diary20031129.html

June 18, 2005
At "Midnite Hour": Past The Midnight Hour
http://blog.soulsearchin.com/archives/000331.html

ミッドナイトアワー・ナルのブログ
http://www.midnitehour.net/

ENT>OBITUARY>Yoshida, Minoru
ENT>SOULBARS>MIDNITE HOUR


投稿者 吉岡正晴 : 04:35 AM | コメント (0)

March 13, 2006

OA Farewell Party

[ ENT>SOULBARS>]

【OA、フェアウェル・パーティー~営業は5月10日まで延期】

フェアウェル。

今年3月で閉店するとお伝えした青山のソウルスナック「OA(オー・エー)」のフェアウェル・パーティーが、音楽評論家鈴木啓志さんの音頭で3月12日行われた。OA自体は、建物の引渡しの遅れなどの理由で2度にわたり、閉店日が延長され、5月10日まで営業することになったが、当初の3月15日閉店にあわせて企画されていてこの日のパーティーが予定通り行われた。以前からのOAのファン、OAのママのファン、ソウル好きの人たちが多数つめかけた。

ちょうど僕が有楽町国際フォーラムでのディスコ・イヴェントから店に着くと、店の前まで人があふれていた。国際フォーラムで、偶然久々にソウルバー、シュガーヒルの越川さんに会ったので、一緒にOAを誘った。店内には30人近くがいて、石島さんがレコード(7インチ・シングル)をかけ、鈴木さんが解説をつけていたりした。まるで、レココン(レコード・コンサート)さながらだった。

OAは、1971年5月10日、青山に学生街の喫茶店として生まれた。青山学院西門の前で、昼の12時から夜中まで営業し、当初は昼間は学生が多かった。OAのママは、昭和15年生まれの藤村さん。30歳の時に始めた。今年でオープン35周年になる。店名は、まずアルファベットの洋っぽい名前にしたかったということ、元々このお店の内装に丸みががったインテリアなど「〇」(マル)の要素が多く、そこからOをとり、2文字目はAから順に考え、一番最初のAがいいかと、OAとなった、という。ここがソウル・スナックとなってから、オーティスのOとアレサのAですか、などと訊かれるようにもなったが、当初はそうしたニュアンスはなかった。

この日はOAにゆかりのあるミュージシャンも集まり、マイクなし、PAなしで、ライヴを繰り広げた。トップバッターは、1949年生まれの人たちが集まったという49ers(フォーティーナインナーズ)から、かわぞえさんが、ギタリストと二人で登場。ウィルソン・ピケットの「アイ・ファウンド・ラヴ」、オーティス・レディングの「アイヴ・ガット・ドリームズ・トゥ・リメンバー」、再びピケットの「イン・ザ・ミッドナイト・アワー」を、まさに熱唱した。ギター1本で、実に熱い歌だ。マイクなしなのに、声が大きいので目の前で見ていた僕は、かなりの迫力に圧倒された。

彼らに続いて登場したのがオリト。OA出身のソウルシンガーとしても知られるOAと縁もゆかりも深いシンガーだ。彼はギターの弾き語りで「クルージン」(スモーキー・ロビンソン)からメドレーで「レッツ・ゲット・イット・オン」(マーヴィン・ゲイ)へ。そして、「アイド・ラーザー・ゴー・ブラインド」(クラレンス・カーター)に。「ブラインド」は、なんとオリトが日本語で、即興でOAに関する歌詞を作り、ブルースにしたてあげた。これは、見事だった。最高におもしろく、泣かせた。

オリトはOAに来たての頃、サム・クックやオーティスの珍しい映像を見せられて、「こいつ、すごいんだよね、あいつ、かっこいい~~」などと言っていたら、ママに『「こいつ、あいつ」なんて言うんじゃありません、ちゃんと敬意を表しなさい』と大変な剣幕で怒られたという。

「OAが閉店してしまうのをみるくらいなら、目が見えなくなったほうがましだ~ みんなここで、ママさんに怒られた~~」と歌い、客の爆笑を誘った。特にオリトは、ソウルシンガーを目指した時、ママに「メンフィスに行ったらどう」と言われメンフィスに行き、ウィリー・ミッチェルの元でレコーディングし、レコード会社からデビューすることができた。しかし、その後も紆余曲折あり、苦労している時に、いつもママに励まされたという流れがあっての、このブルースだった。歌い終わる頃には、オリトはほとんど泣いていた。

ちょうどこの頃、村上さんと酒井さんが「は~い、ソウル流しで~~す」と登場。村上さんの学校の先輩筒井さんがギターを弾いて、まずサム・クックの「ユー・センド・ミー」から、「ワンダフル・ワールド」へ。「ユー・センド・ミー」での、途中でOAでの村上さんと桜井ユタカさんの出会いの話をうまく語りとしていれたところは、みんな爆笑した。

ギターの楽譜を置くところがなかったので、目の前に座っていた僕が楽譜を手持ちすることになった。(笑) サム・クックを歌い終え、コードだけが書いてあるノートをぱらぱらめくると、「ダーク・エンド・オブ・ザ・ストリート」があったので、「これ、これ」というと村上さん、「これは歌詞を見ます」と言って歌詞カードをどこからともなく出して歌い始めた。なんで、歌詞カード持ってるの?(笑)

そして、オリト、酒井さんも交えて誰でも知ってるテンプスの「マイ・ガール」。サビは大合唱。さらに、「ソウル・マン」へ。これは、後半、OAの名物麺「ソウル・バンバン」というのがあるが、それにちなんで、「ソウル・マン」のところが、「ソウル・バンバン」の替え歌になり、途中から酒井さんが、ラップともナレーションとも言えるような語りをいれ大盛り上がりとなった。いやあ、しかし、ソウル好きが集まった独特の空間がみんなが知ってる音楽で一体化するところは楽しい。

それにしても、こうした店が閉店するのはもったいない。というわけで、このお店の看板やレコード、いろいろな小物は、欲しいと言う人が多数でて、ほとんどのものの行き先が決まっている、という。現時点での、同一場所、同一店舗名としての日本最古のソウルバー、もしくは、ソウルスナック、OA。その歴史がまもなく閉じようとしている。

Setlist

Kawazoe

01. I Found Love
02. I've Got Dreams To Remember
03. In The Midnight Hour

Orito

01. Cruisin
02. Let's Get It On
03. I'd Rather Go Blind

Murakami Tetsuya & Sakai Yuji

01. You Send Me
02. Wonderful World
03. Dark End Of The Street
04. My Girl
05. Soul Man~Soul Bang Bang

--(break)

01. Twisting & The Night Away
02. Let's Stay Together
03. Nothing Can Change This Love
04. Stand By Me

(2006年3月12日日曜、青山ソウル・スナックOA=OAフェアウェル・パーティー)
2006-50

ENT>MUSIC>LIVE>OA Fairwell Party
ENT>SOULBARS>OA

投稿者 吉岡正晴 : 06:24 AM | コメント (0)

March 08, 2006

"Soul Searchin" Has New Guest

[ ENT>SOULBARS>]

【『ソウル・サーチン』に新たにゲスト決定】

決定。

4月1日の『ソウル・サーチン』にもうひとり、トークゲストが決まった。アーティストで、これまでにあの伝説のソウル・ダンサー、ニック岡井さんのステップをキャンバスに印した岡伸昭さんだ。どんなものかは、下記日記に書いてある。

2004/06/18 (Fri)
Footsteps Of The Master Of Dance, Nick Okai Explode
http://www.soulsearchin.com//soul-diary/archive/200406/diary20040618.html

岡さんも大のソウル好きだが、実は、なんと彼はここ十数年、毎年4月1日に青山のソウルスナック「オーエー(OA)」で、マーヴィン・ゲイをしのぶ会をやっていたのだ。彼も自分が集めた映像や、レコードをかけて、エイプリル・フールを多くの人たちと過ごしていたという。ほとんど同じことをやっていたことになる。

ところが、そのオーエーが3月でクローズすることになり、彼が「今年はできないんですよね」ということになり、ではこちらの「ソウル・サーチン」にいかがだろうか、という話が進み、参加に快諾をいただいた。(ただし、オーエーはその後急遽、閉店を4月中旬に伸ばしたため4月1日は営業する) 

というわけで、4月1日の『ソウル・サーチン』、第三のゲスト決定です。

岡さんは、アーティストの立場で、マーヴィンの気持ちがわかる時があるという。そこで、ひじょうに繊細だったマーヴィン・ゲイという類稀なアーティストについて、同じアーティストという立場からの意見をおうかがいしようかと思う。なによりも、岡さん自身がかなりのマーヴィン・ファンであることが心強い。

認定。

そんな話をしたのが、目黒にしばらく前にできたソウル・バー「下駄鬼」だ。

岡さんにご紹介いただいたのだが、このオウナーはホームページなどを作る会社を経営している1962年生まれの永澤さん。80年代初期あたりの、まさに今でいうダンス・クラシックあたりをリアルタイムで経験し、ダンス、ソウル・ミュージックが大好きになった人物だ。

以前からいつか自分でソウル・バーをやりたいと思っていた、という。昨年、たまたま事務所近くの行きつけの飲み屋でそんな話をしていたところ、同じビル内のテナントが空いていることを聞きつけた。このビルは昭和30年代に出来たらしい築40年を超えるかなり味のあるもの。その空いているテナントのオウナーをなんとか探し出し、直接交渉した。

一度2005年7月に店を出したが、ちょっとスタッフと方向性が食い違い、2ヶ月でクローズ。2005年12月9日、改めてソウル・バー「下駄鬼」としてオープンした。

店は3坪(6畳)、席数もカウンターで4人、奥にちょっと2-3人がなんとか座れる「小上がり」があるが、7人もいると満杯になるかなり小さな店だ。店を仕切るのはソウルとお酒が大好きな裕子さん。ソウルのCDをかけつつ、お酒を作り、ちょっとしたつまみ系料理も作る。けっこう料理も出来るので、小腹が空いても大丈夫な店だ。

ただし、ターンテーブル2台を置いたソウル・バーの厳格な定義にあてはまるかというと微妙。というのは、店が小さいために、またテナントの集合体というビルの性格上、大きな音量が出せない。なので、コンポで比較的小さめに、ソウルのCDがながれているという感じなのだ。「なにげに入ったバーで、よく聞くと流れている音楽は、全部ソウル・・・。そんな感じにしたかったんです」とオウナー永澤さん。

今日は、ブリオでソウル・バー紹介を7年以上続けている高畠さんが初めて遊びにくると言うので、かけつけた。(笑) しばらく前に、僕も連絡していたが、高畠さんの元にも情報が行っていた。かなり気に入っていただいたようで、なんと次の次の号での掲載(4月21日売り号)がほぼ決まった。そうこうするうちに、岡さんも登場。狭い店でソウル談義に花が咲いた。

「下駄鬼」という店名は、どこから来たか。なんとクール&ザ・ギャングのヒット「ゲット・ダウン・オン・イット」から取った。「ゲット・ダウン・オン・イット」→「ゲッダンオンニ」→「げったおに」→「下駄鬼」。下駄鬼3段活用! その話を聞いただけで、これは「ソウル・バー」に認定だ。(笑) 

もちろん、ソウルのCDなら、持ち込み大歓迎だという。というわけで、今日は僕もいろいろ持ち込んでみた。目黒のブルースアレーからは歩いて2分くらい。時間が許せば『ソウル・サーチン』の後にいいかもしれない。


■下駄鬼
bar get down on it

東京都目黒区目黒1-24-19 目黒新橋マンション1F
電話 03-3490-9302
営業時間 18時~25時 (ただしお客がいれば延長も)
休業 日曜・祭日
チャージ 男性2000円、女性1000円 (ただし立ち飲みの場合チャージはなし)
ドリンク 600円~

目黒駅から権ノ助坂を山手通り方面へ右側を歩く。4分くらいで左に交番が見え、そのほぼ向かいの右側のビル一階。「目黒新橋」という看板が目印。目黒川のすぐ手前になる。

ENT>SOUL BARS>Get Down On It

投稿者 吉岡正晴 : 04:18 AM | コメント (0)

January 26, 2006

Excello/Shizuoka Ya @ Shimokitazawa: Soul Oden Restaurant

[ ENT>SOULBARS>]

【しずおか屋~下北沢のソウル・おでん屋】 

老舗。

青山のソウルスナックOAが3月で閉店するニュースをお伝えし、さらに、三宿のソウルナッツの寿ネタをご紹介したが、今日は下北沢のもうひとつの老舗ソウルバー、「しずおか屋」をご紹介しよう。

「しずおか屋」は、昨年4月に現在の下北の本多劇場の向かいに引っ越してきた。そもそも、この店は1974年10月、杉並区方南町にオープンしたソウルバー「エクセロ」にルーツを持つ。この頃は、ひじょうに場所も辺鄙(へんぴ)ではあったが、熱心なソウルマニアが集まってきた。その中には、デビュー前の鈴木雅之さんなどもいた。

「エクセロ」は、方南町から81年に下北沢に引越し。その後お店で出していたマスター富田さんの奥さんのおでんが評判となり、おでん屋の部門を「しずおか屋」として97年東北沢駅近く、環7ぞいに独立。しばらく「エクセロ」と「しずおか屋」のふたつの店が続いた。その後2003年3月に、再び二店を統合、ソウルおでん屋「しずおか屋」として下北沢で営業。ちょうどもうひとつのソウルバー、リトル・ソウル・カフェの前だった。2005年4月、より駅に近い現在の場所に移転した。

このおでんは、奥さんの出身地静岡でのおでん。だしがひじょうに黒いものだが、味はあっさりしているというユニークなもの。ぜひここに来たら、食していただきたい。値段も60円から120円程度で安い。

僕は方南町時代に何度か行ったが、しばらくご無沙汰していた。実は引越しをしてからの新店に行ったことがなく、やっと先日、訪れることができた。新しい店は本多劇場の前ということで、かなりわかりやすく、人通りも多いいい立地だった。富田さんによると最近はすっかり食べ物屋さんになってしまったが、ソウルマニアもときどきやってくるという。かけるのは、富田さんがソウル曲を編集したCDや、アナログのレコード。

なんと言っても、昔のソウルアーティストのライヴ・コンサートのチケットを額装したり、写真が所狭しと貼られていたりするので、ソウルっぽさが充分でている。

いろんな話になったが、そんななか、富田さんからレス・ポール&フレンズのアルバム『アメリカン・メイド・ワールド・プレイド』を教わった。この中に収録されている2曲を、とりあえず聞いて、といわれ聞かされたのだが、ぶっとんだ。なんと、声はサム・クック、しかし、バックバンドは今の新しい音ということで、サムの声だけを抜いて取り出し、今のバンドで録音したものだった。1曲「サムバディー・イーズ・マイ・トラブリン・マインド」はバックをエリック・クラプトンが、もう1曲「エイント・ザット・グッド・ニュース」はジェフ・ベックが参加している。60年代と21世紀が、見事にクロスオーヴァーしていた。これは近いうちに、番組でかけたいと思います。

現在まで続いている都内ソウルバー最古参3店は、ジョージが64年オープン、OAが71年5月、エクセロが74年10月ということになる。今はなくなった四谷の「ライヴ」という店は73年にはあったと記憶するが、正確なオープン年はちょっと今確認できない。どなたかご存知でしたら、教えてください。

日曜日はお店はお休みだが、仕込みで昼間来ていろいろやっているという。そしてそのときは必ずインターFMの『ソウル・ブレンズ』を聴いていただいているそうだ。イエ~~! 

■「エクセロ・しずおか屋」に関する記事

2003/04/03 (Thu)
As the boy, so the man
http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200304/diary20030403-1.html

2003/12/19 (Fri)
Synchronicity @ Shizuoka-Ya & Little Soul Cafe
http://www.soulsearchin.com/entertainment/soulbars/diary20031219.html

■EXCELLO しずおか屋 (エクセロ しずおかや)
住所: 東京都世田谷区北沢2-6-6 澤田ビル202
電話: 03-3465-6154
営業時間: 18:00~24:00
定休日: 日曜 (祭日は営業)
行きかた: 下北沢駅南口より徒歩約3分
(現在の場所には2005年4月移転。)


ENT>SOULBARS>Excello, Shizuokaya

投稿者 吉岡正晴 : 06:29 AM | コメント (0)

January 25, 2006

Soul Nuts Will Have Winter Vacation Between Feb.1 Through Feb.12: And Why?

[ ENT>SOULBARS>]

【三宿・ソウルバー、ソウルナッツ、2月1日から12日まで臨時休業】 

休業。

基本的には年中無休の三宿のソウルバー、ソウルナッツが来る2月1日から12日まで臨時休業する。先日店主のマイケル鶴岡氏と別件で電話で話してた時に、「こんど(2月の)1日から12日までいないからさあ」と言う。年中無休が随分大胆な休みを取るとは何事かと思い、「なんでそんなに長く休むの? またどっか、海外旅行でも行くのか?」と尋ねると、「ハワイで結婚するんだ」との爆弾発言。おっと、これは聞き捨てならぬ。「で、相手は誰誰?」 「ケイコだよ」 おおおおっと、ソウルナッツのDJケイコ! まじっすか。

発表です。ソウルナッツのマイケル鶴岡氏と、DJケイコが2月にハワイで結婚しま~す。おめでとうございます。僕は、さすがにハワイまでいけませんが・・・。ということで、このソウル・サーチン・ダイアリー始まって1000本以上記事書いてますが、ソウル梨本になって初のゴシップ・ネタいってみましょう。さっそく、ソウルナッツに取材にかけつけた。

恐縮ですが、いろいろ聞きました。そもそものきっかけは二人が白金ダンステリアで2001年頃、出会ったことに端を発する。当初は、ケイコはDJのみならず、ウエイトレスなどもやっていたが、彼女は基本、毎日入っていた。その頃、マイケルは、ダンステリア・オウナー勝本氏の要請で週末、金・土に自分の仕事を終えてからやってきてDJやらホールなどを手伝っていた。

ダンステリアの店が閉まるのは大体4時すぎ。なんやかんやで帰りが5-6時くらいになる。その頃、マイケル氏は荻窪に住んでおり、ケイコは新宿あたりだった。そこで、帰りマイケル氏が途中なのでケイコを送るようになった、という。「ほら、俺、送り狼だからさあ」(笑)とマイケル。

ケイコはその後ダンステリアが週末になり、ウイークデイは恵比寿のソウルバー、ブラウンシュガーでDJをするようになった。ケイコはレコードをどんどんと買い集め、自分のコレクションも増え続けた。いつかは自分の店をやりたいという夢を持つようになったが、紆余曲折あって2005年4月、マイケル氏とともに、三宿にソウル居酒屋ソウルナッツをオープンする。そういえば、ブラウンの店が終わりごろ、マイケルがよく来ていたようなこともあった、と今思えば、思い当たる節はあったが、もともとそういうあたりに鈍い僕はまったく何も感じなかった。鈍感だ。

「で、なんで、このタイミングで結婚に?」とケイコに聞いた。「わたし、こう見えても、(来月の誕生日で)もう30なんです」 ケイコの誕生日は2月17日である。やはり、女性は30の節目あたりで、結婚というものに心動くものなのだろうか。(神妙) 

ソウルナッツの壁には「2月1日から12日までわけありで休業します」という張り紙がある。なんだよ、この「わけあり」って。(笑) 

というわけで、ソウルナッツ・ファンのみなさん、こんどナッツに行く時にはハッピー・ウェディングとでも言ってお祝いにシャンパンでも開けてあげてください。

そして、1日から12日までお店、休みなので、注意してね! 

ソウルナッツのウェッブ
http://www2u.biglobe.ne.jp/~hirakei/index.htm

DJケイコのブログ
http://soul217.blog13.fc2.com/

マイケル鶴岡氏ブログ(ワイハ好きのSoul Man)
http://soul523.blog13.fc2.com/


ENT>SOUL BARS>Soul Nuts

投稿者 吉岡正晴 : 06:02 AM | コメント (0)

January 24, 2006

Soul Snack "OA" Will Be Closing March 15th

[ ENT>SOULBARS>]

【青山のソウルバー「OA(オーエー)」3月15日でクローズへ】 

閉店。

青山学院・西門の向かいにあるソウル・スナック「OA」が3月15日で閉店する。スナック「OA」は、1971年5月に現在の地にオープン。35年弱の歴史に幕を降ろす。ママがソウル好きだったことから、徐々にソウルのレコードをかけるようになった。昼間は青学の学生などが多かったが、夜になるとソウル好きが集まるようになった。店内にはオーティスを始めとするソウル・シンガーたちの写真やポスターが貼られている。

レコードだけでなく、古くからのソウル・ミュージシャンたちの映像なども集めていた。また毎年12月10日のオーティスの命日は、音楽評論家の桜井ユタカ氏らが音頭をとり、オーティスのレコードを聴くレコード鑑賞会が開かれていた。同じく毎年4月1日は、アーティストの岡伸昭さんがマーヴィン・ゲイのレコード・ビデオ鑑賞会を開いているが、今年は開催できなくなった。

閉店の経緯は、どうやら、この場所が地上げにあい立ち退きになるため。新しいビルが出来る時には、新たに新装OAとしてビル内に入居もできたが、ママも年齢的に潮時だと判断したらしい。

3月15日までは、OAゆかりの人々、常連の人たちによってさまざまなお別れイヴェントが行われる予定だ。

+++++

OA: Another Place Time Stood Still

【時が止まっているもうひとつのソウルスナック】

停止。

OAに初めて行ったのはいつ頃だったか。正確にはよく覚えていない。おそらく70年代の中頃か後期だと思う。その頃は、ソウルを聴かせる店と言えば、六本木のジョージ、下北沢のエクセロ(現在のしずおか屋)、テンプスの前身ラヴィング・パワーくらいだったか。今のようにどこにでもソウルバーがあるわけではなかった。

それからずいぶん経って96年にベリー・ゴーディーの自伝『モータウン、わが愛と夢』を翻訳出版した時、本を置いていただいた。

先日、アーティストの岡さんと打ち合わせをするので、このOAですることにした。ここも、ジョージ同様、時が止まったかのような場所だ。まるでタイムマシンに乗って70年代に戻ってきたような錯覚に陥る。昔と同じテーブル、椅子、昔と変わらぬ写真、ボトルの数々、変わらぬママ。しいていえば、以前はアナログのレコードが多数あったが、最近はCD棚が増えたくらいだろうか。3月までに何度か足を運ぶことにしよう。

【ソウルスナック OA(オーエー)】 

東京都渋谷区渋谷2-3-5
電話 03-3400-9519
営業時間 深夜12時まで
定休日 日曜・祭日

ENT>MUSIC>SOULBARS>OA


投稿者 吉岡正晴 : 12:38 AM | コメント (2)

August 24, 2005

Soul Bar Searchin' : Bar "Ali Ollie" 

[ ENT>SOULBARS>]

【新店ソウルバー、アリ・オリ】

2005-0823-0021.jpg恵比寿は、ソウルバー激戦区になってきたのかもしれない。老舗のブラウンシュガー、ソウルシスター、他にSSBのバーがある。そんな恵比寿に去る2005年8月4日、新しいソウルバーが開店した。その名を「バー・アリ・オリ(Bar Ali-Ollie)」。もちろん、アリ・オリと来れば、あのテンプテーションズのリード・シンガーのひとり、アリ・オリ・ウッドソンを思い浮かべる方も多いだろう。

場所は恵比寿の駅から徒歩3分。カフェ好きの人には知られる「ヌフ・カフェ」というカフェと同じビルの5階にできた。ちょうど山手線沿い(山手線、外側)にほんの少し渋谷方面へ向かった場所にある。中にはいると、カウンターはすべてふさがっていて、ボックス席に座ることになった。座っていると、しばらくしてから、マスターが「吉岡さんでらっしゃいますか」という。「ええ、そうですが。あれ、誰かから連絡行ってました? っていうか、なんでわかったんですか」 「顔は存知あげていたんで?」 「うっそー、僕、写真とか出してないんですけど」 「え~、でも知ってました」 

そう言うバーのオウナー兼マスターは小野田淳夫さん。ツタヤで10年ほど仕事をした後、店をオープンした。元々ソウル好きで、買ったCDやアナログがどんどん増え、他で仕事をしているとなかなか聴く時間が取れないので、聴くためにソウルバーをオープンすることにした、という。「店を始めれば、聴けるかなと思って」という。CD約2000枚、アナログ1000枚近く。この他に、自宅にももう少しあって、入れ替えていくという。CDJ2台とターンテーブル2台で、いかようにもミックス可能。

カウンター7席、ボックス12席もかなりの余裕の作り。カウンターはつめれば9人くらいは楽勝にいけるのではないだろうか。黒と赤が基調。ただし、壁や天井にソウルのレコードのジャケットは貼られていない。どちらかというと、渋谷の「バー・ルーム」的な大人っぽいバーの雰囲気を漂わす。

小野田さんは、72年仙台出身ということで、最初は「ニュー・ジャック・スイング」の前あたりからリアルタイムで聴き始めたが、その後、60年代後期から70年代初期のディープ系などにもどっぷりとはまったという。そこで、ここでは、80年代後半ものも、70年代前半ものも、比較的なんでもかけるという。

グラディス・ナイトをかけてもらったら、そのアナログが77年初頭に発売された来日記念盤という日本編集の特別編集盤だった。しかも、その帯には77年3月、2度目の来日、とある。あれ、グラディスって2度来日してたっけ。75年のサンプラはよく覚えてるんだが。でも、きっとこう印刷されているのだから、来たのだろう。

小野田さんは中古で買ったそうだが、なんと中にサイン入り色紙がはいっていた。その中でなじみの曲が流れたと思ったら、あの「ジョージア・オン・マイ・マインド」だった。すっかり忘れていた。レイ・チャールズのあの曲をライヴ仕立てにしていた。アルバム『セカンド・アニヴァーサリー』に収録されていた作品だ。ソウルバーに来ると、こうして、すっかり忘れていた曲に再会することがあって嬉しい。

今年3月一杯で会社をやめ、準備をすすめていた、という。その間、アメリカ南部に旅行をして、マラコ・スタジオ、スタックス・スタジオ跡地の記念館、ハイ・スタジオなどに行ってきたそうだ。

奥様と二人で店に立つが、週末はもうひとりスタッフをいれて3人体制になるという。日曜が一応休み。ただ人の流れがまだよくわからないので、しばらくはこれで様子を見るという。食事もできる。ガンボ&ライスは一押しだそうだ。

家に戻って、『セカンド・アニーヴァサリー』を引っ張り出して再聴したのは言うまでもない。

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■ソウル・バー、アリ・オリ公式ウェッブ
http://www.barali-ollie.com/


BAR Ali-Ollie !!!! (バーありおり)
東京都渋谷区恵比寿西1-3-2 東栄第2ビル501
電話・ファクス 03-5458-6005
営業時間 19:00~5:00
定休 日曜,
チャージ 600円
ドリンク 650円~
2005年8月4日オープン

(行きかた)

JR恵比寿駅西口(山手線の外側=バスロータリーがある方)を出て交番の正面、京樽とvodafoneの間を直進。左手に大丸ピーコックが見えたら右正面の豆爺カフェの間を右折し山手線沿いの裏道を道なりに左折。しばらく行った左側のビルの5階。1階がメキシコ料理サルシーター。

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ENT>SOUL BARS>Bar Ali-Ollie

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佐藤さん、情報ありがとうございます。

投稿者 吉岡正晴 : 03:07 AM | コメント (0)

August 21, 2005

George's Re-Opened In Nishi-Azabu

[ ENT>SOULBARS>]

【ジョージ 西麻布に再オープン】 

再現。

2005-0819-2131.jpg今年4月に突然閉店となった日本最古のソウルバー、ジョージがなんと突然、西麻布で再開した。8月18日(木)、仮オープンし、24日(水)に正式にグランドオープンとなる。早速、覗いてみた。

場所は西麻布の交差点から六本木通りを六本木方向へ左側を歩き、メンテルスというホテルの1階。入口は、小道を左に入ってのところにあるが、すぐわかる。

それにしても、その入口の前に立っただけで驚く。あのかつて防衛庁横にあった頃の窓とドアが、そこにあった。ただし、かなり新品で綺麗だが。ドアを押して中に入るとさらにびっくり。入ってすぐ右にあの往年のジュークボックスが同じように置いてある。さらに、右側のカウンターが、あのまんま。もちろん、カウンターは新しく作ったものなので、新品のピカピカなのだが、高さまですべて前の店のものを測って同じように再現した。若干、座席の後ろの通路の部分がかつての店よりも少し広いということと、奥行きが若干短いところがちょっと違うだけ。まだ、天井や壁にあの昔のソウル・アーティストたちの写真が一部にしか貼られていないが、けっこう貼ってある。

今回このジョージを再現オープンしたのは、過去12年ほどジョージでママとともに一緒にやってきたともさん。ママの息子さんであるジョーイさんにも了解を取って、移転、再オープンにこぎつけた。ジョージ・レプリカだ。「やっぱりこのカウンターじゃないと、ジョージじゃないですから」とかなりのこだわりをみせた。

当面は彼女ひとりでやっていくという。まだ様子がわからないので、しばらくは日曜・祝日休みで、8時から午前2時くらいまでの営業にしようか、とのこと。週末は朝までやることになるだろう、という。

防衛庁跡地のすぐ隣にあった旧ジョージは、24日までに取り壊されることになった。そこで、24日を正式オープンの日ということにした。

さっそくジュークボックスに100円いれて、101を押した。順番は一見ほとんど変わらない。101は、ご存知の方はご存知だろうと思うが、ジュークボックスの左端・一番上である。マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」である。続けて、107をいれた。「ソウル・サーチン・第6章」でおなじみのミニー・リパートンの「ラヴィン・ユー」だ。

1-0-1をがちゃがちゃと押す。針がレコード盤をこする。そして、あのイントロが流れる・・・はずだったのだが、なんと、B面がかかってしまった。(笑) 「あ、すいません。まだ、シングル、A面とB面が逆になってるのがあるかもしれませ~ん。キャンセルしてください。100円お渡ししますから、B面押してください」とともさんが100円玉をくれた。そして、201を押すと、しっかりとすっかり擦り切れた「ホワッツ・ゴーイン・オン」が流れてきた。

2005-0819-2200.jpgジョージは1964年(昭和39年)オープンの日本最古のソウルバー。80曲入るジュークボックスが名物。場所を移して営業を続けるということは、やはり「日本最古のソウルバー」という冠は、この西麻布ジョージということになるか。

この店だけは、早くもっと薄汚れて欲しいなと思った。そう言うとともさんが、笑った。

+++++

■ジョージ最後の日~日本最古のソウルバーの閉店の模様

http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_04_24.html
The Last Day Of George's: Part 1

http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_04_25.html
The Last Day Of George's: Part 2


■ソウルバー・ジョージス
Soul Bar George's
港区西麻布1-11-6メンテルス六本木1F
電話 03-3401-8335 (電話は8月22日以降開通します)

2005年8月24日正式オープン
日曜・祝日定休 
営業 20時から2時、週末は朝まで
チャージなし 一杯1000円から

ENT>SOULBARS>George's


PS、James Carr さん情報ありがとうございます

投稿者 吉岡正晴 : 02:34 AM | コメント (0)

June 02, 2005

Soul Bar "Ohio" Moved To Jiyugaoka

[ ENT>SOULBARS>]

【ソウル・バー「オハイオ」自由が丘に移転】

引越し。

2005-0531-2323.jpgもうひとつのソウルタウン、武蔵小山にあったソウル・バー「オハイオ(OHIO)」が4月で閉店し、去る2005年5月23日(月曜)自由が丘に引越してオープンした。この場所は、以前、「レイニーズ」というジャズ、ファンク系のレコードをかける店だった。「レイニーズ」は、ファンク・ベース奏者チャック・レイニーからとっていた。お店のマスターがバンド活動をしていて、そちらのほうが忙しくなったので、「レイニーズ」をクローズすることになったらしい。

オハイオのオウナー、きんやさんは、等々力で7年、その後、武蔵小山に来て3年ソウルバーを営業し、2005年、自由が丘へ移って来た。23日のオープン後、僕は一度目は2時近くで入れず、二度目は満員(!)でだめ、三度目の正直で先日おじゃました。

アシャンティでばったり会ったソウルシスター、ミーとそのダンスの先生、藤枝さんらとお台場から自由が丘へ直行。満員で入れないと凹むので、ミーに事前に電話であいてるか確認してもらった。ところで、ここの水回り、ミーのお父さんで世田谷ストリートカフェのマスター、長野さんがてがけたそうだ。また、カウンターなどほとんどをきんやさんが自らてがけた、という。ストリートカフェといい、このオハイオといい、みんなDo It Yourselfでいいですね。

さてこの新店は武蔵小山時代の約15坪から約7.5坪(カウンター10席)と半分の広さになったが、それだけにかなりインティメイトな雰囲気がする。全体的には青を基調とした店で、ソウルがかかる。多くのビデオが大きなテレビモニター(プラズマ)から流されている。

ところで、瀬田→武蔵小山→自由が丘となんで、こんなにひんぱんに動くのですか、と尋ねると、「引越し好きなんです」とのお返事でした。

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お店のウェッブ
http://www.geocities.jp/ohio_funkysoul/

ソウル・ミュージック・バー オハイオ
Soul Music Bar Ohio
〒152-0035 東京都目黒区自由が丘1-2-14-2階

電話 03-3718-0096
定休日・未定

営業時間 午後6時~午前2時

チャージ 300円

ドリンク 500円から

フライド・ポテト、タコライスなど若干のフードも。

席数 約10(カウンター) (行く前に電話で確認をお勧め)

開店 2005年5月23日(月)

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投稿者 吉岡正晴 : 03:25 AM | コメント (0)

April 25, 2005

The Last Day Of George's: Part 2

[ ENT>SOULBARS>]

【日本最古のソウルバー、ジョージ 41年の歴史に幕】(パート2)

伝説。

2005-0423-1957.jpg入口のところに人があふれ、思い思いに缶ビールなどを飲んでいる。中に入ろうとするが、いっぱいでよほど人を押しのけないと入れない。ひとりでどうしようかと思っていると、近くでバーをやっていて、以前別のソウルバーにいて今は独立しておしゃれなバーをやっている小林さんがいた。よくライヴなどで顔をあわせる。ちょうど店が終ってやってきた、という。まもなく、雑誌ブリオでソウルバーの紹介を毎月書いている高畠さん登場。実は彼に今日がジョージ最後だという電話をいれたら、やはりもちろん知っていて、前日も朝方まで飲んでいたという。大阪のアカペラグループのメンバーを紹介された。あるいは高円寺でソウルバーをやっているシンさんもいる。

結局、高畠さんは彼のコラムではこのジョージを紹介できなかった。彼はこの日本最古のソウルバーを、自分のコラムが最終回になるときに、ママとともに紹介しようとずっと思っていた。だが、ママが2001年10月に他界し、その夢は実現することはなかった。そして、今日名実共に閉店することによって、ジョージはそのコラムには登場しない。ただしブリオでは昨年、六本木特集を組み、その中でこのジョージは紹介した。

ジュークボックスから絶え間なくソウルが流れてくる。誰もがいつもやるように、カウンターに何枚もの100円玉が無造作に置かれている。ジューク用の100円だ。なんとか入口から中に入ってみると、そこは満員電車さながら。テーブルに上って踊っている人がいると思ったら、コシノジュンコさんの鈴木さんではないか。のりのりだ。「ロング・トール・サリー」がかかった。店の中のほぼ全員がコーラスを大声で歌う。大声で歌う曲は、これだけではない。ウィルソン・ピケットの「ダンス天国」、テンプスの「ゲット・レディー」・・・。

中にいると男性が声をかけてきた。「吉岡さんですよね」「はい」「ずっと昔から文章、読んでますよ」「えっ、ありがとうございます」「いやあ、寂しいですよねえ。私もずっと昔から来ててね。こういう店が閉まっちゃうなんてねえ・・・」 

鈴木さんが僕をみつけて声をかけ、こっちに来いという。なんとか押しのけて久々の再会。コシノさんともかなりお久しぶりだ。20年以上前に、コシノさんのファッションショウの時にDJをしたことがある。「今日北京から帰ってきてね、ジョーイから電話がかかってきて、来たんだ」 

タバコの煙と人ごみで苦しくなって外にでると六本木・ホワッツアップのカツミさんがいた。3日くらい毎日来てました。こんなにつめてここに来たことはなかった、という。どうやら前日は8時過ぎまでどんちゃん騒ぎだったらしい。渋谷のファンキー・チキン店モリゲンの森元さんも店をしめてやってきた。川畑さんは、遅番の登場か。(笑) 

ジュークボックスはよく壊れる。だがある程度の知識があれば比較的すぐ直せる。それでも壊れた時のために、ママはジュークを2台持っていて、1台を修理に出さなければならない時には、1台を入れ替えていた。確かにジュークボックスのないジョージは考えられない。

壁一面に貼られた写真には、写真が痛まないようにセロハンが被せられている。だが、そのセロハンがタバコの煙で茶色っぽくくすんでいる。タバコのヤニによるそのくすみ方は、半端ではない。何十年という時の経過とともに、徐々に汚れていったものだ。そしてその染みのひとつひとつに41年のソウルが宿っている。

「マイ・ガール」がかかった。ジョージのテーマ曲のひとつでもある。コーラスのところはみんなで大合唱になる。\"I guess you'd say
What can make me feel this way? My girl (my girl, my girl) Talkin' 'bout my girl (my girl). " その様子を見ていて、壁に貼られたママの写真に目が行った。その写真はあたかも「最後の日は思いっきり楽しみなさい」と言っているかのようだった。

日本最古のソウル・バー、ジョージはこの日をもって伝説になった。

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ジョージが舞台の記事。

デイヴィッド・リッツ、インタヴュー
『両肩に刻まれた入れ墨』

http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/interview/ritz19940509.html

ENT>SOUL BARS>George's

投稿者 吉岡正晴 : 09:03 AM | コメント (0)

April 24, 2005

The Last Day Of George's: Part 1

[ ENT>SOULBARS>]

【日本最古のソウルバー、ジョージ 41年の歴史に幕】

閉店。

2005-0423-1958.jpgあの日本最古のソウルバー、ジョージ(英語表記はGeorge's)が2005年4月23日(土曜)を持って閉店した。1964年(昭和39年)にオープン以来、41年間、ソウル・ミュージックの数々を六本木の小さな空間に流しつづけてきた。

23日、午後8時前にジョージに立ち寄った。普段ならまだ営業していない時間。外のネオンもついていない。しかし、中の明かりがついている。やっているのだろうか。とりあえずドアを押すと、開くので入ってみると、誰もいなかった。「ごめんくださ~~い」。トイレのほうから物音がして、まもなく、一人の男性がでてきた。「お店、いつまで?」 「あ、今日までです」 「ジョーイさんは?」 「あとで来ますよ」 まだジュークボックスに電源も入っていない。音のしないジョージ。誰もいないジョージ。

すると時を同じくしてジョーイさんが入ってきた。前に何度か会っているが、彼はこのジョージのママの息子さん。オーストラリアを本拠に金融関係の仕事をしていて、日本と行ったり来たり。なかなかここにこれない。また、隣の防衛庁跡地を三井不動産が大規模プロジェクトとして開発を始めたこともあり、店を閉じることにしたという。そして、改めて「お別れの会」を別のところでする、という。

中にあるポスターや、様々なソウルフルな想い出の品の数々は、すべて別のところに保管しておくという。もちろん、この名物ジューク・ボックスも。約1-2週間で店内を片付け、その後すぐではないが、最終的には建物自体が取り壊されるという。ここにあるポスター、ジューク、写真などダリル・ホールなどが欲しがっているという。ただ、まだどうするかは決まっていない。

「ぜひ、この店の写真をとっておいて欲しいなあ」と言うと、「ええ、カメラマンに頼んでみるつもりです」と彼。僕も携帯でジュークの写真を撮った。

ちょうど外に出ると、ジョージのネオンライトが点灯した。隣の大規模開発の広さから比べると、ジョージの面積などネコの額にもならない。これも時代の流れか。そのネオンや扉など、またしても、携帯で撮ってしまった。すると、店の前に一台のタクシーが止まり、そこから降りてきた女性もやにわにデジカメを取り出し、ジョージの外観を撮りはじめた。僕が驚いていると、すぐに扉を押して中に入っていった。

拙著『ソウル・サーチン』の「ミニー・リパートンの章」でもジョージを舞台にした。「ラヴィン・ユー」ガールは、ジョージ閉店のニュースを知っているのだろうか。

それにしても、この店が閉まるのは、実に寂しい。僕がここに初めて来たのはおそらく1972年のことだと思う。確かまだ高校生だった。大学にはあがってなかった時期だ。雑誌ソウルオンの広告を見て、六本木の駅から歩いてやってきた。最初入るときはさすがに怖かった。それでも73年以降にはちょくちょく来ていた。

壁一面に張られたポスター、アーティスト写真、サインの数々、音楽業界誌キャッシュボックスの表紙、旅行好きだったママが世界中を旅して、そこで使った何種類もの紙幣。わけのわからない見たこともない文字が書いてある紙幣について尋ねると、懇切丁寧にママはなんでも教えてくれた。客がひじをつくので、水平ではなくなっているカウンター。そしてそのカウンターはガムテープで補強されている。この店に入ると、僕は少なくとも30年はタイムスリップする。そして、何よりここの主役、ジュークボックス。これほどまでにソウルが染み付いた店は世界中どこを探してもないだろう。

夜中2時過ぎ、もう一度、来てみた。すると、店の外まで人があふれ返っていた。

(つづく)

PS: ジェームス・カーさん、閉店情報ありがとうございます。

ENT>SOUL BARS>George's

投稿者 吉岡正晴 : 11:03 AM | コメント (1)

April 20, 2005

The Soul Nuts Open: Watch Out For Your Head

[ ENT>SOULBARS>]

【ファンキー居酒屋「SOUL NUTS」オープン:頭上注意】

新規開店。

恵比寿「ブラウンシュガー」で長年DJをやっていたDJ恵子さんが、白金「ダンステリア」のマイケル鶴岡さんとともに、三宿にソウルバー「ソウルナッツ」を2005年4月20日、オープンする。ソウルバーというよりは、「ソウル居酒屋」がコンセプト。一足先に、プレミア取材だ! 

三宿の交差点を渋谷から行くと右折。右手にゼストを見て、すぐに左手に「春秋」があり、そのちょうど向かいの2階。(ゼスト側) 約15坪。ボックス席約18にカウンターが約12席。ドリンクだけでなく、けっこう多くの食べ物がある。

20日から3日間はオープン記念ということで、食べ物も飲み物も、500円均一。そのメニューはソウルの日本盤シングルのジャケットをうまくアレンジしたもの。メニューの中には「ファンキー・チキン・ナンバー1」なども。一度チャレンジしないとね。

音の大きさは中くらいで、もし盛り上がってきたら、若干あげる。ミラーボールが入口と中に2個。DJ回りは、ターンテーブル2台にCDJが2台。レコードは約4000枚くらいか。この他、DVDなどで映像をモニターに映す。DJブースがカウンター中央にあり、全体を見渡せる感じになっている。DJ恵子によれば、カウンターの端ではなく、どうしても真中でDJをやりたかったんです、という。

営業はソウルバーなのに、オープン6時、そして、朝5時まで。なんでまたそんな早くから? 「8時とかにしておくと、お客さんが8時じゃまだやってないだろうって、結局来るのが9時10時になっちゃうんですよ。6時からやってれば、大丈夫でしょう!」 水商売の鏡みたいだな。(笑)

マグカップ、グラスも、ソウルナッツのロゴ入り。また、開店を記念して特別限定Tシャツ(3900円)も作って、店内で販売する。

そうそう、お店に入るときなんですが、右に引く、引き戸になってるんですが、ドアが低く、かがまないと頭がぶつかります。最初入ったとき危なかった。(笑) で、マイケルたちに言いました。「これね、絶対頭ぶつける人、続出すると思うよ」 「いやあ、でもねえ、こういう引き戸に絶対したかったんですよ。それに、頭ぶつけるような人はもう酔っ払ってるわけだから、注意しろ、と」 ということは、これは「酔い覚まし引き戸」あるいは「酔い警告引き戸」か。「頭上注意」の看板でも貼ってもらおうか。(笑) 

FUNKY居酒屋
SOUL NUTS(ソウル・ナッツ)
2005年4月20日水曜オープン

世田谷区池尻3-28-6
ファースト・アミューズ・ビル2階
電話03-3487-3493
営業時間 午後6時から朝5時まで
チャージ 500円
ドリンク・フード 500円~
年中無休

ENT>SOULBARS>Soul Nuts

投稿者 吉岡正晴 : 11:10 PM | コメント (2)